☆光ちゃんのwktkセフィーロ生活☆ ――初めてのペット編――
『お誕生日なんだし、なるべく早く帰ってね』
定時の見回りに出ても、辺境の魔物退治を終わらせても、帰城報告は二の次三の次で新生セフィーロの
親衛隊長となったラファーガをいらいらさせていたランティスだったが、結婚以来余計な寄り道(なのか何なのか
謎だが・笑)をすることは格段に減っていた。出掛けに『多分夜になるだろう』と告げていたランティスだったが、
予定外に早く夕方には戻ってきていた。
クレフらの部屋と同様、もともとランティスの部屋は執務室兼私室だったが、結婚を機に大幅に改装し、
主寝室や光の部屋、キッチンやリビングダイニングなどパーソナルスペースを拡充し、そちら側にいわゆる
≪玄関≫を作っていた。ランティスの執務室通り抜けで出入りするのでは、光の客が困るからというのが
大きな理由だった。
自室で仕事をするときは別として、新たに設けた精獣招喚用バルコニーを利用するときなどはランティスも
玄関を通っていた。
精獣戻界を唱えてエクウスを還すと、ランティスは大きなストライドで玄関へと向かう。廊下に仕掛けた
魔法で呼び鈴が鳴っているはずなのに、いつも迎えに出てくる光の姿が見当たらない。
夕飯の準備がすっかり調っているリビングダイニングやキッチンにもいない妻の姿を探していたランティスが
不意に固まった。
『いやぁん、ダメだったら!…くすぐったいよ、そんなとこ舐めちゃ…!きゃはははっ。もうダメぇ……っ』
自分がここにいるのに、わずかに開いたままの寝室のドアの隙間から妻の嬌声が聞こえたとなれば、
ランティスといえど硬直もするだろう。いったい自分以外の誰が光をくすぐり舐めているというのか。
『んもう!上に乗っかっちゃダメだよ。ランティスに…叱られちゃうっ』
結婚から半年たらず…。これが世にいうウワキ(しかも夫の誕生日に?)光に限ってそんなことは…。だがしかし、
あまりの自分の至らなさに愛想を尽かされたことは想像に難くない。
このまま外に出て行って知らぬ顔をするべきなのか、明らかにして今後を話し合うべきなのかと数瞬迷って、
光がそいつと幸せになれるのならと深呼吸をひとつしてランティスは寝室のドアを開けた。(ふっ、踏み込むのか!)
「…ヒカル…」
「きゃはははっ、あ、ランティスお帰りなさ〜い!いやーっ、こそばゆいから足の裏舐めないでったら!
起きたっ!もうちゃんと目は覚めてるよ〜っ」
キングサイズのベッドに俯せたまま手をばたつかせている光の足の裏を、ファイアーアーレンスがペロペロ
舐めていた。
以前読んだ異世界のペットのしつけの本に拠れば、入ってはいけない場所に入ったりしたイヌには
『House!(小屋に戻れ)』とか命じるそうだが、ランティスもそれを言いたい気分だった。
しかし一般的にたとえ妻やそれに等しい親しき間柄でも他人の招喚獣にとやかくいうものではないという
不文律がある。
「…寝室に入れるのは、あまり…」
ランティスが控えめにそう言うと、笑いすぎで浮かんだ涙を拭いながらベッドの上に正座した光も素直に
頷いた。
「そうだよね。閃光だって母屋に入れて貰えたの具合の悪い時だけだったし。えーっと、寝室とランティスの
お部屋は勝手に入っちゃダメだよ。解った?」
ベッドから降りた淡い銀色のファイアーアーレンスは返事がわりに尻尾をひとふりして寝室を出て行った。
ランティスが小さな合図でドアを閉ざす。光を抱きしめてベッドに倒れ込むとそのまま覆いかぶさって
くちびるを奪った。
「んん…っ」
昨日朝から辺境へ出て、丸二日と経たないというのに、こんなにも光が欲しくてたまらない。『光が他の
誰かと幸せになれるなら…』だなんて、そんな物分かりの良さなど自分の中のどこを探しても見つけられ
そうにないランティスは、息をつぐ間もあたえぬほどにむさぼりブラウスをたくし上げていた。
顎の下から首筋へとランティスがいくつも小さなくちづけを繰り返し、くすぐったさに身をよじった光が抗議の
声を上げた。
「んもう、ランティスも(『も』?)ダメだってば!それはご飯とお風呂のあと!」
「いますぐがいい…」
ぼそりと耳元でささやき、耳朶を甘噛みしつつその手はまさぐることをやめない。
「あ…ん。でも、初めて二人でちゃんとお祝いするランティスのお誕生日だから、頑張ってご馳走用意したん
だよ。そりゃあ私は風ちゃんみたいにお料理上手じゃないし…、ちょこちょこオムレツが崩壊して焼きすぎ
スクランブルになっちゃってるけど……サ」
一昨日の朝もそのようなことがあったなと思いつつ、光が心をこめて作ってくれた物を不味いと思うはずが
ない。
「たまに形は崩れても、なんでも旨い。味は俺好みだ」
スクランブルとごまかしていたものの、崩れていたのはバレバレだったかと光がはあっと情けなさげな
ため息をついた。
兄達ともども特別に指南を受けた居合ならば切り口の乱れない腕前の光だが、料理全般においては
まだまだ精進の毎日だった。
「ホントに…味は好き?」
「ああ」
「よかった」
光はホッと安心してランティスのうなじに両手を回してぎゅうっとすがりつく。これは続けてOK(何を?)サイン
だろうと解釈したランティスがブラウスのボタンに手をかけると、くるるるると鳩が…じゃなく光のお腹が空腹を
訴えていた。
真っ赤な顔をした光がランティスに尋ねた。
「き、聞こえた?」
くくっと小さく笑ったランティスが、諦めたように光を抱き起こす。
「ああ」
「だって、うたた寝しちゃったからおやつ食べてないんだよ。ああもうカッコ悪いなあ…。気を取り直してっと、
…お風呂にする?お夕飯にする?」
『それとも、ワ・タ・シ?』なんていう第三の選択肢はないんだなとちらっと思いつつ(誰に聞いたんだ、そんなの…)
ランティスが答えた。
「先に食事。そのまま風呂に入るとお前が倒れそうだからな」
「あれはっ、お風呂であんなことしてるからのぼせちゃうだけだよ」
「…すまない」
「ランティスが謝ることなんかないよ。私が長湯出来ないだけなんだもん。なんだか新婚さんっぽくって、
私も楽しい…よ?エヘヘッ」
『っぽく』どころか、まごうかたなく新婚さんと分類されていい時期の筈だが…と、これまたどうでもいいことで
ランティスが眉間に皺を寄せていた。
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