II The High Priestess -女教皇- の逆位置……不安と不明瞭な状況

光の大学の学園祭から一週間後、セフィーロに赴いた海と風は早速調査を開始した。

●チゼータ出身の踊り子兼幻惑師Cさん(仮名)の証言

「ランティスとプレセア?…そない言うたら、プレセアがえろう食って掛かってたことが

あったなぁ…。うーん、ああ、そやそや。今年のヒカルの誕生日のすぐあとぐらいやわ」

「食って掛かる?プレセアが?」

「えらい剣幕やったで。『よりにもよって、なんであんな女に!』とか、『絶対私だと思ってた

のに!』とか、……それから『計画性なさ過ぎ!』とかなんとか言うてたかなぁ」

親友と顔を見合わせて、眼鏡の娘がさらに問いかける。

「それで、ランティスさんは何と?」

「『指輪一つでどうしてそこまで…』とかなんとか、対ウチら用のいつもの低ーいテンションで

答えとったわ。……って、お嬢さまがた、アンタらいったい何を調べてんの?」

二人の質問攻めを不審に思ったカルディナが、すっと目を眇めた。

「えっ!?いやその、何ってことは…」

「おほほほほほ。いやですわ、カルディナさんったら」

そそくさと逃げ出そうとした二人の頭上を軽やかに飛び越え、右手を高く上げて羽根扇を

広げたカルディナがうふんと笑った。

「ちょい待ちぃな。ワンダホでビュリホなウチから聞くだけ聞いて逃げようっちゅーんは、

了見甘いんとちゃうか?なんやったら、ウチが腕によりをかけてお嬢さまがたに気持ち

よぉく喋らしたるけど?」

いまにもグローブと靴の飾りから幻惑香を振り撒きそうなカルディナに、小娘二人は

小さく手を上げて降参し洗いざらい告白した。

 

「はぁ〜?ランティスが浮気?その相手がプレセアって…。アンタら、どっからそないな

発想が出るん?」

いかにも呆れてますという表情のカルディナに、海が食い下がった。

「じゃあ、カルディナが聞いた会話の意味はどうなるの?『あんな女』っていうのが光の

ことで、『ランティスが結婚するのは絶対私だと思ってた』とか、『計画性なくちょっかい

出すな』とかって、取れるじゃない?ランティスはランティスで、『指輪一つやったからって

どうってことないだろ』ってかわしてるとか…」

「あ゛あ゛?そら、そない取れんこともないやろうけど、プレセアはホンマにヒカルのこと

可愛がってるよってに、『あんな女』呼ばわりはせぇへん思うけどなぁ。第一、プレセアは

えろう若作りのじいさんがご贔屓やないの。それにあの兄ちゃんかて、こないな近場で

二股かけてとぼけ通せる程、器用やとは思えんで?」

「だって、クレフってちょっと煮え切らないし、プレセアだって見切りつけちゃうかもしれないわよ」

「光さんの、ただの思い過ごしだと?」

「週末しか来られへんお嬢さまがたよりウチのほうが二人を長い時間見とるけど、そんな

気配はこれっぽっちもあらへん。他の女なんか眼中に入らんぐらい、ヒカルにぞっこんやって」

「でも光は『二人と視線があうとそらされる』って気にしてるわ。そんな勘違いしたりするかしら…」

「そこまで言うんやったら、しゃあないなぁ。ウチも観察しといたるわ♪」

 

 

 

 

 

 

            

                            

 

XIX The Sun -太陽- の逆位置……現実の見落としと時期の悪さ

先週の学園祭の準備に追われて少しも手についていなかったレポートをセフィーロに

持ち込んだ光は、自分の部屋で課題図書を読んでいたもののちっとも内容が頭に入って

こなかった。折り悪くランティスは辺境の魔物退治に出ていて、光たちが帰る夕方までに

戻るかどうかも判らないという。大学の学園祭は高校までとは比べ物にならないほど

自主性が高く、その準備に割く時間も半端ではなかったので、ここひと月ほどランティスの

顔もまともに見に来られなかったのだ。

「ああ、ダメだ…。勉強なんか手につかないや。あっちに行ってこよう」

パタンと本を閉じ、机に手をついて勢いつけて立ち上がると、光は自分の部屋から出て

行った。

廊下に出て少し歩くと、光は周りをきょろきょろ見回してから壁の一角に左手をそっと

あてた。見る間に光の身体は壁に吸い込まれるようにして消えていく。

壁に消えた光が姿を現したのは、ランティスの部屋のすぐ近くの廊下だった。まともに

歩くと二人の部屋は結構離れているので、ランティスが結界系の魔法を応用して自分と

光だけが通れるショートカットを作っていた。(お互いの部屋の中に作らなかったのは、

来客中にいきなり出くわしても気不味いからという理由だった)

