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 すくーるでいず    -THE BOY MEETS THE GIRL- 

act4.地下通路

 

 「こう言っちゃ失礼かもしれないけど、案外かび臭くないね」

 階段を降りきった光が薄暗い消失点を見据えて言った。

 「ザガート…俺の兄が高等科在学中に通ったことがあるらしいから、何十年も閉ざしていた訳じゃない」

 石壁の天井に近くには古びた金色のアンティークランプが、ぽつん…ぽつん…と頼りなげな灯りを点していた。

 「蝋燭かガス灯だともっと良かったんだけど…。普通に電気だね」

 「風情はあっても緊急時には不向きだからな。だいたいこんな閉鎖空間で燃焼物は不味いだろう」

 少し先立って石造りの地下通路を歩くランティスの後姿を見ながら、光がくすくすと笑い出した。

 「でもこういうところだと、そのマントがもの凄く映えるね」

 「またドラキュラとかなんとか妙なコトを考えてるんだろう…。今度から普通のコートにする」

 「ええっ!?そんな、もったいないよ。こんなの着こなせる人、他にいないよ?」

 光がぎゅっとマントの端を掴んだとき、一斉にランプの灯りが消えた。

 「わぁっ!?何っ!?」

 「落雷で停電したのかもしれないな…。大丈夫か?」

 そう言いながらランティスはマントを掴んでいた光の手をしっかりと握った。

 「あ、うん。ちょっとびっくりしただけ」

 「地下通路自体は一本道らしいから迷うこともないだろう。このまま行くぞ」

 「はい。・・・・きゃあーーっ!!」

 バサバサバサバサと何かの羽ばたきの音がしたかと思うと、その何かは光の顔のすぐそばを掠めるように飛んでいった。

悲鳴を上げてへたり込んだ光の肩を抱き寄せたランティスが、くすりと笑った。

 「コウモリが怖いのか?別に危害はないと思うが…」

 「コ、コウモリ?あ、コウモリなのか…。あの、その、ごめんなさい。そばで見たことないし、あのっ、見えなかったから、

ちょっとびっくりしただけで…。…ひゃあっっ!」

 気を取り直した光が立ち上がったものの、今度は竹刀を持っていた手に当たって取り落としたのだろう、カシャーンという

音が石壁に反響した。

 「びっくりしただけ、か?」

 ランティスは貝パールの鍔が闇にぼんやりと白い竹刀を拾い上げ、光のかばんの蓋の下に挟みこむ。片膝をついて、

しゃがみ込んでしまった光を立たせたランティスは、ばさりとマントを広げると光をその中に被いこんで右腕だけで抱き上げた。

 「うにゃっ。あ、あ、ああ、あのっ、ちゃんと自分で歩けるよ、子供じゃないんだから。それに重いし…っ」

 「別に重くない。それにこうしているほうがいいんじゃないか?コウモリがいるぐらいなら、ネズミもいるかもしれないし…」

 「ネ、ネズミっ!?」

 真剣なのか単に光をからかっているのかそんなことを言いながら、ランティスはしっかりとした足取りで歩き出した。普段は

頼られることが多く目一杯強がっている光だが、そこは都会の女の子。コウモリだのネズミだのが平気な筈もなかった。

 「あの…、ありがとう」

 闇の中カツンカツンと靴音を響かせて歩くランティスに光がぽつりと言った。

 「たいしたことじゃない」

 「えっと、今だけじゃなくて、…覚兄様に黙っていてくれて…」

 あの朝、ランティスに駅で救われたあと、いつ覚に叱られるかとドキドキしていたのだが、結局何のお咎めもなかった。

 「サトルに知られたくないのはお互いさまだ。生徒会副会長が他校生と揉め事なんて褒められた話じゃないからな。しっぽを

掴まれるまでは、自首するんじゃないぞ」

 光が嘘をつき通せるタイプではないのを見抜いているのだろう。ばれるまでの間だけでも、とりあえず知らない顔をしていろ

という訳だ。

 「あの…、もうひとつお願いしていいかな?」

 「なんだ?」

 「特別校舎でのこと…」

 「『お前の妹に殴り込みをかけられた』なんて苦情をサトルに言うなってか?」

 明らかにからかう口調のランティスに、光は真っ赤になりながら否定した。

 「ち、違うよ!殴り込みじゃないったら。…そのことじゃなくて…」

 「ピアノの話か…」

 「うん」

 「判った。口外しない」

 まだ時折コウモリが羽ばたく気配があるが、びくりと一瞬身体が強張るものの、ランティスに護られている安心感からか

大きな悲鳴を上げることはなかった。

  こんな暗闇の中でも一人じゃない…肩に添えた左手に、外套をぎゅっと握りしめた右手に伝わってくる力強い鼓動が

この上もなく頼もしかった。

 パパパッと二、三度瞬いて、再びアンティークランプの灯りが点った。

 「やっと復旧してくれたか。こんな薄暗い照明でも、あるだけありがたいもんだな」

