(un) Happy Halloween ! vol.1
「10月最後の週末、セフィーロでハロウィンやらない?」
それぞれ大学生活にも馴染み、セフィーロへの訪問もまちまちだった夏休みも終わる頃、
風の家でお茶とケーキをいただきながら海が突然切りだした。
「そういえばハロウィンはまだきちんと紹介していませんでしたわね」
「スケジュール的に合わなかったのよね。日をずらしてまでやるほど、こっちも馴染んでないし」
「ハロウィン、か…」
僅かに戸惑い顔の光が呟いた。
「……そうだね、秋にこれってイベントなかったし…。仮装したり、お菓子集めて回ったりするの、
楽しいかもしれない。いいね、やろうよ!出来ればお城の外にも行きたいなぁ」
脳裡を掠めた迷いを振り切った反動の溢れんばかりのやる気の光に風が眉を曇らせた。
「クリスマスやバレンタインなどの地球のイベントにお城の方は馴染んで下さってるようですが、
町の方々まで浸透しているんでしょうか?」
「そこなのよね、問題は・・・。異国のタータやイーグル達とは交流あっても、お菓子貰いに
押しかけられるほど親しい知り合いなんてないし。果樹園手伝ってる人達もクリスマスとか
大々的にはやってなさげ。ちゃんと聞いた訳じゃないけど」
「うっ…。それを言われたら、私だってお家知ってるのはミラぐらいだよ」
「隣近所に住んでる訳じゃなし、いきなり押しかけて
『Trick or Treat!≪お菓子をくれなきゃイタズラしちゃうぞ!≫』なんて、
下手すりゃ強盗よね」
「あるいはカツアゲとでもいうのでしょうか…」
優等生かつ良家の子女である風の口から飛び出したあられもない言葉に光がひきつっていた。
「そんなこと覚兄様に知れたら、罰として一年ぐらい道場の雑巾掛け一人でやらされちゃうよ」
「一人ってことはないでしょ?優さんと翔さんがほっとく訳ないもの。手伝いどころか肩代わり
してくれそうじゃない?」
クスクス笑っている海に、光がぶんぶんと首を振った。
「甘いな、海ちゃん。いつも穏やかだからそんなふうに見えないかもしれないけど、覚兄様の
決めたことは絶対なんだ。理不尽なことは言わない人だけど、自分が間違えてないと思うなら
自分で説得しなきゃ…。『可哀相だから』なんて優兄様達が言っても聞き入れてくれないよ」
「あちらですることですもの、光さんが口を滑らせない限りは露顕しませんわ。ハロウィンと
いえばかぼちゃがお約束ですけど、セフィーロに似たものはあるんでしょうか」
小首を傾げた風に、またしても光がひきつっている。
「かぼちゃは重いよ〜。しかもジャック=オ=ランタンはおっきくないと見映えしないじゃないか」
「お化けかぼちゃ担いで東京タワーの展望台だなんて、バラエティーの罰ゲームよりありえないわ。
ランタンの細工のこともあるし、プレセア巻き込んじゃいましょ」
「それ賛成!楽しみだなぁ」
セフィーロでの初めてのハロウィンが光はいまから待ち遠しくて仕方ないようだった。
海が参考にと持ってきた地球のハロウィンの写真を見ながらプレセアが言った。
「…そうねぇ、味は判らないけど、形としてはウィルが近いかしら。大きい物だと人の背丈ほどにも
なるのよ」
「背丈ったって、クレフからランティスまで相当開きがあるじゃない」
プレセアの言葉に海が肩を竦めていた。
「ランティスやラファーガはセフィーロでも平均から飛び抜けてるわ。中をくり抜いたら、私や
カルディナでも立てるぐらいのがあるんじゃないかしら」
「うわぁ、舞踏会へ行く馬車みたい!ねえねえ、おっきいウィルの馬車作ろうよ!それでお菓子を
貰いに回るんだ」
どうしてここでシンデレラが混ざってくるのだと、海がひそかに軌道修正を図る。
「普通は仮装して練り歩くもんじゃない?」
「だってお城の外に出たって、町まで歩いては行けないよ?」
「そりゃそうだけど…」
「馬車と呼ぶには、それを牽引する馬か代わりのものが必要になりますわ。ですから他の…」
海の軌道修正にこそりと加担した風の思惑にも、光はまるで気づかない。
「エクウスがいるじゃない。ランティスには私がお願いするよ」
