XII The Hanged Man -吊るされた男-
伝説の魔法騎士生誕の地、異世界・地球に於いて
占じごとに用いられるというタロットカードのうちの、大アルカナの一枚。
正位置の意味は「修行・忍耐・敗北・妥協・不倫」。
逆さ吊りにされるということは、すなわち試練を意味している。
男はこの試練の後に幸福が訪れることを知っているから
どこか穏やかな表情をしているのだという。
カードのデザインによっては男の両脇に2本の木が描かれており
それら2本の木が「2人の女性」の存在を意味し、そのカード自体が
「2人の女性の間で揉めている男性」を示すとも言われている・・・・
XIV Temperance -節制- の逆位置……不安定な状況と多忙さ
二十歳の誕生日に光がランティスとの婚約を決めてから約三ヶ月。過ごしやすい秋の
日の昼下がり、学園祭を見にやってきた海や風と和風喫茶の模擬店でお抹茶と練りきりを
前にしていた光がぽつりと言った。
「こんなこと、二人にしか言えないんだけど…。最近ね、ランティスが変なんだ」
「変…?光以外に無口、無愛想なのは今に始まったことじゃなし…」
「喧嘩でもなさいましたの?」
二人の言葉に光はふるふると首を振る。
「海ちゃん、風ちゃんは気づかなかった?この二、三ヶ月、お茶会も嫌がらずに顔出すし、
そこでよくプレセアと話してるんだ」
「んー、言われてみればそうだったかしら…」
「お仕事のお話なのではありませんか?」
「剣の打ち直しをしてもらったなんて話も聞かないし、鎧だって変わってない。それにね、
二人して私のほうを見てるんだけど、私が視線に気づくと目をそらしちゃうんだ」
そう言って光は目線を自分の左薬指に落とした。およそ他人の視線や思惑に鈍い光が
ここまで言い切るのは余程のことなのだろう。親友二人はちらりと視線を交わし、努めて
明るく請合った。
「ほらほら、そんな顔しないの!私たちも気にしておくから、ね?」
「光さんの考えすぎだとは思いますけど、次にセフィーロに行ったら、私たちもチェックを
入れますわ」
「うん…。二人に話せて、少し楽になったよ。今日は来てくれてありがとね。私、模擬店の
当番があるから先に行くけど、これ使ってゆっくり見てって」
テーブルに模擬店用の金券を置くと、光は二人を残してとぼとぼと店を出て行った。
「あれは、相当きてるわ…。ねぇ、光の誕生日のあの作戦は…、上手くいったのよね?」
「朝食にもイレブンジィズにも揃ってお見えになりませんでしたし、そのまま城下町に
お出かけになって…。こちらに帰るときには『婚約指輪もらったんだ!』って、とても
嬉しそうになさっていましたから、多分…」
それは海も覚えていた。大事そうに指輪をはめた左手を右手で包み込み、『ランティスの
瞳の色みたいだと思わない?』と微笑っていた光は本当に幸せそうだった。
「『結婚したいのはランティスとイーグル!』なんてすっとぼけたこと言う娘を三年想い
続けて、ようやく曲がりなりにも恋人同士になって三年、なのに美味しくいただいちゃって
三ヶ月足らずで浮気って…!」
「コホン!海さん、お言葉が少し…。それに何も浮気と決まったわけでは…」
「でも光があんなに思い詰めてるのよ!?」
「とにかく、来週末はセフィーロに行くんですから、私たちで確かめましょう」
眼鏡のフレームをつっと指で押し上げて、風は取り出した手帳に確認事項をピックアップ
しはじめていた。
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光、二十歳の誕生日の作戦については、「IF YOU」参照
イレブンジィズ…午前11時ごろのお茶の時間