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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act24.ハチマキ・ボックス

 

 球技大会まで一週間を切り、中・高等科エントランスにはすでに四色のハチマキ・ボックスが設置されていた。『ボックスに

入れる方は、大会2日前までにお願いします!!』との但し書きが、いっそう光の焦りに油を注いでいた。

 「ううう…早く完成しなくちゃ」

 渡し先こそ決まっているものの、お裁縫が苦手であることには変わりなく、作業は遅々として進んでいない光がぶつぶつと

呟きつつ通り過ぎていった。

 それより少し遅れて登校した海も、やはりハチマキ・ボックスの前で固まったようにその注意書きをじぃっと睨んでいた。

 「うー、結局これのお世話になるのかしら…。いまさら白なんて、渡し先判んないしねぇ」

 本来チーム・ジェオの海は赤いハチマキを作ることになっていた。お裁縫が得意じゃないので延ばし延ばしに放りっぱなしに

していたのだが、一昨日になって白ハチマキを使うチーム・ランティスにいるフェンシング部のPisces≪双魚宮≫(高等科三年)

先輩に、『まだ作ってないなら取り替えて!』と懇願されてしまったのだ。高三といえば学園生活も残り僅か、チーム・ジェオの

誰かに告白する意志を固めたのだろう。『先輩の想いが届いたら、私にはこっそりお相手教えてくださいね♪』との約束の下、

紅白の生地を取り替えたのだった。

 少なくとも同じクラスの男子であれば、まだ誰が貰っていないかというのも雰囲気で判るが、それが隣のクラスや他の学年と

いうと超能力者かニュータイプでもなきゃ判るはずもない。手渡すなら少なくとも見目の良い、それなりのレベルの男子がいいに

決まっているが、件の先輩と同じようにこの球技大会のハチマキで告白をする女子も少なくないので(あるいは男子のほうから

『ハチマキ貰えないかな』と告白したり)、下手な相手に渡すと無用の誤解を招きかねない。それぐらいなら誰の手に渡るか

自分でも判らないハチマキ・ボックスを使うほうがマシかもしれないと、作業以前に海の悩みは尽きないのだった。

 

 

 

 母親の体調がすぐれずお弁当を持ってきていなかった海は、中央棟の学食で日替わりランチを食べていた。光と風はお弁当

持参でその場に付き合っている。

 「お二人ともハチマキは仕上がりましたか?」

 ご馳走様でした、と手を合わせた風が二人の親友の顔を見た。

 「あはははは。そゆこと聞かないでよ、風ちゃん…」

 「風と違ってお裁縫は苦手なのよ。それに頼まれて生地を交換しちゃったのよね、白に…。チーム・ランティスで誰がまだ

ハチマキ持ってないかなんて、判りゃしないっての」

 「え?海ちゃんも白持ってんだ…。ラファーガ先輩が持ってるのは知ってるけど、当日まで使わないし、誰がまだかなんて

同じチームでも判らないよ」

 「違うチームじゃなおさら判んないわよ。練習中とかに、そういう雰囲気漂わせてる人、誰かいないの?光」

 「い゛っ!?そ、そういう雰囲気って、どういう雰囲気??」

 この手の質問を光にするほうが大間違いというものだ。もともとポーカーフェイスだが、困り果てている光に助け舟も出さず

風がやけに涼しい顔をしているので、八つ当たり的に光はそちらへと話を振った。

 「そういう風ちゃんは!?あれは完成しただけじゃダメなんだよ?」

 「もう仕上げてお渡ししましたもの」

 さらりと答えた風に、光と海がガタガタっと音をさせて立ち上がる。

 「だっ、誰に!?」

 「いつの間にっ!?」

 二人の派手なアクションのお陰で学食中の注目を浴びた風はさすがに頬を紅く染めていた。

 「お座りになってください、目立って仕方ないじゃありませんか」

 恋バナはもちろん、これまで『●●くんってかっこいい』的発言もしてこなかった親友の爆弾発言に、光と海は言われるまま

茫然と椅子に腰を下ろしていた。

 「…で、誰に渡したのよ、風」

 一度集まった注目がそうそう散るはずもなく、周りの視線をひしひしと感じていた風は沈黙を選んだ。

 「…言えませんわ…」

 「ずるいよ、風ちゃん!じゃ、私も言わない!ね?海ちゃん」

 早々に宣言した光の『私も』という言葉に、『それって誰か相手は一応決まってるってコト!?私は掛け値なしに誰一人

アテがないんだけどもっっ!』と、目まぐるしく考えながら、三人の中では一番ねんねの光にまで先を越されたと海はがっくり

肩を落としていた。

 

