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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act18.クラブハウス裏 

 

 放課後、バレーの練習の為にクラブハウスで着替えていた海は、すぐ近くから仔猫のような鳴き声が聞こえることに首を

傾げていた。

 「変ねぇ…。迷い込んだのかしら…」

 終礼が終わるなり来ていた海はまだ練習開始まで時間があるしと、周辺を探索することにした。

 建物を一旦出て、中・高等科外周沿いになる建物の裏手へと回ると、すんなりターゲットは見つかった。こんなところにある

みすぼらしいダンボール箱に入っているものなど、他には考えにくい。

 「うそ…。学院内に捨て猫?」

 中・高等科正門は登下校時間帯には警備員が立っているし、それ以外の時間帯は施錠されていて、遅刻・早退者なども

インターホンで呼んで通用門を開けてもらうことになっている。部外者が置き去りにすることはあまり考えられなかった。

 何度か雨に濡れてしまったのだろう、みぃ…みぃ…と弱々しい鳴き声がするよれたダンボールの蓋を開けて、思わず海は

目をそむけてしまった。

 「…ひどい……」

 あまりペットを飼った経験のない海が見ても一目で判るほど、その仔猫の状態はいいものではなかった。薄汚れていると

いうレベルでなく、全身の毛がごわごわに汚れていて、皮膚病を患っているのか禿げている部分もかなりあり、そのうえ

目やにで充分に開かない両目ときては、手を伸ばすのも躊躇われた。

 「どうしよう、これ…」

 このままここに放置しても長く生きながらえるとは考えられない。とりあえずは教師に報告しようと海が箱を閉じたとき、

裏手に入り込んできた者が叫んだ。

 「何してんだよ!そのコに触るなっっ!」

 いきなり怒鳴りつけられた海が、その声のするほうをみて目を丸くした。

 「あなた、光のクラスの留学生…?」

 よくLibra≪天秤宮≫αの廊下前でScorpius≪天蠍宮≫にいるはとこのフェリオと話しているのでなんとなく見覚えてはいた。

フェリオはフェンシング部に体験入部にやってきたので名前を覚えたが、こっちはなんと言っただろう…『マスカットみたいで

美味しそう…』と連想したことしか思い出せなかった。

 「え…?あ……ウ、ウミ…なんで……

 海が雨続きの肌寒さに着込んだパーカーのフードをすっぽりと被っていたので、アスコットは気づけなかったのだ。ものすごく

内気で人見知りだと光や風に聞いていた相手に問答無用で怒鳴られて、海はかなり気分を害していた。

 「あなたが捨てたんじゃないでしょうね!」

 綺麗なまなじりがキッとつり上がっていたので、怒らせてしまったことはアスコットにも判った。部活用に学校規定以外の

トレーニングウェアを置いている海がそれを着ていたので、昼間の連中がまた来たのかと勘違いしたのだ。

 「違う…。昼休みに拾った。フェンスの外で、子供に石投げられてたんだ…」

 中・高等科外周の森の遊歩道は近隣住民にも開放されている。身分証の確認と入退人数のチェックはしているが、子供が

そんな酷い悪戯をしているとは夢にも思っていなかったのだろう。

 男女共学の聖レイアでは体育の着替えはクラブハウスで行うことになっている。集団での着替えに馴染めないアスコットは、

五時間目が始まるよりかなり前にクラブハウスに着替えに来て仔猫の受難に気づいたのだった。

 「フェンスの外って…。どうやって?」

 防犯の為にかなり背の高い、登りにくいこと確実なフェンスをどうしたのだろうかと、海が首を傾げて尋ねた。

 「…木登りはわりと得意だから…。あの、…怒鳴って、ごめん…」

 謝られていつまでも根に持つ海でもない。アスコットが手に握りしめているパック牛乳を見れば、仔猫の敵ではないことは

明白だった。球技大会の練習の為にクラブハウス近辺に人が集まる前に少しでも餌を与えようと、アスコットが海の方に

近づいていった。

 「そんなに背が高いのに、もっと大きな声でしゃべりなさいよ」

 同級生のはずなのに、この子を見ていると何故か上から目線(実際は見上げているのだが・爆)の物言いになってしまうと海は

内心で苦笑していた。

 「ごめん…。ほら、ミルク持ってきたぞ」

 といいながら、アスコットが持っているのは小さな四角いパックの牛乳だけだった。

 「ちょっと、仔猫がストローで飲むとでも思ってんの?お皿は??」

 「…猫用のお皿なんか学校にないよ…」

 「お皿の代わりになるものって意味に決まってるでしょ!?それに牛乳って駄目なんじゃないの?」

 アスコットが祖国にいた頃、確かに動物たちは彼の友達だったが、それらはもう少し大きな野生動物だったので、こんな

小さな仔猫の世話をした経験がなかった。

 「猫にミルクは普通じゃないか。キャットフードなんてそれこそ学校にないって」

 呆れたようにため息をついて海が答えた。

 「こんなにちっこいのにキャットフードはまだでしょ。『仔猫用のミルクでなきゃおなかこわすんだ』って、うちのクラスの子が

言ってたと思うんだけど…」

 「そんな…。それも学校にないよ…」

 「まぁ、間に合わせには仕方ないのかしら。ほら、ここに出しなさい」

 海はアスコットの前に掌を差し出した。

 「ちっちゃいから、ここにちまちまでもなんとかなるでしょ」

 ほっそりと綺麗な指をした海の手を、アスコットは汚せなかった。

 「ごめん、僕の手にミルク出して。このコは病気持ってるし、君に触らせる訳にはいかないから…」

 何度目だか判らない『ごめん』に苦笑しつつ、海もそれに従った。

