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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act6.獅堂家2

 

 剣道の腕前で言えば、覚とランティスでは格段の差がある筈だが、黒髪碧眼のにわか剣士は持ち前の動体視力と反射

神経だけで猛攻をかわしていた。

 「防戦ばかりでは勝ちはないぞ、ランティス」

 「実質五段のお前に俺が勝てるか」

 「君はいろんな面で侮れないからね。少し前まで僕に妹が居たことも知らなかった癖に、名前を呼び捨てるなんてずいぶんと

親しげじゃないか」

 「向こうでの暮らしが長かったから、ファーストネームを呼び捨てる習慣がついてる。『ヒカルさん』と呼べば満足か?」

 ランティスが光の名前を呼んだのはあの一度きりで、それ以前から覚の機嫌は超低気圧だったのを承知の上でランティスが

挑発した。そのあからさまな挑発に、覚は試合で見せる以上の鋭い竹刀捌きでランティスに打ちかかった。渾身の力を込めた

重い一撃を受け止めたランティスは、さらに覚を煽った。

 「マサルとカケルのシスコンぶりはあのあと耳にしたが、お前のほうが相当重症じゃないのか、サトル」

 「妹の居ないお前に何が判る?!」

 そんな言い方をされたなら、妹の居ない身では他に答えようもなかった。

 「判らん!」

 「…君の家系ほどじゃないが獅堂の家もそれなりに古い。幕末の頃からここで剣術指南をやってきた」

 「歴史的建造物が震災や戦火に消えなくてなによりだ」

 そういう話は竹刀を打ち合いながらよりも、お茶でも飲みながらゆっくり聞きたいものだとランティスは思ったが、覚にそんな

気はないらしい。

 「こういう生業(なりわい)だから男子が生まれたら諸手を上げて喜んでいた。だけどそれは、ただ跡継ぎが出来たからって

だけでもなかった」

 「…そろそろ十分以上になるぞ」

 「試合じゃないと言っただろう?僕の話を聞けよ」

 「くっ…!」

 ラインぎりぎりまで押されていたランティスが、覚の竹刀をかわし体勢を立て直した。

 「さすがに君はそう簡単に場外に出てくれないな。…獅堂の家には…ちょっとした呪縛があるんだ」

 「呪縛…?」

 占いだのまじないだのといった物に興味を示さない覚がそんなことを言うのは、なんだか奇妙な感じがした。

 「『獅堂の家に生まれた娘は早世する』…ってね」

 「…!?」

 あれだけ妹を気にかけている覚の口から、そんな縁起でもない言葉が出るとはランティスは思いもよらなかった。

 「獅堂の家は昔からほとんど女の子が生まれなくて…、やっと生まれても酷く虚弱だったり、ごく稀に健康な子が生まれた

と思ったら、不慮の事故で命を落としたり…。家系図に残る限りでは、十歳を越えたのは光が初めてなんだ」

 学年平均よりかなり小柄ではあるが、虚弱なんて言葉とは無縁な…、というより無謀なまでにおてんばの部類に入るだろう。

 「僕の一番古い記憶…あとからアルバムを見てそう思っているだけかもしれないけど…、優や翔を連れて初めて会いに

いった妹は、特別な病室の…ちっちゃくて透明な箱の中にいた」

 「ICUか…?」

 「新生児専用のはNICUって呼ぶそうだよ。予定よりひと月以上早くて、二千もなかったんだ…。僕たち三人とも四千グラム

越えだったっていうのに…。これには人ひとり産み出したばかりの母より、獅堂の祖父たちのほうが参ってた。『また駄目か』

ってね…。出生届を出すときも大揉めだったみたいでね。両親はもう少し女の子らしく、ひらがなで『ひかり』と決めていたのに、

届けを提出に行った祖父が勝手に『光』に変えてしまったり…。あの子があんなに男の子っぽいしゃべりかたをするのも、

単に男兄弟の中で育ったからというより、かなり意識的に祖父がそう躾けたからだ。母は普通の女の子として育てたかった

みたいだけど、祖父たちだって悪気があってそうしてた訳じゃないから無碍にも出来なかった」

 「古来そういう例はない訳じゃないが…」

 「幼稚園に上がるまではちょっとしたことで酷い熱を出したりしていたから、気が気じゃなかったよ。祖父なんて幼稚舎の

制服がジャンパースカートなのにも文句をつけてたぐらいだ。『スカートをはかせるぐらいなら、幼稚園なんて行かなくていい!』

とまで言ってたからね。本当は私服でもいいなんてことは、僕らが口をつぐんでたけど」

 今では想像もつかないが(と言っては失礼か?)、弱々しい生命の灯を携えて獅堂の家に生まれてきた光を、いろんな想いを

抱えながら家族が大切に育んできたのだろう。

 「健康面ではもう心配なさそうでよかったじゃないか」

