すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL-
act29.ランティスVS覚
男子バスケットボール決勝戦。普段仲がいい生徒会長の獅堂覚(+2)と副会長のランティス・アンフィニが何やら
対決モードに入っているらしいということは周知の事実になっていて、手隙の生徒が二階廊下にまで鈴なりになっていた。
「ここだけやけにギャラリーが多いな…」
ランティスが唸るのももっともで、うっかりすると隣のコートの女子バレーボールの選手までがちらちらと様子を窺っている。
「今大会一番の注目対決だってみんな言ってたもの!これに勝ったら女子ソフトの決勝待たずにチーム・ランティスは
総合優勝が決まるしね」
ランティスが対戦するのは彼女が敬愛する長兄だというのに、同門対決も少なからず経験している体育会系の光は
勝負は勝負と割り切っているようだった。
「…これで決める…」
総合優勝云々より、ランティスとしては自らの願いの為に覚に敗れる訳にはいかないのだ。そんな胸中などついぞ
知らない光は頼もしそうに見上げた。
「女子バドミントンの3位決定戦もあるから、ちょこっと抜けちゃうかもしれないけど、応援してるから…」
「ああ」
覚たちのほうのウォーミングアップも終わり集合の合図がかかった。
「行ってくる」
駆け足でコートに向かうランティスの背中に、両手をメガホンがわりにした光が叫ぶ。
「フレーっ!フレーっ!ラ・ン・ティス!!」
光の大きな声にチーム・ランティスばかりでなく光シンパの女子からも声援が飛ぶ。
「世界を敵に回した気分だな…」
ランティスとジャンプボールを争う為にサークルで向かい合った覚が苦笑した。
「別に、世界なんて要らない…」
「大きく出るじゃないか」
「たった一人が応援してくれれば、それで充分だろう?お前も…」
「……」
思わぬ切り返しに覚が無言で肩を竦めた。
そうして、ランティスVS獅堂三兄弟のFINALが始まった。
チーム・サトルでは一番長身の覚だが、やはり2メートル近いランティスの敵ではなかった。ランティスはきっちり
ボールを味方のほうに弾くと、自分もオフェンスに切り込んでいく。ポイントゲッターであるのは練習試合でいやと
いうほど思い知らされているので、覚ともう一人がランティスのディフェンスについていた。
ボールも持たないうちから二人ディフェンスにつかれたランティスが覚を挑発する。
「手ぶらの俺に張り付いてる間にシュートされるぞ」
「君以外のシュート成功率は平均レベルだからね。それほど怖くない」
ランティス一人でスリーポイントも打てるし、ゴール下に入られるとリバウンドをタップダンクで決められるしで厄介
この上ないのだ。
事前のミーティングではランティスにマッチアップするのは覚と決めてあったし、覚としてもそれを貫きたいのは
山々だった。しかし個人競技と違って、覚一人ではたびたび抜かれる以上チームメイトに来るなとも拒みきれない。
そんな覚の胸中を知ってか知らずか、ランティスは何人つこうがお構いなしとばかりに涼しい顔をしてカットインしていく。
わらわらと相手チームがごった返すゴール下から、ランティスは一旦外に戻しシュートを打たせた。バックボードに
当たってゴールリングを舐めるようにして零れかけたボールをリバウンドに跳んだランティスが大きな手で押し込んだ。
「うわぁ…。ランティス先輩凄いな。手首がゴールリングより上までいっちゃってた。ダンクシュートも出来そうだ…」
コートサイドでは応援するも忘れた光が見惚れていた。
「実際ダンク出来るぞ、あいつ。ヒカルは見たことがなかったか…?いまのもタップオンダンクのうちだろう」
こともなげに言ったラファーガに、光は残念そうに「うーん…」と答えていた。
