(un) Happy Halloween ! vol.2
一週間前になってオレンジ色の紙に≪ハロウィンのお知らせ≫とプレセア監修によるセフィーロ語で
書かれたチラシを持参した三人は、知己に配って欲しいとそれぞれ恋人に頼んでいた。
Trick or Treat!
(いたずらされたくなきゃ、お菓子をちょうだい!!という意味の合言葉です)
〜 ハロウィンのお知らせ 〜
ウィルをはじめとしたたくさんの実りに感謝して、宵の空の月の晦の夜にお祭りを開催します。
穫れたてのウィルやそのほかの果実を使った焼き菓子の小さな包みをたくさん用意して
Trick or Treat! と言ってやってくるお客様と交換して、親睦を深めます。
この日は可愛い妖精さんになってみたり、迫力満点の魔獣になってみたり
思い思いの扮装でお祭りに参加しましょう。
ウィルをくり抜いて作ったランタンやかぶりものも用意してね♪
(作り方は裏面に。中身は焼き菓子に使って無駄なくいただきましょう)
お城からも異国のお菓子を持った誰かが現れるかも……!
「……つまり俺は異国の菓子を配り歩くと……?」
風に手渡されたチラシに疑問符飛ばしまくりなフェリオが呟いた。
「正確には地球のお菓子ですけれど、そう言ってしまうとややこしくなりますもの。もちろん私も
ご一緒いたしますわ」
ここでにっこりと笑まれたところで、想い描いていた(妄想をいだいていた?)甘やかさに程遠いことは
確定だろう。
「えーっと、あの…僕もやるの?これ…」
農園や果樹園にこそ出向けるようになっていたが、引きこもり系人見知りであることに変わりはないのだ。
「当然。プレセアがウィルから作ってくれた籠を運ぶ魔獣も招喚してね。あれ、推進装置はついてないから」
菓子云々という段階で、甘い物が苦手な魔法剣士は微かに難しい顔をしていたが、なんとなく嫌な予感が
してきたのかランティスの表情はさらに苦さを帯びていた。
「プレセアが作ったウィルの馬車、すっごく素敵なんだ〜。シンデレラがお城の舞踏会に行ったのって、
きっとあんな感じだと思うなぁ。形の整ったウィルが二人乗りぐらいのサイズしかなかったから二手に
別れることになっちゃったんだけど、その一つをエクウスに繋いで引っ張って欲しいんだ。馬車には
フェリオと風ちゃん、私はランティスとエクウスに二人乗りして、海ちゃんとアスコットは魔獣が掴んで飛ぶ
気球の籠みたいな感じのに乗るんだよ」
テンション高めで嬉々として話す光のかたわらで、ランティスの眉間のしわがさらに深くなる。
確かにエクウスならばそのぐらいのパワーはあるだろうが、気位高く、気性も荒い彼の精獣がそのような
使役にあたることを承知するかどうかはなはだ疑問だった。
そういった作業にあたるのは、たいてい魔獣か動物たちなのだ。
地球でもエクウスのようなサラブレッド系の馬より、パワー重視のがっしり系の馬が曳いていることが多い。
何よりそんな≪無茶ぶり≫を自分の精獣した経験なぞなかったし、他人事にも聞いたことがなかった。
ほかならぬ光の願い事を一も二もなく叶えてやりたい気持ちはあるが、ことは彼の一存で決められること
ではなかった。エクウスのつむじの曲げ加減によっては、契約破棄という事態も有り得るだろう。
「…そういう使いかたをした覚えがないのだが…」
「あははは、そうだよね。ランティスが喚んでくれたら私がちゃんとエクウスにお話するよ。広間では
あんまりだから、ランティスのお部屋に行く前にバルコニーに寄ろっ!」
喚び出す場所云々というより、その目論見自体を思いとどまって欲しいランティスの思惑にも気づかず、
ニコニコ上機嫌な光はお祭りの成功の光景しか見えていないようだった。
細かな段取りは三人ともが解っているからと、夕方まではそれぞれで過ごすことになった。 足取りも軽く、
スキップでもしているような光が、「早く、早く!」とランティスをせかす。
バルコニーの窓を開け放つと、光はさっと脇に避けランティスを振り返った。どうあってもエクウスと話す気
らしい光の様子に僅かに嘆息を零しつつランティスが魔法剣を引き抜いた。まばゆいひかりを放つ刃に
