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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act8.西館カフェテリア

 

 朝礼前に教室の隅っこで風の容赦ない追及を受けた光は、ほぼ一部始終(度重なる抱っこに関してだけは、さすがに固く

口をつぐんだ)を自白させられていた。ランチタイムを待ち兼ねていた隣のクラスの海と風にアセンブリ・ルームまで連れ出され、

光はお弁当が喉につかえそうになりながら、二人の尋問に耐えていた。

 「あっきれた!先輩が言う通りじゃない。変なヤツが居たらどうするのよ!」

 「光さんって度胸が有りすぎですわ。日頃からお兄様がたがご心配になるのも頷けますわね」

 「…あんなに綺麗なピアノと歌声が聞こえたら、海ちゃんや風ちゃんだって絶対に引き寄せられちゃうよ」

 「セイレーンの魔女のように?」

 「魔女って…。もう、風ってば…。見目良いほうだとは思うけど、ランティス先輩の女装ってのはどうかと…」

 なんとなく自分から矛先がそれたかなと一息ついた光も、その話に乗ってみた。

 「うーん……睫毛がすっごく長くて、多くて…、つけ睫毛は要らないよ。髭もあまり伸びない体質なんじゃないかな。肌も

私よりずっと白いし、体格ごまかせる服なら結構イケるかも…」

 普段ぽわわ〜んとしているわりに、やけに描写が細かい(=それだけの観察をしたという証左だ)光を、海と風がじぃぃっと

見つめていた。(やぶへびと言うべきか、語るに落ちるというべきか…)

 「なに?早くお弁当食べないと、お昼休み終わっちゃうよ?」

 「睫毛の数まで解るほど…」

 「髭の伸び加減が解るほど…」

 「「接近したの(ですか)?!」」

 鶏のから揚げを一口でぱくっと食べたばかりの光が喉を詰まらせた。

 「むぐぐ…っ」

 食道辺りをどんどん叩く光の背中を海もバシバシ叩き、風はお茶を用意して目の前に差し出した。

 「…はぁっ、苦しかった。二人ともありがとね」

 「私たちの質問にお答えになってませんわ」

 「そうよ!洗いざらい白状なさい!」

 「いやその、だってほら、私はめちゃくちゃ目がいいから、そこまで解るんだってば!」

 「ふうん…」

 いかにも疑ってますという顔つきの二人に笑ってごまかしつつ、光はメールの着信を気にしていた。

 「来ないなぁ…。また電池切れしてるのかな。ぷぷっ」

 思い出し笑いの光にツッコミを入れようとしたところで、予鈴が鳴って時間切れとなった。いつもは一番のんびり片付ける

光が、お弁当箱を入れた巾着を手に立ち上がった。

 「風ちゃん、次は東館三階の家庭科教室だから急がなきゃ」

 「それもそうですわね」

 「ま、今日はここまでにしときますか」

 なんだかんだと親友二人は光を小突きつつ、それぞれの教室へと戻っていった。

 

 

 

 午前中は休み時間のたびに誰かが傍にいて、とても光に貰ったカードを取り出して登録する余裕がなかった。だいたい

普段めったにメールも電話もしないタイプなので、携帯を触ってるだけで物珍しげにクラスメイトが寄って来るのだ。(珍獣扱い?)

