a long time ago - side CREF - vol.2
クルーガーとキャロルの間に生まれたザガートが五歳になった頃、二人目の子供が生まれた。
そして今回もキャロルの「母親の勘」は大ハズレに終わり、クルーガーのほんの少し癖のある黒髪と、
キャロルのセフィーロの空を思わせる蒼い瞳を持つ男の子が生まれ、ランティスと名づけられた。
「そう言えば、あの鏡はどうしたんだ?二人目も男の子だったんだろう?」
ランティスが生まれて四年ほど経った頃、久しぶりに城に顔を出したクルーガーにクレフが尋ねた。
「いまは下のが…、ランティスが持ってるよ。身体の中にしまいこんでるんだから、別に誰に
からかわれることもないし、引っ掛ける危険もない」
「『身体の中にしまいこむ』か…。なるほど、悪意のある使い方をされるのは怖いな」
「だから上申はしてないだろ?」
「ふむ。それは、お前しか取り出せないのか?」
「いや、俺にも取り出せない」
「は…?お前、自分の家族相手にそんな無責任な魔法の使い方してるのか?!」
呆れたように目を見開いたクレフに、クルーガーが笑った。
「取り出せるのは、いま持っている本人だけだ。『何を以ってしても、愛する者を護りたい』…強く
そう願えば、その手に戻るようにしてある。そうやってキャロルからザガートへ、ザガートからランティスへ
と渡しているんだ。だから、いつかランティスにそういう相手が出来たら、あの子の手に戻るよ。下の子
なのか、恋人なのかは判らないけどな」
「お前たち家族の、『目に見える絆』か…」
「まぁ、そんなところだ」
「それにしても、キャロルの『母親の勘』はちっとも当たらんな」
「ははっ。占じ事は相変わらずよく当たるんだがなぁ。伝えとくよ。じゃあまた」
いつもの調子で振り向きもせず軽く手を挙げて部屋を出て行った後姿が、クレフの見たクルーガーの
最後の記憶になった。
「クルーガーが、死んだ……?」
「ええ、もうふた月ほど前ですが。急な病で」
ふた月ほど前といえば、セフィーロ城では世継ぎの姫がようやく生まれてあわただしかった頃で、
クレフも行事のあれこれで忙殺されていた。
「キャロルは…、キャロルと子供たちはどうしてる?」
クルーガーを最後に見たあのとき、すでに病に冒されていたのだろうか。もしそうならばどうして気づいて
やれなかったのかと、クレフの内に苦いものが込み上げる。
「上のザガートがよく弟の面倒を見ていますよ。キャロルは…クルーガーの忘れ形見を身籠っています」
「しかし、どうしてもっと早く言わなかったんだ…!」
「そうは仰られても…」
「ああ、すまない」
城からの知らせはクレフのような力ある魔導師の『声』と呼ばれる思念波の一種で、セフィーロの
隅々まで届く。逆もまた真なりで辺境の村からの報告も『声』で届けられる。クルーガーたちが住むような
特殊な村を除いては。いまとはまったく違う言語体系の古代セフィーロ語で記された魔法は『禁呪』と
呼ばれ、一般にはその使用を禁じられている。一部の魔導師たちの献身的情熱で解明が進められて
いるが、悪用されるのを恐れて、その村の所在は城の最高位の導師といえども、セフィーロ国王と
いえども知らされてはいない。だからクルーガーたちは城からの『声』を受け取りはしても、場所を
知られる『声』では返さず、年に二、三度解き明かした禁呪の上申書を携えてわざわざ登城して
いたのだ。身重の身では村から遠くはなれて『声』を届けることも無理な話で、キャロルにはクレフに
旧友の死を伝える手段もなかっただろう。
「手紙を――預かっては貰えないだろうか。そして申し訳ないが、返事をすぐに貰ってきて欲しい」
片道三日の道程とはいえ、導師クレフの頼みごとを断れる者などいはしない。
「承りました」
そして届けられた手紙は、クレフの予想を裏切らないものだった。キャロルが好んでいたアイシスの
甘い香りがほのかに漂う書紙に、彼女の性格をよく表した凛とした手蹟が連なる。
懐かしいクレフ
お気遣いありがとう
でも私たちは大丈夫
クルーガーが、いまでも私たちの中にいるから
彼が眠る場所から離れたくないの
さしのべた手を振り払われた淋しさに苦笑するクレフに、村の魔導師がもう一通の厳重に封のされた
