すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL-
act12.鳳凰寺邸1
チーム・サトルは応援合戦のネタに鳴り物をすることになり、覚・空・風・フェリオの四人で即席カルテットを組むことになった。
覚は密閉性の低い日本家屋住まい、フェリオはマンション暮らしなので、防音も整った鳳凰寺家のオーディオルームが練習
場所として供されることになった。初等科の吹奏楽部以来となるアルトサックス演奏にいささかの不安を抱えつつ、楽器を
携えた覚が鳳凰寺家の呼び鈴を鳴らそうとしたとき、フェリオも楽器持参でやってきた。
「それにしてもでっかい家だなぁ…。いま歩いてきたワンブロックまるまるここん家だった…」
「やぁ、フェリオ。聖レイアじゃうちみたいな一般家庭のほうが少数派だよ」
日本全国に七千人近い門下生を持つという獅堂流剣道場の本家を、はたして一般家庭と呼ぶのだろうかとフェリオは首を
捻っていた。覚たちの話し声に気づき、庭の薔薇を摘んでいた空が門のところまで顔を覗かせた。
「いらっしゃい。覚さんと、フェリオさん…でしたわね?」
小首を傾げてそう尋ねた空に、落ち着き悪そうに頬を掻きながらフェリオが答えた。
「あの、俺、後輩だし呼び捨ててもらったら…」
「お気になさらないで。私、自分の妹もさんづけで呼びますから」
「それを気にすると肩が凝るぞ。お邪魔していいかな」
あらいけないという表情をして空が門扉を開けた。
「ごめんなさい、どうぞお入りになって。この間の打ち合わせで選んだ曲を、カルテット用にアレンジしてみました。風さんが
先に練習を始めていますわ」
香りにむせ返りそうなほど咲き乱れた薔薇に見蕩れていたフェリオが、おいてけぼりにされそうになり二人を追いかけた。
「ここ一年ぐらい吹いてないし、まともな音が出るかな…」
「一年ぐらいならまだいいじゃないか。僕なんか初等科の終了式以来だよ。ま、景気よくやれればいいさ、球技大会の応援
なんだから。――ハチマキのことは聞いているかい?」
フェリオがこの年度始めからの留学生だったことを思い出し、覚が尋ねた。
「一応は。シャイな俺にはハードルが高いですよ」
おどけたように肩を竦めてみせるフェリオに覚が答えた。
「ハチマキは同じチームのくくりを生かして声をかけられるからまだいいさ。来月の舞踏会となったら、本当に自分だけの力で
意中の人を振り向かせなきゃならない。その練習と思えばいいよ」
「あっさり言うなぁ、生徒会長は…。ハチマキで苦労したことはないと見た」
「ないね。舞踏会のパートナーも断られたことはないよ」
しれっとした覚の返事に、前を歩く空の肩が小刻みに揺れていた。
二人をオーディオルームに案内すると空がドアを開けて練習中の風に声をかけた。
「風さん、お二人にパート譜をお渡ししてね。この薔薇を生けたらすぐに戻りますから」
「はい、空お姉様。覚さん、フェリオさん、お休みなのに遠くまでお疲れ様です」
「いや、こっちこそ練習場所を提供してもらって…。それに光がいつも世話になっててすまないね」
「そんなこと…」
そんな覚と風の挨拶を横で聞いていたフェリオが、耳の下をカリカリと掻きながら風に向き直った。
「あの…アスコットのヤツ、クラスのみんなに面倒かけてないか…?」
ほんの少し驚いたように風が目を見開くが、業務報告でもするように淡々と告げた。
「そうですね…あまりご自分から発言をなさったりするタイプではありませんけど、チーム・ランティスの応援団に選ばれた
ことで『もっと大きな声を出すように!』と、漕艇部のラファーガ先輩にしごかれているようですわ」
「シゴキ…?」
アスコット本人から何も聞いていないのか、フェリオが不安げな顔をした。
「そう心配するな。体罰とかそういう意味じゃないよ。チーム・ランティスなら僕の妹の光も応援団に選ばれてるから、そんな
無茶なことはさせないさ」
「光さんも同じクラスですから、アスコットさんのことは気にかけてらっしゃいますわ」
覚と風の言葉を聞いて、フェリオがほうっと安堵の息を吐き出していた。
「そっか、なんとか馴染めてるんだな。あいつ、勉強するのは嫌いじゃないのに、学校に行けない時期があったから…」
「…うちの学院では不登校の話は聞かないけど、もしまた何かあるようだったら、クラス担任や養護教諭に相談するといいよ。
君たちはご家族の許を遠く離れてもいるんだしね」
「はい」
話の区切りついたところで、風がパート譜を二人に渡した。
「アルトサックスのパート譜がこちら、トランペットのパート譜がこちらですわ」
一般家庭に譜面台がいくつもあることにフェリオが目を丸くしている。
「すげ…。楽譜がちゃんと譜面台に載ってるよ」
「サロン代わりに楽器を持ち寄ってミニ演奏会を開くこともありますから」
制服と違いふわりと柔らかなシルエットの服を着た風は、フェリオにとって初めて見たあの日以上に眩しかった。
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