 か弱かった妹が一人で≪特別校舎の幽霊退治≫に乗り込んできたなんて教えたら、覚はどんな顔をするだろうなと思いつつ、

光との約束の手前、ランティスはくすりと笑うにとどめた。

 「何がおかしい!?」

 「悪い、こっちの話だ」

 ランティスの態度がカンに障ったのか、覚の竹刀捌きが一段と鋭さを増した。

 「体格こそ小柄だけど人並み以上に体力はあるし、さすがにもうどこかで倒れてるんじゃないかって心配はしてないけどね。

それでも荒れかたじゃ沿線で一、二を争うような学校の生徒と派手に揉めたらしいなんて耳にしたあとで、あの子が連絡もなく

遅くなったりしたら、心配しないほうがどうかしてるだろう?!」

 これまで獅堂の家に生まれた娘は不慮の事故で命を落としてもきたのだから。

 「だから悪かったと言ってるだろう。とりあえず学内にコイン式携帯充電器を設置するよう理事会に提議しておく。それでも

中学生や高校生になって、いつまでも兄貴がべったり心配してるのもどうかと思うがな」

 「ほんの二ヶ月前は小学生だったんだからまだ子供だよ!」

 「三年経てば高校生になるし、五年…いや六年経てば大学生になる。いつ手を離すつもりなんだ?」

 「いくら君でも余計なお世話だ!」

 「過保護すぎるのはヒカル…、失礼、ヒカルさんの為にならない。他にナイトがいれば問題ないんだろう?」

 「!?…まるで君がそうなるとでも言ってるように聞こえたんだけどね、いま…」

 「今度は誤解されずに済んだな」

 「ふざけるな!一週間前には光のこともろくに知らなかった癖に、よくもそんなことを…」

 「心動かされるのに逢ってからの時間は関係ない。お前だって≪去年のミス聖レイア≫に惹かれたのは、幼稚舎の入園式

での一目惚れだったろ?」

 切り結んでいた覚の顔が面越しでも判るほど真っ赤になっていた。

 「それとこれとは…!」

 「同じだ。『≪ミス聖レイア≫に惹かれた理由をいますぐ五つ挙げてみろ』と言われて、俺に言えるか?お前」

 「……っ!」

 「ほらみろ。だから俺も教えない」

 日頃口数が少ないランティスにここまで言いくるめられて、正論だけにぐうの音も出ない覚は一矢を報いる為に弟たちの

口癖を持ち出した。

 「ランティス…光と親しくつきあいたければ、僕たち三兄弟を倒したあとで交換日記から始めてもらうぞ…!」

 「いいだろう」

 ランティスが覚の条件を呑んだとき、道場の引き戸が開けられた。

 「支度が出来たから、お茶席のほうへどうぞ」

 その声のするほうに視線を向けたランティスが、柔らかな桜色の綸子に小手毬を散らした着物姿の光に見蕩れて、いま

自分が何をしていたのかを忘れ去っていた。

 「隙ありっ!」

 覚がその一瞬を見逃すはずもなく、払い小手を決めていた。強烈な一撃に竹刀を取り落としたランティスに光が駆け寄る。

 「ランティス先輩、大丈夫…?兄様ったら、素人相手にやりすぎだよ!」

 「男の勝負に口を出すな。約束は守ってもらうからな、ランティス」

 面を外しながらそう言った覚に、ランティスの面を外してやっていた光がきょとんとしていた。

 「何の約束?」

 「光には関係ない!」

 「…そうか…?」

 ぼそりと呟いたランティスを、覚がじろりと睨んでいた。

 「防具だけ外したらそのまま行くぞ。足袋も貸してやる」

 お茶を飲むことと足袋との関連性がさっぱり解らず怪訝な顔をしているランティスに、光がにっこりと笑った。

 「一応お茶室は素足で上がらないのがお作法なんだ。少し足が窮屈かもしれないけど…。先に行って準備してるね」

 道場を出て行く光の髪を結い上げた後姿をしっかりと目に焼き付けつつ、緑茶だか紅茶だかを振る舞ってくれるのに光が

いきなり着物姿になっていたり、≪お茶席≫だの≪お茶室≫だのという言葉が飛び交うのかずっと引っかかっていたランティスは、

そこでようやく自分のミステイクに気がついた。ハッとしたランティスの顔を見て、覚がくっくと笑いを噛み殺していた。

 「やっと気づいたか。君が光に『お茶を≪点てて≫ほしい』なんて言うからだよ。普通は≪淹れる≫って言うんだ」

 解っていたならその場で訂正しろと文句を言いたい気持ちより、こんなことでもなければなかなか見られない光の姿を見られた

幸運に感謝したい気持ちのほうが強かった。

 「勝負はこれで終わった訳じゃない…。お前たち三人に勝てばいいんだろう?いい具合にばらけてた筈だな?」

 「…球技大会に個人戦はないぞ」

 「手始めにそこからだ。総当たり戦の種目はお前たちのチームに負けない。トーナメント形式の種目は、勝ちあがれなかったら

不戦敗だ」

 「おやおや、掛け持ちする気かい?種目にテニスがなくて残念だったな」

 「ふん、言ってろ」

 防具を外し足袋を履き終えると、二人は揃って道場をあとにした。

 

