恋人がサンタクロース
―― 宵の星の月(12月)初旬
基督教にはなんの関係もないセフィーロだが、光たちとの交流のせいか
クリスマスは冬のイベントとして城の者たちには少しずつ定着しはじめて
いた。東京育ちの光たちにはさっぽろ雪まつりあたりも憧れではあったが、
いかんせん、セフィーロ城周辺は雪像を大量生産出来るほどどか雪が降る
ことはなかった。
中庭にモミの木に似たシャモニーが移植され、オートザム謹製超省エネ
タイプLEDイルミが今日NSXで運ばれてきた。
太陽光どころか室内の灯りですらエネルギー源に変換蓄電利用出来る
スグレモノだが、出力が微弱な為、このようなイルミに使用するのが
せいぜいらしい。
東京では青や白の単色イルミがオシャレ系で流行っているが、ここでは
小さい子にも楽しめるよう、昔ながらのカラフルなやつを飾ろうと、その
線で製作を依頼していた。
「でっけー樹だな、おい。このてっぺんからどうやって飾るんだ?」
半ば呆れたようにジェオが見上げている。
「FTOでも持ち込みましょうか?」
ニッコリ笑いながら提案したイーグルにザズがダメ出しする。
「中庭の出入り口ぶっ壊さなきゃ無理だって」
「城を故意に破壊するな…」
ランティスがじろりとイーグルを睨んだ。かつて魔神たちが出入りして
いた場所以外、あんなばかでかい物が通れるところはない。中庭の入り口
どころか外壁、通路まで破壊しなければならなくなる。
「樹皮の質にもよるけど、このぐらいの高さなら登れるよ、私」
さらりと言ってのけた光だが、キュートなミニスカート姿の彼女に
ランティスがそんな真似をさせる訳もない。
「危ないから、よせ…」
「えーっ、いつもこのぐらいの樹、一緒に登ってるじゃないか…」
「僕らとしてもちゃんと動作確認してから帰りたいんですけどね」
ランティスが止めた意図を正確に読み取ったイーグルがほえほえとした
笑みを浮かべて言い添える。
「しゃあねぇな。艦内移動用のバイクでも出すか?」
「艦外に出すと動力源がエンジンになっただろう…。動植物に影響が
あるから却下だ」
「細かいこというなよ。じゃ、ランティスの馬出せばいいじゃん!
あれなら無害だろ?」
ザズは気安く言ってのけたが、ランティスは微かに眉根を寄せていた。
確かに無害ではあるが、気高き精獣の機嫌を損ねる危険性は大いに
孕んでいた。
「んー…。登っちゃダメならエクウスにお願いするしかないよね」
小首をかしげて思案する風情は抱きしめたいほど可愛いが、僅かな
不安さえ感じないあたりが天真爛漫過ぎてランティスの眉間の皺を深く
するのに一役買っていた。セフィーロの者にとって精獣は敬意を払うべき
存在で、招喚契約を結んだからといって人が絶対的な主という訳ではない。
応招にあたわずと見做されれば破棄される不名誉もあり得るのだ。
だが光にとってのフェラーリ《跳ね馬》は地球の動物に似ているせいか、
敬意を払うべき対象というより、もっと親しむべき対象であるらしい。
初めて近づいた時から物怖じすることなく、小さな愛玩動物に相対する
のと変わらぬ態度で接していた。
「ランティスが言いにくいなら、私が自分でお願いするよ?」
『ちょっとクリスマスツリーの飾りつけをするから手伝え』と愛馬に
命ずるランティスが想像の域を超えてもいたのか、光がそんな事をつけ
足していた。
自分で命ずるか否かより、むしろそういうオーダー自体を諦めてほしい
ランティスだったが、その願いは光に届かずやがて深い息を吐き出した。
「精獣招喚…」
どこからともなく一陣の風が巻き起こり、蒼白い炎の鬣(たてがみ)を
揺らめかせた漆黒の跳ね馬《フェラーリ》が姿を現した。
「久しぶりだね、エクウス♪元気だった?」
ハミを軽く掴んで引き寄せ、光は自身がエクウスと名付けた跳ね馬に
頬ずりする。
幾分迷惑そうに見えたのはランティスの気のせいばかりではないだろう。
こんなふうに精獣たるフェラーリに馴れ馴れしく振る舞う者は、分別も
覚束ないおさなごの他には光ぐらいしかいないのだから。
「今日はエクウスにお願いがあってランティスに喚んで貰ったんだ。
あの大きな樹にあれを飾りつけるんだけど、上まで連れてってくれる?」
光が交渉するのを聞きながら、遥かな昔、年端もいかぬ子どもだった頃、
先代の羽根馬によく樹の上に置き去りにされていたという忘れておきたい
事実がふっとランティスの脳裡を掠めていた。
「なんていうか…ヒカルって普通に話しかけてますけど、精獣の知能
レベルってどのぐらいなんです?チキュウのあれに似たウマとかいう
生き物は賢いとはいえ調教が必要だったハズですよね?」
フェラーリと真剣に直談判中の光を見遣りながら、イーグルがひそりと
ランティスに訊ねた。
「……今のお前の評価を耳にしたら、後ろから蹴り飛ばしに来るぐらい
にはいい…」
ランティスもまたひそりと答えた。あれほど熱心に説き伏せている光を
邪魔して機嫌を損ねたくはない。いつでも自由に逢える訳ではない二人の、
さらに数えるほどしかない泊まりがけの日なのだから。光がどうしても
