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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act23.動物病院

 

 チーム・ジェオの練習を終えて、制服に着替えた海がアスコットを迎えにきた。

 「お待たせ。仔猫はどう?」

 「…やっぱり飲まないんだ」

 「そう。じゃ、専門家に診て貰うのが一番だわ。パパが正門前に車回してるから行きましょ」

 「うん」

 みすぼらしいダンボール箱を抱えたアスコットが立ち上がる。海より遥かに背が高い同級生なのに、どうしてだかついつい

背中を叩いて、「しっかりしなさい!」と発破をかけたくなってしまう自分の気持ちが海自身不思議で仕方がなかった。

 

 

 

 車に乗り込む時に、「お手数かけてすみません」と言ったきりアスコットが話さないので、もっぱら海の父親の凌駕が

あれこれ話しかけていた。

 「この春からの留学生だって?もう学院には慣れたかい?」

 「…ええまあ…」

 「学外でも生活に困らないように、事前に日本語日常会話の速修プログラムを受けなきゃいけないから、そっちのほうが

大変だったかな?」

 「日本には…前から興味があったから、少しずつ勉強してました」

 『いつかもう一度、君に逢いたかったから』

 長い前髪に隠された緑の瞳が、ちらりとミラーに小さく映り込む少女を見遣る。

 「ふうん。それでうちの留学生って、みんな日本語が上手いのね。私達の外国語が上達しない筈だわ」

 『留学生のみんなが全然日本語を話せなかったら、私の英語力はもうちょっとマシになってた筈だ!』と、相変わらず

渡航歴ゼロの光が冗談混じりに嘆いていた。

 「なにも君達の語学力向上の為に留学生を受け入れている訳じゃない。あくまでも異文化交流と相互理解の為なんだから、

さらに一歩踏み込んで相手の言葉も学びたいというなら、こちらも努力しなくてはね」

 「はーい、光に言っておきまぁす」

 娘はそれこそ一人旅でも困らない程度に話せることを知っていたので、凌駕がやっと納得の表情を浮かべた。

 「ああ、光ちゃんか…」

 幼稚舎からの仲良し三人娘のうち、海はフェンシングを、鳳凰寺家の下の娘の風は弓道を、そして獅堂流剣道術総師範の

末の娘である光は剣道をそれぞれ長く続けているが、光のところが一番厳しいだろう。他の二人が部活で嗜む程度なのに

比べて、家の道場でもみっちり修練を重ねているし、長期休暇ともなれば遠征や合宿も多いようだった。確か六年生最後の

大会でも優勝したと、茶話会の席で話題に上がっていた。「書道と茶道にも少しは関心を持ってくださればいいのですけれど…」と

微苦笑を浮かべる茶道師範の獅堂夫人は、「それは贅沢な悩みじゃありませんか」と他のPTA役員から言われ、やはり

おっとりと受け答えをしていた。

 たしかにあの忙しさではとても英会話にさく時間までは取れないだろう。言葉など留学でもすればいやでも覚えていくだろう

から、他にやりたいことがあるならそれに集中すればいい。

 

 

 

 凌駕はアスコットらのマンションからも近い動物病院を選んでくれていた。徒歩圏内なら後々主治医にもなって貰えるだろう。

犬に限らず猫にだって予防注射などがあるのだから、近いにこしたことはない。

 仔猫が診察を受ける間、アスコットは診療時間の案内にある略地図とにらめっこしていた。

 「携帯にGPS機能があるなら、道を覚えるまで案内させる手もあるわよ?」

 「日本に来て持たされたんだけど、通話以外はイマイチ解んなくて…」

 なにしろ故国にいる間は携帯そのものにさえ触れた経験が皆無だったのだ。ポケットから取り出した海の髪色のような

爽やかな青の携帯を、アスコットは所在なげに開いたり閉じたりしていた。

 「あら、私のと同じ機種じゃない」

 「えっ!?そ、そ、そ、そうなの!?」

 思いがけないお揃いに、アスコットは真っ赤になった顔を隠すように俯いていた。

 「これならGPS機能付きよ。触っていいなら設定してあげる。どうする?」

 「よっ、よろしくお願いします!」

 「中で携帯はマズいから外へ出ましょ」

 「う、うん」

 言われるがままのアスコットとさくさく仕切る海が出て行くと、凌駕は受付嬢と顔を見合わせた。

 「敷いてるみたいだなぁ、海が」

 「面倒見がいいんですよ、お嬢さん」

 なるほど、モノは言いようだった。

  

 海はまず動物病院の地点を記憶させ、名前や電話番号を登録していく。メモ欄には診察時間まで入れるご丁寧さだ。

 「ナビの使い方も解んないんだっけ?あなたの家から地図を出してみる?学院からでもいいけど」

 「学院じゃ電車も入るから、家のほうで…」

 「オッケー」

 GPSの位置履歴を呼んで一覧をアスコットに見せる。

 「この中で確実にお家にいたのは?」

 「これかな」

 「よし、っと。一から十まで案内させるのは有料サービスになっちゃうから、こうして地図を確認していけばいいわ。ほらここ、

お家から駅に向かう途中の郵便局のところで、東に曲がればいいみたいね」

 海が操作する自分の携帯を覗き込んでいると、さらりとした長い髪からふわっと花の香りがしてアスコットの鼻孔を

くすぐった。

 パタンとアスコットの携帯を一旦閉じた海だったが、もう一度開いて持ち主の顔を見た。

 「私の携帯番号、教えとこうか?」

 「い、い、い、いいの!?」

 「言っときますけど、いたずら電話と迷惑メールはお断りですからね!」

 「もちろんだよ!」

 赤外線通信でサクッとデータをやり取りすると、今度こそ持ち主に携帯を返した。

 当分の間入院確定の仔猫をおいてマンションまで凌駕達に送ってもらい、その車が見えなくなったところで、アスコットは

こらえきれずにガッツポーズを作って叫んだ。

 「…やったぁっ!!」

 たまたまそこに帰り合わせたフェリオに洗いざらい白状させられたのは言うまでもない…。

 

 

 

 車の中では携帯のアドレス帳を開いた海が、ぶつぶつと呟いていた。

 「マスカットじゃなくて、アスコットね。アスコットっと」

 親切心半分、聞きそびれていた名前を知りたかったのが半分という、実に罪作りでちゃっかりした海だった。

 

 

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