XXI The World -世界- の逆位置……不安の増大と中途半端な状況

光がランティスの部屋に婚約指輪を置きざりにするより数日前、その黒髪の魔法剣士は

セフィーロの城下町を訪れていた。

「あら、今日はおひとりですか?ランティスさま」

店先で色とりどりの石や装飾品を並べていた女主人が声をかけた。地球と違いカードを

切る訳でもなく、支払いの時に名前を名乗った覚えのないランティスは怪訝な顔をしていた。

「何故俺の名前を知ってる?」

「何故って…。この城下町に住んでいて、セフィーロ唯一の魔法剣士さまを知らない人を

探すほうが難しいですよ」

最近オープンしたミュージアムカフェにご自分の絵があることをご存知ではないのだろうかと、

女主人は小首を傾げた。そんな様子に気づかず、ランティスはといえば『どこに人目が

あるか判ったものじゃない…』とため息をつきたい気分だった。

「…」

「あの指輪はお気に召していただけましたか?」

「ああ。ずっと身につけているようだ」

「光栄です。それで今日は何をお探しです?」

「指輪に使ったのはなんという石だ?あまり見かけないが」

「セル・リアといいます。魔法石ではありませんが、希少な物ですよ。崩壊前の空の神殿

近くで稀に採れたんですが、今はほとんど見かけなくなりましたから。あれは私が扱った

セル・リアのうちでも、内包物も無くて一番色味が綺麗な石です。ランティスさまの大切な

方は、お目が高くていらっしゃいますね」

「…あまりない物なのか…」

少し困った風情のランティスに、女主人の創師が尋ねた。

「セル・リアを探してらっしゃるんですか」

「城の創師が…指輪に合わせてピアスかなにか創ってやろうと言ってくれてるんだが、

同じ色味の石が無くてな」

「武器や防具に使う石じゃありませんから、城付きのプレセアさまはお持ちじゃない

でしょうね。プレセアさまは魔法石の扱いのほうがお得意だと伺ってますし」

「プレセアを知っているのか…。少し立ち入ったことを尋ねるが、プレセアと何か縁が

あったのか?」

聞きにくそうにそう切り出したランティスに、創師はクスクスと笑い出した。

「そのご様子だと、プレセアさまが何かおっしゃったんですね」

「…」

答えないのは無言のうちに肯定しているようなものだった。

「あの指輪の石は、元のがこういう店で扱うには大き過ぎたので一つの石から切り分けて

いたんです。その残りのセル・リア、まだありますよ」

「その石を譲って貰えないだろうか」

「もちろんルースでもお売りしていますけど…。条件をつけさせていただいてもよろしい

ですか?」

「希少な物だというし、上乗せしてもいい」

「迂闊にそんなことおっしゃると、吹っかけられますよ。そういうことではなくて、プレセアさまを

ここにお連れ願えませんか」

「プレセアを?」

「はい。プレセアさまの誤解を解いたほうがよろしいでしょう?」

確かに指輪の件以来、何かとつっかかってくるのでランティスも少々困ってはいた。

「判った。近いうちにプレセアを連れてくる」

「ではセル・リアはお取置きにしておきますね」

ここしばらくのプレセアの不機嫌そうな態度と訳知り顔の女主人の言葉でますます訳が

解らなくなりながら、ランティスはその店をあとにした。

 

 

 

 

獅堂家に程近いとある幼稚園での教育実習が始まって一週間。週に一、二度のペースで

併設の保育園の延長保育の時間に手伝いをしている光は、見習い先生の初日から

園児たちに一番懐かれていた。

「光せんせーっ!見て見て!」

「わぁ、上手に描けてるね。お嫁さんかな?」

「うんっ!今日ねぇ、パパとママの結婚記念日なんだって。昨日アルバム見せてもらったの。

結婚式のママ、すっごく綺麗だったんだぁ」

ちらりと壁のカレンダーを見て、光はにっこりと笑った。

「今日?そっか。11月22日のいい夫婦の日に式を挙げられたんだね」

「でもときどき喧嘩もするから、≪いいあい夫婦≫だって言ってるよ。明日はパパもお休み

だから、ホテルでご馳走食べてお泊りするんだって!いいでしょ?」

「仲がよくていいね…」

それに引き換え自分は…と物思いに耽る間もなく他の園児にぐいぐい引っ張られて、

光はランティスとのことを頭の片隅に追いやった。

 

夕方幼稚園から自宅へ帰る道すがら、光はぼんやりと考えていた。

『あの指輪、ランティス気づいたかな…。もし気づいてたら、どう思っただろう。あ…、でも

ランティスより先にプレセアが気づいちゃったら、きっと喧嘩になるよね。凄いいやみだ、

私…。早くはっきりさせなくちゃ』

来週もう一週間教育実習があり、その土日は園のイベントに参加するのでセフィーロには

行けない。このままあと二週間もどっちつかずの状態を続けるのは、光のほうが堪えられ

そうになかった。行くなら今日しかないと心に決めて、光は家へと駆け出した。

 

