a long time ago - side CREF - vol.1
「今、何と言った…?」
三人娘がよく知る人よりもう少し若いセフィーロ最高位の導師が、やたらと背の高い、長い黒髪に
夜明け前の空のような紫の瞳を持つ魔導師に聞き返した。照れているのか、少しぶっきらぼうに、
低い声のその魔導師は答えた。
「だから、キャロルに子供が生まれるんだ…」
「…誰の?」
「俺のに決まってるだろう!でなきゃ俺がお前に護符の相談に来るか!」
手にした書類を丸めて左手にポンポン叩きつけながら、一見子供のような導師が笑った。
「よくは知らんが、お前たちのいる村は辺境にあるんだろう?これのついでにキャロルに頼まれただけ
かもしれんじゃないか。クルーガー」
「ばか言え。いくらキャロルの頼みでも、そんな酔狂な真似出来るか、この俺が」
「まぁ、そうだろうな。言ってみただけだ」
しれっと言ってのける旧友をクルーガーがじろりと睨んだ。
「クレフ…。お前、性格の悪さがメルツェーデスに似て来たって言われないか?」
「いいや。もうメルを知ってる人間のほうが少ないからな」
「俺も面識はないぞ。善きにつけ悪しきにつけ、話題に事欠かない御仁だったが。まぁ、居ないヤツは
どうでもいい、メルツェーデスよりキャロルだ」
クレフが丸めて弄んでいた書類を取り上げると、クルーガーが机にばしりと叩きつけた。
「私が決裁する書類をくしゃくしゃにするな」
「お前が先に俺のまとめた書類を粗末に扱ったんだろう?」
「ここで私が承認しなければ、お前たちの苦労は水泡に帰するがな」
「クレフ…。俺たちが禁呪を解き明かすのにどれだけ費やしてると思う?!そういう冗談はやめてくれ」
本気で気分を害しているクルーガーに、クレフは肩を竦めた。
「冗談が過ぎたのは謝る。だが禁呪の解明は何も命令されてやっているものじゃないだろう?」
「当たり前だ。あんなもん強制的にやらせる国なんか信用出来るか」
「確かにな。力ある魔導師有志の、文字通り血と汗と努力の賜物だ。しかし子供が生まれるというなら
なおさら、命を削る仕事からは、もう二人とも手を引け。お前たちほどの魔導師なら、私の片腕に欲しい」
「城には…戻らない」
きゅっとくちびるを真一文字に引き結んだクルーガーが、窓の外を見遣った。
「子供の頃のことをまだ気にしてるのか?いまさらキャロルがとやかく言われることはなかろう?」
クレフの髪色もかなり淡いほうだが、透けるような銀色の髪は確かにセフィーロの人間では見かけない。
「…子供がキャロルの血を色濃く引けば?」
「アルビノは続かんと思うがな」
拾われっ子のキャロル――赤ん坊の頃に精霊の森でクレフたちの師に拾われたキャロルは、
その出自が判らない。美しくはあるが特異な外見と、高すぎる魔力はやっかみを買うには十分だった。
『精霊の落とし子』などはまだましなほうで、『人に化けた魔獣』とまで言われたりもしていた。弟子たちの
中でも一、二を争う実力派のクレフとクルーガーの二人が庇うことが、誹謗中傷の嵐にさらに拍車を
かけていたのを、彼らは知らない。
「アルビノでも、…たとえ魔獣でも俺の気持ちは変わらない。だが生まれてくる子供まで、あんな目に
あわせたくないんだ」
城下町に出ても奇異の目で見られることは少なくなく、キャロルは手入れの行き届いた長い銀色の髪を
きっちり編み込んで結い上げ、魔導師のローブのフードを被って出掛けていたものだった。
「クルーガー…」
「やっていることはなんだが、あの村はばかが居なくて住みやすい。キャロルにとってはな。髪は
相変わらず結い上げてるが、フードは被らないでいられる」
クルーガーがキャロルを想って浮かべた柔らかい微笑の中に、クレフはその決意の強さを見た気がした。
「判った。まぁ、万一気が変わったらいつでも言ってくれ。で、護符はいつまでに考えればいい?
いつ生まれるんだ?」
「今すぐ」
「は…?お前、この一年に二回は来ただろう?なのにずっと黙ってたのか!?」
「子供が生まれるのはまだまだ先だ。俺も十日ほど前に聞いたばかりなんだから。子供じゃなくて、
キャロルのために欲しいんだ。お前は柱や王族の装飾品とかも見慣れてるから、洒落たものを
考えられるだろう?」
「お前が自分で考えたもののほうが、キャロルは喜ぶと思うがな」
「絵が苦手なのを知ってる癖に…。村には腕のいい創師も居ないし、子供が生まれるまでは、
キャロルの側を離れたくないから、お前への上申も他のヤツに任せるつもりでいるんだ」
「惚気てるのか、クルーガー?子供が生まれるまで、キャロルにべったりくっついてる気か」
呆れたようなクレフに、クルーガーが言い返す。
「村での仕事はするさ。俺の一番速い精獣でも丸二日かかるここは遠すぎる。それにこの数年、
臥せることも多かったから、ひとりにするのは心配なんだ」
「――私が言うことではないのは承知しているが、どうしてそんな状態で子供なんて作ったんだ?