軽く触れるような構えでランティスが低く唱える。
「精獣招喚…」
一陣の風と高いいななきとともに、漆黒の馬の姿の精獣がバルコニーに降り立った。青白く燃える
そのたてがみにたいていの者は威圧感を覚えるというのに、物おじのひとつもせずに光は跳ね馬に
駆け寄り手を伸ばした。
「こんにちはエクウス!元気にしてた?」
返事代わりにランティスの愛馬は光の前髪をはんだ。
「あのね、私、今日はエクウスにお願いがあるんだ。だからランティスに喚んで貰ったんだけど……」
前髪をはむのをやめ、聞くだけは聞こうとでもいうように、エクウスはじっと光を見据えていた。
「宵の空の月の晦の夜にハロウィンっていう地球のお祭りやろうと思ってるんだ。ホントは仮装して
ご近所を歩いて回りながらお菓子を戴いたりするんだけど、お城からはどこも遠いでしょ?私だけなら
ランティスと一緒にエクウスに乗っけて貰ってるけど、今度は海ちゃんや風ちゃんたちも一緒なんだ。
海ちゃんたちはアスコットに魔獣さん喚んで貰えるけど、風ちゃんとフェリオが困るんだよね、二人とも
喚べないから。ハロウィンにはかぼちゃ…んーっとウィルを使うのがお約束なんだけど、創師プレセアが
すごくかわいいウィルの馬車を作ってくれたんだ。王子様とお姫様が乗ったら、それはもう素敵だろうなって
やつ……!で、そういうのはやっぱり魔獣さんよりエクウスが引っ張るほうが断然カッコイイなって
思ったんだけど……、えっと、その・・・駄目、かなぁ…?」
一段と烈しさを増したたてがみの青白い揺らめきに、さすがの光の言葉も途切れ気味になり、ランティスは
といえば代わりになる精獣を喚び出す為の次の満月の夜は何日後だったろうかと真剣に数え始めていた。
ここでエクウスに契約を破棄されれば、魔法剣士認承の条件である≪騎乗出来る精獣を有すること≫を
充たせなくなってしまう。条件どうこう以前にたちまち実務面で困るのは言わずもがなだ。
精霊の森までの足はアスコットの魔獣なり導師の精獣を借りるなりすれば済むことだが、魔法剣士の
称号の剥奪(になるのかどうか寡聞にして前例を知らないが)というのもあまり名誉な話だとは言えまい。
エメロード姫が消滅した後、オートザムから舞い戻った彼の耳には『国を棄てた親衛隊長』、『オートザムの
犬』、『謀反人の弟』など口さがない言葉が遠巻きに囁かれ、また直接的にも投げつけられたが、ある意味
これがランティスには一番痛いかもしれない。
じっと聖なるものの裁可を待つ紅い瞳に紅い髪の小柄な娘と、少し後ろに控え無表情の下で目まぐるしく
思い巡らす黒髪碧眼の契約者の視線を受けつつ、エクウスは時折首を上下に振りながらカツカツと前脚で
バルコニーの床を蹴っていた。
イレ込んでいる仕種にランティスがほとんど諦めかけた時、エクウスが光の方へと突進し、鼻先で鳩尾を
押されくの字に身体を折った光を放り上げた。
「うわぁっ!?」
「…っ!殻円防除!!」
バルコニーの外へ落ちたりすれば怪我どころの話ではないと咄嗟にランティスが魔法の壁を張り巡らしたが、
高く投げ上げられた光は膝を抱えてクルリと回転して、エクウスの鞍の上にすとんと座りこんでいた。ただし
ヒネリを入れるだけの余裕がなかったので、前後逆というかなり間抜けな乗馬姿ではあったが。
「び、びっくりした…。自転車でなら一、二度やったけど、馬上で後ろ向きってなんか変な感じ。あんまり…
落ち着かないかも」
しれっと明後日のほうを向いている愛馬に微かに安堵の息を零しつつ、左手で手綱を取って鐙に足をかけた
ランティスは右腕だけで光を抱え上げるとぐるんと自分の前にくるように座らせていた。振り回されて
「うきゃあ!」と悲鳴を上げた光の左足がエクウスの首を蹴り飛ばすかと思ったが(それぐらいの報復はありだろうとも
思ったが)、敵もさるもの、はむ草でも探しているかのようにさりげなく首を下げ、光のケリを避けていた。
「エクウス…怒ってるの、か…な…」
じゃれつかれたことは多々あれど、これほど荒っぽい扱いを受けたのが初めての光は肩越しにランティスを
見上げていた。