 「あの、もう自分で歩くよ」

 「ネズミに攫われたら困る」

 「さっ、攫われないよ!」

 そう言いながら無理に下りようとしないのは、ネズミアタックを素知らぬ顔でやり過ごす自信がないからだろう。頬が触れ

そうなほどすぐ近くにあるランティスの端整な横顔に見蕩れてしまい、光は思わず心臓が暴れ出しそうだった。黙っていると

ドキドキがランティスにまで聞こえるんじゃないかと焦って、とりあえず思いついたことをするりと口にした。

 「瞳の色…綺麗な海の蒼なんだね…」

 「お前の瞳は世界中を紅く染める夕陽だな。大きくてこぼれ落ちそうだ」

 「落っこちないよ!」

 口説いてるんだかからかってるんだか判らない言葉を交わしていたランティスが、不意に口をつぐんで辺りの様子を窺って

いた。

 「…ピアノの音がしなかったか?」

 「気づかなかった。おうちのどこに繋がってるんだ?この道…」

 「母屋のどこかだとは思うが、はっきりとは知らん」

 「意外に出たとこ勝負なんだ…」

 「まぁ時には冒険も悪くない」

 こんな役得もあったりするし、などと言ったらどんな顔をするだろうとちらりと思ったが、冒険の終着点に辿りついたようだった。

 「行き止まりだな。下りても平気か?」

 「うん」

 姿勢を落として光を下ろすと、ランティスは数段の石段を上がっていき、壁を探って見つけた取っ手をぐいっと引っ張った。

 ぎぎぎぎぎ…っと古びた仕掛けがどこかで動く音がして、薄暗い通路に慣れた目に眩しいひかりが差し込んできた。

 左手を光に差し延べてしっかりと握ると、ランティスは再び石段を登っていった。

 「あのシャンデリアは……、応接室か」

 ランティスが石段からその部屋に足を踏み入れた途端、右側から何かが振り下ろされた。

 「てやーーーっ!!」

 そちらを見もせず右手で受け止めたランティスが、ぴくりとこめかみを引き攣らせた。

 「暖炉の火掻き棒で殴りかかるのはやめて下さい。来客も居るっていうのに…」

 「書棚ががたがた言い出したりしたら、普通びっくりするわよ!だいたい、お客様は玄関からお通しするものでしょうっ!?」

 いきなりの出来事に目をぱちくりさせながら光はペコッと頭を下げた。

 「あ、あのっ、こんなところからお邪魔してすみません。Libra≪天秤宮≫の獅堂光っていいます」

 「Libra≪天秤宮≫?えーっと、Libra≪天秤宮≫って確か中等科一年よね。私がいるのを承知で下級生を連れ込んだりして

★△■※☆……!!」

 流れるようなプラチナブロンドのすらりとした女性は、とんでもないことを口走ってランティスの大きな手で口を塞がれていた。

 「二人とも傘がなかったから、濡れないようにここを使っただけです。妙な想像はやめてください」

 言いたいことだけ言ってランティスがその女性をリリースすると、おろおろとした光がとりなした。

 「ホントに私、ただの後輩ですから。彼女さんが心配するようなことは…」

 「・・・・・『彼女さん』?・・私が・・・コレの??」

 「は・・・・?」

 固まってしまったその女性とランティスを見て、大きな勘違いをしたらしいことに光は慌てた。

 「あれ?違うの?ケンブリッジに行った兄様がいるのは聞いてたけど、もしかして姉様もいたのか…?」

 「姉・・・・?お前、目は確かか?」

 ランティスが頭を抱え込んだのと対照的に、その女性はぱあっと表情を輝かせて光をがばっと抱きしめた。

 「いやーん。なんて可愛いことを言ってくれるの!?男の子なんて大きくなったらそっけなくって、ホントに愛想がないのよ。

こんなのでよかったらお嫁に来ない?」

 「おっ、お嫁さん!?」

 「いい加減にしてください、母さん!」

 「お母…さん?」

 「コレの母のキャロル・アンフィニよ。よろしくね」

 「うわぁ、うちの母様より断然若い…。覚兄様より上の子供さんが居るなんて思えないです」

 「これより四つ上が居るのよ。そんなに驚いてくれて嬉しいわ、うふふ」

 「だから≪鍵盤に住まう妖精≫ってキャッチコピーがついてたんだ。CDジャケットに本人写真がなかったから…」

 「≪鍵盤に住まうバケモノ≫の間違いだ…」

 ぼそりと零したランティスの一言は、キャロルにはしっかりと聞こえていた。

 「お黙りなさい。ほら、男の子って可愛くないでしょ?やっぱり女の子っていいわぁ。いまからでもクルーガーにおねだりして

もうひとりぐらい…」

 年頃の息子どころか、赤の他人の少女まで居る前で家族計画を口にするオープンマインデットな母親の傍から引きはがし、

ランティスはアンティークな電話機のところへ光を連れていった。

 「あんまりアンティーク風だから飾りだと思ってた…」

 「普段使いのはコードレスだ。応接室は別回線だからな」

