a long time ago - side LANTIS - vol.1

 

 「ランティス、こんにちはっ!」

 その人を迎え入れるときだけひとりでに開く扉から、赤い髪の少女が駆け込んでくる。その満面の

笑顔から聞かずとも判りそうな結果を、黒髪の魔法剣士は尋ねた。

 「どうだった?」

 やはりここでもVサインを出して、光は笑った。

 「バッチリ!希望通りのクラスに入れたよ。ランティス、ありがとう!」

 椅子に腰掛けたままの彼に飛びつくように抱きついた光に、ランティスのほうが驚いていた。

 「ヒカル…?俺は何も…」

 「苦手なのに、ずっとメディテーションやってくれてたでしょう?だから、ありがとう」

 「…そのことなんだが…」

 何かを話したそうにしてるのに気づいて身体を離した光を、ランティスがどこかつらそうな面持ちで

見つめていた。

 「ランティス…、どうかした?…具合でも悪いのか?」

 そっと額にさし伸ばされた小さな手を、ランティスは大きな左手で包み込んだ。

 「なんでもない。ただ、…髪型が、いつもと違うなと」

 「あんまり…、似合わなかった?」

 しょんぼりとそう言った光の頬に、ランティスは右手で触れた。

 「いや。コウコウセイになったせいか、少し大人に見える」

 「ホントに?でもクレフもね、この髪型、じっと見てたんだ。どうしてなんでだろう…?」

 編み込んで結い上げた姿の光に、遠い誰かを想い出しそうになって考え込んでいたものの、

それは導師の知り合いでもあったのだろうかと、ランティスはまた思案顔になっていった。

 こつんと額をぶつけられた感覚にランティスが我に返ると、近過ぎて焦点も合わせられないところに

光の顔があった。

 「熱はないよね。…お仕事で少し疲れてるのかな。じゃあ、今日こそ私がしてあげる」

 以前『メディテーションしてあげる』と言っておいてさっさと寝落ちしたことを、まだ気にしていたのかと

ランティスが苦笑した。

 「メディテーションはもう…」

 そう言いかけたランティスに、苦笑の意味を取り違えて光が少しむっとした顔になる。

 「今度は寝たりしないよ!絶対にちゃんとやるから」

 両腰に手をあててまっすぐに彼を見る光の瞳に、ランティスは内心でため息をついた。

 『こういう眼をしているときのヒカルは、絶対に引かない…』

 彼なりの理由があって、光が高等部進学で希望を果たせたところでメディテーションを中止する

つもりでいて、さっきから何度かそれを切り出そうとしていたのだが、こうなってしまってはただの

言い訳だと思われてしまうだろう。ならば、最後に一度だけ光に委ねてみてもいいかもしれない。

光のほうからは踏み込めないだろうし、うっかり自分のほうが光に踏み込み過ぎないようにだけ

気をつければいい。

 「判った。ヒカルに任せよう」

 「じゃあね、額をくっつけるやり方で…」

 請われるままに組んだ脚に光を座らせ額と額をこつんとぶつけると、ランティスは光とあわせて

静かに数をかぞえ始めた。

 「「1…、2…、3…、4…、5…」」

 

 ――日頃否定するあまり、ランティスはあることを考慮し忘れていた。

                      光がただの魔法騎士ではなかったということを――

 

 

 上手く繋がったときのふわりと浮き上がるような感覚に身体を委ねて、藍色に近い青いひかりと

してランティスを意識の中に感じとる。ランティスから見た光は深紅に近い赤いひかりのように感じられる

のだという。

 『もっと…、深く……』

 そう思ったとき、冷たいひとしずくが光の頬を濡らした。

 『ランティス……、泣いてる…?』

 メディテーションで相手に心を委ねながら深い瞑想状態に入ると、とうに忘れていた、けれども

その当時にはひどく悲しんでいたような出来事を思い出してしまうことが光にもあった。そんな時

ランティスはそのまま光を泣かせてくれていた。そうやって支えてもらいながら事実と向かい合う

ことで、昔につけた心の傷を少しずつ埋めていくことが出来るのだとも知った。だから、もしいま

ランティスがつらい出来事を思い出してしまったのだとしたら、言ってあげたかった。

 

 『泣いても良いよ』――と。

 

 だけど、彼はもう大人で、男の人だから、生まれてからたかだか十六年足らずの小娘にそんな

ことを言われたって、きっと泣くことなんてできないだろう。言葉にはしないけれど、ひとりじゃないからと

伝えたくて、光はふわりとランティスの頭を抱きしめた。

 