もし当の狼藉者が言葉を話せたなら、『おや、何か変わったことでもありましたかね?』とでも言い出し
かねないほど、いつもと変わらぬ態度をとっていた。契約者とその想い人の遠駆けの為に招喚され、
駆け出す合図を待っているのにと言わんばかりに素知らぬ顔をしている。
思い起こしてみれば、ランティスと招喚の契約を交わした時も、すんなり応じるのが癪に障ったのか
ランティスの手を甘噛み(あれが…?)していたものだった。
「………積極的に関わりたい訳ではなさ気だな。まぁ、セフィーロの民の交流に一役買うのにやぶさかでは
ない…というところだろう」
微かな苦笑いを含んだ声で答えたランティスが涼やかな風渡る空へと精獣を駆る。余程の危険がない限り
エクウスに任せて走らせているが、今日のコース取りは時折光が小さな悲鳴を上げるほど際どかった。
「あははは。ジェットコースターみたいで私は楽しいけど、風ちゃんたち乗せたウィルの馬車繋いでるときは、
もうちょっとお手柔らかにね?」
気高き精獣のちょっとした意趣返しも、歴代とは桁外れにお転婆な光には全く通じていないようだった。
光たちが≪春≫と呼ぶ穏やかな気候が久遠の昔から続いてきたセフィーロ・・・・・。それは未来永劫
変わらないのだと、ほんの数年前まで誰もが信じていた。エメロード姫の代まで…≪柱≫さえ健在であれば、
民はとこしえに変わらぬ穏やかな陽射しの中、溢れる恵みを享受しつつ過ごしてゆけた。
『セフィーロはこの国を愛してるみんなのものだよ』
エメロード姫が悲恋の末に壮絶な最期を遂げ、それにつづく三国との戦いのあと≪柱≫の座に就いた光が
そう望んだことで、少しずつ、でも確実にセフィーロは変わり始めていた。
光たちが住む地球の…日本を反映したような気候の変化がみえ、今ではすっかりシンクロしているとも
言えるだろう。色濃く地球の影が出てしまうことを気に病む光には、『歴代が張り巡らせていた結界が消えて、
炎暑のチゼータや極寒のオートザムの影響を受けているのだろう』とかわしてもいたが、はたしてどちらが
真実なのか誰にも判らなかった。
年を追うごとに顕著になってきた気温の変化に、人や知恵のある妖精族は着る物を工夫するなりして
それなりの対応をたてたが、動物や植物は自らが適応していくことを迫られた。幸いにして絶滅の憂き目に
遭った種族こそないが、少しでも住みやすい地へ棲息圏を遷したり、厳冬期に≪冬眠≫状態に入る動物が
見受けられるようになっていた。植物にしてもそれまで通年収穫されていた物の時季が限定されたり、
チゼータから移入した熱帯原産果実の生育が良くなったりといった具合に…。
果樹園・農園を営む者たちや狩猟で生計をたてている者たちが一番に感じ取り、城下・辺境の見回りを
通して気づいたそれらの事実をランティスもクレフに報告した。
そしてクレフとランティスの二人の意見は一致していた。『いまは、ヒカルには知らせずにおこう』…と。
城に遊びに来るばかりでなく光自身も少しずつ外へ出始めていたのでいつかは知ってしまうだろうと
思いつつ、必要以上に異世界の少女が気負うことのないようにと――。
ひと巡り、ふた巡り………やがて人々も自然もその気温の推移に馴染み始め、対応する語彙が
なかったことから、≪春≫≪夏≫≪秋≫≪冬≫という言葉と概念も少しずつ広がりつつあった。そういう点も
含めて光は気にかけていたようだが、だからといってどうにか出来るものでもなく。もしも光が意図的にそれに
介入するなら、それは≪柱≫として統べることに他ならないので、あるがままに受け入れようと自分に
言い聞かせている節も見受けられた。
変わってゆくものならば、せめて少しでも楽しんで欲しい……。
≪春≫に順応した花と実りが豊かになったある年、『お花見に行こうよ!』と光が城の者たちを誘った。
もともとの『お花見』は以前光がランティスにひと枝贈った≪桜≫を愛でる行事らしいが、『セフィーロに桜は
ないけど、綺麗な花はたっくさんあるし、この時季だけの美味しいもの食べて、大人はお酒飲んで楽しめば
いいんだよ』と説明していた。
実は…セフィーロに桜はある。ひと枝だけだが。
