すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL-
- you're my sunshine - side H&L-1
八月八日――この日、獅堂光は八歳の誕生日をにぎやかな場所で迎えていた。これまでも光にはよく判らない
ものの、より盛大にお祝いしてもらえる年があったが、今年はまた格別ド派手だった。
開幕前から興味津々だったこの一年限定の海洋系テーマパーク・ベイサイドマリーンランドに、家族だけでなく
大の仲良しの鳳凰寺風やその姉の空も一緒に園内ホテルにお泊りして遊びに来ているからだ。空は光の一番上の
兄・覚の同級生でもある。本当はもう一人仲良しの龍咲海も誘っていたのだが、家族で海外旅行ということで来られず、
とても残念がっていた。
風・空姉妹と一緒に女の子三人で寝起きしている部屋で、光は今日の服の選択に余念がない。やはり誕生日だし、
特別な場所だしと、普段には見られない熱心さだった。
「やっぱり今日はこれしかないよね?風ちゃん、空お姉ちゃん」
光がベッドの上に並べたものを見て、風と空は顔を見合わせて微笑した(…微苦笑でなく?)。
「ぺんたろうルックですか?」
風が小首を傾げて微笑んでいた。ぺんたろうというのは、ベイサイドマリーンランドのマスコットのゆるキャラ系
ペンギンで、来園初日にグッズショップで光がフルセットをおねだりして買い揃えたものだ。夏向けの青いメッシュの
野球帽の正面にはくるんと可愛い目がついていて、帽子のつばはペンギンのくちばしの黄色。ウォーターブルーの
半袖Tシャツはペンギンの上半身で胸から腹辺りは白くなっている。それにやはりウォーターブルーのキュロットに、
ハイソックス、ご丁寧にペンギンの脚っぽく黄色の運動靴まで買ってもらっていた。パステルピンクのぺんりえった
(ぺんたろうのガールフレンドという設定らしい)ルックも光としては捨てがたかったのだが、日頃の言葉遣いが言葉
遣いなのでパステルピンクは笑われてしまうかもと思ってあえて青いほうをチョイスしていた。
「やっぱりここの正装だよね♪空お姉ちゃんはサイズが違うから無理だけど、風ちゃんも一緒に着ない?海ちゃんの
お土産の分はまた買いなおせばいいんだし」
光は来られなかった海へのお土産にと、靴以外のフルセットを包んでもらっているのだ。
「いいえ、今日の主役はお誕生日を迎えた光さんですもの。光さんだけがその格好をするのがいいと思いますわ」
にっこりと極上の笑みを浮かべつつ、風はきっぱりと断っていた。
「そう?じゃ、着替えようっと。朝のバイキング、早く行かないと食べたいのがすぐなくなっちゃうもんね!」
健啖家揃いの獅堂家の面々に勧められて、ついつい普段より食べ過ぎのきらいのある姉妹は、帰宅したら真っ先に
体重を量ろうと心に決めていた。
朝食の席では、まだ見ていないパビリオンのうち、見ておきたいものの選定にあれでもないこれでもないと話に花が
咲いていた。二泊三日とはいえ、夏休み期間中で来場者数も半端でなく、行列時間が長いので未見の物もたくさん
あるのだ。
獅堂家長男の覚はぺんたろうルックの光の格好を見て小さく苦笑していた。
「まったく、いつまでたっても子供だよな…」
くすくすと笑いながら空が小声で覚に答える。
「私や風さんにも勧めて下さいましたのよ。ああいうものが似合わないほうなので、ご遠慮しましたけど…」
その言葉に覚が「うっ」と詰まっていた。
「…断ってくれて助かった。君たちにそんな格好をさせたことをご両親に知られたら、僕ら兄妹、鳳凰寺家に出入り
禁止になるところだ…」
「まぁ、そんな…」
出入り禁止は言い渡さないかもしれないが、そんな姿の写真など目にしたら母は卒倒するかもしれないと空は
言葉を濁していた。
今朝一番に空港に降り立って見たニュースでは『立秋』にまつわるコメントもあったが、炎天下によくもまぁこんなに
