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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act27.応援合戦

 

 「フレーっ!フレーっ!ラ・ン・ティ・ス!」

 小さな身体のどこからそんな大声が出るのかという光の掛け声から、チーム・ランティスのエールが始まった。

 パステルピンクの短ラン姿で、額のど真ん中に青いLの字の白ハチマキをキリリと結んだ光に、学院生・家族応援席にいる

初等科生や他チームの上級生からも黄色い声が飛んでいた。

 「獅堂先輩カッコイイ〜っ♪」

 「光センパ〜イっ!!エスコートしてくださぁい!」

 「光、可愛いよ〜っ!」

 「それ、通学服にしちゃいな!」

 外野の声にびっくりして、オプションのネコミミが飛び出したが、みんな見慣れているのか楽しげに指さして笑っていた。

 「出たっ!」

 「あれが可愛いいんだよね〜」

 顰蹙を買わないのは結構だが、光としてはチームの応援に徹したいのだ。だいたいランティスやラファーガといった学院でも

トップクラスの美男子がいるのに、しかもそっちのが遥かにでかくて目立つ筈なのに、どうしてこっちに注目が来るのかと

焦っていた。

 ラファーガにきゃあきゃあ騒げば公認ステディのカルディナが落ち着かないし、ランティス相手に騒げば瞬間冷凍されそうな

視線を返されるのがオチだからだ。この四月からの留学生のアスコットを知る者はしれているし、顔の上半分を隠さんばかりの

長い前髪で、緊張から俯き加減にテンパっているひょろりと背の高い少年はいじりにくさをありありと醸し出していた。要するに、

光が一番手頃なみんなのおもちゃだった。

 エールでチーム名として自分の名前を連呼する羽目になったランティスは、どうにもやりにくくて仕方がなかったのだが、

『ヒカルの声で言われるのは悪くない…』などと心ひそかに思っていた。

 

 