この国唯一の魔法剣士さまの精獣が、しかも空神ウィンダムが隠れ棲んでいた天空に浮かぶ山より
高い気位と、台風通過中の海原より荒い気性の持ち主のフェラーリ≪跳ね馬≫が、そんなお遊びに
乗ってくれるだろうか。
「御者のいない馬車というのは、なかなか恐ろしいのではないかと」
「大丈夫♪それもランティスにちゃんとお願いする。私もエクウスに乗るから馬車のほうは二人に
譲るね」
光の中では確定事項となりつつあるそれに、だんだん何のイベントなんだか解らなくなりそうな気配が
満ちていた。
「最近お茶だけしたら、すぐプレセアと篭っちゃうよね、ウミたち…」
海のお手製シフォンケーキと冷めた香茶を前に大きな帽子を被った青年がうなだれていた。
「宵の空の月の晦(つごもり)の夜に、なんかイベントやるみたいだな。お前も予定空けとくように言われたろ?」
理解があるふうを装ってはいるが、頬に残る傷痕の下端をトントンと中指の先で叩くのは気にそまないことや
考えごとがある時の彼の癖だ。
「うん…。だけど、せっかくこっちにいるのに逢えないなんて、つまんないじゃないか」
一人前になったようで、あからさまにむくれるあたりは、まだまだお子様だろうか。
窓際の壁にもたれ掛かり、ケーキ無しで冷え切った香茶のカップを手にした黒髪碧眼の長身の男は、
無表情の下で二人のやり取りを聞いていた。
宵の空の月の晦の夜に、異世界生まれの娘に約束を取り付けられたのはランティスも同じだ。晦の夜や
朔の月には魔導師が執り行う秘儀もあるので、基本的に夜回りのシフトからは外れていた。(お忘れかも知れないが、
ランティスは≪魔法≫剣士なので、魔導師としての勤めもなくはないのだ。本来ならば)
ただどうにも年少二人が聞いているニュアンスとは違うように感じていた。
「あのね、お仕事忙しいかなとは思うんだけど…。10月31日(=宵の空の月の晦)の夜、私、どうしても
ランティスにお願いしたいことがあるんだ。ランティスにしか出来ないことなんだけど、聞いて貰える…かな?」
恋人同士と呼んで差し支えない間柄になってからも、おねだりらしいおねだりをしたことのない光が、彼の
膝にちょこんと座ってじぃっと見上げながらそういったのだ。たとえその日に導師クレフから密命を仰せつかって
いようとも、このセフィーロに亡国の危機が襲い掛かってこようとも、ランティスは万難を排して光の願いを
叶えるだろう。(おーい、真面目に働け…?)
「お前が望むなら、今すぐにでも」
みつあみの毛先を弄んでいた指先にくっと力を入れ、抱き寄せた耳もとでそう囁くと、ピョコンと頭上に
オプションの≪猫耳≫が飛び出した。
「今じゃなくていいんだ。10月31日の夜でなきゃダメだから」
相変わらずどういう仕掛けだか解らないピコピコ動くそれのうぶ毛にくすぐられてこそばゆいランティスが、
顎を載せるようにして押さえ込む。結果ぐっと抱きしめられた格好の光からは、ふさふさとしたしっぽも
飛び出していた。
落ち着かなげにパタパタ振れたそれが当たる感触はどう考えても実体の物だ。猫耳のほうはわしづかみに
したことのあるランティスだが、しっぽはまだつかんだことがなかった。短いスカートがめくれてしまいそう
というかなんというか……、とにかく彼にとってはまだ不可侵領域(笑)だった。
「…その日は、泊まっていくのか…?」
ちょっとした思惑も込めて、耳介をくすぐるようにわざとぼそりとささやきかける。うにゃあっと首を竦めると
彼の顎の支配下から逃れて、ランティスを見上げてニコッと笑った。
「東京タワーの展望台が閉まっちゃうもん。覚兄様のお許し、もうちゃんと貰ってあるんだ」
大学生になってからというもの他の二人は行き先と帰宅予定を告げるだけらしいのに、光は長兄の許しが
なければ外泊もままならないらしい。兄たちに溺愛されているからいまだ箱入り状態なのか、ことさらに
行動の自由を主張をしないから高校時代の延長線上なのかランティスには判断しかねるあたりだった。
お互いの想いを確かめ合ってからやがて二年になる。
海や風に較べて子供っぽさの抜けない光を気遣い、また自身も分別ある大人の男たろうと振る舞って