 

 

 

 光の意識の中に見たことのない花畑の風景が広がっていた。

 『綺麗な銀色の髪の女性(ひと)に向かって駆けていく、ちっちゃな黒髪の男の子……。あれは、……』

 

 

 大切な人を喪っても、日々は容赦なく過ぎていく。五歳になったランティスを連れて、クルーガーの眠る

場所に足を運ぶのがキャロルの日課だった。もちろん十歳になり、いっそう父に面差しの似てきた

ザガートも、身重の母を気遣ってエスコートしていた。透けるような銀色の髪はいまはゆるく束ねられ、

クルーガーの形見の金色のサークレットが柔らかな陽射しにきらめいている。少し摘みすぎてしまった

白い花を、キャロルは穏やかな笑みを浮かべて編んでいた。

 少し離れて、ザガートが教わったばかりの魔法の練習をしていた。興味津々のまなざしで兄を見つめる

ランティスを、キャロルが呼んだ。

 「ランティス、いらっしゃい」

 「なぁに?母上」

 母に呼ばれたランティスが、子犬のように駆けていく。

 「これを被ってみて。――ふふ、やっぱり似合うわ、ランティス」

 駆け出した弟が転びはしないかと見ていたザガートが、その姿にため息をつきながら母の許に

戻ってきた。

 「母上、また花冠なんか被せて…。ランティスは男の子なんですよ?お前も、少しは怒れ」

 「どうして?父上も被ってるよ?」

 きょとんとして聞き返した弟に、ザガートが言い聞かせる。

 「父上のはサークレットだ。魔力を封じてこめておく働きがあるんだよ。花冠は女の子用のただの飾り」

 「国王様だって冠は被ってるでしょ。なにも女の子限定じゃないわ」

 「花冠は被っておられないと思いますよ。それにランティスは別に国王じゃない。魔導師の卵以前です」

 「この子が生まれるまでに少し練習してるだけじゃない…。それにしてもやぁねぇ。その可愛げのない

物の言い方が、子供の頃のクルーガーにそっくりだわ…。ランティス、ザガートの真似ばかりしてちゃ

ダメよ。そんなところは似なくていいんだから」

 まだ見ぬ子を愛おしむようにゆっくりとお腹をさすりながら、話し方やら遊びやら、何かにつけて兄を

真似ようとするランティスに、噛んで含めるようにキャロルが釘を刺した。

 「はい、母上」

 そしてついつい口をついて出そうになる兄に似た話し方を組み立て直そうと幼いなりに考えてるうちに、

ランティスの口数は微妙に減っていくのだった。

 

 

 ――それはずっと忘れていた、いや、ずっと封じられていた、幸せな日々の最後のころの情景――

 

 

 

 突風に巻き込まれて飛ばされるように、目の前の景色が変わっていく。

 『石造りの建物のようだけど…、どこだろう、ここ。――あれは、…クレフ?長い黒髪に…

金のサークレットの背の高い男性(ひと)は…誰?』

 

 

 ふと気づくと、光の意識はまた違う場所に佇んでいた。

 

 

 「あ――。また、泣いてる…」

 どこか地球の中世の城を思わせる、セフィーロ城の最高位の導師の部屋で、音ではなく気配で

それを知り、夜明け前の空のような紫の瞳の少年が眉を曇らせた。その少年の前で部屋の主は

大きくため息をつく。

 「やれやれ。あれの夜泣きにも困ったものだ。『声』が通る分、始末におえん」

 「すみません」

 「まぁ、まだ五歳だからな。幼くして母親を看取ったショックはなかなか癒えるものでもなかろうが、

誰に似たのか頑固者で私のメディテーションは受け付けん。お前がやってみてはどうだ?ザガート」

 「もうやってみてはいるんです。だけど、どうしても拒まれてしまって…」

 「一番近いお前まで拒むのか」

 「母のことを…、母の最期のことを訊いても話してくれませんし」

 「キャロルが…、お前たちの母が何も言い残さなかったのではないのか?」

 気遣わしげにそう尋ねたクレフに、ザガートはきっぱりといった。

 「いえ、あの様子は何か隠していると思います。言うことがないというより、口を噤んでるって

感じですから。他の方のご迷惑になりますし、寝かせてきます」

 師に一礼して、ザガートと呼ばれた少年は弟の部屋へと向かった。

 

 