 意気消沈の海の背後の少し離れたテーブルで、溌剌とした褐色の肌とキャンディピンクのポニーテールの高等科生が

嬉しそうに皮算用を弾いていた。

 「……へぇ、ウミは白ハチマキ作るんかいな…。んふっ、ええネタ拾たなぁ…。アスコットはナンボで買うてくれるやろ?」

 「……『昔から弟みたいに可愛がっとるんや』って、言ってなかったか?カルディナ」

 チアリーディング部のミーティングを兼ねた昼食の席で、同郷のリーダーのあこぎな計算にCapriconus≪磨羯宮≫(高等科

一年)のタータ・ヴィヴィオが呆れていた。

 「それはそれ、これはこれ。なんも払えんほど高値で売るわけやなし。まぁ、デザート付きのDランチ五日間ゆうとこかな?」

 ――締めて二千五百円…高いのか安いのかはアスコットの恋心とことの成否次第だった。

 

 

 

 龍咲凌駕の知り合いのペットクリニックは良心価格設定だが、それでも入院させているとなれば出費はバカにならない。

一応(?)一国の王子の随員ということでそこそこに歳費は貰えるのだが、王子付き女官のサニーの保護下にある未成年の為、

アスコットは『おこづかい生活』をしていた。サニーにはメールで『仔猫の入院費が嵩むからもう少しおこづかい口座に振込んで』と

言ってあるのだが、向こうも忙しいのだろう、いまだ振込みがなく財布の残額とにらめっこする日々が続いていた。

 そんな生活をしていても≪ウミのとっておきネタ♪≫とカルディナに言われれば、アスコットが飛びつかないはずがない。

事情を話して振込みが来てからで納得してもらい(その利息で一日分追加になったが・笑)、貴重な情報を入手していた。

 同じマンションの上階に住むカルディナがアスコットたちの部屋まで来てネタを売りつけていったので、それはフェリオも

知るところとなっていた。

 「で、携帯番号知ってるのに、何グズグズしてるんだ、アスコット」

 「だって…、僕が電話をかけるの苦手なの、知ってるだろ?」

 発信者表示があれば、かかってきた電話に出ることはなんとか出来るようになった。だが自分からかけることは、それこそ

フェリオの携帯あてにかけるのも、ひきこもり系人見知りには猛烈なストレスが溜まるのだ。

 「俺に代わりにかけろってのか?!」

 呆れたようなフェリオの一言に、アスコットはぶんぶんと首を横に振った。

 「そ、そんなことしたら、ウミに情けないヤツって思われちゃうじゃないか!」

 そこのところはちゃんと判っているらしい。

 「しゃべるのがダメならメールしろよ。アドレスも貰ってるんだろ?」

 風からハチマキをゲットしたはいいが、まだ携帯番号とアドレスを貰っていないフェリオはそんなアスコットが癪に障るのか、

ちくっと刺していた。

 「初めてのメールがいきなり『僕にハチマキください!』なんて、あつかましいにもほどがあるじゃないかっっ!」

 「だぁぁぁぁ!電話も出来ない、メールもダメ!!んじゃ、面と向かって言ってこい!!」

 ブチッと切れて言い放ったフェリオに、アスコットがううっと唸りながら言い返す。

 「ソレが出来るくらいなら、はなっから悩んでないよ…」

 確かに海は白のハチマキを作るのかもしれない。そして特に渡したい相手もいないのかもしれない。だが、だからといって

『そのハチマキをアスコットが使ってもいい』と同義であるとは限らないのだ。

 この間は仔猫という媒体がいたからなんとかスムーズに話せたが、一対一となると途端にハードルがとんでもなく上がって

しまうアスコットだった。

  