部屋の主が不在でも光が来ればその扉はひとりでに開いた。『俺がいなくても、ヒカルは

入って構わない』という許しをもらっていたので、居ないのが判っていてここにきたのだ。

ドアを閉めてもたれかかったまま、光は大きく息を吸い込んだ。

「ランティスの匂いだ…」

微かに地球のペパーミントのような香りがする部屋。ランティスに抱きしめられたときも

ほのかにその香りがしたので尋ねてみたら、香油のようなものは別に使っていないと

言っていた。それでもなんとなくランティスがそばに居るような気分になれるので、地球に

居るときはペパーミントキャンディが光のお気に入りになっていた。

几帳面に整頓された書棚を見ていた光が、目にとまったあるものに手を伸ばす。

「わぁ、覚兄様より綺麗な字だなぁ…」

二人が付き合い始めたばかりのころ、『日本の文字を勉強したい』と言い出したランティスの

希望で、子供向けのひらがな・カタカナドリルから始めて、小・中学生用の漢字ドリルと

漢字練習帳を光が贈ったのだが、二十冊あった練習帳は全て最後のページまで綺麗な

文字できっちり埋め尽くされていた。

「この上は高校レベルか漢検用のヤツかなぁ…。ランティスだって仕事が忙しいのに、

こんなにまで…」

日本で生まれ育った光と付き合うのでなければ、セフィーロで暮らすランティスがこんな

ことをする必要はこれっぽっちもないのだ。それなのにランティスを疑ったりするなんて、

自分はどうかしている…。書棚に漢字ドリルと練習帳を元通りにしまうと、光は窓際の

大きなベッドに倒れこんだ。

「ランティスがあんなに想ってくれているのに、私はいつだって自分のこと優先で…。

『テストだから』、『部活だから』、『バイトだから』、『学園祭だから』……言い訳ばっかりだ。

ランティスに…呆れられちゃってもしょうがないのかな」

八月の二十歳の誕生日、初めてここでランティスと結ばれたことさえ光の願望が作り

出した偽りの記憶のように思えてくる。その日以来、光の都合がつかないせいでなかなか

泊りがけという訳にはいかず、夜を共に過ごしたのはあれっきりだった。

「私と並ぶより、プレセアと並んでるほうがバランス取れてるし…。やっぱり男の人って、

おっきな胸が好きなのかな…。私、胸、全然ないし……つまらなかったのかも…。

ランティスってば手が大きいから、掌だけでも収まっちゃってたもんね、私の胸」

それに引き換え――以前一緒にお風呂に入ったときに見たプレセアは、カルディナに

負けないぐらい豊かで美しい胸をしていた。

「プレセアは無理でも…せめて海ちゃんたちぐらい育ってれば、ぱっふりしてたのに…。

あー、やだ、涙が出ちゃいそうだ…」

ランティスの枕を抱え込んで顔を押し付けたとき、コンコンと扉をノックする音がした。

慌てて目許をごしっと擦ると、光は起き上がって返事をした。

「はい?どなたですか」

「ヒカル、やっぱりここに居たのね」

「プレセア…」

駆け寄って扉を開くと、プレセアがにこりと微笑んだ。

「部屋に居なかったから、ここかなと思って…。お邪魔してもいい?」

「どうぞ…、って私の部屋じゃないのに変だね。ランティスなら出かけてるよ」

「知ってるわ。ラファーガたちと魔物退治に出てるでしょ」

光が城下町で選んだ小さなティーテーブルと揃いの椅子にプレセアが腰掛けると、少し

迷ったもののアップルティーを淹れてもてなした。

「ありがとう、ヒカル。甘くていい香りね。これは地球のお茶?」

「うん。アップルティーって、りんごっていう果物の香りがついてるんだ。ランティスは

苦手みたいだけど」

「でしょうね」

さもありなんとくすりと笑うプレセアに、光はどう続けていいか判らず他の言葉を探した。

「えっと、私に、何か用が…?」

「用ってほどじゃないけど、お茶の時間になっても出てこないから」

「ホントは勉強してるつもりだったんだけど、気が乗らなくて…」

プレセアの視線が左薬指の蒼い指輪に注がれているのに気づき、なんとなく光は落ち

着かない思いがした。

「――ヒカルは、ピアスにしないの?」

「ピアス??」

唐突な質問に光は目を瞬かせたものの、素直に答えた。

「私、剣道っていう、こちらの剣術の練習に近いことを地球でやってるんだけど、その時に

面って防具を顔を覆うようにつけるんだ。ピアスは外し忘れて引っかけちゃいそうだから、