人が来るものだと呆れるほどの人であふれた園内を見渡しつつ、ランティス・アンフィニは木陰のベンチでぐったりと
していた。曾祖父の代から日本国籍があるものの、幼稚園課程終了後からイギリスに留学していたので、本当に
久々の日本の真夏だった。普段彼が過ごしているケンブリッジでも平均気温が日本と10℃は違うが、いつも夏期
休暇中はさらに気温の低いスコットランドのサマースクールに参加しているので、じりじりと灼かれるような日本の
炎暑はもう地獄だった。
今年もスコットランドで夏期休暇を過ごしていたのに、母・キャロルの(というよりその客人の?)我儘に付き合わされ、
急遽帰国させられたのだった。
その多忙さのせいで滅多に顔を合わせることのない両親の顔を見られるのはランティスとしても嬉しいし、帰国した
ことで日本の学校に通っている四歳上の兄・ザガートとここで落ち合えたことも嬉しい。だが、社交性に富んでいるとは
言い難い彼は、三つ年下の客人・キャロルの旧友であるセフィーロ国王妃の第一王子であるフェリオの扱いに困り
はてていた。口数も話題も豊富といいかねるランティスは、そんなやんごとなき血筋の少年と何を話せばいいのやら
さっぱり判らなかった。
彼の国にはジェットコースター系の乗り物があるような派手な遊園地がないらしく、来園して一発目にそれに乗って
からというもの、次から次へと絶叫系のアトラクションばかりを所望していた。
あの手の乗り物は多くが二人乗りだ。最初は父・クルーガーかキャロルのどちらかが居残りをしていたのだが、
空路の長旅と気候差に一番参っていたランティスは、昼食後もコースター系に振り回されて段々グロッキーになって
きたため、子守りからさっさと手を引いて木陰のベンチにへたり込んでいたのだった。
外国人観光客も多く来場しているとはいえ、園内にいる大多数は日本人だ。トウヘッドに蒼い瞳のランティスが
物珍しいのだろう、子供たちの好奇心を伴った不躾な視線が遠くからもビシバシ飛んできていた。
イギリスにいる間は別段珍しがられることもなかったので、あの頃の両親の危惧はあながち外れていなかったの
かもしれないと今なら判る。兄・ザガート同様、父方の曾祖父が設立した聖レイア学院の初等科に通うものと思って
いたのに、知らない間にイギリス留学の話を決められていたのだ。
国際線パイロットの父はもともと不在がちだったが、ピアニストである母の活動が欧州で増え始めたからというのが
その頃聞かされた第一の理由だった。
ランティスにしてみれば寝耳に水もいいところだった。学院理事である父方の祖父母が健在だし、何より兄はそのまま
日本で学校に通うという。どうして自分だけがと納得いかないのも道理だろう。
「ザガートはもう自分の身の回りのことが出来るけれど、あなたはまだやっと一年生でしょ?お祖父様やお祖母様の
ご負担になるわ」
「僕もいるのだし、大丈夫なのでは?」
あからさまに負担と言われて傷ついた顔をした弟を不憫に思ったザガートが助け舟を出すが、これも即座に撃沈
された。
「ザガートはザガート。あなたの人生は弟の為にあるんじゃないのよ。少なくとも私達が健在なうちは、そういう心配は
私達がすべきことなんだから。それに私のほうの両親も寂しがってるしね。こっちにもおじいちゃんおばあちゃん孝行を
してくれないかしら?ランティス」
一人娘を遥か遠い東洋の島国に住む父(世界中を飛び回っていてほとんど家にはいやしないのだが)にかっさらわれた母方の
祖父母は、確かに孫に逢うのを心待ちにしてくれていた。ことに母親譲りのトウヘッドに蒼い瞳のランティスをより
可愛がってくれている。ザガートを蔑ろにする訳ではなかったが、愛娘をたぶらかした不埒者に瓜二つの長男よりは
親しみを持てたのだろう。
「だったら兄さんも…」
「二人ともいなくなったら、こっちのお祖父様たちがお寂しくなるからダメ。それにザガートの学年は空きがないの」
