すくーるでいず -THE BOY MEETS THE GIRL-
act10.ハチマキの行方1
放課後。体育館で打ち合わせをするチーム・サトルの風と別れ、光は校庭に出た。太陽にきらめく金髪の、ランティスばりに
背の高い男子生徒を中心に人の輪が出来つつあった。集合時間にはまだ早い筈だが、光は走ってそこを目指した。
「遅くなりました。Libra≪天秤宮≫αの獅堂光ですっ」
「おう。俺はAquarius≪宝瓶宮≫αのラファーガ・スパーダだ。そう心配するな。チーム・キャプテンがまだだからな。あのバカ…、
またどこかで寝こけてるんじゃないだろうな」
「あの、私が呼びに行きます」
「同級の俺がいうのもなんだが、あいつはどこにいるか解らんぞ。五限が終わった時に教室に戻ってきたが、六限も自習だと
言ったら、さっさと課題を片付けてまた消えたからな」
「部活が休みだからロードワークがわりにくるっと回って、十五分捜して見つけられなかったら戻ります」
「すまんな」
「行ってきま〜す!」
軽いロードワークというよりダッシュですっ飛んで行った光を見送り、ラファーガ・スパーダは他の者に向き直った。皆をサボり魔の
キャプテンに付き合わせる訳にもいかないと、参加種目の希望を取りはじめた。
まずは教室を覗いてみるが、もぬけの殻だった。全員がチーム・ランティスかチーム・サトルなのだから居なくて当然なのだが。
さて次はどこへ行こうと悩みつつ階段まできた光が下りかけて立ち止まった。
「また寝てたりして…」
三階に上がり、生徒会室横の家庭科準備室の扉に手をかけると、抵抗もなくするりと開いた。
「…お邪魔します…」
なぜか声を潜めて光が中へと滑り込む。靴を脱いで縁側にひざまずき、そうっと
障子戸を開けると、右腕を額の上にのせ寝入っている捜し人が居た。
「ホントに寝てるし。う〜ん、寝顔も鑑賞に耐えるんだなぁ、カッコイイ人って…。
眠れる森の美女ならぬ眠れる和室の美少年?ふふっ」
この地域では珍しい本間間(ほんけんま)の大きな畳だが、その長辺以上の
身長なので四畳半の和室が余計に狭苦しい。ぐっすりと眠っているのか、
光がいざり寄る気配にもまだ目を覚まさない。
「先輩…。ランティス先輩、球技大会の打ち合わせの時間だから、起きて」
「…ん…」
寝返りを打ったランティスの右腕が光の左手に重なり、
何を掴んだのだろうとでもいうように何度か握りなおしていた。
「やっぱり大きな手…。私の拳なんてすっぽりだ…」
「…ヒカル…?」
「もう放課後だよ、先輩。球技大会の打ち合わせ、みんな集合してキャプテン
待ちしてる」
「悪い。いま起きる…。それにしても全く学習してないな、お前」
「はい?」
「警戒心がなさすぎる」
「ちゃんとこそっと入ったよ。寝顔で先輩だって確認してから起こしたし」
聖レイアの女子の体操服は上が白いポロシャツ、下は赤のトレパンか
紺のプリーツ・スコートだ。寝返りを打ったせいもあって、ランティスの
目の前にきちんと揃えられた素足の膝頭がスコートから覗いていた。
(ビミョーに惜しい…?殴&蹴)
こんなところを覚たちに踏み込まれたら、無実を言い張っても袋だたきに
されそうだとランティスがひとり苦笑する。
「畳のいい香り…」
「午前中に新調したらしい」
「そうなんだ。先輩、脚、大丈夫だった?昨日」
「親子揃って面目ない」
「そんなこと!慣れない人は無理ないもの。あ、でもうちに入門するなら
少し慣れないと…。道場で正座して瞑想するから」
「…努力する…。昼休みにメールできなくて悪かった」
やっと頭がはっきりしたランティスは上半身を起こすと、光に詫びた。
「いえ、帰りでいいですよ。一緒にお買い物に行くんだし」
「あいつが…イーグルがお前の携帯番号とアドレスを教えろと
うるさかったんだ」
ランティスの言葉に光が目をぱちくりさせていた。
「えーっと、イーグル先輩にあったのはさっきが初めてなのに…」
「『可愛い子を独り占めするのはいけない』というのが、ヤツの言い分だ。
教える気はないから、あいつの連絡先を俺がヒカルに教えることで手を
打たせた。メールに入れておくから、拒否設定しておけばいい」 illustrated by ほたてのほ さま
「いきなり拒否ですか?」
苦笑いをした光が壁の掛け時計に目を留めて立ち上がった。
「あ…早くいかないと、ランティス先輩が残り物の競技になっちゃう」
「俺は何でも構わない。ヒカルは言ってきたのか?」
どの道、三兄弟と競う為にはワイルドカードに立つことになるだろう。
「まだだけど、多分ソフトに回されるかなって…」
「いやならいやと言えばいい」
「でもピッチャー居ないと試合にならないし。これでもコントロールいいから」