 「副会長…。ぜぇぇったいに…」

 「内心やに下がってますね、ランティス。いつもの無表情と微妙に違います」

 三白眼でランティスを睨みつけている翔の呟きに、イーグルがニコニコしながら後を引き受けた。いつにもましてのほえほえと

したイーグルの笑みに、翔は恨み言の一つや二つ、いや三つや四つはぶちまけたいのを、『相手は先輩…』と念仏を唱えつつ

ぐぐぐっとこらえていた。

 男子バドミントンダブルス初戦で対ランティス戦の勝利をも確信していた翔のパートナーはイーグル・ビジョンその人だった。

それなのに第二戦が始まる直前に持病の癪(しゃく)…ではなくナルコレプシーの発作を起こし、急遽イーグルと同郷で

Saggitarius≪人馬宮≫(中等科三年)βのザズ・トルクが翔のパートナーにたったのだった。急造ペアでは息の合うはずもなく、

トーナメントB組第二戦で敗戦を喫した翔は当然決勝に勝ち上がれず、トーナメントA組を制したランティスと直接対戦も出来ず

じまいという憂き目にあっていた。ランティス組はそのままトーナメントB組の勝者も撃破したので、三兄弟との勝負にまず一勝を

あげたことになる。

 「文化部長…。あの、光が…俺の妹がたぶらかした訳じゃありませんからね?」

 言いたい文句の数々を飲み下し、引き攣りつつも妹を庇う言い訳をする翔にイーグルがクスクスと笑った。

 「やだなぁ、剣道部長。なんですか、その釈明は…」

 「いやその、副会長と文化部長のお噂はかねがね…」

 剣道バカを自認する翔でも≪アヤシイ二人≫の噂を聞いているのに、その手のハナシに耳が早いハズの女子でありながら、

過保護な兄たちに純粋培養された光はとことん疎かった。

 「…僕たち二人の間に入ってくる人がいるなんて、思いもしませんでしたよ…。だけど、あんなに可愛らしいお嬢さんなら…、

ランティスが心を動かされるのも無理ありませんね」

 伏し目がちに寂しさを装ったイーグルの二の腕を、緩くウェーブのかかったマルーンの髪に褐色の肌の娘がひねきった。

 「おイタはほどほどになさいませ。ハチマキ、没収しますわよ?」

 ひねきる指を絡め取り、イーグルがその手の主ににこりと笑いかけた。

 「それはご容赦願いたいですね、今からハチマキ・ボックスを漁るのは遠慮したいな」

 「欠席の方がなければ余りませんわ。それに、本当はランティスに作ってさしあげたかったのじゃなくて?最近とみに噂に

なってますものね。うふふふっ」

 やはりにこにこと笑みを絶やさないタトラ・ヴィヴィオとイーグルのどこか底知れない日常会話に、見てはならないモノを

見てしまったとでもいうように翔が慌ててそこから離れていった。

 

 

 チーム・ランティスの次はチーム・ジェオのチアリーディングだ。グラウンド脇でスタンバっている海がぶつぶつ文句を言っていた。

 「聖レイアのチアリーディング部のコスチュームって種類多いのに、なんでよりにもよって一番露出度の高いヘソ出しルック

なのよぅ。球技大会の応援するだけの素人に、こりゃキツイっつーの」

 「そっか?普通だろ、こんぐらい…」

 歯牙にも引っ掛けないタータはもっと過激な民族衣装で通学しているので、いつもより露出度は低いぐらいだった。

 「とにかく、お腹が出てない衣装のがよかったのよ、私はね!」

 猫背気味にヘソを隠そうと目論む海の背中にバシッと喝を入れる者がいた。

 「こらっ!姿勢悪すぎや!シャンと背筋伸ばさんかいな!」

 「ヘソ出しはイヤなのよぅ…」

 泣きを入れた海のほっぺたを カルディナがむにむにと引っ張った。

 「本番前にガタガタ言わへんの!似合わんコは選んでへんよってに、自信持ってド〜ンといかなアカン!」

 「うちらの出番や、カルディナ」

 「よっしゃあ!派手にキメるで!Let's go!」

 鮮やかな山吹色にチームカラーの赤いラインが入ったフライアウェイのスカートを翻した四人の女子と、お揃いになる山吹色に

赤ラインのジャージを着たジェオがグラウンドに飛び出していった。

 

 

 チアリーディングに男子の、しかも学院で一番ガタイのいいジェオまでが出て来たことにざわめきが起きる。そのざわめきの

内容を予想してか、ジェオは真一文字を通り越して口をへの字にして、きらきらひかるポンポンを手に踊る四人から少し離れた

ところで曲にあわせて空手の演舞をしていた。

 「チアであの仏頂面は見事だな… 」

 微かに苦笑いのランティスにラファーガがちくりと針を刺す。

 「仏頂面ならお前もいい勝負だったろうが。他人にとやかく言えるか」

 「応援団は威嚇系でいい」

 「…って、僕らで愛想のよかったの、ヒカルだけだったじゃない…

 「ヒカルは学ランを着ても可愛い…」

 「エヘッ、そっかな?」

 照れ臭そうな光の紅い髪をごく自然に撫でたランティスに、出番待ちの覚の厳しい視線が飛び、その後ろで空がクスッと

微笑っていた。

 

 

