すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL-
- you're my sunshine - side H&L-2
「あっちにもペンギン、こっちにもペンギン……ったく、ぞろぞろと・・・」
脱走を企てる彼のやる気を殺ごうとするかのように、ランティスの目の前を多くのウォーターブルーやパステル
ピンクのペンギンモドキがちょろちょろと通り過ぎていく。マスコットキャラの着ぐるみではなく、それっぽい帽子と
Tシャツと半ズボンないしはキュロット姿の子供が園内に大勢いて、いやでも視界に入ってくるのだった。そういう
服装の子供はたいていの場合、親や年長の兄弟に手を引かれているのだが、さっきから一人、きょろきょろと誰かの
姿を探しながら行ったりきたりする女の子(帽子から三つ編みのしっぽが見えているからそうだろう)がいた。
「…迷子か…?」
何の気なしに見ているとその子に声をかける中年男性がいて保護者が来たのかと思ったら、女の子はダッシュで
逃げ出していた。これだけの人間がいれば、不審者の一人や二人紛れ込んでいてもおかしくないのかもしれない。
事件の目撃者になるのは願い下げだったので、ランティスはゆらりと立ち上がって歩き出した。
ツアーの団体客にぶつかってしりもちをついてしまっていたその少女に、半ズボンのポケットに親指を引っ掛けた
面倒くさそうな風情のランティスが声をかけた。
「迷子になったのか、お前…」
みんなとはぐれたからって泣いても何にもならないし、そもそも泣き出すタイプでもなかったが、妙な人に声をかけ
られたばかりの光は少しびくんとしてその声の主を見上げた。
真夏の午後の太陽を背負ったその姿は、宗教画のように後光がさしていた。
『まぶし…っ。金髪・・・?外人さん・・・!?』
外国からの観光客もたくさん見かけていた光は思わず緊張 していた。聖レイア学院は公立学校に比べて外国人生徒も
確かに多いが、彼らはたいてい日本語をある程度は話せるので光がバイリンガルという訳ではなかった。
まぶしさに少し慣れた光はその少年を見てさらにびっくりしていた。
太陽のひかりに惑わされていたが、金髪ではなく透けるような銀色の髪の持ち主だった。
「えーっと、は、ハロー・・・」
その姿に驚きすぎたのか、彼が日本語で話しかけたことはすっかり頭からふっ飛んだらしい。お世辞にも発音がいいとは
言えない(LとRの区別がついてない)光の挨拶にランティスは小さくため息をついた。帰国審査で日本人用のゲートに並ぶとまず
「こっちは違う」と声をかけられ、さらに日本国のパスポートを提示しているにもかかわらず、彼の口からすらすらと日本語が
出てくることに係員が驚いていた。母のキャロルも同じ色の取り合わせ
なのだが、こちらは一応有名人なので特に驚かれたりはしなかった。黒髪の父や兄ならサングラスでもすれば目立たない
かもしれないが、母親譲りのトウヘッドに蒼い瞳ではどうひっくり返しても外国人にしか見えないのだろう。だから見知らぬ
少女がびっくりするのも無理もないことかもしれない。それでも日本国籍はあるし日本語も話せるのだ。
「…俺は日本語で話してるんだぞ。迷子になったのかって聞いてるんだ」
「あ…!ごめんなさいっ。すごいなぁ、世界を旅する王子様って日本語もペラペラなんだね」
しりもちをついたまま感心しているというのか、気のせいかやけに嬉しそうな少女に手をさしのべて立たせながら、
ランティスは言った。
「そんな職業についた覚えはないな」
今回の件で王子のお付きをやったことにはなるんだろうかと考えつつも、お忍びという性質上そんなことは口に
出せない。
「うんうん判る。世を忍ぶ仮の姿なんだよね。だから庶民の格好してるんだ」
俺の格好が庶民なら、お前の格好はなんて呼ぶんだと思いつつ、ランティスはその言葉をぐっと飲み込んでいた。
「…いや、別に忍んでない…」
泣き出さないのは結構だが、なんだか変わった迷子を拾ってしまったかもしれない。
「『今度の冒険の舞台は東の小さな国だ!』ってあとがきにあったけど、まさか日本に来るなんて思わなかったから、
