a long time ago - side LANTIS - vol.2

 

 メディテーションを解いたあと、光はバツが悪そうにランティスに言った。

 「あのね、ランティス。…ごめんなさい、私、やっぱりまた寝ちゃってたかも」

 基本的に自分自身と向き合うので、何かを見るならば記憶の中の自分の視点しかありえない。

百歩譲って繋がっているランティスの視点で見えた何かを感じ取ることはあっても、それ以外の

視点で物を見ることなどありえなかった。もっともこれまで重ねてきたメディテーションで、ランティスの

記憶が光のほうに流れてくるようなことはただの一度もなかった。その逆は多々あっただろうが。

基本的に『仮に相手の記憶に触れても、相手が切り出すまでは口にしない』という約束事があるので、

今の光にはあれがランティス自身の過去なのかただの夢なのか判断がつかなかった。ただ、

どう考えてもランティスのものとは違う視点があり、タイムスリップしたなどと突拍子もないことを

考えるより、夢を見ていたと考えるのが妥当だと光には思えた。

 「…いや…。夕方、帰るのか?」

 そう尋ねたランティスに、光はふるふると首を横に振った。

 「今日はね、お泊りだよ。合格祝いにお許しもらったんだ」

 「遠乗りに付き合ってくれないか?」

 「行く行くっ!今日はお天気が良いから、きっと空駆けるのも気持ちが良いよ。早く行こっ!」

 ランティスの膝からぴょこんと飛び降りると、光のほうがせかした。

 

 執務室に一番近いバルコニーから飛び立つものと思っていた光に、「寄りたいところがある」と

ランティスは告げた。深く気にもせずランティスのあとをついて歩いた光は、時々ふたりで過ごす

中庭に来たことに首を傾げていた。中庭に咲く色とりどりの花を見渡していたランティスが、白い花

ばかりを摘みはじめたことに驚いたものの、何か声をかけづらい雰囲気を感じて光も同じように

白い花を摘みはじめた。

 「そういや花冠って、子供の頃は編めたよね。どうやってたっけ…」

 夢に見た綺麗な人が作っていたなとふと思い出して、子供のころを懐かしみながら光も黙々と

花を編みはじめた。座り込んで花を編む光の肩に頭に、中庭の小鳥達が舞い降りる。

 「ごめんね、今日はおやつ持ってないんだ。ホラ、花びら咬んじゃダメだったら…。うん、こんな

感じかな?」

 編み上げた花冠をためつすがめつ眺めていた光の頭上で「キキキキッ!」っと小鳥が暴れだした。

何事かとランティスが光に駆け寄ると、編み込まれた髪に脚の指を引っ掛けてしまった小鳥が、

驚いてパニックを起こしていた。

 「うわっ、暴れちゃダメだ!脚が折れちゃうよ。ごめんランティス、鳥さんを助けて!」

 「ああ、ほら暴れるな」

 ランティスは大きな左手で小鳥の身体をしっかり保定すると、暴れているうちに脚の指に絡んで

食い込んでしまった髪を一筋一筋外していった。ようやく枷から解き放たれて、小鳥は中庭の

天井近くをくるりと舞って、高い木の影に消えた。

 「ありがとね、ランティス。鳥さん、脚、怪我してなかった?」

 ほうっとため息をついた光に、柔らかな髪に触れながらランティスが詫びた。

 「小鳥の脚は大丈夫だろうが…、髪を乱してしまったな。すまない」

 結い上げるのに使っていた髪留めをぱちん、ぱちんと外して一旦解き、いつもの三つ編みを

作りながら光は笑った。

 「ううん、鳥さんがいるところでは編み込みは危ないんだって学習したよ。ランティスってば、

慌ててたんだね」

 ランティスが摘み取って持っていたはずの白い花が、彼が走ってきたほうからまっすぐなラインを

描いて落ちているのを光がそっと拾い歩いていく。すべての花を集めて束ね持つと、光はランティスを

振り返った。

 「もっとたくさん摘む?」

 「いや。出かけようか」

 「うん。このお花、私が持ってていい?甘くていい香りがする。なんていうの?」

 外へと続くテラスに向かって並んで歩きながら、光は胸いっぱいに甘い香りを吸い込んでいた。

 「アイシスといって、香油にも使われる花だ」

 「地球にもね、水仙っていうよく似た花があるよ。香りは…アイシスのほうが好きだな」

 