きたが、もうそろそろキスより先に進んでも悪くない頃合いだろう。
どのくらいまで進めるかは……ランティスにも予想のつかないところだった。
「お呼びですか、導師」
簡単なことなら魔導師間での遠隔のやり取りに使う≪声≫だけで用件を言いつけることも多いのに、
非番のランティスはわざわざクレフの部屋まで呼び出されていた。
「薬湯と朔の月の秘儀に必要な物を採って来てくれ」
何故か丸まっこい書体の日本語で≪お買い物メモ≫と印刷され、昭和の頃の買い物籠をモチーフにした
縁取りをされたピンクの紙片が手渡された。
「≪お買い物メモ≫…?」
「言っておくが、その妙ちきりんな書紙を寄越したのはヒカルだぞ」(はうっ、これでランティス逆らえません)
「……」
「市(いち)で買えるような物ではないから、探さねばならんがな」
「ヒーレー、サクソ、コレオス、エラン……?探す以前に聞き覚えも見覚えもないのですが」
「書庫に文献がある。帯出厳禁だから覚えていけよ。よく似た形のキノコで毒性の強い物もあるから
間違えんようにな」
ランティスより遥か年下の弟子も約一名いるにはいるのだが、彼にこの手の使い走りを命じると、
決まって魔獣用の物ばかりかき集めてくるので師匠は匙を投げていた。
黴臭いとまでは言わないが、古びた書物独特の匂いに満ちた書庫へと入り込む。ここへ来る途中の
廊下で出くわしたプリメーラもちゃっかりランティスの肩に乗っかっていた。
書棚の間の書見台にあった、開かれたままの、これまた地球のポストイットだらけの本をランティスが
くっていく。そのキノコ図鑑をプリメーラも覗き込んだ。
「サクソやエランねえ…。エメロード姫がいた頃は精霊の森でもたくさん採れたんだけどなぁ…。あの
≪出来損ない≫になってからはてーんで見なくなっちゃったわ。妖精族にとっても大切な物なの…に」
ぷんすかと愚痴るプリメーラにランティスがブリザード級の一瞥を寄越した。
「ななな、なによう!嘘じゃないし、誹謗中傷でもないわ!ホントのことなんですもの。いま確実に
自生してるって判ってるのはティターニアの森ぐらいよ」
「……」
北の最果てとはいえ天駆ける彼の精獣ならば苦もなく行ける場所だが、如何せん、あの森に住まう
いにしえの種族の一部には光ともども覚えがめでたくないランティスだ。
「他にはないのか?」
「あったらティターニアの森まで行きやしないわ。妖精仲間のみんなはブーンとかに乗っけて貰って
あそこまで採りに行ってるのよ」
別の理由であの森の住人に覚えのめでたくないプリメーラなのできっぱり他人任せにしていたり
するのだが。
「……」
命じられたからには行かねばならないのでそれはあとで悩むとして、まず目標を識別する目を
養わなければならない。クレフのオーダーを確実に採取しなければならないが、これまでランティスが
見たことのなかったその文献には興味深いことが多々記されていた。
ランティスが古びた文献に没入している間、めったにここまで入らないプリメーラは書棚の合間を
飛び回っていた。
「……あんなに世界中壊れていってたのに、こぉんな古い本まで残してるなんて、あいつってば
古書ヲタク?」
セフィーロ最高位の導師をつかまえて酷い言い草もあったものだ。そろそろ古本屋巡りに飽きてきた
プリメーラがランティスのほうへ戻ろうとしたとき、苦いつぶやきが耳に届いた。
「…これは…まずい……か…」
じっとあるページを見ていたランティスの思い詰めたような表情にさすがのプリメーラも声をかけそびれ、
バタンと本を閉じ振り切るようにくるりと踵をかえして出ていった彼に置いてきぼりにされてしまっていた。
「ええっ?!あのちょっとランティスってば〜〜っ!なんなのよ、いったい…」
何を見てあんなに唸っていたのだろうと、人間サイズにしても大きく重い本の表紙をプリメーラは
渾身の力でめくった。
「んも〜っ!開けっぱなしで置いてた本なんだから開けたままでいいじゃないのよぅ……うりゃあっと!」
ハードカバーの表紙さえ動けば、あとは軽いものだ。人差し指だけ伸ばした手のような形のヒラヒラした印
(ポストイットのことらしい…)がいっぱいついてたので、見ていたページはほぼ判っている。
