すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL-
act30.to be continued...
チーム・ランティスとチーム・サトルの対戦カードとなった女子ソフトの決勝戦は、六回まで0対0の白熱した投手戦に
なっていた。初戦で完投勝利を収めた光は今日はベンチで応援していた。七回表に一挙三点をもぎ取ったはいいが、
その裏、疲れが出てきたのかチーム・ランティスのピッチャーがストライクを取れなくなってしまい、急遽光が投球練習を
始めていた。
スタンド席からランティスが光に声をかける。
「いけるか?」
「あとスリーアウト取れば女子ソフトも優勝だもん。やってみるよ」
にこりと笑って光はダイヤモンドのほうへ走っていった。全ての塁はランナーで埋まっている。ここで一発打たれれば
サヨナラ負けを喫することになる。
男子バレーで優勝を決めたときランティスが言っていたとおり、男子バスケでも優勝したことでチーム・ランティスとしては
すでに総合優勝が決まっていたのだが、光は種目別優勝のメダリオンが欲しかった。
「先輩は四つも獲ってるんだもん…。私も持ってなきゃ、隣に並べないよ」
そんなことをランティスが気にするとも思えないが、そこはやはりスポーツ選手。やるとなったら目指すものは頂点だった。
面目なさげな先輩をねぎらい、交代した光がピッチャーズサークルで投球練習を始めた。
スパンッと小気味良い音を立てて光の投げた球がキャッチャーのミットに収まる。
「相変わらず良い球を投げているな…。ヒカルの連投でも良かったんじゃないか?」
ラファーガの評価にランティスは首を横に振った。
「剣道のほうで大きな大会がある。学校のお祭り騒ぎぐらいで無理はさせられない」
実際降板した投手もしきりに手のひらを気にしていたので、マメを潰すかなにかしてしまったのだろう。光がそんなことに
なったら、竹刀を持つにも差し支えてしまうとランティスは懸念していた。
規定の投球練習が済んだところで試合が再開された。
「二人ともそんなとこで解説やらなくていいから、真面目に応援やってよ…」
恥ずかしさを我慢して一人声を張り上げていた(つもりの)アスコットが苦情を申し立てる。
「おぅ、悪かったな」
ラファーガがランティスを引きずるようにして、チーム・ランティスの応援席の前に立った。
「フレーッ、フレーッ、ラ・ン・ティス!!」
ラファーガが腹の底から怒鳴る声に、応援席も呼応していた。
「フレーッ、フレーッ、ラ・ン・ティス!!フレーッ、フレーッ、ヒ・カ・ル!!!」
ピッチャーズサークルにまで届いたその声に、光が苦笑いする。
「チーム名、間違ってるよ…。でも言われたからには…っ」
さきほどまでの投手より遙かにスピードのある光の球に、チーム・サトルのバッターは振り遅れていた。次は緩めに投げて
打ちにきたバッターのタイミングをはぐらかす。どの速さがくるか判らないまま、一人目は空振り三振に終わっていた。
まずワンアウトと人差し指を立てた手を光が守備陣に示す。
「光、あと二人よ。頑張れ〜っ!」
自分のチームがすでに敗退した海は、ピッチャーの光の応援に回っていた。
「ほら、アスコット。ボンヤリしてないで応援、応援♪」
ラファーガたちに任せてなるべくなら黙っていたいアスコットに海が発破をかける。海にそう言われれば、掘ってでも穴に
入りたいぐらいの恥ずかしがり屋なアスコットでも、意地を見せない訳にはいかなかった。
「フレーッ、フレーッ、ラ・ン・ティス!!フレーッ、フレーッ、ヒ・カ・ル!!」
瞬く間にツーストライクをとったあと、三球目のすっぽ抜けた球を打たれたが、セカンドゴロでツーアウト目をもぎ取った。
次のバッターが打席で構えるのを待つ光が鬱陶しそうに首を振ったり、顔の近くの何かを手で払うような仕草をしていた。
「どうしたのかしら…」
首を傾げた海に、のほほんと答える声があった。
「この学院は自然に恵まれている分、生態系も豊富ですからね。可愛いお嬢さんだから悪い虫にでも好かれたんじゃ
ありませんか」
ほえほえとした笑顔で『悪い虫』と言いつつランティスをチラ見したのはイーグルだった。
「そういえばなにか白っぽいのが飛んでるな…」
ラファーガも不快そうに唸っていた。春の森近くとあれば細かな羽虫も少なくない。パァンと音がして、一球目がミットに
吸い込まれた。早ければあと二球で試合が決まることにチーム・ランティスの応援席のほうのテンションがあがる。
「光ーっっ!!頑張って〜っっ!」
二球目はボールになりそうな際どい球筋だったが、バッターが空振りしてくれたことでストライクカウントを一つ稼いだ。
「「「あと一球!あと一球!!」」」
声援の届くピッチャーズサークルで、光は無駄な力を抜こうと肩を上げたり下げたりしていたが、相変わらず何かを
