すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL-
- you're my sunshine - side A-2
店先を覗きながら通りをふらりと歩く。あまり観光客らしき姿はないし、いかにも観光客向けという感じの土産物店も
見当たらない。
「みんなのお土産、どうしよう…」
ブイテックは美味しかったが生の果物は持ち帰れるかどうかの問題があるし、缶詰などだと同じだけ美味しいかどうか
判らない。空港には免税店が付き物だが、最後に降りた駅にあったかどうか記憶になかった。(なんといっても真夜中だったし)
列車に乗っている途中でも隣国の入国審査を受けたので、なるべくならセフィーロの何かを買いたいところだった。
たいてい友達へのお土産は自分の目で選ぶのだが、店もまばらでは仕方がない。プロ(父)のお勧めチョイスを参考に
しようかと考えていた。
ぼんやり考えごとをするうちに街外れまで来てしまっていたので忠告通り引き返そうとした時、言い争うような声が
聞こえてきた。
「君子危うきに近寄らず、っと…」
君子でもないのにそんなことをいいつつ立ち去ろうとしたが、子供の声みたいなのが気にかかり、声のするほうを探した。
「やめてったら!このコは怪我してるんだから…っ」
「俺んちの罠にかかったんだから、俺の好きにしていいんだよ!どけ、アスコット」
「畑を荒らすアライグマ用の罠だろっ!狼犬は関係ないじゃないか!」
「馬鹿言え!それだっていい値で売れるんだよ。横取りすんな!」
年長の少年が小さい狼犬を庇うアスコットと呼ばれた男の子に石を投げつけた。罠にかかった狼犬を抱きしめたまま
動けないアスコットの頬に尖った石が当たり、血が一筋二筋と流れ落ちる。
「やーい、野良のアスコット!」
「お前も王子んとこの女官に拾ってもらったクチだもんな」
「その狼犬が、お前のお仲間か!?」
これほど小さな狼犬が罠にかかって回りに親の狼犬の気配がないのは、親にはぐれた個体という可能性は高い。
「サニーは父さんのお祖母さんの従姉妹の、旦那さんの妹だよっ!道端で拾われたみたいに言うなっ」
よくもまああんな小さな(どう見ても海より下だ)子供がそんなややこしい関係を覚えていたものだと、海は妙な感心をしてしまう。
だがそんなに遠い間柄に頼るしかなかったのでは、いじめっ子たちの言葉もあながち外れてはいないのかもしれない。
それにつけても、罵りかたも気に入らないが三人がかりで石まで投げるのはもっといただけない。手頃な枝があるのを
確認したうえで、海はその喧嘩に割って入ることを決めた。
「三対一だなんて、男のクセにちょっと卑怯過ぎんじゃない?」
この街で同年代に逆らわれたことのあまりないボス格の少年が、見知らぬ少女を胡散臭そうに見ていた。
「なんだァお前…?見ない顔だな」
「見てたらびっくりね。昨日の真夜中に着いたばっかりの観光客ですもの」
「よそ者か。怪我したくなかったら、すっこんでろよ、ぶーす!!」
生まれながらの整った容姿ゆえ、海が赤ちゃんモデルになった商品は大ヒット連発となり、業界では伝説になったほど
なのだ。本人にその意向がなく、ものごころついてからは有名モデル事務所、児童劇団、その他もろもろのお誘いを
数限りなく受け流し続けてきた海にとって、≪ぶす≫はありえないほど赦しがたいインパクトを与えた。海の参戦理由
としてはこれで充分だった。
「……私に喧嘩を売ったわね……?」
むしろ海のほうから喧嘩に巻き込まれに行ったきらいがあるが、臨戦態勢に切り替わった海の頭にそんな反省は
ありゃしない。
ことの成り行きに驚いているのはいじめっ子ばかりでなく、アスコットと呼ばれた少年も同じだった。
「あっ、危ないからダメだよ。お姉ちゃんまで怪我しちゃう…」
拾い上げた枝をひゅんひゅん振るいながら、海はアスコットを背に庇って立ち塞がった。
「なっ、なんだよ。そんな細い枝で殴られたって、へでもねーや!」
「品のない表現ねぇ…。殴るなんて野蛮なことしないわよ」
つーんと澄ました海の言い方が気に入らない少年が、また手近な石を拾って今度は海に投げつけた。顔に当たる!と
目を閉じてしまったのは庇われた少年だけで、ひゅっと枝のしなる音とカツンと小気味よい音に、アスコットはおっかな
びっくり目を開けた。何が起きたか解らないが、いじめっ子たちも呆気に取られている。
「こ、この…っ!」