「どうせならゴールリングにぶら下がるぐらいの、ド派手なダンクシュートが見たいですよねぇ?」
いつの間にやってきたのか、イーグルが光の顔を覗き込みにこにこ笑っていた。
いきなり至近距離から声をかけられ、光の紅い髪の間からぴょこんとネコ耳が飛び出す。
「わぁっ!こっ、ここチーム・ランティスの応援席ですよ?」
「僕のチームはもう全日程終了しましたから、敵味方はなしですよ。留学生の僕としては、一応帰国子女のランティスの
肩を持とうかと。ピンクの学ラン、とってもお似合いですよ。………っ」
≪天使の微笑み≫で光にそんなことをいうイーグルの二の腕を、寄り添うタトラがこっそりひねきっている。
「あまりおいたをされると、誰かさんにボールをぶつけられますわよ。ほら、睨んでらっしゃる。うふふっ」
向こう側のコートサイド、スローインの為にボールを手にしているランティスが、光にちょっかいをかけるイーグルをじろりと
睨んでいた。
「だからこそ楽しいんじゃありませんか。いつもは澄ましてますからね、あいつ。ああいうやつのポーカーフェイスを剥ぎとる
ネタはそうそうありませんよ。知ったからには卒業までからかいます」
「まぁ、ひどいかた」
そういいながらもくすくす笑っているタトラは、本気でひどいと思っているのかどうか至極怪しい。
そのネタが自分であることにこれっぽっちも気づいていない光は、厳しいまなざしをこちらに向けているランティスに両手を
メガホンがわりにして声援を送っていた。
「先ぱーいっ!オフェンスファイト!」
イーグルを睨むのもそこそこに、ディフェンスの間隙を縫ってフリースローサークル近くのチームメイトに絶妙のパスを送った。
パスが良かったにもかかわらず、覚が見抜いていた通り、ランティス以外のシュート成功率はいまひとつで、リングに
弾かれたボールをリバウンドに跳んだ覚ががっちりと奪い取っていた。速攻をキメたいところだが、あいにくノーマークの
チームメイトがいない。マークにきたランティスにスティールされないよう、低いドリブルで敵陣に攻め込んでいく。
抜かれないようピタリと張り付いていたランティスが、覚とゴールの間に立ち塞がる。ランティスほどスリーポイントの
成功率が高くない覚では、正直誰かにパスしたい距離がある。ただそこにいるだけで十二分に壁になるランティスが両手を
上げているのだから堪らない。チームメイトがディフェンスを振り切れてないので、ショットクロックから言っても覚が自分で
シュートするしかない。
立ち塞がる壁を越えるようにと、フェイダウェイを試みた覚だったが、軽くジャンプして腕を伸ばしたランティスにあっさりと
阻まれた。ランティスは着地するより早く、身体のバネだけで手にしたボールを前線へと投げ返す。
「バネは凄いが大暴投じゃないか…」
ラファーガが呆れるのも無理からぬことで、前線の誰かどころかバックボード目掛けてボールが飛んでいく。直接ゴールを
狙うにしては逆に球威がありすぎた。
「バスケットボール、片手であんな距離投げられるのなんて凄いや…」
運動神経は人並み以上の光だが、大きなバスケットボールはやはり小さな手では扱いづらく、ワンハンドで楽々プレイする
ランティスたちがうらやましかった。
「なるほど、そういう狙いですか…」
イーグルの呟きを掻き消すように、ガァンとバックボードに当たって跳ね返ってきたボールをキャッチしたのは覚を振り切った
ランティスだ。
着地して体勢を整えるとディフェンスが増えるだけと踏んだのか、滞空したまま手首のスナップをきかせてボールをリリースし
ゴールを決めていた。
「…あんなのって、あり…?」
呆気にとられている光にイーグルがくすくす笑っていた。
「一人アリウープとでも言うのかな。やることがいちいち派手ですね」