 学校で好きな場所は自分の教室の自分の席(ちなみに隅っこ)。学食やカフェテリアを利用するときも出来れば隅っこがいい

アスコットにとって、『廊下で立ち話』というのもフェリオが居てこそだった。教室内でクラスメイトに話しかけられれば多少の

受け答えは出来るようになったが、まだバカ話が出来るほどではなかった。フェリオを拝みに拝み倒して毎朝Libra≪天秤宮≫

αの教室前まで来てしゃべって貰うようにしているのだが、それでも海に声をかけるチャンスは得られなかった。彼女は隣の

β組、建物内順路的に言って普段αの前までは来ないのだ。

 「…あのなぁ、俺に何回無駄足を踏ませるつもりだ、アスコット…」

 今日も声をかけそびれてしまったアスコットに、フェリオの苦情が突き刺さる。

 「ご、ごめん…。言わなきゃって思うんだけど、喉が凍りついちゃうんだ」

 「ボックスの投函期限は一応明日だろ?放り込まれちまっても知らないぞ」

 「う、うん…」

 予鈴が鳴るまでそのまま話していたものの、それきり海は教室から出てこなかったので、いよいよもってアスコットは追い

詰められていた。

 

 

 

 その日確かに使っていた消しゴムが見当たらず、二時間目の生物教室に忘れたのかもしれないと教室を出たアスコットは、

隣の教室から中央棟に向かう海の後姿を見かけた。教室移動にしては持ち物が少ないことが気になって、消しゴムはそっち

のけでそのあとを追う。

 中・高等科エントランスのハチマキ・ボックスまで来た海はブレザーのポケットに手を突っ込んで、白いものを取り出していた。

あの中に放り込まれたら、彼女の入れたものかどうかあとはカンに頼るしかなくなってしまうので、アスコットはもう覚悟を

決めるしかなかった。

 「あっ、ああ、あのっっ、ウミっっ!」

 三時間目と四時間目の間の短い休憩にエントランスまで来る者は少ないので、いきなり声をかけられた海がビクっとそちらを

見遣った。

 「あら、マ…(違った)アスコットじゃない。…仔猫はどう?」

 箱に伸ばしかけていた手を下ろして、海がにっこり笑った。

 「あ、うん。『生命の危機は脱した』って、先生が…」

 「そう、良かったわね」

 話さなきゃいけないのは仔猫のことじゃない。いや、仔猫の生命も大事だが、いま言わなきゃいけないことが、アスコットには

他にある。

 「あああ、あのさ、それ…、白のハチマキ、……ボックスに入れるのかな?」

 隠し持っていたつもりの物を発見されて、海はあっさり開き直っていた。

 「見られちゃったのね。だってチーム・ランティスの人にあげるアテがないんですもの」

 「僕、チーム・ランティスなんだけど、えっと…、貰える人がいないんだ………。あの、よ、よかったら、ソレ……貰えない…かな……?

 後半は消え入りそうな声で思いっきり俯いてはいるが、とりあえず海の耳には届いたらしい。

 「…言っとくけど、私、お裁縫下手なのよ?それでもいいならどうぞ」

 「あっ、そのっ、貰えるだけで充分だよ!だって、その、えっと、箱から取ったら、誰にお礼を言えばいいのか、解んないし…」

 深々と頭を下げ、捧げ持つように受け取りながら、思いがけない海の了解に舞い上がり、アスコットの口からは肝心なことが

出てこない。

 「ここから持ってくのに、お礼なんて誰も言ってないと思うけど…」

 「だって、これ作るのにそれなりの時間使ってるのに、黙って貰うの悪いから、あの、その、……ありがとう、ウミ…」

 「その出来でお礼言われちゃ心苦しいわ」

 肩を竦めてぺろりと舌を出している海を見もせず、まだ俯いたままのアスコットの頭は血が上りすぎて空ぶかし状態だった。

 『≪案ずるよりウミが優しい≫って諺は本当だったんだ~っ!よしっ、二人きりで話している今がチャンスだ、頑張れアッちゃん!!

ファイトぉーっ!』――幼い頃の自称アッちゃんことアスコットが自分を鼓舞しながら口を開こうとしたとき、無情の鐘が鳴り響いた。

 「やっばーいっ!四時間目始まっちゃうっっ!数学の先生、出席に厳しいのよ」

 がっくりと脱力したアスコットを置き去りにして、海はダッシュで教室へと戻っていった。

 

 

 

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     案ずるよりウミが優しい…皆さんはお判りでしょうが、案ずるより産むが易しの覚え違いです。誰かアッくんに教えてやってください。

       アスコットのことをアッちゃんって呼んでたのは、彼の友達の魔獣さんたち(脚本集巻末おまけまんが)でしたね(^.^; オホホホ

                 この壁紙はさまよりお借りしています