「ただいま帰りました」

バタバタと駆け込むなり覚の姿を探す。いつものように台所で夕飯の用意をしていた覚が

足音に振り返った。

「お帰り、光。どうしたんだい?そんなに慌てて」

「覚兄様、お願いがあるの」

最近少し元気のなかった光の思いつめた表情に、覚は顔を曇らせた。

「言ってごらん」

「これからセフィーロに行きたいんだ。帰りは…明日になるかもしれない」

「こんな時間から?」

セフィーロに行くときはたいてい午前中か昼過ぎぐらいに東京タワーから発つことが

多いのに、夕方に、しかも覚に事前の打診もなくというのは珍しいことだった。

「うん」

「どうしても…?」

「どうしても。はっきりさせなきゃいけないことがあるから」

まっすぐに覚を見つめる光の目には、なにごとかの決意の色が浮かんでいた。

「判った。気をつけて行っておいで」

「ありがとう、兄様」

答えるなり光は台所を駆け出して自分の部屋で手荷物をまとめて身支度を整える。

廊下でコードレス電話の子機を掴んで自分の部屋に取って返すと、一本の電話をかけ

はじめた。

「もしもし、龍咲さんのお宅ですか…。あ、海ちゃん!明日、海ちゃんの大学の学園祭

行くって言ってたけど、ごめんなさいっ!私、これからセフィーロに行って、ランティスとの

婚約、解消してくるよ」

『ええっ?!光、早まっちゃダメって言ったじゃない。ちょっと落ち着きなさいって』

「中途半端なままじゃ私もイヤだし、ランティスやプレセアにも悪いから…。風ちゃんにも

これから電話するから、じゃあ、ごめんね」

『こらっ!光っっ。切っちゃダ――』

一方的に海との通話を切ると鳳凰寺家にも電話を入れてから、光は東京タワーへと

飛び出していった。

 

 

 

 

セフィーロ城広間の一番奥まった一角にきらきらとしたひかりの粒子が降りそそぎ、

やがて光が姿を現した。それに目を丸くしたのはその場にいたアスコットだった。

「あれ、ヒカル…?いったいどうなってるの、今日は…。フウが一人で来て『ちょっとお話が

あります』って王子を引っ張ってったと思ったら、今度はヒカルが一人で来たりして」

「風ちゃんが来てたの?そっか、家に電話しても居ないハズだね」

風の姉・空でも出ればその辺を話してくれただろうが、あいにく電話に出たのはお手伝い

さんだったので、不在で帰宅予定が遅いことだけ聞かされ、伝言を残すことしかできなかった

のだ。よもやこの段階で風が当人よりも先にことの全貌を把握していたなどと、その時の

光は思いつきもしなかった。

「まさかウミは来ないよね。明日のガクエンサイの劇の主役だって言ってたし…」

少し残念そうなアスコットに、光は申し訳なさげに言った。

「ごめんね、海ちゃんじゃなくて。あの、ランティスかプレセア見なかった?」

「ああ、あの二人ならさっき城下町へ出かけたよ」

「…二人、一緒に…?」

「だと思うよ。ランティスがプレセアに『待たせたな』って声かけてたし…。あれ?ヒカル?!」

話も途中で広間を飛び出していった光に、アスコットがつぶやく。

「だからプレセアには僕のワイバーン貸してあげたんだけど、ってもう聞こえないか。

変なヒカル」

ぼんやりと光が消えた広間の扉を見ていたところに、カルディナが駆け込んできた。

「こらっ、アスコット!!アンタいったい、ヒカルに何ゆうたん!?」

「へっ!?何って…」

いきなりカルディナに怒鳴られる理由が判らず、アスコットは目を白黒させていた。

「ヒカル、泣きながら走っていったやないの!?」

「泣きながらって…。そんなの僕に言われても知らないよ!『ランティスとプレセア

知らないか』って訊かれたから、『二人で城下町に行ったみたいだ』って教えただけだ」

自分より上背のあるアスコットの胸倉を掴んで、カルディナは思いっきりがたがた揺さぶった。

「アホかっ!!何を余計なこと教えとんねん、この子はぁぁ!!」

「本当のこと言っただけなのに…。く、くく、苦しいって、カルディナぁ…!」

ことがことだけにアスコットにまで教えなかった海の配慮が、見事に裏目に出てしまっていた。

 

アスコットを絞めるだけ絞めたカルディナは、光の部屋へと向かった。

「ヒカル!ヒカル!!ちょっとだけ、ウチと話しよ?な?ヒカル、返事してぇな」

何度ノックしても声をかけてもまったく部屋からは反応がない。

「んもぅっ!返事もせぇへんねやったら、ここ、勝手に開けるで!!」

ガチャリとドアを開けたものの、光の部屋はミニボストンがあるだけでもぬけの殻だった。

「外へ出るんやったら、足になるもんが要るハズやしなぁ…。アスコットには、ヒカル

みつけたら捉まえとくようにゆうたけど…。ランティスの部屋に行ったんやろか。ああもぅ、

しゃあないなぁ〜っ!!」

身体にふわりと纏った布をしっかり掴みなおすと、カルディナは城の主要メンバーの中でも

一番遠いランティスの部屋まで走り出した。

 

広間から駆け出した光は、自分の部屋近くの≪近道≫を通ってランティスの部屋の前に

来ていた。重い話をするなら人気の多い辺りにある光の部屋よりも、あまり他の人が

近づかないランティスの部屋のほうがいいように思えた。いつもと変わらず迎えてくれる

その部屋に、光は躊躇いがちに足を踏みいれた。

「どうしてまだ私を受け入れてくれるんだろう…」

閉ざした扉にもたれて、微かに漂うペパーミントの香りを深く吸い込む。

「落ち着いて話さなくちゃね」

珍しく雑然と色々な書物が広げられたままの机のそばを通り過ぎ、ベッドに近づいて

そっと枕の下を探った。

「指輪なくなってる…。ランティスが気づいたのかな」

その指輪を持ってランティスが出かけているなどとは思いもしない光だった。

 

 

 

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ミュージアムカフェ…昔のランティスの絵が保管されていたところ。「ハネウマライダー」参照

セル・リア…光への婚約指輪に使った石。光曰く「ランティスの瞳の色」「晴れた日のセフィーロの空の蒼」

       自動車のセルモーターとリア(=後ろの)○○から。セルリアン(ブルー)とのひっかけ  

 

 このお話の壁紙とタロットカードのイラストはさまよりお借りしています