 

 「精獣招喚…」

 ランティスの低い声に誘われ、熱を持たない青白い炎のたてがみの黒い馬のような精獣が

静かに姿を現す。物おじすることなくその馬を撫でながら、光は声をかけた。

 「こんにちは。今日は私も一緒に乗せてもらうんだ。よろしくね」

 自分の精獣の気難しさを知っているランティスが少し様子を窺っているが、その馬は光を

値踏みするように見分したあと、長い三つ編みにじゃれ始めた。

 「気に入られたようだな」

 「そうなのか?よかった!この子、名前はなんていうの?」

 先に彼女を精獣の背に乗せたランティスに光が尋ねた。

 「名前?」

 「ほら、クレフの空飛ぶお魚さんはフューラって呼んでたみたいに」

 「フューラは種族名だ。導師には複数の精獣がいるからな。招喚する時に最も適したものが

現れるから、本来名を呼ぶ必要もない。それに…」

 自らもひらりと飛び乗ったランティスが、光の問いに答えつつ苦笑した。

 「これは気位が高くて、他の精獣との契約を嫌がるから、俺が招喚するのはこれだけだ。

だから呼び分ける必要もない」

 「そういう問題かなぁ。うちだってペットは閃光だけだけど、名前決めるのにすっごく悩んだよ」

 左腕でしっかりと光を抱いて、ランティスが手綱を捌いた。大きくいなないて大地を蹴った精獣が

セフィーロの空へと駆け上がる。

 「うわぁ、この子速いね!前に拾ってもらった時はFTOと戦ってる真っ最中だったから、よく判らなかった

けど…。あのっ、マント引っ張ってもいい?」

 「少し、寒かったか?」

 ランティスがマントで覆い込もうとすると、光は肘を張って空間を作った。

 「私は大丈夫だけど、お花が散ってしまうから」

 「ああ、すまない」

 文字通り飛ぶように流れていく景色を見遣りながら、光は物思いに耽っていた。花を摘むランティス

なんて、およそ光の予想の範囲外だった。似合わないとは言わないし、野辺に咲く花を蹴散らす人でも

ないが、あるがままの姿を眺めてるほうが彼らしく思えた。そんなランティスが花を携えて出掛けるなんて、

あとは――。

 「…ヒカルの世界にも、花冠があったのか」

 「え?うん。十年ぶりに編んだから、ちょっと自信なかったけど、手が覚えてた。…セフィーロにも、

ある?」

 「ああ」

 それならあの花畑まではランティスの記憶だったのだろうか。

 遠目に見ても、サラサラとした銀色の髪が陽に透けて、はかなげな美しさを湛えた女性だった。

その人に向かって駆けていくちっちゃな男の子…。

 『ランティスにだって、きっとあんな時代もあったよね。ふふっ、可愛かったな』

 「あ…!」

 突然くすくすと笑い出した光に、ランティスが尋ねた。

 「どうした?ヒカル」

 「さっきのメディテーション思い返してたんだけどね、やっぱり夢見てたんだって、いま納得したんだ」

 もしあれがランティスの記憶の断片なら、『駆けていく男の子の後姿』はランティスのはずがないのだから。

 「どうしていつもメディテーションの途中で眠っちゃうんだろう。気合が足りないのかな、私…。ランティスは

そんなことないんだよね?」

 いくぶん微妙な間を置いてランティスが答えた。

 「…まずないんだが…。メディテーションは、しばらく中止しようと思う」

 「え?私がいつも寝てばっかりの、出来の悪い生徒だから?」

 「そうじゃない。子ども扱いするわけじゃないが、ヒカルはまだ人間として成長過程だろう?自立心を

養えなくなると困る。それに問題は俺のほうにある…」

 光とのメディテーションを重ねるうちに訪れた変化を包み隠さず告白するランティスに、『不器用なぐらい

まっすぐな人なんだな』と光は思った。受け身に徹するはずが、コントロールしきれず踏み込んでしまうのを

ランティスは良しとしなかったのだろうが、正直言ってそう告白されても『土足で踏み込まれた』的な感覚は

記憶になかった。おそらくは他の神官が行う程度の踏み込み方に過ぎなかったのだろうが、ランティスの

負担になることは光も望まなかったので、ある条件つきで彼の提案を受け入れた。

 