 

 チーム・ジェオとチーム・イーグルはそれぞれ球技大会に向けてメンバー振り分けを始めていて、優と翔もその練習と通り雨の

せいで帰宅が遅れていた。家まで五百メートルというところで並んだ二人は門までのファイナル・ラップを競っていた。

 「くぬぉ〜〜っ!今日こそ優兄(にぃ)に勝ってやるぅぅ!」

 閑静な住宅街を駆け抜けるはた迷惑な自転車暴走族は、ほぼ同時に門へと滑り込み、そこにある筈のない高価で馬鹿でかい

障害物に急ブレーキと急ハンドルを余儀なくされた。

 「げっ!」

 「うわぁっ!」

 激突は免れたものの転倒は回避しきれず、ガシャーンx2と派手な音が辺りに響き渡った。

 「申し訳ございません。お怪我はございませんか、お坊ちゃまがた」

 帽子を取った白手袋の運転手にお坊ちゃま呼ばわりされた優はむず痒そうに頬を掻いた。自転車こそ倒したが、抜群の

運動神経が取り柄の二人は咄嗟に体をかわしていたので、人間は無傷だった。

 「君たちは何度注意すれば解るんだい?ご近所にご迷惑になるから競争しちゃいけないよって言っておいただろう?」

 道場から出てきた覚が弟たちに苦言を呈した。

 「ついやっちゃうんだよね。切磋琢磨と日々之精進(ひびこれしょうじん)は獅堂家の家訓だし」

 「そうそう。なんかスゲェ金持ちのお客人が来てるんだな。ロールスロイスのリムジンだよ、リムジン!学院の送迎ラッシュ

でも見ないぜ?」

 在校生の日常の送迎は環境に配慮してハイブリッドカーに限り許可されているので、こんなご大層な車を見かける筈が

なかった。

 「…成金趣味で悪かったな…」

 足袋だけでもきついのに、その上鼻緒付きの草履を履くのに手間取り覚より遅れて出てきたランティスがぼそりと呟いた。

 「へっ?!副会長?」

 「剣道着まで着て何やってるんです?」

 「…入門することにしたので、宜しく。先輩」

 優と翔に軽く目礼したランティスに覚が目をみはった。

 「そうきたか。…ランティスの母上の学院理事がお見えだよ。失礼の無いようにね」

 優と翔が怪訝そうに見合わせたとき、派手な物音の原因を確かめにきた光が顔を覗かせた。

 「やっぱり優兄様たちだったんだ…。お帰りなさい。ちょうどよかった。お茶会始めるところだから、千尋庵へどうぞ」

 「い゛っ!?いまから茶席?勘弁してくれぃ…」

 師範として教室を開いている母から一通りの作法は手ほどきを受けているが、学校から帰るなりは遠慮したいシロモノだった。

 「風呂と飯ぃ…」

 あからさまにげんなり顔の二人に光が眉を曇らせた。

 「わ、私の点てるおうすはいやかな、やっぱり…」

 目の中に入れても痛くない(爆)可愛い妹にそんなことを言われたら、万難を排してでもこの二人は茶席へ参上するだろう。

 「うおっ!?光が点てるのか?行く行く、晩飯抜きでも行く!」

 「それで着物着てたのか。いい柄選んだなぁ。春らしくていいぞぉ」(とことん兄バカ)

 「母様が虫干ししてたの、これだけだったから…。見立ては母様だよ」

 「淡い桜色がよく似合う…」

 拗ねたような気まずいような複雑な表情をした少女のすぐ耳元でランティスが囁きかけると、光は夜目にも明らかなほど

真っ赤になっていた。

 「そ、そっかな?ランティス先輩も剣道着似合ってるよ」

 「また入門することにした」

 光は目をぱちくりとしたあと、花開くように微笑んだ。

 「そうなんだ。頑張ってね」

 「ああ」

 ごく微妙に仏頂面な長兄と、いつの間に知り合ったんだか何やら親しげな副会長と妹を順繰りに見遣りつつ、蚊帳の外

だった真ん中二人は首を傾げるばかりだった。

 

 

      

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