怒りに任せて立て続けに投げつけられる石を、フルーレがわりの枝で海は次々と弾き飛ばす。拾える石がなくなった頃
には、いじめっ子たちがぜぇぜぇと肩で息をするのを、涼しい顔で海が見据えていた。
「終わりかしら…?」
「こいつぅ…!」
たとえ自分の手も痛くなろうが肉弾戦なら勝てる筈だと、海たちに殴りかかろうとしたとき、新たな邪魔者が現れた。
「コラっ!アンタらはまた性懲りもなぁ(=なく)アスコットいじめとるんかいっ!」
「海!」
海を探しに来たのであろう凌駕と、褐色の肌にキャンディピンクのふわふわとしたツインテールを揺らした少女が
仁王立ちでそこにいた。
「パパ!?」
「カルディナ!」
鉄火肌のカルディナだけでも厄介なのに、観光客とは言え大人の男がいるのはもっと厄介だった。
「ちっ!覚えてろ!」
いずこも変わらぬ捨てゼリフの三人の背中に、海はあっかんべーで切り返す。
「あなたたちの顔なんて誰が覚えるもんですか!海馬の無駄遣いよっ!」
「海…」
被った猫は何処へやら、女豹の如き態度の愛娘に凌駕は頭を抱え込む。
「あっはっはっは、めーっちゃナイスなお嬢さまやなぁ!」
カルディナの知り合いが営むカフェに立ち寄った海を探しにきた凌駕を手伝いがてら、彼女自身も人探しに来たのだ。
「いやぁ、君、案内してくれて助かった…。王宮の晩餐会にお招き頂いたのに、娘が行方不明でどうしようかと思ったよ」
「ウチは弾んでもろうたバイト代の分はきっちり働くよってに。滞在中時間があったら、またあの店ご贔屓にしたってな」
「そうしよう。ほら、海。早く帰って着替えを…」
せかす凌駕に背中を押されながら、海は振り返って叫んだ。
「ちゃんとほっぺたの傷、手当てしてもらうのよ!じゃあね!」
声をかけるだけかけたら、海の関心はもう晩餐会に着て行く衣装へと飛んでいた。
遠ざかって行く青い髪の少女の後ろ姿をじっと見送っていたアスコットの頭に、ごいんと一発げんこつが落とされた。
「いたぁい…何するんだよ、カルディナぁ」
「あれほど王子さんのおらん時に、ふらふら出歩いたアカンでってゆうたのに、きっちりこんなとこで厄介ごとに巻き
込まれとるし…。あほたれ」
「だって、『狼犬がアライグマ用の罠にかかってる』って聞いたから、つい…」
アスコットが罠を外してやると、軽いびっこをひきながら、狼犬は森へと帰っていった。怪我をした野生動物を放って
おけないのは、やはり自身の身寄りを亡くしたせいだろうかとカルディナがぐりぐりと頭を撫で回した。
「さぁ!帰ってアンタのほっぺたも手当てしよか。王子の影武者するんやあるまいし、ニッポンから帰ってきたら
びっくりしはるわ」
「――さっきの人、晩餐会に招かれてるの?」
「みたいやな。いま王子さんが行ってはるニッポンの人やって。王子さんは王妃さんのお友達のなんたらいう
ピアニストさんに連れてもうてるやろ?そのピアニストさんがニッポンでやってる学校に通うてるらしいわ、あの別嬪さん。
王子よりひとつ下ゆうてたかな…」
王族の海外留学は世界的に見て珍しくもないが、古いお国がらのセフィーロではあまり良しとしない長老も少なからず
いるのだ。
『いつか行くかもしれない国をちょっと見てくるよ』と笑いながら、明るい緑の髪の王子は出掛けていった。とかなんとか
言いながら、今回は期間限定テーマパーク見たさの物見遊山だとアスコットは知っている。
「僕もニッポンに行きたい…」
「ハァ?学生で三年もちごたら(=違ったら)、学校もちごてもうて警護にもならへんやん。ろくすっぽ外へもよう出ぇへん子が
なにゆうてるやら」
「王子の学年に追いつくように、飛び級すればいいんだろ?」
――そう、三年はちょっと無理でも、せめて二年飛び級出来れば…。
人見知りの引きこもり系の癖に、微妙に色気づいたのを見抜いてカルディナがアスコットの襟首をひっつかんだ。
「ほらほら、寝言ゆうてんと帰るで!」
面倒見のいい姐御にずるずると引きずられるようにして、チョコレート色の髪に緑の瞳のアスコットも街へと戻っていった。
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サニー…王子付きの女官。アスコットの保護者。日産サニーより
フェンシングの得意な海ちゃんですが、フルーレ、エペ、サーブルのどの競技をやってるか情報がなくて
とりあえずフルーレから入門みたいな話もちらっと見かけたのでそういうことにしています。
どの種目をやっているかご存知でしたらご一報を。