 「どうした、ランティス。怖い夢を見たのか?」

 「母上は…、どうして来てくれないの?」

 ザガートは優しく泣きじゃくる幼い弟の頭を撫でる。

 「母上は亡くなってしまわれたから、もう来ないよ」

 「どうして?僕のこと、嫌いになったの?兄上のことも嫌いになったの?」

 「兄上じゃなくて、ザガートだろ?」

 セフィーロの者は比較的幼いうちから師に弟子入りする。ザガートとランティスのように兄弟が一度に

弟子入りすることはあまり例が無く、親兄弟から離れて修行する者達に配慮して、ザガートは弟に

『兄上とは呼ばないように』と命じていた。

 「…どんなに僕たちのことを好きでも、母上は帰れないんだ。父上もね。それが亡くなる…死ぬって

いうことだから。母上の最期を見届けたのは、ランティス、お前だろう?」

 その言葉に、ランティスの身体がこわばる。やはりザガートには弟が何かを隠しているとしか

思えなかった。ひどい土砂降りの夜だったから幼い弟を外に出すわけにはいかず、ザガートが薬師を

呼びに出て、その間にランティスはひとりで母を看取ることになってしまった。結果的にそのことが、

大人しくはあったけれど、夜泣きなどとは程遠かったランティスの心をこんなにも傷つけてしまった

のだろうかと、ザガートは兄として苦悩を隠せなかった。

 

 「ごめんね………。愛してるわ。ランティス、ザガート…」

 

 苦しむ母の手を、小さな両手で握りしめていたランティスに遺されたのは、たったそれだけの言葉。

たったそれだけなのに、兄に伝えることが出来なかった。眠ってしまったまま目を覚まさない母の姿に、

薬師とともに戻ってきた兄が何故泣くのかが解らなかった。

 朝になっても起き出さない母を、「お弔い」という儀式で土の下に埋める理由が解らなかった。

 『…クルーガーが逝って一年と経たないのに…』

 村の魔導師たちのささやきを聞きながら、なんとなく「お弔い」の儀式を見たことがある気がした。

その時、母と兄が泣いていたような記憶も掠めていく。そして、それきり父は帰らなかった。

 『…小さい子供二人だけをおいて、キャロルもさぞ心残りだろう。かわいそうに…』

 

 ――僕が兄上に母上の言葉を伝えなかったら、母上は自分で兄上に伝えにくるかなぁ――

 

 ふとそんなことを考えついて、それが本当になるような気がして、ランティスは幾度兄に問われても、

母の最期の言葉を伝えなかった。

 夢にうなされて泣いて真夜中に目覚めても、母が来ることはなかった。そのたび訪れる兄が

メディテーションで落ち着かせて、母のことを聞きだそうとしても、それをかたくなに拒み続けた。

 村で魔導師としての修行をすでに始めていたザガートと違い、ランティスはクレフの元で一から

修行を始める身だったので、それなりに日々は忙しく過ぎていった。疲れ果てて、ベッドにたどり

着くが早いか落ちていく深い眠りに、悪夢にうなされることも次第になくなっていった。城へ来て

ふた月と経たないうちに、ランティスはまるで忘れてしまったかのように両親のことを口にしなくなった。

それを不自然に感じないわけでもなかったが、自分からわざわざ話を持ち出して癒えかけた心を

抉る真似はすまいと気遣い、ザガートも両親の話題を避けるようになった。そして、それきり二人とも、

訊き出すことも伝えることも忘れていってしまった。

 

 ――そのザガートも、いまは、もういない――

 

 

 「ごめんね………。

 ≪…まだちっちゃな私のランティス。

  いつかその日がくるまで、クルーガーと私のことは忘れていてね……。

  それが遺していくあなたへの、私の最後の魔法…≫

 愛してるわ。ランティス、ザガート…」

 

 クルーガーが遺した金色のサークレットにキャロルが込めた禁呪の意味をランティスが知るのは、

彼が『何を以ってしても護りたい』と願う、夕陽のような紅い瞳と髪を持つ少女と出逢ったあとだった。

 

 

 

 

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今回も捏造設定満載です(いまさら言うな?)

メディテーションで繋がっているときのカラーイメージはいわゆるオーラの色を参考にしています。

いろいろなサイトで内容を読んでると、結構イメージそのまんまだなぁ…と思いつつ。

ジオログでご意見をいただいた、例の「兄上」ネタです

 

 

このお話の壁紙はさまよりお借りしています