「バレー部だけじゃなくバスケ部からも勧誘がくるな…」
かつてランティスが男子テニス部の主将になった時のいきさつを知っているので運動神経が悪くないのは判っていたが、
普段の体育の授業は相当手抜きをしていたのだなとラファーガが渋い顔をする。
「そんなのダメだ!剣道始めたばっかりだし…っ」
「剣道やってても格好いいですか?」
本気で心配している風情の光にイーグルが尋ねた。
「防具とかの買い出しは一緒に行ったんだけど、剣道してるとこはまだ見たことないんだ。覚兄様の口ぶりからすると、
かなりいい線だと思うんだけど…」
「獅堂流剣道場に通ってるのに?」
「うん。家まで一緒に帰ってるのに、どうしてだか用事が多くて、私が夜の練習に出られないんだ」
おそらくは下二人の作戦なのだろうとイーグルとタトラが困ったような呆れたような曰くいいがたい微苦笑を交わす。
「それにしても学ランって暑い…。まだ脱いじゃダメだしなぁ…」
「襟元、外して構わんぞ。借り物だから、あまり袖を折り捲くるのはまずかろうがな」
ラファーガの言葉にコクっと頷き、光が窮屈な襟を外し始める。それを見ていたタトラが小さくポンっと手を叩いた。
「私はこの格好ですもの。上に着ても暑くありませんわ」
そう言ったタトラはすでに体操服からいつもの民族衣装に着替えていた。にこにこ笑っているタトラに、光がポリポリと頬を
掻いた。
「あの、でもまだ応援しないといけないし…」
「あらぁ、大丈夫よ。ちゃんと私もチーム・ランティスのほうを応援するわ。誰かさんが可愛い可愛いって褒めちぎってるから、
ちょっと着てみたいの♪うふふっ」
「いや、姫にはちょっとどうかな…」
「あら、私には似合わないっておっしゃるの?ひどい…。私がお姉ちゃんだから可愛くないとでも…?」
小さなハンカチをくっと噛み締めて涙目になったタトラに、イーグルが『そういう訳ではなくて…』と言葉を濁す。
「そういうことなら…。着てみたいならどうぞ」
留学生にとっては学ランそのものが珍しいのかもしれないなと、光が残りのボタンも外し始める。コートのランティスは
プレイしながらも光をちらっと気にしていた。
暑苦しかったピンクの短ランを脱ぎ、体操服だけになった光がホッと息をつきつつ、タトラにそれを羽織らせてやる。肩幅は
良かったのだが、他の部分が大きく差し支えていた。
「んんー…、ボタンがとめられないわ…」
豊かなバストに阻まれて、短ランというよりはボレロのようになってしまっている。ボタンを全部きっちりとめて余裕のあった
光が自分の胸元を見下ろし『あははは…』と力無く苦笑していた。悪いことを言ってしまったと、タトラが優しく光の肩を抱いた。
「大丈夫。そんなに心配しなくても、まだまだこれからよ」
「ランティスに育てて貰うといいですよ」
「ほえ…?」
まるっきり話が判っていない風情の光を見て、タトラはにこにこ笑いながらこっそりイーグルの足を踏んでいた。
「ううん、なんでもないのよ。うふふふっ」
目まぐるしく攻守が入れ替わるコートでは、ランティスがフェイントをかけて一人を抜き去り、覚に正対されるとノールック
パスで、チームメイトにボールを回す。ハンブルして取り落としたボールを奪われると、ランティス自らスティールを仕掛けて
取り返し、巧みなドリブルで突破を図った。
追い縋る覚を左腕で遠ざけつつ、右手でボールをがっしり掴むとキュッと靴音を立てて踏み切りワンハンドダンクをねじ込んだ。
「うわぁっ!!いまの見た!?片手でがっちり掴んじゃってたよ!」
興奮した光が隣にいるアスコットの袖を掴んでぶんぶん揺さぶっていた。自分の掌をじーっと睨んで、同じように出来るか
どうかアスコットが考えこんでいる。
「あと1分だから余裕で勝てるよね、チーム・ランティス」