子供を身籠ることが、キャロルの身体に負担を掛けるのは判りきってるだろう!」
「口出す筋じゃないのが判ってるならそこは控えてくれ。キャロルとは十分話し合ったんだ。
それにせっかく授かったのに、『子供なんて』って言うな!」
噛み付くようなクルーガーに、クレフが小さく両手を上げた。
「確かに『なんて』は失言だった。すまん」
「あ、いや…、俺もちょっと言い過ぎた、悪い。あーあ、キャロルほどには根性が座ってないな、ったく」
少しだけ癖のある黒髪に埋もれた金のサークレットをいじりながら、クルーガーがため息をついた。
「まぁ世間一般、女親のほうが強いからな、そういう点では」
宥めるようにそう言ったクレフにクルーガーがぽつりと言った。
「キャロルに言われたんだ。『家族が欲しい』ってさ…」
「家族か…」
クレフにもクルーガーにもとうの昔に亡くなったとはいえ両親の記憶はある。その記憶どころか、名前さえ
彼女を拾った師に与えられたキャロルは、寄る辺ない気持ちをずっと抱えて続けていたのだろうか。
心無い言葉は耳に届いていただろうに、いや、それどころか直接的にぶつけられたこともあっただろうに、
クレフの知るキャロルはいつも穏やかな笑みをたたえて、まっすぐに顔を上げている芯の強い女性だった。
「正直言って…、子供のことには俺も反対したんだ。せめて体調がもう少しいい状態になるまではってな。
俺はキャロルがいるだけでよかったのに、キャロルは俺がいるだけでは足りなかったらしい」
微かに苦笑してみせたクルーガーに、クレフが諭すように言った。
「足りなかったんじゃなくて、欲が出たんだろう。お前という存在を獲たことで、『間違いなく自分のものだ』と
言えるかけがえのない存在を、その手の中に増やしたくなったんじゃないか?お前たちが師の許を
旅立った日から、いつかはこんな知らせがくるだろうと、私は思ってたがな」
「クレフ…」
机の引き出しから書紙を取り出し、クレフがクルーガーの顔を見た。
「城の創師には最優先でやってもらうように私が話をつけてやる。で、どんな護符にしたいんだ?」
気を取り直したクルーガーが思案顔で並べたてた。
「なるべく可愛らしい物がいい。小さな女の子でも持てるようなヤツ。キャロルが『絶対女の子だから』って
言い張ってるんだ」
「おい…、キャロルが自分で占じたのか?」
禁忌とまではいかないが、キャロルのように力のある占じ手は自分のことを占わないのが、セフィーロの
魔導師たちの中での暗黙の約束事になっていた。
「いや、占じた訳じゃないらしい。母親の勘だってさ。そんなもの持ち出されたら、俺が何を言える?」
「それはそうだな。女の子の護符か…。手鏡はどうだ?」
「鏡は破邪退魔にはもってこいだが、手鏡ねぇ。それじゃ持ち歩けない。あ、首飾りがいいな」
「キャロルはともかく、子供の首には危なくないか?」
異を唱えたクレフに、クルーガーがニッと笑った。
「ああ、それに関しては、俺の魔法で何とかしてやれる。だから首飾りにしよう」
「…私の使えない魔法、か?」
「そういうことだ。もう少し整理できたら上申に回してもいいんだが、危ない使い方が出来ない訳でも
ないんで保留にしてる。おい、もっとシンプルなやつがいい」
カリカリとラフを描き始めたクレフに、クルーガーが注文をつけた。
「うるさいヤツだな。もっと具体的に言え」
「小さな丸い鏡…。首飾り、っていうよりペンダントか。鏡の周りに花と宝玉をあしらって…」
「花ねぇ…」
クレフが余白に描いた花のデッサンに、またしてもクルーガーの指摘が飛ぶ。
「いや、それはちょっとくどい。もっとこう何というか…、キャロルを思わせるような清楚な感じの…、
ああ、あいつが好きなアイシスの花がいいな」
「お〜ま〜え〜は〜っっ!他人任せの癖に、本っ当に注文が多いなっ!」
気の短さで定評のある(?)クレフのこめかみに、ヒクヒクと怒りマークが飛んでいた。
「悪い。けどお前にも家族が出来たら、俺の気持ちも判るさ」
すったもんだの挙句にクルーガーの想いのたけを形にしたクレフの絵を持って、背の高い黒髪の
魔導師は城の創師のところに立ち寄り、愛する者への贈り物を手に帰っていった。
そして、時は流れて
クルーガーの代わりに城へやってきた村の魔導師から、クレフは二人の間の子供の無事な誕生を
聞かされた。
「黒髪に紫の瞳の、クルーガーによく似た男の子ですよ。ザガートと名づけてましたね」
「……母親の勘……?どうする気だ、あの鏡…」
呻くようなつぶやきを耳にした魔導師が、導師の顔を窺う。
「何か、仰いましたか?」
「あ、いや……。二人に、いや、三人に『おめでとう』と、伝えてくれ」
「承知致しました。では」
次にクルーガーにあったときは絶対にからかってやろうと思いながら、導師は村の魔導師を見送った。
a long time ago - side CREF - vol.2
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今回も捏造設定満載です(いまさら言うな?)
キャロル…ザガート、ランティス兄弟の母。マツダ キャロルより。アルビノめいた容姿の魔導師キャロルというと、
どうにもスクラップド・プリンセスを引き摺ってますね(彼女は赤い瞳でしたが)
アイシス…地球の白い水仙のような花。トヨタ アイシスより。
他の方のお話を伺ってると、「厳しい武人のお家柄」の印象が強いランティスですが
まじ、皆さんにしばかれそうですね(汗)
ランティスだけなら武人の家系かもと思いつつ、ザガートともども神官にもなれる魔力の強さというのが
血筋がモノを言うんじゃないかと思い、魔導師の家系ってことで話を進めてます。