 

 エメロード姫の消滅後、その国土のほとんどを失っていたセフィーロは、光という新たな柱と、その彼女が

望んだ「セフィーロを愛する皆で支える」という新しい秩序の元、避難所にもなっていたいまのセフィーロ城

から同心円状に国土を回復しつつあった。

 ランティスと光を乗せた精獣は森を越え、山を越え、湖を越え、また山並みを越えてセフィーロの空を

駆け抜ける。森を二つと山を三つ越えたぐらいまでは、ぽつりぽつりと下界に集落らしきものも見えて

いたが、それも湖を越えた辺りで途絶え、しばらく続いていた草原も、段々と荒涼とした赤茶けた岩地に

変わっていった。

 特にランティスが合図をしたようには見えなかったが、精獣は徐々にスピードを落としていき、やがて

宙に静止した。

 「なんだか、世界の果てみたいだ…」

 「そうだな。これより先はまだ不安定だから、こいつも脚を止めた」

 「ここに、来たかったの?」

 「ここだったかもしれないし、他の場所だったかもしれない」

 ランティスの言葉はひどく曖昧だったが、光はセフィーロの人たちがずっと暮らしていた場所を失って

しまっていることを思い出していた。もっとも、セフィーロが崩壊していなくとも、ランティスにはそれが

どこだったのかを知る術はなかったけれど。

 光は腕の中で護っていた白い花束を、静かにランティスに差し出した。何かを祈るように目を閉じた

ランティスにならって、光も指を絡めるようにして手を合わせて目を閉じた。ランティスが何を祈っている

のかは判らないけれど、彼の祈りが届きますようにと願いながら。

 ランティスが目を開けたとき、光はまだ祈り続けていた。エメロード姫に仕えていた頃は見慣れていたが、

光のそんな姿は初めて――いや、彼女が柱制度をなくすことを願ったとき以来だった。視線を感じたかの

ように、光が静かにランティスの顔を見上げた。

 「何を、祈ってた?」

 しばらくランティスの瞳をじいっと見つめたあと、少し目を伏せて光が微笑んだ。

 「――言わないよ。こういう願い事は、口にしないほうが叶いそうな気がするから」

 エメロード姫には許されなかった、ただひとりの人の為だけの、わがままな願い事――それが叶う

セフィーロであればいいと思いながら。

 「口にしないほうが叶う、か…」

 ランティスの手を離れた白いアイシスの花が、赤茶けたセフィーロの大地に散っていく。

 「いつかはここも…、草原になったり、森になったりしていくのかな」

 「多分、いつかな。――その花冠を、もらってもいいか?」

 「いいよ」

 腕にかけていた花冠を、光はランティスに手渡した。より遠くへと勢いをつけて投げた花冠が、

吹きぬけた風にさらわれて遥か遠くに消えていくのを、二人は黙って見つめ続けていた。

 「…何も、聞かないんだな」

 風に紛れそうなランティスのつぶやきに、山間に沈みゆく太陽の美しさを目に焼きつけるようにしていた

光が答えた。

 「今は聞かない。いつかここが…、ううん、もっとずっと向こうまで緑に覆われて、また二人で来ることが

あったら…、その時、ランティスが話してもいいと思ったら、聞かせて」

 その頃には、今よりもう少し大人になって、誰かの心を支えられる存在になっていたい…それも、

口にはしない光の願いになった。

 

 

 

 