「どれどれ…ヒーレーは滋養強壮、エランは消化促進……、ふうん、人間はこういう使い方してんのね〜…」
同じ物を使っても、人間族、妖精族、魔獣と共通する効能もあるが、人間に薬になるものが逆に毒になったり、
そこまでいかなくとも全く別種の効能を発揮するものも少なくないようだった。
「それにしてもランティスったら、なんであんなに難しい顔して唸ってたのかしら…」
指差すように本に触れていたことを思い出し、プリメーラは一番ランティスの匂いが強く残る場所を探そうと、
本に顔を近づけ鼻をひくつかせた。
「う〜んんん…、きっとココだわ!……ピニンファリーナ?……でぇぇぇっっ!うっそー!!」
『ええい、私の書庫で騒ぐな!』
そのキノコを見たプリメーラは思いっきり雄叫んでしまい導師の叱声を浴びていた。追い出されるなら
まだしも、癇癪持ちのクレフをこれ以上怒らせたら稲妻招来をくらいかねないので、プリメーラはしっかり
自分の口を押さえていた。
『これって…、これって媚薬に使うヤツじゃないのよう!それもかなり強烈に催淫効果のある…!』
その本には媚薬に用いるだの催淫効果があるだのとは記されてないが、どうやら妖精族ではそういう
使い方をしているらしい。
『もうっ!ランティスったらそんなにP−−−−(嫁入り前?の女の子としてはヒンシュクものの発言&ランティスの名誉の
為にも敢えて伏せさせて戴きます・平謝)なの!?阻止よ!断固阻止してやりますとも!!そっちがその気なら、
こっちにも考えがあるわ!』
古書のページが破れそうな勢いでプリメーラが目当ての物を物色する。人間に使うなら、人間にも
効果があることをきっちり押さえなくてはならない。
『そっちがキノコならこっちもキノコで……。あった!これよっ、これ!……んーっと、人間にも効くわね。
よっしゃあ!宵の空の月の晦の夜にぎゃふん(死語・爆)と言わせてやるわ。ランティスをソノ気になんて
させるもんですか。ふふふふふ…』
白雪姫に出てくる魔女もかくやというヨコシマな悪意のこもった忍び笑いをもらしつつ、プリメーラも
クレフの書庫を後にしたのだった。
週末のたびに顔出しをするにもかかわらずすぐプレセアと姿を消す異世界の娘らに不審さえいだきつつ、
三人は平静を装っていた。
「バレンタインデーとかクリスマスとか…地球のイベントっていろいろやったけど、こんなに手間かけてたこと
なかったよね、これまで…」
「一概には言えないんじゃないか?フウの手編みのセーターは手間隙かかってたはずだ。編み物を実演して
くれたことがあるけど、一目ひとめ、そりゃあ気持ちを込めてたからな。そろそろあれを着てもいいシーズンだ」
泣き顔に変わるんじゃないかというアスコットのむくれ顔に、思わずにんまりと緩んでいた頬をフェリオが
慌てて引き締めている。
「…宵の空の月の晦になれば判ることだ…」
光に≪お願い≫の詳細を尋ねて『ダメだよ、プレセア以外はまだ誰にも内緒なんだ』とニコリとかわされた
ランティスも、自らに言い聞かせるようにそう呟いていた。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
エクウス…ランティスの黒い馬の姿の精獣を光が命名。ヒュンダイ エクウスより
ウィル…地球のかぼちゃの代用品。トヨタ WiLL Vi ウィルブイアイより。車体デザインはかぼちゃの馬車がモチーフになっていた。
ハロウィン関連でウィル・オー・ザ・ウィスプの逸話がある(あとになって知りましたが・汗)
ティターニアの森での出来事の詳細は 「恋するしっぽ」 にてどうぞ。
キノコ…地球のきのこ類と似た植物。サイドアンダーミラーがキノコミラーとも呼ばれることより。
ヒーレー…滋養強壮効果のあるキノコ。オースチン・ヒーレーより
サクソ…シトロエン・サクソより
コレオス…ルノー・コレオスより
エラン…消化促進効果のあるキノコ。ロータス・エラン
ブーン…大鴉に似た鳥。ダイハツ ブーンより。
ピニンファリーナ…妖精界ではそういう使い道のキノコ。 カロッツェリア・ピニンファリーナより