ちょっとびっくりしちゃったんだ。ごめんね、ランディ王子」
「――!!」
『だからそれは俺じゃない!!』とランティスは怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、目の前の迷子のペンギン
モドキには何の罪もない。世界的大ヒットになった子供向け冒険小説シリーズの主人公・妖精族の血を引く流浪の
王子ランディ(LANDY)がプラチナブロンドで青い瞳であること(ついでに名前もLANDYとLANTISで少ぉし近い?)から、
学芸会での主人公役を押し付けられそうになったが、ランティスは断固拒否していた。
確かに髪の色も目の色もそのままだが、おかっぱ頭になんぞ誰がなるかというのがその理由だった。しかも時代
設定が中世なので、白タイツにかぼちゃのごとき半ズボンだなんて衣装は冗談でも着たくはなかった。まさかこんな
ところでその名前を出されると思っていなかったランティスは、暑気あたりに拍車がかかって頭が痛くなりそうだった。
「その話はいい…。俺の質問を聞いてたか?お前…」
「えーっと、……なんかみんなとはぐれちゃったなぁ…って」
「それを迷子って言うんだ。迷子センターに連れてってやる。来い」
そう言うとランティスはその少女の返事も待たずに手を引いて歩き出した。
「あのっ、引っ張らなくても歩けるよ!」
「また変なやつに目をつけられても困る」
そんなところから見られていたのだと真っ赤になりながら、すたすた歩くランティスに光は小走りで引っ張られていく。
たかたかと走っているような足音に気づいて、ランティスが少し歩幅を落としたとき、迷子センターからのアナウンスが
流れ始めて彼は耳を澄ませた。
『♪迷子のお呼び出しを申し上げます。ぺんたろうの帽子、Tシャツ、キュロットをお召しになった三歳ぐらいのお嬢さんを
お預かりしております……』
三歳ぐらいで名前がちゃんと言えなければ、服装だけではどうにもならないだろうなとランティスは肩を竦めた。三歳児から
小学生に至るまで、そんな格好の子供が園内にぞろぞろいるのだ。この子は小学生…もしかしたら幼稚園児かもしれないが、
自分と親の名前ぐらいはちゃんと言えるだろう。
迷子センターまで来たところで、ランティスは少女の背中を押した。
「名前は言えるだろ?ここからちょろちょろするなよ。じゃあな」
まるっきりの子ども扱いにほんのちょっぴり傷ついたものの、光はその少年に礼を言わなければと思った。一瞬本名(?)で
呼びかけたが、彼がお忍びの旅の途中であることを思い出し、光は慌てて言い直した。
「ラ……お兄ちゃん、ありがとっ!次のお話、楽しみにしてるからね!!」
二人兄弟の下なので「お兄ちゃん」と呼ばれることに妙な居心地悪さを感じつつ、まだ勘違いをしているらしい少女に
訂正する気力もなく、振り返らずにランティスは片手を上げてひらひらと指を動かしていた。さっさと元のベンチに戻らないと、
今度は自分のほうが迷子の呼び出しをかけられかねないとランティスは人波をすり抜けていった。
みんなに散々心配をかけるやら、「小学生にもなって迷子なんて」と呆れられるやらでラストがどたばたになった
二泊三日の誕生日ツアーを終えた数日後、光は夏休みの宿題にとりかかろうとしていた。定番中の定番の宿題
≪なつのおもいで≫だ。絵か作文のどちらかでいいのだが、どちらにしようかと光は考え込んでいた。
やっぱりとっておき中のとっておきの出来事は世界中で人気者の王子様に出逢ったことだろう。あのシリーズを
読んだ事のある風やみんなに話しても誰一人本気にしてはくれなかったけれど、光にとってはまごうかたなき真実
だった。(単なる光の思い込みに過ぎないのだが・笑)
記憶が鮮明なうちに描き出そうと画用紙を前にするが、あの見事なまでの銀色の髪は、なかなか画用紙の上に
再現できなかった。
ああでもないこうでもないと一旦なんとか描き上げたものの、ぺんたろうルックの自分と銀色の髪の流浪の王子の
取り合わせはなんともちぐはぐな感じが拭えなかった。