 華やかな山吹色の大輪の花のダンスも山場を迎え、ようやくジェオの出番がきた。両サイドには海とSaggitarius≪人馬宮≫

βのプリメーラ・神野(かみの)がジェオを頂上とする山型になるように片腕を上げてポンポンを振っていた。ジェオはぐっと腰を

落とし、バレーボールのレシーブでもするように手を組み合わせた。そのジェオを中心とした横棒の短い十字のような

フォーメーションを崩し、正面からカルディナが屈んだ彼のほうへと駆け出す。ワンテンポ遅れ、三連続のハンドスプリングから

華麗なロンダートとバク転捻りを見せたタータがジェオの背面から近づいていく。ジェオの手を踏み台にしたカルディナがひらりと

高いバックジャンプで魅せると同時に、ふたたびハンドスプリングから前宙をしたタータがストンっと肩車で収まり、ジェオが

立ち上がったところでフィニッシュのポーズを決めた。タータの両手から放たれた赤・青・黄・白のマルチカラーのペーパー

ストリーマー(クモの糸)に他のチームや観客席からもわあっという歓声と拍手が沸き起こる。

 「なるほど。フィニッシュの大技の為にジェオを引き込んだのか…」

 「チアリーダーチームのメンバー勢揃いなら女子だけでも大技を披露されていますけど、海さんやプリメーラさんへの付け

焼き刃では無理ですものね」                                  

 感心しきりの覚や空をよそにフェリオは肩を竦めていた。                 

 「こんな大歓声のあとじゃ、やりにくくて敵わねぇよな…」

 ポリポリと頬を掻いているフェリオに風はにこりと笑いかけた。

 「私達は私達ですわ。いま出来る限りのベストを尽くして、チームの皆さんの力になれるような演奏が出来れば、それで

よろしいのではないかと…」

 風の笑顔と言葉をしばし噛み締める。球技大会日和となった抜けるような青空の下、風らしく控え目な感じで端に白いSを

縫い付けられた青いハチマキを締めたフェリオが少し遠くへ目を向けて答えた。

 「…ま、それもそうだな」

 「さて、行こうか」

 チーム・ジェオの小道具の糸が片付いたのを見計らった覚の声で四人が歩きだした。

 

 

  覚のアルトサックス、空のクラリネット、フェリオのトランペット、風のフルートという編成のチーム・サトル・カルテットの

演奏を見ながら、イーグルがフラッグ・ダンスの出番待ちのタトラに話し掛けていた。

 「生徒会長やミス聖レイアにあんな特技があったとは、ちょっと意外ですねぇ」

 「そうかしら?確かに生徒会長には少し驚きましたけれど、クウはご両親のお許しが出るならスイスのバーゼル音楽院は

どうかって勧められているぐらいですもの」

 α・β合同選択科目の音楽で一緒になるタトラがにこにこと答えた。

 「…クラリネット専攻で?」

 「いいえ、ピアノで。グラウンドにグランドピアノは持ち出せませんものねぇ、うふふふっ」

 専門でなくてもあれだけ吹きこなせるのかと軽く目をみはっているイーグルに、

いたずらっぽくタトラが笑った。

 「まぁ…、お熱い視線ですこと。ミスター朴念仁(注:ランティス)とウワサになるだけじゃ飽き足らず、生徒会長にもご執心

なんですの?困ったかた…」

 崩れそうなポーカーフェイスを取り繕い、イーグルもにっこりと笑いかけた。

 「僕の視線の先には四人居るはずなんですが、どうして生徒会長を上げるんですか、そこで…」

 「ミスター朴念仁と生徒会長とあなたとジェオの四角関係だったりしたら、一部の(腐の)女の子たちがものすごぉく

盛り上がってくれるんじゃないかと思って…」

 生まれた時からのいいなずけながら、時々そのフワリと半分ほど次元のズレた発想をするタトラに、ややもすると

イーグルは振り回されていた。

 「…姫…、本当に僕がそんな男だったら、貴女を花嫁に迎える前にチゼータ王国国王陛下の命で銃殺刑にされて

しまいますが…」

 その人にだけ聞こえるようにイーグルがぼそりと囁きかけると、自分の頬を両手で挟み込んでタトラが答えた。

 「あら大変…。終身刑ぐらいになるように助命嘆願署名をかき集めますわ」

 「おや、恩赦を奏上してはくださらないんですか。つれないひとだなぁ」

 傷ついたように目線を伏せたイーグルの二の腕にタトラがそっと触れた。

 「そんなこと…。いざという時には、私と妹の専属SP・ラシーン&ラクーンに命じて、難攻不落のアルカトラズ刑務所を

落としてお救いしてみせますわ」

 姉妹姫の送迎に運転手としてやってくる、スリーピースがはちきれないのが不思議なくらいのマッチョマン二人を

思い浮かべつつ、この姫はどこまで本気なんだろうかとひそかに悩むイーグルだった。

 