 うちは道場関係の連絡も家の電話番号で受けてるけどなぁと、スケールの差に改めて呆然としていた。だいたい本物の

シャンデリアを個人宅で見たのは、海、風の家に次いで三軒目だ。

 「ほら、早く連絡しないと捜索願が出るぞ」

 「あははは、まさか。じゃ、お借りします」

 息子に邪険な扱いをされたものの、保護者として電話口に出るべきだろうと、キャロルも傍にやってきた。

 「…話し中だ。キャッチで出てくれるかな………。あ、覚兄様?」

 『光!?こんな時間まで連絡もしないで…』

 日頃シスコンぶりが目に余る弟二人を諭すことの多い覚なのに、よほど心配していたのだろう。傍にいるランティスや

キャロルにまでその声は筒抜けになっていた。光が叱責されては可哀相だとランティスが受話器を取り上げて電話を代わった。

 「サトルか?お前の妹は俺が預かってるから…」

 『…っ!妹には指一本触れるな!』

 やけに切り口上な親友の態度に閉口しつつ、頭を撫でたし、手を繋いだし、それどころか暗闇の中、抱き上げて歩いていた

なんて言ったら、妹に引き続き三兄弟に殴り込みをかけられそうだとランティスがくすりと笑った。

 「そう心配するな。手配が出来たらすぐに帰す」

 『………こんな時間だ、すぐに現金なんて用意出来ない…』

 アンフィニ家の運転手が空いてなければタクシーでも呼ぶことになるだろうが、友人相手にそんな細かいことを言う気など

微塵もなかった。

 「それはいい。車の手配に時間がかかるかもしれないから、もう少し待てと言ってるんだ」

 『光にもしものことがあったら赦さない…。世界の涯(はて)まででも貴様を追いかけて、誘拐なんて割に合わないって、

身を以って解らせてやるからな!』

 「…誘…拐…?」

 筒抜けだった覚の声にたまりかねてキャロルが笑い出し、光は大慌てでランティスから受話器を奪い返した。

 「覚兄様っ!私、ランティス先輩のお家に居るんだよ。誘拐犯じゃなくて、いま先輩が話してたのに…」

 『お前、ランティスの偽物に騙されてるんだろう。あいつなら俺の携帯を知ってる筈だし、固定電話の番号が違う!』

 光が手にしている受話器から洩れ聞こえる覚の声にランティスが言い返す。

 「うちの固定電話は三回線あるし、携帯は電池切れだ。だいたいどこの世界に番号通知で恐喝電話をかける馬鹿がいる」

 「もう…、覚兄様がこんなに心配性だなんて…。いますぐ先輩の携帯に充電して。ケーブル繋げば動くから、二人で写メ

撮って覚兄様に送ろう!」

 「部屋までケーブル取りに戻ってるうちに通報されそうねぇ。電池式の急速充電器ならあるからお使いなさい」

 うんざりしたように準備をするとカメラを起動したものの、どうやら≪自分撮り≫には慣れていないらしい。

 「借りてもいいかな?」

 疑問形の割には返事がくる前に光が取り上げ、自分たちのほうにレンズを向けてランティスに寄り添った。

 「えーっと…、もう少し笑わない?」

 「親友だと思ってたヤツにここまで疑われて笑えるか」

 「しょうがないなぁ。じゃ、行きます。1+1=にィ〜!」

 カシャリとシャッター音がして写し出されたのは、不機嫌オーラを押さえ込もうとしてかえってコワモテになっているランティスと、

お約束のVサインつきの光という、アンバランスなツーショットだった。

 「これで保存OK、っと。はい、覚兄様に送って」

 他人のアドレス帳まで見る訳にはいかないと、光がランティスに引き渡した。ランティスは携帯に八つ当たりでもしているかの

ような乱暴なキー操作でメールを送信する。少しして電話の向こうで涼やかなメール着信音が聞こえた。

 「覚兄様、ランティス先輩に間違いないでしょ?」

 『――ああ。電話を代わってくれないか、光』

 「はい。兄様が『代わってくれ』って」

 「…誘拐犯に何の用だ…?」

 『すまん。悪かった。少し気が立ってたんだ』

 「まあいい。とにかくきちんと送るから。また後で」

 『ああ…』

 電話を切ったランティスを光が申し訳なさそうに見上げていた。

 「私のせいで喧嘩になっちゃって…。ごめんなさい」

 「お前のせいじゃない」

 「そうよ。紛らわしい喋り方するコレが悪いんだから…。ね?」

 ランティスはコレ呼ばわりの母親をじろりと睨みつつ、心配顔の光の頭を軽くぽむぽむとたたいた。

 

 

 

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      キャロル・アンフィニ…ランティスの母で学院理事の一人。一流のピアニストとして世界中を演奏旅行で飛び回っている。

       

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