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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act7.Libra≪天秤宮≫α

 

 「今日から学校帰りに獅堂流剣道場に通います」

 朝食を終えてそういった息子を、母親は楽しそうに眺めていた。

 「車を出すの?」

 「いえ、電車で通います」

 「そうよねぇ、ヒカルちゃんは電車通学なんですもんねぇ」

 ズバリそのものの名前を出してにこにこ笑う母親に、なりのでかい息子は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 「…とにかく、そういう訳で遅くなりますから、夕飯は先に済ませてください」

 「いいのよ、たまにしか日本に居ない、めったに一緒に居られない母親なんて、放っておけばいいんだわ…」

 わざとらしい泣きまねをじろりと睨み、ランティスがため息をついた。

 「貴女がいうところの『可愛いお嫁さん』を貰うには、山のように高いハードルを三つばかり越えなければならないので…」

 「…女の子との浮いた話が無くて(サトル君とか、イーグル君とか…w)心配していたのに、こうと思ったら速攻よね、あなたたち

兄弟って…。そういうところはクルーガー似なのかしら」

 「その父さんはいまどこなんです?」

 「どこだったかしら…。チャーター便をよく引き受けるから飛んでるんじゃない?まとまったお休みが取れたら帰ってくるわよ。

その時に紹介出来たら良いわねぇ」

 学院理事に名を連ねるランティスの両親は共に海外を飛び回っていて、実質的なところは幼稚舎から大学までを統括する

学院長任せになっていた。一見すると放漫ならぬ放任経営のようだが、理事夫妻の海外での活動は在校生のよい刺激に

なっているし、卒業生の進路選択の幅を広げるのにも寄与していた。

 「ね、昨日の携帯の写真、私にも送って」

 「…何の為に…?」

 「そりゃああなたのお嫁さん候補が決まったんだもの。クルーガーやザガートにも教えてあげたいじゃない?」

 「お断りします。本人の意向も確かめないうちに言いふらすのは控えて貰わないと…」

 「はい…?えーっと、どういう意味かしら」

 「話したのは昨日で二度目です」

 「あら、特別校舎で密会するような仲じゃ…?」

 「密会…?母さんまで俺を犯罪者扱いする気ですか」

 「八月生まれだって言ってたから、まだ十二よね。ま、気長におやんなさい。今日はコンサートの打ち合わせがあるから

私も遅くなるわ。やだ、もうこんな時間…。先に出まーす」

 カップの紅茶を飲み干してキャロルが出て行くと、ランティスはポケットから取り出した携帯電話を開いた。アドレス帳の

携帯番号もメールアドレスもない名前だけを登録したそのページのプロフィール画像をしばし見つめると、パタンと画面を

閉じて学校に出かける準備をしに部屋へと戻っていった。

 

 

 

  校舎西館一階西端にあるLibra≪天秤宮≫(中等科一年)αの教室前の廊下に、異様に目立つ男が一人立っているのを、

通りすがりの、主に女子生徒たちがちらちらと気にしている。その襟章のAquarius≪宝瓶宮≫が示す高等科二年の教室は

東館の二階東端なのだから、何をしているのだろうと思われても当然といえば当然だった。

 