 「あなたの掌のほうが大きいから、仔猫も安心できるかもしれないわね」

 パックについたストローを突き刺して、少しずつアスコットの左の掌にミルクを出していく。

アスコットはひざまずき、右手で箱の蓋を開け仔猫を掬い上げてミルクの前まで

連れていった。

 「ほら、ミルクだぞ。腹減ってるだろ?」                            

 鼻を突っ込んでしまいそうなほどミルクに近づけているのに、仔猫は一向にミルクを

舐めようとしない。

 「飲まないわね。おなかいっぱい…なんてことはないか。『三時間置きぐらいにミルク

あげるんだ』って言ってたし…」

 つい先週ぐらいに仔猫を飼い始めたというクラスメイトの話を思い出しながら、海も

心配そうに見守っている。

 ミルクが顎の毛につくぐらいまで持っていくのに、どうにも仔猫の食いつきはよくなかった。

 「どうしたのさ?しっかり飲めったら…。いまはこれしかないんだから、我慢してくれよ」

 「ねぇ…、このコどうみても病気みたいだし、飲めないんじゃないの…?」

 「そんな…」

 しばらく考え込んでいた海が、「あっ」と何かを思いついた。

 「そのコ、ひっくり返して!」

 「ひっくり返す??」

 海が言いたいことが判らず、アスコットはぐりんと仔猫を掴んだ手を返した。

 「乱暴ねぇ…。あー、もうちょっと身体を縦にしたほうが安全かしら。これでどう…?」                                          illustrated by ほたてのほ さま  

 海はストローをスポイト代わりにすると、仔猫の口元にちょっとずつミルクを垂らしていく。

少しは口に入っているはずだが、自分から欲しがる様子がみられなかった。

 「なぁ、どうして飲まないんだよ…」

 泣き出すのではないかと思うほど困惑顔のアスコットに、しばらく考え込んでいた海が

意を決したように尋ねた。

 「――このコどうするつもり?おうちに連れて帰るの?それとも警察?」

 「警察??犯罪者じゃないよ?」

 どうやら拾った動物を警察に連れて行くという慣習は、彼の国にはないらしい。

 「判ってるわよ。落し物として届けるってこと」

 「落し物?落し物は過失だけど、こんな箱に詰められて…このコは故意に捨てられたんだ!持ち主が出てくると思う?!」

 「出ないでしょうね。そのまま保健所に送られちゃうかな。そこで里親が見つかればまだいいけど、この状態じゃあ…」

 言葉を濁してしまった海に、この国での一般的な事例を知らないアスコットが先を促した。

 「どうなるの?あ、獣医さんに見せるのが先か!」

 「……」

 黙ったまま首を横に振った海の意図がアスコットには伝わらない。

 「獣医さんに見せる以外に、何かすることある…?診察しなきゃ、薬だって判らないよね」

 「・・・・・保健所で…処分されるわ」

 暗い表情を見せる海にいやな想像をしつつ、それを認めたくないアスコットが訊き返した。

 「≪処分≫って何さ…?」

 「だいたい…一週間か十日ぐらい待って引き取り手がなければ……殺処分されてしまうの」

 「そんなの酷いよ…っ!」

 「私に怒鳴らないで!……そんなの、そんなの判ってるんだったら…」

 小さな生命に何もしてやれない悔しさとやるせなさで目にいっぱいの涙をためた海を見れば、彼女がその社会システムに

憤りを感じているのは明らかだった。

 「…ごめん…。きみのせいじゃないのに…」

 「ううん」

 目線を伏せたまま首を横に振った海に、アスコットが告げた。

 「僕が面倒見る。だから動物病院教えてくれないかな。マンションと学校の往復ばかりで、よく知らないんだ…」

 最寄り駅から学校までの海が通いなれた道では動物病院を見た記憶がなかった。かといって海も自宅のそばならともかく、

その他の地域のことまでは解らない。

 「パパの知り合いにペットクリニックの先生がいるわ。そこでもいい?」

 「えっと、電車でいけるとこなのかな?」

 通学もまだフェリオと一緒にしかやったことのないアスコットが、心もとなさそうな表情を浮かべていた。

 「そのコ連れて電車に乗るのは、ちょっと無理そう…。今日はパパがPTA役員会で学校に来てるの。球技大会の練習が

済んだら一緒に帰ることになってるから、それまで待てる?待てるならパパに連れて行ってもらいましょ」

 「あの、でも迷惑なんじゃ…」

 「乗りかかった船っていうしね。αなら今日は球技大会の練習ないでしょ?ここでしっかり看てるのよ?」

 「うん、ありがとう…」

 すっくと立ち上がると、潤んだ目許をしゃきっとさせるように海がパンっと自分の両頬を叩いた。

 「さぁ、さっさと行かないと、先輩に叱られちゃう。またあとでね!」

 返事も待たずに駆けていった海の後姿に、アスコットが呟いた。

 「ホントに君は変わってない……。昔も今も、僕を助けてくれるんだね…」

 

 

 怪我をした動物を泣きながら庇っている、チョコレート色の髪のちっちゃな男の子――外履きから体育館シューズに履き

替えていた海の脳裡に、ふっとそんな情景が浮かんだ。

 『あれ…なんでこんなこと思い浮かべたんだろ…。前に、こんなことあったっけ……?』

 光と風のクラスメイト(相変わらず名前が思い出せない)は、別に泣いていた訳じゃない。ただあの髪色からなんとなく連想して

しまったのかもしれないが、それが過去の事実なのか映画かなにかの情景だったのか、海ははっきりと思い出せなかった。

 

 

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