普段はどちらかと言えば茶目っ気のある話の判る母が、この件に関しては頑として譲らなかった。
――余談ながら、彼女が一番心配していたところの本当の理由は、
ランティスがこの真夏の旅を終えて少し経った頃になって知ることとなる…。
もとをただせば単なる人見知りですぐに強張ってしまうランティスは、無表情呼ばわりされるうちに本当に顔に
出さないことが得意になっていた。一挙手一投足に傷ついたり反発を覚えたりしていては、相手がさらにエスカレート
していくだけだからだ。
通りすがりの遠慮のない視線をやり過ごしつつ、この見てくれに全く動じなかった日本人の子供といえば、今も時々
手紙をやり取りする獅堂覚ぐらいしかいなかったなと思い浮かべていた。入舎式の日、一緒に来ていた彼の弟の優が
ランティスを指差して、「お祖父さまより髪白い〜!」と無邪気に言った途端、問答無用でげんこつを落としたのだ。
幼稚舎でともに過ごす間、彼が誰かに手をあげたのは実にこの時だけだった。
「そんな失礼なことを言うのは僕の弟じゃない!」とまで言い放ち、つられてその下まで泣き出して、ランティスの
ほうがびっくりしたものだった。
ランティスにしてみれば、もう言われ慣れた言葉だったので、怒る気も泣く気も全くなかったのだ。
「「ごめんなさいぃぃ〜!」」
「謝る相手は僕じゃない」
兄に突き放されたチビどもにびぃびぃ泣かれるほうが、式典が始まるまで時間もないランティスは焦っていた。
仮にも創立者と理事の身内としては、滞りなく式次第を進められるようにすべきだろうと、普段なら完全無視でスルー
してしまうところをあやす羽目になってしまっていた。
とは言え普段自分より下に接する機会のなかったランティスはどう宥めていいか解らず、泣き止まない二人に
次第に痺れを切らして、「泣くなっ!」と怒鳴って火に油を注いでいた。
記憶に残る限りでは、これがランティス最大の失態だった。(後年、くだんの親友に誘拐犯扱いされるまでは…笑)
この一件がきっかけになって覚とはすっかり意気投合したのだが、ランティスが獅堂流剣道場に通い始めてからも、
下二人はよく物陰に隠れてしまっていたので、彼らにはトラウマになったのかもしれない。
こんなに急な帰国でなければ(本当にいきなりすぎて、祖父様か祖母様でも倒れたのかと本気で心配したのに!)
覚の顔ぐらい見られただろうが、お忍びの客人連れでは予定が読めない。本来はランティスのほうが客人に歳が
近いからということでスコットランドから呼びつけられたのだが、歳は離れていてもザガートのほうがよほど上手く
もてなしていた。
今日はこのあと併設のホテルに宿泊して、明日はパビリオン系を見学する予定だという。もしまたジェットコースター
三昧と言われたら、今度こそ勝手に脱走してやろうと、ランティスは計画を練り始めていた。
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トウヘッド…トウ(麻くず)の色の髪。いわゆるプラチナブロンドと同じ色で天然のものをさす。一般的に年齢を重ねるごとに次第に色が変わっていくようで
北欧系の一部を除いては子供のうちしか見られないそうです。
ちなみにランティスの母キャロルは生まれたときはトウヘッドでしたが、いまはうっすら金色の髪になっています。ただ、≪鍵盤に住まう妖精≫っぽく
それを少しだけ脱色しているのでプラチナブロンド(こちらは人工的に手を加えてる場合に使う言葉)です。
(キャッチコピーのせいだけでなく、ランティスがトウヘッドだったことから、ことさらにそうしていたのかもしれません)
日本ではあまり実例にお目にかかることはないかもしれませんが、離れた系統の血を受けている場合、成長過程で髪色どころか瞳の色まで
変わっちゃうんだそうです。遺伝子って不思議ですね。