 「あら…αの前、遠巻きに人だかり…?」

 不思議そうな海の言葉を待つまでもなく、人垣を物ともしないずば抜けて背の高いその姿に光が駆け出した。

 「ランティス先輩っ!」

 光に置いてけぼりにされた海と風は思わず顔を見合わせていた。

 「おはようございますっ!昨日はありがとうございました」

 「いや…。サトルに何か言われたか?」

 「『母様に心配かけちゃいけないよ』とだけ…。兄様と…喧嘩になった…?」

 ランティス親子が帰ってからも、覚は道場でのことを光に一言も話してはくれなかったのだ。

 「心配するな。それよりヒカルに頼みがある」

 「はい?私でお役に立てるなら…」

 「放課後、球技大会の打ち合わせが終わったら、剣道の道具の見立てに付き合ってくれないか」

 「もう買い揃えるの?うちなら貸し出し用の一式もあるのに…」

 「自分の道具を持つほうが、サボらなくていい…」

 覚に散々『サボり魔』呼ばわりされていたのを思い出し、光がくすっと笑った。

 「母様に訊いてからでもいい?二日連続で行方不明になるとさすがにマズイし」

 後半声を潜めた光にランティスは穏やかに笑いかけた。

 「ヒカルの母上には今朝電話で許しをいただいた。確かめて貰っても構わないが」

 「手回しいいなぁ。じゃ、うちでご贔屓にしてるお店があるからそこで…。あ、そうだ。これ、渡しておくね。私の携帯番号と

アドレス」

 向日葵の透かし模様をあしらった紙にひと目で光と判る可愛らしいイラストと、漢字・ひらがな・ローマ字で名前を書いた

下に、携帯番号とアドレスが入った名刺を定期入れから取り出してランティスに手渡した。

 「綺麗に仕上げてるんだな。俺はこういうものを用意してないが…」

 「あはっ、私はこんなに器用じゃないよ。出来上がったのを今朝友達から貰ったばかりで、人にあげるのは先輩が第一号

なんだ」

 「ひぃかぁるぅぅぅぅぅ。そろそろ紹介してくれてもいいんじゃないかしら?」

 タイミングを見計らっていた海ががばっと光にヘッドロックをかけた。

 「うにゃぁぁ。えっと、イラストを描いてくれたのが私に技をかけてるLibra≪天秤宮≫βの龍咲海ちゃん。それをパソコンに

取り込んで綺麗に仕上げてくれたのがLibra≪天秤宮≫αの鳳凰寺風ちゃん。二人とも幼稚舎からの仲良しなんだ。こちらは

生徒会副会長のランティス・アンフィニ先輩…って、普通知ってるか。有名だもんね」

 こんな目立つ人間を知らなかった光のほうが、天然記念物級に疎かっただけなのだから。

 「宜しく。ホウオウジというと…≪ミス聖レイア≫になった書記の…?」

 「はじめてお目にかかります。確かに姉の空は生徒会書記をやっておりますわ。どうぞお見知りおきを」

 「光はチーム・ランティスだっけ?でも打ち合わせは放課後の筈じゃ…?」

 「…の、筈ですわね」

 風と姉の空が振り分けられたチーム・サトルも、今日の放課後が初顔合わせになる予定だった。

 「ヒカルに用があっただけだ。アドレスのメモを用意していないんだが…」

 そういったランティスに光がにこっと笑った。

 「先輩のほうからメールして貰っていいですか?今日だけ受信制限外しますから」

 「制限をかけてるのか?」

 「変なメールも多いから、アドレス帳に載ってる以外のメールは弾いてるんだ」

 「それなら今日の昼休みに送る。その間だけ解除してくれ」

 「はい」

 「じゃあ、放課後また…」

 光に手渡されたカードを胸ポケットにしまいこむと、ランティスはくるりと踵を返してその場を去った。ランティスが中央棟の

ドアの向こうに消えた後、海ががしっと光の両肩をつかんで揺さぶった。

 「お兄さんが生徒会長だからって、副会長とも知り合いだなんて、言わなかったわよね?光」

 「光さんの携帯番号もアドレスもご存じないところをみても、つい最近親しくなられたようにお見受け致しますわ」

 親友二人の厳しい尋問が始まりそうなことは鈍い光にも判る。ぱっと腕時計を気にすると、光は海ににこにこっと笑った。

 「海ちゃん、日直さんなんだから、早く教室にかばん置いて日誌取りに行かなくちゃ、ね?」

 「私は日直ではありませんから、ゆっくり教室でお伺いしましょうか?」

 風が眼鏡のつるをつっと押し上げると、その迫力に押され、慌てて光が言い繕う。

 「そんな風ちゃん、海ちゃんの居ないところでそういう話はいけないんじゃないかな?ね?海ちゃん」

 「いーえ!風!!私の分もバッチリ追及しておいてちょうだい。あとで洗いざらい教えてね〜っ!」

 ばたばたと自分の教室に駆けていった海に置き去りにされた光は、ふと誰かの視線に気づきハッとした風に腕をぎゅっと

掴まれていた。

 「さぁ、教室に入りましょう、光さん。私の質問にちゃんと答えていただきますからね」

 「にゃぁぁぁぁ…」

 ずるずると引き摺られるように教室に連れ込まれた光を、同じクラスのアスコット・デル=ソルとそのはとこでScorpius

≪天蠍宮≫(中等科二年)αのフェリオ・デル=ソルが面白そうに眺めていた。

 「朝から顔を見られてラッキーと思ったんだけど…、見事にスルーされたよね、僕たち」

 がっくりとうなだれたアスコットに、フェリオがさらに追い討ちをかける。

 「お前はウミの視界に入ってなかったかもしれないな。でもフウは俺が居たのに気づいたぞ」

 「挨拶されるどころか逃げられたくせに…。視界に入らないより悪くない?」

 ぶんむくれてそういったアスコットの言葉も、フェリオは涼しい顔で受け流す。

 「日本の女の子はシャイだからな。ことにフウは奥ゆかしいヤマトナデシコだから仕方がない。来月までに振り向いて貰えれば

いいさ。球技大会はチャンスって言えばチャンスだろ?」

 「そりゃ、フェリオは運動神経いいからね。うーん、振り向いて…くれるかなぁ、ウミ」

 「ま、お互いがんばろうぜ。じゃ、コレ借りてくぞ」

 アスコットの古語辞典を軽く振ると、フェリオは自分の教室へと戻っていった。

 

 

      

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