『いつか見られなくなってしまうかもしれない花』だと言った光があまりに寂しそうな顔をしていたので、
精霊たちや妖精族の許しを得てランティスは光から貰った枝をとある木に接ぎ木していた。
あれから二年が過ぎたが、いまだ≪春≫に花を咲かせてはいない。枯れている気配はなく、接ぎ木
としては上手くいっているようにみえるが、桜自身の命数の問題なのか、セフィーロの環境に馴染むのに
時間がかかっているのか定かではなかった。
『お花見』に付き合いながら(大人ではあるが、もちろんランティスは酒抜きでの参加だった ・笑)、桜の木がこの地に
根付くのと光がセフィーロに居を移すのとどちらが早いだろうかなどとぼんやり考えていた。
≪春≫の『お花見』、≪夏≫の『花火大会』(花火の原理を風が資料を交えて説明し、プレセアら創師が製作した)、
≪冬≫の『雪まつり』(子供たちが雪合戦をしたり、かまくらでご飯を食べたりという程度で危険度が低かった為、仕事に追われていた
ランティスはずっと不参加だった。そのせいで光との結婚後も『あるもの』を知らずにいた)、≪秋≫だけはこれと決まったものが
なかった。
光が『実りの秋』と呼んでいたように、現在のセフィーロではその時季が一番豊かな恵みを受けられるように
なってきていた。
季節ごとのお祭りを楽しみにするようになっていた人々から、『≪秋≫にはなにもしないのですか?』と
尋ねられるたび、『やりたいと思うなら、皆で考えてやればいい』とランティスは答えていた。
けれども≪柱≫に頼ることに慣れていた人々はまだ自分たちから何かを仕切ることが出来ない…というのか
躊躇いがあるようだった。『お城のほうからお触れを出して貰えれば…』という声に、ランティスは『今は考えて
いない』とだけ言っていた。
辺境で起きた事件なので城下ではあまり知られていないが、彼にとっても忘れえぬ惨劇が起きた≪秋≫を
皆と陽気に楽しむということが光の中ではまだ割り切れないのかもしれないとランティスは推察していた。
エルグランドの森は遠いので花を手向けにいくことも難しい光だったが、セフィーロに来るたび、城で、
城下町で、少し足を伸ばした草原で、ふとした拍子にランティスに尋ねるのだ。『あの森はどっちの方角?』と。
ランティスが指さすほうへ、足元に咲く野の花を手折ったり、花売りから白い花を数本買い求めたりして、
光は静かに祈っていた。エメロード姫の祈りはあまねくこのセフィーロに生きるものたちに等しく降り注ぐ
慈愛だったが、光のそれは違っていた。
あの森で失われた命が安らかに眠れるように、そして遺された者たちの痛みが少しでもやわらぐように、
ただその者たちの為だけに祈っていた。救えなかったことへの懺悔と、二度と繰り返さないという誓いと、
未熟な自分への憤りと・・・。
『ひとりで背負い込むことはない』と、金色のたゆとう髪の姫にはついぞ言えなかった言葉を、クレフと
ランティスは何度となく光に言い聞かせている。≪柱≫ひとりが担うのではなく、誰彼なくセフィーロに生きる
全てのものが少しずつ責任を持つ形にしようと望む傍らで、責任感の強い少女はすぐに囚われてしまうから。
創造主モコナは言っていた。『エメロード姫はセフィーロとその民を愛してはいたが、信じていなかった』と。
そう断じてしまうのはあまりに気の毒だろう。よちよち歩きの我が子可愛さに、転ぶ前に抱き上げしまう母親の
ような心持ちでいたのではないかとランティスには思えた。転んだ痛みを以って転ばず歩く為のバランスを
学んでいくのに、痛い思いをさせたくない気遣いが成長と独立を妨げてしまっていたのではないかと。
これまで≪柱≫を継いできた者たちと違い、光自身がまだ成長途上だ。20年足らずの人生の中でも痛みに
うずくまったままではどこへも行けないことを知ってしまっているから、動き出すことを決意したのだろうと
ランティスは感じていた。
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「いつか桜の樹の下で」、「ハネウマライダー act.2 見習い魔法剣士」、「 A Happy New Year !!」、「課外授業」等参照