かなり遅くまで頑張ってみたものの、「もうお休みにならないといけませんよ」と母に諭され、光は仕方なくその日の
完成を諦めた。
王子、王子と考えるあまり、光の夢の中にまでその流浪の王子は出演してくれた。なんとはなしに『夢を見てる
なぁ…』と考えながら、そこにいる王子と手を繋ぐ自分の格好なら、並んでいてもおかしくないなと納得していた。
翌朝早くに起き出すと、光は新しい画用紙を用意した。
ベイサイドマリーンランドでは欲しいと思いながら着られなかった、ぺんりえったルックと同じパステルピンクの
ドレスを着た自分の姿を描く。Tシャツに白デニムの半ズボンではやっぱりちょっと王子らしくないので、挿絵で見た
服装にちょっと手を加えてみる。やっぱり元が王子だからか、Tシャツの柄も王子の服に置き換えても違和感のない
デザインだった。
それでもやっぱり難関はあの髪だ。白い画用紙に白では目立たない(背景でも描けばそうでもないはずだが…)。 灰色も
なんだか違う。思った色が出せなくて段々髪のところが汚れてしまい、どうしようもなくなって来ていた。それでも
他の部分はこれ以上は二度と描けないと思えるぐらいいい出来だった。
「どうしよう……。そうだ!」
そう、この色なら誤魔化せる。丁寧に髪を塗りながら、「ふぅん。この髪色でもかっこいいんだ…」と、光はひとり
悦に入っていた。
出逢った彼とはまるで別人に見えるけれど、なんと言ってもお忍びの旅の途中なのだから、あまり光がおおっぴらに
してはいけないのかもしれないし、これなら絶対にあの王子だとはばれないだろう。
新学期が始まり『この絵のどのあたりが≪なつのおもいで≫なのか』と、海や風、クラス担任にまでツッコミを
食らったが、光にとっては間違いなくこの夏の思い出だった。
illustrated by 光:恵 さま、ランティス(ランディ王子):ほたてのほ さま、ハート:3児の母 さま
――そして時は流れて――
流浪の王子・ランディの東の国での冒険の舞台が日本らしからぬことに疑問の念と落胆を禁じえなかったのは、
東洋の島国に住む紅い髪の少女ただ一人だった・・・
すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL- act0. ベイサイドマリーンランド
- 迷子のペンギンと銀色の髪の王子 - ・・・だったかもしれないお話 ・・・
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
ランディ…世界中で流行した冒険小説の主人公の流浪の王子。さらさらとした銀色の髪のおかっぱで青い瞳。スズキ ランディより。
両親から離れた系統の血を受けている場合、成長過程で髪色が変わる…というのは北条司さんの『CAT'S EYE』で出てきて記憶にあった話です。
新たに考えるのが面倒だったので(マテ)、パラレルのオリジナルキャラをセフィーロ編からそのままスライドしたことで、
困ったのがラン&ザガ母のキャロル。
子供二人とも父親似(ランのみ瞳は母譲り)って、遺伝的にどうなのよと考えるうちに思いついたお話で、ブレインストーミング中に、
「黒髪じゃないランティスなんて、石投げられても知らないよ?」的なことを3児の母 さまに忠告されながら押し切ったヤツです。
(だから妄想&暴走注意って言ってるぢゃありませんか・・・)
ほたてのほ さま、恵 さま も、やはり黒髪以外のランティスはピンと来ないけれど、「光ちゃんにとっての王子様」という設定には乗ってくださって
この絵を描いてくださいました。
でも3児の母 さまがラフで描いてくださったトウヘッドのランティス、なかなかショタ心をくすぐられるんですよぅ…(危険な発言・汗)
この絵を見ても、ランティスはまさか自分が描かれているとは思わないし(あんなにいやがってた白タイツ&かぼちゃだなんて〜!)、
光のほうもランティスが中等科時代に髪色が変わり、さらに声変わりもしているのでおそらく気づけないでしょう。
もし気づくとしたら、ランティスがぺんたろうルックの光の写真でも目にしたときでしょうか(爆)・・中学生にもなってそんな昔の写真見られるって、どう?