 

 陽射しにきらめく銀色のスティックにはためくフラッグ。応援合戦のラストを飾るのはチーム・イーグルのフラッグ・ドリルだ。

タトラが率いるチームが使っているのはバトン部所有のトール・フラッグなので、学院章や学年章が翻り、どのチームの

応援なんだかいまひとつ解らなかったりした。(それを言うならチーム・サトルもメドレーの最後に校歌を入れていたので、全校生で斉唱する羽目に

なっていたのだが・苦笑)

 

 

 「初等科の時も兄様たちを見に来てたんだけど、やっぱり参加するほうがワクワクするよね!」

 上気した頬でニコニコ笑いながら光がランティスを見上げた。

 「球技大会後の転入だったから、これが初参加だ」

 「そっか。そうだよね…。ランティス先輩みたいなカッコイイ人がいたら、絶対覚えてるハズだもん」

 「……」

 こういう発言は脈ありと思ってもいいのか、単に体育会系に有りがちな運動神経評価なのかと、遥か下のつむじを見下ろしつつ

ランティスが考え込む。

 みんなが練習を終えたあとに一人黙々とジャンプサーブを打ち込んでいた姿も、ラファーガと遠投をするときの綺麗なフォームも

光のまぶたにはくっきりと焼き付いていた。

 光の三人の兄たちは私設ファンクラブが出来るぐらいにはカッコイイらしい(自慢の兄たちではあるかさすがにそういう目で見たことはない)

その三人を見慣れた光から見ても、ランティスの格好良さは別格に思えるし、遠くから見るだけで心臓がばくばく跳びはねる

ので、最近ちょっと困っていた。

 こんな有様では近づいたりしたら心臓が破裂するかもと誰にも言えずに悩んだりしたが、自分がそばにいるときより他の誰かが

ランティスのそばにいるときのほうが、もっとずっと苦しくなることになんとなく気がついた。

 家庭科準備室から出て来たランティスの腕をイーグルが支えていたのを見たときは、ほんの一時間前にお弁当を食べたばかりの

お腹がせつなくて、胃酸過多になったんだろうかと家庭の医学を引っ張り出して真剣に読みもした。

 以来、ランティスの姿を見るたび、誰かと話しているのを見るたび、せつなくなるお腹やばくばくうるさい心臓を鎮める方法を

密かに研究し、どうやらそばにいるのが一番いいという結論に達した。

 そばにいればいたで、頭上から降ってくるそのエンジェルボイスにどぎまぎしてしまうのだが、そちらのほうが遥かにマシだった。

さいわい纏わりつくが如きに懐いてくる下級生にランティスは気を悪くするふうもなく(そりゃ光ちゃんだからね…)、光は安心してそこにいる

ことにした。

 

 

 かくしてその心情に微妙なズレのあるツーショットが出来上がっているのだが、周りは表層しか見ないものだ。これまで

女嫌いなのかとまで疑われていた(ごく一部ではまた違った解釈をされていたようだが・爆)男が親友の妹と仲よさ気にしている、しかもその

親友が諸手を上げて祝福しているようには見えない辺りが、妙に真実味を増していた。

 ごくごく一部の女子生徒はランティスとイーグル、あるいはその他美丈夫とのツーショットを影に隠れて熱望し、光を王子様視

していた同級生以下たちは、紅涙をしぼってその遅い初恋を祝福する者と、両刀疑惑の狼の餌食になりはしないかと心を痛める者

とに分かれていたのだった。

 

 

 

 

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     プリメーラ・神野…神野(かみの)は日産プリメーラ・カミノより

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