私は使わないよ」

「そう…」

「どうしてそんなコト訊くの?」

「え?ううん、ただなんとなく。ウミやフウと違って、ヒカルはあまりアクセサリーつけて

ないなと思って。ウミもフウもダイガクセイになってからピアスにしたのに、ヒカルは

しないのかしらってね」

「海ちゃんもフェンシング続けてたらやりにくかったかもしれないけど。大学にクラブがなくて

フェンシングやらなくなったから…」

「ふうん」

そう答えたプレセアがまた光の指輪をじいっと見つめていた。黙っているのがいたたまれない

ような気持ちになり口を開いた光と、プレセアの声が重なった。

「あのっ!」

「ねぇ、ヒカル……なぁに?」

「ううん、プレセアからどうぞ」

「その指輪…とても綺麗な石ね。見せてもらってもいい?」

「えっ…?ああ、うん。ハイ」

光は左の薬指から抜いた指輪を、しなやかな長い指を持つプレセアの手に載せた。

ひどく真剣な目で指輪を検分しているプレセアに、光の中に言いようのない不安が押し

寄せる。

「…晴れた日の、セフィーロの空の色みたいだよね」

「――ランティスの瞳の色って言わないの?」

目線を指輪に落としたままそう言ったプレセアの顔が見えない光が慌てて答えた。

「そ、そうとも言うかな」

見ようによっては剣呑な雰囲気を纏っていると言えなくもない少しだけ顔を上げたプレセアの

表情に、光はどうすればいいのか判らなくなっていた。

「はい。これ、返すわね。ヒカルは何を言おうとしていたの?」

プレセアは光の手に指輪を返して、そう問いかけた。

「えと、あの、その……、お茶のおかわりはどうかなって…」

「いいえ、もう十分頂いたわ。私もそろそろ仕事に戻らなくちゃ。地球のお茶、ごちそうさま」

にこりと笑って立ち上がると、光をそのまま残してプレセアはランティスの部屋から出て

行った。プレセアが出ていった後も、光は掌の上の指輪を嵌め直しもせず考え込んでいた。

「指輪見てるプレセア、なんだか思い詰めてるみたいだったな…。ホントに私がこれ持ってて

いいの?ランティス」

そこに居ない人に尋ねても、返事を貰える筈もない。望んでそうしている訳ではなくても、

結果的にいつもランティスとのことを後回しにしている後ろめたさが、光の心を知らず

知らずのうちに揺さぶっていた。

アフタヌーンティーの時間も過ぎれば、秋の夕暮れは早い。傾きかけた陽に気づき、

光はおもむろに立ち上がるとランティスのベッドに近づいた。

「どうしたらいいか、わかんないよ…」

枕の下に隠すようにそれを押し込むと、光は振り切るようにしてランティスの部屋を出ていった。

 

東京に戻る為に広間に集まった海と風が、光の左薬指から指輪が消えているのに気づいた。

「光さん、指輪どうなさったんですか?」

「うん。ちょっと、ね…」

「ねぇ、光。まだ何にも判ってないんだから、早まらないほうがいいわよ」

「大丈夫だよ、海ちゃん。遅くなるから、帰ろ」

≪大丈夫≫という光の危険なサインに海と風は顔を見合わせつつも、三人は手を繋いで

東京へと戻っていった。

 

 

 

辺境での魔物退治を終え真夜中近くに戻ってきたランティスは、部屋の中に残る光の

気配を感じとる。

「また、しばらく逢えないな…」

『学園祭の次の週は来られるけど、その後、実習が入ってまた二週は潰れちゃうんだ』と

申し訳なさそうに言っていた光の顔を思い浮かべた。

鎧や剣を外して棚に置きながら、光が残したものとは違う気配にランティスは眉をひそめた。

「…」

部屋を一通り見渡したあとベッドに歩み寄るとすっと枕の下に手を差し入れ、ランティスは

それを探り当てた。

「どうしてこんなところにヒカルの指輪が…。地球の、なにかのまじないか?」

机にメモの一つもないので、光の意図するところがランティスにはさっぱり伝わっていなかった。

 

 

 

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樹の上で昼寝ばっかりしてるL氏だから、グリーン系の香りかなとも思うんですが、

私が苦手なんでペパーミントということで…(青っぽいイメージだし)

文中のハートはSimple Lifeさまよりお借りしています

このお話の壁紙とタロットカードのイラストはさまよりお借りしています