光はニコッと笑ってVサインを出してみせる。
「――もう、誰か決まってるのか?」
「何が?」
「ハチマキを渡す相手…」
その言葉を聞いた途端に風との話を思い出し、光が赤面する。
「…私、お裁縫下手だから、ホントは誰にもあげたくないぐらいで…。ズルしていいんなら、他人にあげる分は母様に
頼んじゃいたいぐらいなんだ」
「俺は、ヒカルが欲しい…」
「は…い…?」
思いっ切りフリーズした光の顔を見ながら、自分の言葉を反芻したランティスが慌てて言い直した。
「前言撤回。ヒカルのが欲しい…つまり、ヒカルが自分で作ったやつがいい」
「あははは。びっくりした。でも物好きなんだね、ランティス先輩って」
前言撤回されてホッと安心したような、なんだかがっかりしたような不思議な気分だった。
「普通だ」
大切にしたいと思う人がいて、その人が作った物を身につけて戦えるなら、それだけで+αの力を得られる気がした。
「うーん、モノ見て卒倒しないって約束してくれるなら…」
「決まりだ。ラファーガにどやされる前に行こう」
「遅いぞ、ランティス」
ようやくグラウンドに姿を現したチーム・キャプテンにラファーガが文句をつけた。
「すまん、寝過ごした…」
ラファーガの予想が当たっていたことに、そこここで小さく笑いが起きる。
「希望競技はなんだ?ヒカルのを聞き忘れていたが…。お前はピッチングの腕がいいとLibra≪天秤宮≫の連中が言ってたが、
やってくれんか?いまソフトの投球をさせてみたが、まともにストライクをとれるやつがいないんだ」
「あちゃ…やっぱり。私一人ですか?」
「少し鍛えればモノになりそうなやつを特訓しよう。ランティスの希望はなんだ?」
「俺はワイルドカードで…」
その言葉にチームがどよめく。基本的には全員が最低一つの種目に参加しなくてはいけないが、何しろ人数が少ないので、
チームで一人だけかけもちを容認しているのだ。それをワイルドカードと呼んでいて、現役運動部員の場合は二種目までしか
出来ないが、ランティスは運動部を離れているので本人の体力気力次第でやりたい放題だった。元テニス部キャプテンで
運動神経は折り紙付きのランティスがワイルドカードなら怖いものなしと言えた。ただし女子競技には参加できないのは
言うまでもない。
「えらくやる気じゃないか」
「一身上の都合だ…」
「なんだそれは。まあ、男子はこれで戦力確保出来たな。あとは応援合戦のネタだが…」
さくさく仕切るラファーガにほとんど口を開かないランティスでは、どっちがチーム・キャプテンだか判らない。みなが顔を
見合わせるばかりでこれと言った意見も出ないのを見かねて、最下級生ながら光が手を挙げた。
「オーソドックスに学ランでエールってどうですか。四、五人着ればそこそこ目立つし」
「それ賛成っ。でもってランティス先輩とラファーガ先輩を推薦しまっす!」
「ハイハイ、獅堂さんもカッコいいと思いま〜す!」
「え゛え゛ーっ。私なんかちっちゃすぎて目立たないよ」
「いーの、光は可愛さもウリなんだから」
「アスコットくんなんかも大きいから、目立つのはそっちに任せてさ」
「ぼ、僕っ!?えーと、ところで学ランって何?」
普段大人しくてクラス内でも目立たないタイプなので、いきなりのお声がかりに戸惑いつつアスコットが疑問を呈した。
「わぁ、そこから説明か。留学生だもんね。沿線の西高の制服知ってる?ああいうのだよ」
「色は。黒だけじゃ地味かなぁ」
「光はピンクとか可愛いよね」
可愛いと言ったところでしょせんは学ラン。もともと男子の格好なのだが。
「しかしそんなカラフルな学ランなんてあるか。黒なら近隣高から借りる手もあるが」
ラファーガがそういうと、ランティスがぼそりと言った。
「舞台系の貸し衣装でならあるかもしれない。母に聞いておく」
みなランティスの母である学院理事が著名なピアニストであることを知っているので、その言葉に得心していた。
「じゃあそれで決まりだな。他に候補者はおらんのか」
「「「ないでーす!!」」」
「それじゃあランティス。母上にお手数をかけるが四人分の学ランの手配頼む」
「サイズのこともあるから、なるべく出向ける方がいいんだがな」
「お前の母上のご都合に合わせよう。それでいいか、アスコット、ヒカル」
「「はい」」
「よーし。一時間ほど軽く練習して、その後は種目別に解散だ。以上」
最初から最後までラファーガ任せの、やる気があるのかないのかよく判らないキャプテンのランティスだった。
女子ソフトに野球場を譲り、男子野球はグラウンドの端で軽くキャッチボールをしたりしていた。ワイルドカードのランティスは
まずバスケから始めるようだった。