手紙を差し出した。施された封蝋はかつてクルーガーが愛用していた物だ。
「そちらの手紙は、『いつか連絡したときに開封して欲しい』と、伝言を預かってます」
「…判った。『無理をしないように』と、伝えてくれ」
「はい」
「開けることがなければいい」――何故かそう思って、クレフが鍵の掛かる引き出しの一番奥に
仕舞い込んだその手紙は、結局一年と経たず、手紙を運んでくれた魔導師と二人の黒髪の少年の
登城を機に開封されることとなる…。
光たちの合格報告の翌日、蔵書を見に訪れたランティスに、クレフがずっと物問いたげな視線を
送っていた。
「言いたいことがあるなら仰って下さい。気になるんですが」
「お前、昨日ヒカルとメディテーションしていたな?」
「あれで、当面中止です」
「そのほうがよかろう。あれは、危なすぎる」
自分のメディテーションはそこまで言われてしまうほど拙いのかとため息をつきながら、ランティスは
肩を竦めた。
「真面目に勉強し直します。この五冊、お借りしていきます」
ランティスは手にした本をクレフに示し、用は済んだとばかりにさっさと暇を告げた。
「あ、いや、お前よりも…。こら待て、基本的に帯出禁止だ」
「…判りました。しばらくここに入り浸ります」
「よせ。デカいなりにウロウロされては鬱陶しくて敵わん。特別に許可してやる」
「では失礼します」
ランティスが出て行った扉を見つめたまま、クレフがつぶやいた。
「ヒカルが跳んだのに気づかなかったのか…?いや、あのランティスが繋がっていながら、それに
気づかんとも思えんが…。ヒカルもランティスも何も言わんのは、私の思い過ごしということか…?」
昨日の午後、いつもと違う髪型の光に触発され、クレフは亡き友に思いを馳せていた。そのとき、ふと、
クレフの意識を掠めていくような光の気配を感じた。いかに精神集中している状態とはいえ、身体を
離れて浮遊するなど通常のメディテーションではありえない。加速度的に増してきた力の強さに
見合わないコントロールの悪さを見せていたランティスが、何かしでかしたのではないかとさえ
危惧していたとき、クレフのそばにいたはずの光の存在がセフィーロからかき消えた。
ぎくりとしてランティスに知らせるべきかどうかを逡巡している間に、また光の波動を捉らえることが
出来たのでクレフは安堵の息を零していたのだった。
歴代の柱の中には、ごく稀に過去に跳ぶ力を持つ者がいたといくつかの文献に記されている。
クレフ自身はそんな話は眉唾ものだと思っていた――単に柱が夢を見ていたに違いないと。ごく近い
過去なら他の証人からの検証も出来ようが、さもなければ柱の話を鵜呑みにするよりないのだ。夢と
過去の事実の区別をどうつけたのかと、クレフは件の柱に聞いてみたいぐらいだった。
一度は柱の座についたとはいえ、光は魔法騎士となるまでの旅以外に修行らしい修行もしておらず、
それほどの力があるとも考えにくかった。
どこか釈然としない気分を抱えつつ、よもや『件の柱』が身近に居るなどと思いもしない導師は、
机に山積された懸案に現実に引き戻され、目の前の日常に埋没していくのだった。
2010.01.16
a long time ago - side LANTIS - vol.1
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今回も捏造設定満載です(いまさら言うな?)
さて、アニメ版のキーアイテム・鏡のペンダントです
(アイコンはランティスx光同盟を管理してらっしゃる樹之下さまのPolaris[休止中]からお借りしました)
あれを渡してるときのランティスが、微妙にたらしっぽく見えたのは、私だけですか?(笑)
「母の形見」とのことだったので、その母は誰からもらったのかという辺りをお話にしてみました。
Silent....のラストで光ちゃんの手に渡った鏡ですが、a long time ago の時点で
彼の手許にはありません(その辺はまた、次のお話で…)
クレフの言うように、光ちゃんは修行とかはしてないと思われますが
それでも異世界とセフィーロを行き来するだけの力があるんですから
見くびってもらっちゃ困ります……なぁんてね
(しかもランティスという桁外れに魔力の強いターボチャージャー付だし)