追い払おうとしていた。
「可哀想に…。悪い虫につきまとわれて困っているようですよ」
「……いちいち俺を見るな」
楽しげにからかってくるイーグルにランティスが文句をつけると同時ぐらいに、光の手から三球目が放たれた。
最後の一球を投げ終えたとき、顔の周りでうるさく飛んでいた羽虫が目に飛び込んでしまい、痛みのあまり光は
顔を覆って立ち尽くした。
「ちょっ…いたたた。も少し待ってよ」
光が無理な文句を言った時、バットがボールを弾くカーンという音と悲鳴が上がった。
「うわぁ、ピッチャー強襲だっっ!」
「光、よけてっ!!」
せめてどっちへという指示があればよかったのだが、見えないまま動こうとした光は逆にボールの真っ正面に
入ってしまっていた。鳩尾にまともに食らった衝撃に、小柄な光は身体をくの字に折り数歩あとずさって尻餅をついた。
「ヒカル…っっ」
グラウンドとスタンドが凍りつく中、座り込んだまま痛みをこらえている光がボールを掴んだ右手を高く伸ばした。
「ゲームセット!!3対0でチーム・ランティスの勝ち」
「「やった!!」」
光のもとに駆け寄ろうとする野手陣を追い抜いて駆けていった大柄な男子生徒はスタンドを飛び越えてきたランティスだ。
「ヒカル…、大丈夫か?」
「ダメだよ先輩、グラウンドに入ったりして。まだ礼もしてないのに…、ってて」
「獅堂さんゴメンね。ワザとじゃないから…」
バッターだったチーム・サトルの上級生がおろおろしていた。
「あははは、大丈夫です。私がドジっちゃったから…きゃうっっ」
鳩尾を押さえたままへたり込んだままだった身体が浮き上がったと思ったら、窮屈な学ランを脱いで追ってきたラファーガに
預けたランティスが抱え上げていた。
「せせせ、先輩。オーバーだよ、はっ、恥ずかしいからおろして」
真っ赤な顔をしてネコミミを出した光の懇願などまるで聞いていなかった。
「大丈夫か、光」
「覚兄様…ごめんなさい」
「ランティス、閉会の挨拶は副会長の担当なんだが…」
「閉会の挨拶もサトルに任せる。大学部の保健管理センターに連れていく。向こうなら必要ならレントゲンも撮れるからな。
ヒカルのことは任せてもらおう」
意味深な言葉をさらりと言い残してランティスは歩きだした。
「先輩…ほんとに大丈夫だってば。大学部って森の向こうだし…」
「学院の配置図なら頭に入ってるが。地下道以外は」
学院と自宅を結ぶあんな通路があるなんて思ってもみなかった。誰が作ったのか知らないが、スパイ映画にでもかぶれた
先祖がいたのだろう。曾祖父はもう他界しているが、祖父母あたりに今度あったら話を聞いてみてもいいかもしれない。
「だからもう自分で歩けるから…」
「だめだ。俺は医者じゃないからそこは譲るが、それまではいやだ」
「いやって、先輩」
「鼠はどうだか知らんが、栗鼠にさらわれたら困る」
学院敷地のフェンスに囲まれた森の中なので、事情があって飼えなくなった者が放した小動物などがちらほらいて、少し
離れたところで栗鼠がこちらを見ていた。
「さらわれないけど…っ。ホントに栗鼠がいたんだ、ここ。かわいいなぁ」
「…ヒカルのほうがかわいい…」
ぼそりとつぶやくような言葉が降ってくると、頬が赤く染まり消えていたネコミミがまたぴょこんとはねた。胸にもたれて
いるので顔は見られないかもしれないが、心臓がばくばくしているのはごまかしようがなかった。
「先輩がそういうこというとすごく心臓に悪いんだ…」
「そうなのか。循環器内科の知り合いがいないか母に訊いておこう」
しれっとした顔で答えたランティスに光が慌てた。
「そ、そんなのいいよ」
「どうして?」
「こんなにどきどきしちゃうのは先輩のことだけだから…、多分」
『多分』とつくあたりがまだまだだが、とりあえず特別な存在にはなりつつあるらしい。
森を抜け大学部のエリアに入るところで中高等科から連絡がいっていたのだろう、保健管理センターのストレッチャーが
待機していた。
「うわぁ、さらにオーバーだなぁ…」
さては覚の差し金かと渋い顔をしながら、やむなくそこに光をおろすとランティスが言った。
「学費と別に施設管理費を巻き上げられてるんだから、遠慮なく使っておけばいい」
「あははは、そんな考え方もあったんだ。はーい」
ストレッチャーに乗るには元気そうな少女とそれに付きそうやたら背の高い少年を、キャンパスの大学生たちが不思議そうに
眺めていた。
to be continued...
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ながながお付き合いいただいた すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL- ようやく完結です
まだまだ光ちゃんのほうはどうなの?って感じですが
そこはまた next stage にて・・・。