体育館で編成を決めていたチーム・サトルのバスケ・メンバーには覚がいた。
「身体慣らしにミニゲームでもやらないか、ランティス」
「いいだろう」
コートのセンターサークルに立つランティスと覚からは、単なる身体慣らし以上の妙な迫力が感じられた。
覚もかなりの長身だが、198センチのランティス相手ではさすがに試合開始のジャンプボールを奪えなかった。馬鹿デカい上に
俊足ではいやな相手であることこの上ない。シュート体勢に入られたら覚以外ではとてもじゃないがはたき落とせやしないのだ。
最初のうちこそリングに嫌われて蹴られていたが、慣れるとスリーポイントもばんばん狙ってくるアグレッシブさを見せ始めた。
「10センチ以上違うとたまらないな…」
ハーフタイムに珍しく覚が弱音を吐いた。とはいえチーム・サトルのバスケ・メンバーの中では覚が一番背が高いのだ。覚に
止められなければ、他の者では誰もランティスを止められないだろう。マンツーマンではとても止めきれないからといって二人
以上でマークしたら、ランティスは余裕でディフェンスの頭上越しにノーマークのメンバーにパスを決めてしまうのだ。
「とにかくランティスは僕がディフェンスにつく。なるべくあいつにパスが通らないようにするしかないな」
どちらも体育程度にしかバスケ経験はないのだから、体格を除けば互角に持ち込めるはずだった。
前哨戦はチーム・ランティスの圧勝に終わった。早々にランティスをポイントゲッターに据えた作戦勝ちといえた。
「直接対決はさすがに身長差がモノを言うか…。でも本番は楽に勝たせないからな」
クラブハウスのシャワーに向かいかけたランティスとすれ違いざま、覚が裏拳で胸を叩いていった。
ランティスと長々と顔を合わせるのが気まずい覚は体育館外の水道でザバザバと顔を洗っていた。目を閉じたまま手探りで
タオルを探す覚に、それを手渡す者がいた。
「誰だか知らないけどサンキュ…君か…」
妹の風とバドミントン女子ダブルスに出る同じチームの鳳凰寺空が佇んでいた。
「…呆れてくれて構わないよ…」
顔を拭き終わったタオルを首にかけた覚が夕焼け空を見上げた。そんな覚をしばらく見つめていた空がくすくすと笑いだした。
「よかった。私に呆れられるかもしれないっていう自覚はあったのね。それもなければどうしようかと思いましたわ」
果たしてそれが良いといってよい状態なのかどうか判断をつけかねる覚が、ばつの悪そうな顔で黙り込む。
「本当にあなたがたって妹思いなのね。少し妬けてしまう」
「君だって妹にそういう相手が出来たら、気が気じゃなくなるだろう?」
「風さんはしっかりしているから心配していませんわ。むしろ恋のお話が出来る日を楽しみにしているぐらいですもの。
その辺が同性の姉妹と異性の兄妹の差なのかしら…」
もし光が高校生か大学生なら、僕らはそんな話をあの子と出来るだろうかと考えてみたものの、やはり覚の想像の範疇を
越えていた。
「他の誰でもないランティスさんでも駄目なの?学院生の中では一番信頼なさってるでしょうに」
「多分ね。あいつならと思うよ。ただなんというか、あまりに展開がいきなり過ぎて感情がついていけなかったんだ。日頃、
優たちの過保護っぷりをとめにかかっていたっていうのに、まったくもってザマがない」
「…まだ小さかった優さんや翔さんと違って、あなたが一番心を痛めてたんですもの」
幼稚舎当時、仲の良い覚に弟が二人いるのは空も知っていたが、自分の妹の風と同い年の妹がいるのは初等科に
上がるまで知らなかったのだ。幼稚舎時代に仲が良かったランティスも高等科に編入してくるまで「弟三人」と思い込んでいた
ぐらいなのだ。
主に光の健康上の理由を含めた諸事情から言わなかったそうなのだが、空が光の存在を知ってからでもほんの些細な
風邪にも気を揉む覚を記憶していた。
「あなたのお気の済むようにどうぞ。だからランティスさんも応じてくれたんでしょう?」
「ああ」
「今回ばかりはあなたよりランティスさんの応援に回ろうかしら」
「空…」
「うふふふっ。冗談…でもないかしら。ランティスさんが勝てば、あなたは自身を納得させざる得ないでしょう?」
「……」
「いちばんいい形に収まることを祈ってるわ。はい」
覚の手を取ってその掌に青いハチマキをのせると、空はクラブハウスへと戻っていった。
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ほたてのほさまにラン光のワンシーンを描いていただきました
アップを取るかロングを取るかでかぁなぁりぃ迷いましたが、半パンのランちゃん萌え♪でコレに決定(=^_^=) ありがとうございます〜!