 光の部屋に近いバルコニーにランティスの精獣が降り立つと、仁王立ちの海と心配そうな風が二人を

出迎えた。

 「光、勉強会サボってこ〜んな時間まで遊び歩くとは、いい根性してるわね」

 「いや、俺が…」

 ランティスの言葉を遮るようにして、光が慌てて二人を拝み倒した。

 「ご、ごめんなさいっ!あんまりお天気が良かったから、『どこかに連れてって』って、私がランティスに

おねだりしたんだ」

 「それならお夕飯は済まされたんですか」

 「ううん。そういえば、お腹すいた〜!海ちゃん、ケーキちゃんと残してくれてる?」

 「ないっ!」

 「えーっ、そんなぁ…」

 つれない海の一言に情けない顔をした光をみて、風がくすくす笑った。

 「大丈夫。ちゃんとありますよ」

 「ねぇ、光。なんで髪型変わっちゃってるのよ」

 「ああ、脚が引っ掛かっちゃって乱れたから、編み込み解いたんだ。ね、ランティス?」

 「あしぃ〜?」

 海から立ち上る不穏な空気を察知してランティスが付け加えた。

 「…小鳥の脚だ」

 「ランティス、一緒に晩御飯食べよう」

 「いや、俺はもう城下町の見回りに出る時間だ」

 「食べずにお仕事なんて、身体によくないよ」

 可愛い顔をしかめて保護者の如きことを言い出す光に、ランティスが少し渋い顔で返事をした。

 「…以後気をつける」

 ひらりと精獣に飛び乗ったランティスを見上げて、思いついたように光が言った。

 「あのね、この子に名前つけちゃダメかな?」

 驚いたように軽く目を見開いたランティスが、自分の精獣に尋ねた。

 「…だそうだ。どうする?」

 ランティスを乗せた精獣はまた見分するように光をじっと見つめた。たじろぎもせず、光はその視線を

受けとめる。やがて根負けしたとでもいうように少し首を振ってから、光に恭順の仕草を示した。

 「お前の提案を受け入れるらしい」

 「ホントに!?じゃあ今度来るまでに考えるね」

 「勉強に差し支えないようにな」

 「判ってるよ!もう、子供扱いして…。行ってらっしゃい!」

 「ああ」

 バルコニーから飛び立ったランティスの姿が見えなくなるまで、光は手を振りつづけていた。

 「はぁ、お腹がせつないよぅ…。海ちゃん、風ちゃんはもう食べたよね?」

 「当ったり前でしょ。こんな時間まで行き先も言わずにほっつき歩く不良娘は待たないわよ」

 「じゃ、急いで食べてくる。そのあと、私の部屋で勉強会ってことで…」

 ひとり広間へ駆け出そうとした光の腕を、風がやんわりと掴んだ。

 「『独りで食べるのは寂しい』と、フェリオも言ってましたもの。ご一緒致しますわ」

 「風ちゃん…!」

 優しい申し出に感激した光に、にっこりと笑った風の眼鏡がキラリと輝いた。

 「こんな時間になるまでお食事もされずに、ランティスさんと何処で何をなさっていたのか、はっきり

させなくてはなりませんものね」

 せつないお腹も黙り込む風の迫力に硬直した光は、二人に引き摺られるようにして、広間へと

連行されていくのだった。

 

 

                                          2010.01.16

 

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今回も捏造設定満載です(いまさら言うな?)

アイシス…地球の白い水仙のような花。トヨタ アイシスより。

 

さて、光ちゃんが見たものは、夢だったのか過去だったのか(アニメ版では過去に跳んでましたね)

もし二人の立ち位置が「おともだち」じゃなくて、相思相愛の間柄ならば

もう少しお互いに踏み込んだ話のしようもあったんでしょうが……

立ち入ったことを聞けない光ちゃんと、片思いの彼女に弱さを見せたくないランティスと(笑)

いずれそういう関係になったあとで、このときの話をしてお互いにびっくりすることもあるかもしれません

 

光ちゃんが見ていたもののどこまでをランティスも見ていたのか、はたまた思い出せたのかは

彼のみぞ知る…

(五歳で別れて、話題にもせず、写真も絵姿も無く…、それで果たしてとこまで記憶してるものでしょうかね)

 

もともと SanaSEEDのSanaさま主催ののお題のひとつ

「泣いても良いよ」として a long time ago - side LANTIS - を書き始めました

いい加減荒らしまくりな投稿数なので、ここでこっそり協賛中♪

他の方のランティスx光の素敵なイラストやお話が、いっぱい楽しめます

 

このお話の壁紙はさまよりお借りしています