「あ、うん」
光の言葉にアスコットが頷く。もう大勢が明らかなせいか、ランティスと覚以外はバテ気味の身体をモチベーションだけでは
カバー出来ないといった様子だ。
「両チームともほとんどキャプテンの得点だな。ほぼダブルスコアでランティスの圧勝だが…」
チーム・ランティスのバスケ部員が趣味でつけている両チームのスコアブックを覗いていたラファーガの隣にきた光も
目を丸くしていた。
「わぁ、あと3点でダブルスコアになっちゃうんだ」
1点を争う接戦であるかのように、ランティスと覚だけがまだ全力プレイだった。大量点差があるにもかかわらず、ランティスは
まだ攻めるつもりでいる。
スティールを狙う覚をかわしながらドリブルでハーフラインを越え、ランティスが強引にシュートを打つのと同時に試合終了の
合図が響く。ザッというネットを擦る音を立てて、最後のシュートが決まった。
「やったぁ!!ランティス先輩って凄いっ!」
「これで総合優勝が決まったな」
「ハーフラインから駄目押しのブザービーターとはね…。やっぱりあの人は性格が悪いなぁ」
ラファーガの声もイーグルのくすくす笑いも光の耳には入っていない。両チームの礼が終わるのを待ちかねていたように、
光がコートにかけていく。
「ランティス先輩っ!」
敗戦の兄にも構わずランティス駆け寄る光が誰かに背中を押されて、勢い余ってランティスに抱き留められて真っ赤に
なっていた。
「わあっ!ごっ、ごめんなさいっ!!」
役得とばかりにしっかり光を抱きしめたままランティスが微笑った。
「詫びるより祝ってくれるほうがいい」
「四種目制覇おめでとう!…いま誰かに突き飛ばされたような…」
「気のせいだろう」
「えーっと、あの、もう大丈夫だよ?」
「走り疲れた俺が大丈夫じゃない…」
『大丈夫じゃない』と言われては、光はそこから逃げ出せない。寄り掛かってるようでいて、光を潰さないようにランティスは
加減している。その視界の端では殴り込みの鉄砲玉もかくやという形相の優と翔が覚に食ってかかり、言い分を却下されて
いるようだった。
文句なしで勝負に勝ったのだから、このぐらいは許されるだろう。
弟二人の首根っこをひっつかんだままの覚をくすくす笑いながらねぎらう者がいた。
「お疲れ様でした。光さんの背中を押すぐらいなら、最初から素直に祝福してさしあげればよろしかったのに…」
「空…。そうはいかない。あれぐらいで音を上げるようなやつに妹は任せられないからね」
「まぁ、困ったかた…」
優しい微苦笑を浮かべて空はまだ揉めている三兄弟を見遣った。あれぐらいなどと覚は軽く言うが、あんな面倒なことを
吹っかけられて応じるランティスも相当酔狂であるように空には思えた。妹の風が恋をしたなら、自分はよき相談相手に
なろうと空は心に決めていた。
外野の悲鳴も冷やかすような歓声もお構いなしで、ある意味、二人だけの世界にいるランティスと光は色気も素っ気もない
言葉を交わしていた。
「ランティス先輩のダンクシュート、スッゴく格好良かったけど、あれは真似出来ないからなぁ…。一人アリウープっていうの?
あれなら私にも出来るかな?短距離走は中等科ベスト3に入ってるんだけど」
「剣道の大会のない時にな。今頃ヒカルに怪我でもさせたら、サトルにシメられる」
「わぁ…、なんか意外。覚兄様、そんなことするの?翔兄様なら解るけど…」
腕の中で見上げる光の言葉に小さく微笑いつつ、以降は下二人の返り討ちに注意かと、背中に突き刺さる視線に思う
ランティスだった。
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このイラストを戴いたことがパラレルを書くきっかけになりました。
3児の母さま、ネタふりありがとうございました♪