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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act9.家庭科教室

 

 親友の風は何の科目に限らず不得手がない。「美術が嫌い」と言ってはいるが、画材の臭いに苦手なものがあるだけで、

絵はそこそこに描けている。海は「家庭科のお裁縫が嫌い」と言っているが、お菓子作りに抜群のセンスを見せている。たとえ

本人が何の味見もせず、食べるみんなが実験台だったとしても美味しければそれでノープロブレムだ。光はといえば音楽が

苦手だった。一度はピアノを習いたいとまで思い、ほんの少し齧りもしたのに、相変わらず音符が読めず、歌うことはさらに

苦手だった。きちんと発声練習をすればそれなりに歌えるだろうが、ちゃんと音程を取れない恥ずかしさで咽喉が強張って

しまい、さらに音程を外す悪循環だった。そして苦手はまだ他にもあった――家庭科だ…。

 それでも中学に上がってからは、お弁当作りの母の手伝いを始めていた。風のように「自分で全部作ってる」と言えない

辺りがちょっぴり情けない限りではあったが。だから調理実習はまだいいのだが、輪をかけて苦手なのは海同様お裁縫だった。

 

 この時期の女子生徒は全学年家庭科の時間にあるものを作ることになる…球技大会用のハチマキだ。各クラスともほぼ

男女同数なので、女子が自分の分ともう一本作る計算になる。基本的に自分が所属するチームの男子の分を作って渡す

ことになるが、意中の人がその中に居ればよし、他のチームに意中の人が居る場合はそのチームの女子と相談してトレード

なんてことも盛んに行われている。どこかに偏ってしまいがちに思われるが、各チームカラーのハチマキとそれに縫い付ける

フェルトを切り抜いたチーム・キャプテンのイニシャルを必要数しか用意しないので、その場合は早い者勝ち状態になる。

 球技大会のチーム・キャプテンは各チームのAquarius≪宝瓶宮≫(高二)が席次で選ばれるのが通例で、今年はα組・

出席番号奇数がランティス(L)、α・偶数が覚(S)、β・奇数がジェオ(G)、β・偶数がイーグル(E)となる。赤・白・青・黄の

四色のハチマキは、今年はα奇数に優先選択権があったのでランティスが白を獲り、覚が青、ジェオが赤を選び、残りの

イーグルが黄ということになっていた。

 光はハチマキ用の白い布二枚と青いフェルトを前に難しい顔をして固まっていた。チーム・サトルの風は青い布二枚と白い

フェルトを前にして、まずフェルトを切り抜く準備をしていた。

 「光さんはいいじゃありませんか。ランティス先輩のLって、一番切り抜きやすいと思うんですけど…。こんな風に長方形を

こう切りますと、二人分のL になりますわよ」

 光は風がノートに描いたスケッチを見て、「わぁ、すごい…」といたく感心していた。

 「なんていうか、Lの字を二つ切ることしか考えてなかったよ」

 「差し上げる方はお決まりなんですか?」

 「へっ!?兄様たちは違うチームだし、いくらなんでも自分の分もいれて四本も作れないし、誰か一人じゃ喧嘩になるよ…」

 もじもじとそう答えた光に風がにっこりと笑った。

 「あら、てっきり『ランティス先輩!』って答えてくださると思いましたのに…」

 「なにそれ、誘導尋問?風ちゃん」

 「まぁ、尋問だなんて…。率直な疑問だったのですけれど」

 授業中とはいえイベントごとの準備とあって、そこここで私語や笑い声が絶えないが教師も大目に見ているようだった。

 「風ちゃんみたいに綺麗に作れたらいいけど…。私、お裁縫下手だし、こっちから押し付けていいレベルじゃないよ」

 「こういうイベントですもの。上手下手より、『頑張ってください』って気持ちを込めれば、それが一番なんじゃありませんか?」

 「…そういう風ちゃんは、誰か決まってるの?アスコットのところによく来るScorpius≪天蠍宮≫(中二)のフェリオ先輩って、

チーム・サトルだったよね…」

 「あの方は人気がおありですから、私がお作りするまでもなくきっとどなたかに貰われますわ」

 「そうかなぁ…」

 「考えている間に少しは手を動かされませんと、時間中にフェルトも切れませんよ」

 「うう、風ちゃんてば厳しい…」

 そういいつつも光はチャコペンを手にフェルトと格闘し始めた。自分も作業にとりかかろうとした風だったが、級友の一人に

袖をつんつん引っ張られて光から少し離れたところまで連れて行かれた。

 「今朝さぁ、光のところにAquarius≪宝瓶宮≫のランティス先輩来てたよねぇ?」

 「え?ええ…」

 「結構、仲よさ気だったけど…」

 「お兄様のお友達でもいらっしゃるようですから…。それがなにか?」

 「光がランティス先輩を好きとか、そういうんじゃないの?」

 「さぁ、どうでしょう。最近知り合われたばかりのようですけど」

 級友たちの言わんとするところがよく飲み込めない風が怪訝な顔で受け答えしていた。

 「昼休みの西館カフェテリアの噂、聞いてない?」

 「はい?私たち、かなりぎりぎりまでアセンブリ・ルームに居ましたから…」

 その級友は先生のほうをちらりと窺い、風の耳元で噂の一部始終を話した。風は時折顔を赤らめながら、「本当に…?」とか

「まさか学校で…」とか口走っていた。

 「光って初心(うぶ)だからさぁ、初恋の人がそんなんじゃショック大きいかと思って心配になっちゃって…」

 たとえ初恋でなくても、好きになった人がそうだと聞かされれば少なからずショックは受けるだろうと得心した風は旧友たちに

頷いた。

 「情報提供ありがとうございます。光さんのことは必ず護りますわ」

 「風ちゃ〜ん!ちょこっとHELP〜っ!!」

 ひどく情けない声でSOSが発されたのを機に、風は光のほうへと戻っていった。

 