 昼休みになり、ランティスは西館四階のカフェテリアのなるべく端に陣取った。昼食を済ませたあとに携帯と向日葵のカードを

取り出すと、ニッコリとVサインを出したプロフィール画像と名前だけを登録したページを呼び出した。

 携帯番号を登録したあと、長いアドレスを入力するのに気を取られていたランティスは、ほえほえした笑顔でその様子を

見ている男に気づくのが遅れた。電話帳データを保存して、メールを送ろうとしたランティスの手元からカードが抜き取られそうに

なり、だんっとその手ごとカードを押さえつけた。むっとして顔を上げたランティスが、僅かに嫌そうな表情を浮かべて、キー

ロックをして画面を閉じた。

 「…何をする…」

 「痛いなぁ…。あなたの馬鹿力で殴られたら、骨が折れるじゃないですか。中央棟の学食に居ないから捜しましたよ。

カフェテリアなら東館にもあるのに…」

 「いまは和風喫茶になってるからな」

 高等科のある東館のカフェテリアは月ごとに和風喫茶になったり飲茶の店になったりして、学生が飽きないように配慮されて

いた。和風喫茶と言いつつも、昼食時は松花堂弁当やミニ懐石などが和室で供されるので、二日連続で正座はパスしたくも

あったランティスは自然に避けていた。

 「他人の物を勝手に見ようだなんていい趣味じゃないな、イーグル」

 「新しいお昼寝スポットを見つけたから、あなたにも教えてあげようと思ったのに、ずいぶん冷たいあしらいだなぁ。シドウ

ヒカル…。シドウサトルの妹ですか?」

 「…」

 ぐぐぐっとランティスに押さえつけられている手の隙間から、名前だけは読み取れたらしい。

 「いつの間にこんな物を貰える仲になったんです?去年、紅薔薇のつぼみをの20本以上も無駄に散らした朴念仁が…」

 「お前に関係ない」

 「そんな可愛いげのないことを言ってると…!」

 マジシャンのような鮮やかさで、イーグルはランティスの携帯を取り上げた。パッと画面を開いてみても、デフォルトの時計が

表示されるばかりの素っ気ない仕様だった。

 「なぁんだ。待受画面にしてるかと思ったのに、残念」

 パタンと画面を閉じたイーグルは携帯をランティスに返したものの、立ち去る気配がない。

 「昼休みの間にメールしたいんだがな…」

 「すればいいじゃないですか。携帯はお返ししましたよ?」

 相変わらずにこにこしながら、ランティスの左手の下でイーグルはまだカードを諦める様子がない。

 「お前にヒカルの携帯番号とアドレスを見せるつもりはない。諦めろ」

 「つれないなぁ…。あの三兄弟の妹ならレベル高いでしょう?可愛い子を独り占めしちゃいけません。僕とあなたの仲じゃ

ないですか

 イーグルの問題発言に、西館カフェテリアに居合わせた主に中等科生の女子生徒の間では声にならない悲鳴が上がって

いた。

       『え゛え゛っ、やっぱり先輩たちってそういう……

       『うそぉ…。でもお二人とも見目麗しいから許しちゃおうかな…

       『あ、でもさぁ、イーグル先輩には空手部のジェオ先輩もいるはずだよ…』

       『私はランティス先輩のほうが一押しだなぁ。ねぇねぇ、絶対ランティス先輩がエ攵めだよね?……(*ノノ) キャー

       『ほらっ、ランティス先輩ってば、さっきからイーグル先輩の手を離さないし』

       『東館のカフェだと高等科生が多いから、きっと人目を忍んで西館で逢瀬なさってるんだわ』

       『知らない顔してあげなきゃ、お気の毒よね』

       『あんなに真剣な顔で見つめてらっしゃるんですもの。本気なんだろうなぁ、ランティス先輩…。紅薔薇のコサージュ

       なんて受け取ってくれない筈だよね…』

 そんなよからぬ会話が取り巻いていることを知ってか知らずか、ランティスは手癖のよろしくない友人を睨みつけていた。

 「ヒカルの携帯は登録外からの着信を拒否してる。お前が持ってても仕方がない」

 「ふうん…。あなたは登録されてる…認められてるってことですか。こんな無愛想な朴念仁のどこがいいんだろうなぁ」

 ぶつぶつとぼやきつつ、イーグルは姿勢を落としてランティスの耳元で囁いた。

 「どうもここは人目がありますから、場所を移しませんか?新しいお昼寝スポットにご案内しますよ」

 ようやくカードを諦めたイーグルとともに西館カフェテリアを出て行くランティスを、後輩たちがワクワクしながら見送っていた。

 

 

 