 昼食後の睡魔に襲われる余裕もなく光はハチマキ作りに没頭し、時間中にようやく一本の完成にこぎつけた。

 「うは〜!出来たっ!」

 と言いつつ、まだ裏返して端を縫い込み、アイロンがけをしてイニシャルを縫い付けるという作業が残っているのだが。

(要するに全然出来てない・笑) ミシンを使えば早いのに、光は苦手だからとちまちま手縫いをしているのだ。

 光が授業中にやったのはランティスのイニシャルであるLの字の切り抜きと筒状に縫うまでだ。来週もう一時間球技大会の

為の時間があるが、それは応援合戦用衣装の下準備なので完全にチーム別作業となる。

 「あとはお家で作業ですね」

 「母様に聞きながらやるよ。風ちゃんにしちゃあんまり進んでないね」

 日頃の風の手際の良さなら、二本とも時間中に完成していてもおかしくなかった。

 「少しおしゃべりが過ぎましたね。私も家で頑張りますわ」

 先生の手が塞がっているとき、出来の良い風はクラスメイトの引っ張り凧になるから自分の分を進められなかったのだろうと

光は勝手に解釈していた。

 

 

 

 お裁縫箱を片付けて家庭科教室からLibra≪天秤宮≫αの教室へ戻ろうとした時、突然すぐ背後でやけに勢いよく引き戸が

開き、ランティスがよろけるようにもたれ掛かっていた。

 「…っ」

 「ほらほら、最初から無理するからですよ」

 振り返った光と風の目の前に、ランティスを支えて苦笑する薄茶の髪に黄金色の瞳の美少年が立っていた。

 「ランティス先輩?」

 「…!」

 昼休みにメールをしそびれた詫びを言いたかったが、イーグルの前でそれをすればあれが光だと教えるようなものだ。

 「おや…。ずいぶん可愛らしい後輩とお知り合いなんですね。妬けちゃうなぁ。僕はAquarius≪宝瓶宮≫βのイーグル・ビジョン。

お嬢さんがたのお名前をお聞きしても構いませんか?」

 幼少のみぎりより高い撃墜率を誇る≪天使の微笑み≫を浮かべたイーグルだが、光はともかく風を落とすことは出来なかった。

 「次の授業の準備がありますから失礼します!参りましょ」

 光の腕を有無を言わせず引っ張っていく風に朝には窺えなかった幾許かの敵意を感じとり、ランティスは違和感を覚えていた。

 「うわぁ、つれないなぁ…。で、あの子は誰なんです」

 「…後輩だ」

 「答えになってないでしょう、それ…。ともかく約束ですよ、あれ…」

 「くどい…」

 意味深な台詞を振り撒くイーグルに、家庭科教室から出てきた女子生徒がひそひそと囁きあう。

      『いや〜ん、隣に居たの!?そうと知っていたら、聞き耳たてに行ったのにぃ…』

        『や、それはちょっとサイテーなんじゃ…』

         『けどさぁ、こんな間近でのチャンスってないよ!?もしかしたらバレるかもってスリルも楽しんでんじゃない?だってバレたくなきゃランティス先輩、

                 お家に帰ればいいんだしさ』

         『≪西館密会事件≫は事実だったんだね…。麗しいけど、ちょっとショック〜』

         『風に教えておいて正解だったわ』

         『ホントだよ〜。いきなり出くわしたもんね』

         『光ってお子ちゃまだから、みんなで護らなきゃ!』

         『そうだね。あぁ…、アレでなきゃ、ブラコンの光にはいい感じだったんだけどなぁ…』

         『でもさぁ、イーグル先輩が相手じゃ誰も敵わないって…。さっきの≪天使の微笑み≫、見た?ハンパないよ。鼻血出るかと思っちゃったもん』

         『ランティス先輩もあれに撃墜されたのかな…』

 当人が聞いたら憤死しかねない誤認情報が独り歩きしているのを知りもせず、ランティスは茶道準備室兼家庭科準備室の

ドアのところで、いまだ自由の利かない自分の脚と格闘していたのだった。

 

 

 

 「風ちゃんてば、先輩にあんな態度はよくないんじゃないか?」

 礼儀正しいことにかけては光以上の親友の態度が腑に落ちず、お裁縫箱をロッカーに片付けながら風をたしなめていた。

いきなりストレートにあんなことを光に説明出来ない風はもっともらしい理由を挙げた。

 「お昼休みにメールすると言っておきながらすっぽかして謝りもしないかたのご友人なんて、きっとろくなかたじゃありませんわ。

だいたい授業中にあんなところで何をなさってたんだか…」

 「放課後一緒にお買い物に行くから、メールはその時でいいし…。昼寝してたんじゃないかな?あそこって確か畳敷きだよね」

 「そのわりにはずいぶんお疲れのようでしたけれど…」

 「そうだっけ?…ハチマキの布とフェルトだけ持って帰ればいいよね。あ、そだ。次の英文法で教えてほしいんだけど…」

 光の当座の関心は、はた目に妖しい美少年二人の関係より英文法の関係代名詞らしかった。

   

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    昨今の学校は男子も家庭科やるとか聞いた気もしますが、やっぱ女の子に作ってもらうほうが萌える、違う、燃えるでしょ!…ってことで。

      中一で関係代名詞も早いかなとも思いましたが、幼稚舎・初等科とも英語の授業があるので、進度も速いってことで…(^.^; オホホホ

 

                 この壁紙はさまよりお借りしています