 校舎の外へ出るものと思っていたが、どういう訳かイーグルが向かったのは東館の三階、生徒会室の隣の茶道準備室

だった。中・高等科敷地と大学敷地の間の森の中に立派な茶室もあるのだが、大掛かりな茶会を催すとき以外の活動は

もっぱら準備室のほうで行われていた。

 「お前はクラブ活動中に昼寝するのか…」

 というよりも、生徒会文化部部長でもあるAquarius≪宝瓶宮≫βのイーグル・ビジョンは茶道部の幽霊部長として名が

通っている。部長とは名ばかりで部活動はサボりがち、茶道部じゃなく帰宅部の間違いじゃないかと揶揄されることもしばしば

だった。

 「まさか。起きていないと美味しいお茶とお菓子はいただけませんからねぇ」

 くすくす笑いながら答えたイーグルが、あらかじめ生徒会室から持ち出していた鍵で茶道準備室を開けた。

 「どうぞ…って、僕専用の部屋でもないですが」

 ランティスを招き入れると引き戸を閉め、靴を脱いで中にしつらえられた縁側のような板敷きにひざまずき、イーグルは障子戸を

開けた。たちまちランティスを真新しい青い薫りが包みこむ。

 「この匂いは…」

 「午前中に畳を新調してくれたんです。いい香りでしょう?」

 「…しかしここは昼寝をする場所というより、正座をする場所だろう?」

 曾祖父の代から日本国籍はあれど、アンフィニ家はまるきりの洋館で畳敷きの部屋はなく、昨夜の千尋庵でもキャロルともども

正座には相当に苦戦していたのだ。光も麗も「どうぞ足を崩して」と勧めてくれたが、慣れもあってか涼しい顔で正座をしている

三兄弟の手前、ランティスは意地で正座を貫いていた。(その結果立ち上がろうとしたときに若干バランスを崩し、慌てた光が

支えてくれたことでいっそう覚に睨まれ、事情がわからず態度を決めかねていた下二人にも要注意人物認定されることに

なったのだが・汗)

 「お茶を点てているときはそうですけど。畳の部屋ってこんな風にごろんとなれるんです。イグサの香りが清々しいから、

草原で昼寝をしてる気分になれますよ。にわか雨の心配もありませんしね」

 いつぞや二人揃って学院敷地内のビオトープのベンチで昼寝中に、通り雨に降られてずぶ濡れになったことを思い出した

イーグルがくすくすと笑う。勧められるままランティスも畳の上にごろりと寝転がってみる。昨日は緊張するばかりで針の筵の

ように感じられた畳が、一転今日は程よく背中を押し返してくる。

 「悪くない…」

 「でしょう?茶道部の活動は月・金の放課後だけですから、あとは使いたい放題です。鍵は隣にありますしね」

 本来、定例の部活動・同好会活動に使用する以外は生徒会に書面を提出した上で鍵を借りることになっているはずだが、

イーグルが真面目にそれをやっているかははなはだ怪しいところだった。

 「五限目の合同選択は自習だし、このまま昼寝にしませんか…?日本もシエスタを取り入れてくれればいいのに…」

 昼休みが終わる前にメールを打とうと起き上がると、携帯を取り出したランティスをイーグルがにやにやと眺めていた。

 「どうぞ、僕のことはお気になさらず」

 そんな風に言われたなら、余計に気になるというものだ。キーロックを解除した途端に携帯を取り上げられて光の携帯番号や

アドレスを知られるのも困る。どうしたものかとランティスが逡巡するうち、昼休みの終わりを告げる五限目の予鈴がなった。

 「……」

 「昼休み、終わっちゃいましたね」

 基本的に授業中には携帯はかばんの中かロッカーの中で、予鈴とともにしまいこむ者が多い。その件については帰りに

詫びることにしようと決め、ランティスはイーグルに向き直った。

 「お前に教えてもらいたいことがある…」

 あまり人に物を頼むことのないランティスのそんな言葉に目を丸くしつつ、にこにこ笑ってイーグルが応じた。

 「他ならぬあなたのお願いですからね。そのかわり、これと引き換えです…」

 「いいだろう」

 イーグルの人さし指が、ランティスの胸にそっと触れていた・・・・。

 

 

      

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     シエスタ…スペイン語圏でみられる、昼寝を含んだ長時間の昼休憩のこと

 

               ・・・・いろんなことを仕込んでいたりいなかったり・・・・

 

                 この壁紙はさまよりお借りしています