やると決めているのならさっさと片づけて、オートザム製LEDイルミの
動作確認を済ませたイーグルたちにもお引取り願いたいのがランティスの
偽らざる本音だ。
光の願い事を聞いた跳ね馬がカツカツと右前脚で地面を蹴っている。
気にそまない時、苛ついている時によく見せるその仕草に、ランティスは
跳ね馬に拒否された光を宥める言葉を探さねばならないかと思った矢先、
フェラーリがハミを光の手から引き剥がすように頭を上げランティスを
見据えた。
そもそも光の翻意が叶うなら、はなから喚び出したりしていない。後は
もう聖なる存在の判断に委せるしかない。跳ね馬自身に拒まれれば光も
諦めて他の策を講じるだろう。光はそんな事を知りもしないが、三行半
(みくだりはん)=契約破棄のリスクを背負うのがランティスに出来る
精一杯なのだ。
黒衣の魔法剣士を気にしているフェラーリの様子を取り違えた光が、
くるりとランティスのほうに振り返った。
「もしかして…ランティスのお許しが欲しいんじゃないのかな?」
むしろランティスには『異な事をほざくこの娘っこを何とかしろ』と
睨んでいるようにしか思えない。誰より愛しく想う相手であれ、見解が
一致するとは限らないようだ。
「…招喚契約は確かに交わしているが、絶対的な命令者という訳では
ない…」
本人にその気もなければ、そんな立場に居させたい訳でも断じてないが、
絶対的な命令者となれる資格があるのは実は光のほうだ。歴代はみな、
契約など必要とせずともこの地に遍(あまね)く存在する精霊・精獣・
妖精たちがこぞって傅(かしず)く唯一の者であったのだから。
その経緯(いきさつ)から光を好ましく思わない人ならざる者の存在も
知らない訳ではないが、おおむね光はそういった者たちにも愛されていた。
人であるランティスやクレフらは取り返せぬ過ちを顧み、二度と誰か
一人だけを柱に祀り上げるまいと誓っているが、人外の存在が何を考えて
いるかは知る由もないし、それらに何かを示唆する立場にもない。
彼らが裁を下すのを、ただ待つばかりだ。
これまでの光の無茶振りを跳ね馬は結構受け入れていたほうだとは思う。
いつぞやの『ウィル(かぼちゃ)の馬車をひけ』というのに比べれば、
遥かに可愛いものに思えるが、それも人たるランティスの見解に過ぎない。
たまさか虫の居所が悪く、ふざけるなとばかりにはなしぶきを引っ掛け
られないとも限らない。
もともとランティスに『自分で説得するから』と頼んで喚んで貰っている
ので、それ以上口を開く気配のないのを諦めた光は跳ね馬に向き直った。
「えーっと…、あれの飾りつけするだけなんだけど。…ダメ…かな?」
聞いているのかいないのか、跳ね馬は膝上10センチのフリル一杯のミニ
スカートの裾を鼻先でつついて遊んでいる。隣で沸き起こる不穏な気配に
イーグルがグッとランティスの腕を抱え込んだ。
「だめですよ、いま怒ったりしちゃ」
笑いをこらえながらひそりと囁くイーグルに、ランティスが唸るように
答えた。
「理解(わか)ってる…」
さわさわとなぶられる裾に、光がくすぐったそうに笑い出し、ぐっと
跳ね馬のハミを掴まえた。
「エクウスったら、くすぐったいよ、もう!」
その昔、よくモコナにやっていたように、光がぎゅっと頭を抱きしめた時、
光の鳩尾に鼻先を押しつけたフェラーリが光の身体をポーンとはね上げた。
「きゃあっっ!?」
いつぞやの馬車馬扱いの意趣返しの時にも同じようなことをされていたが、
今日はその比ではなかった。
中庭の天井近くまではね上げられた光の身体の回転に合わせてひらひらと
翻る裾に、ザズが「あ、おしいっ!!」と口走り、「カミナリ落とされっぞ、
バカ!」とジェオが慌ててその口を塞いでいた。
「うわぁぁっ!!」という光の悲鳴とバサバサと枝葉が落とされる音とが、
飾りつけをするつもりでいた樹のほうから聞こえてくる。
「ヒカル!」
「ちょっとびっくりしただけ。だいじょぶ!エクウスってばいたずらっ子
なんだから、もう…。どうせやるならLED持ってからにしてよぅ」
一歩間違えば大怪我に繋がりかねない振る舞いをいたずらと言ってのける
のを耳にしたジェオとイーグルが思わず顔を見合わせる。
「いたずらなんて可愛いレベルかよ?あれが…」
「さすがは伝説の魔法騎士…。少々のことでは動じませんねぇ」
ジェオの大きな手に口だけでなく鼻まで押さえられてしまっているザズが
空気を求めてジタバタ暴れていた。
「モガっ……モガガっ!!」
「おっ、ワリぃ!」
ジェオが慌てて手を離すと、ザズはがっくり地面にへたり込みゼェゼェと
荒い呼吸を繰り返していた。
「く、空気が旨い…。ランティスにカミナリぶちかまされるより先に、
ジェオに殺されるかと思ったっつの!」
「究極の二択ですね」
楽しげに笑う異国の友をランティスがじろりと睨むが、睨まれた本人は
どこ吹く風だ。
ランティスがしれっとした顔で佇む愛馬に歩み寄る。
「鎧も纏わぬ者に手荒な扱いをするな…」
「おいおい、鎧着てりゃいいってもんでもないだろが…」
呆れたようなジェオのツッコミを受け流し、ランティスは跳ね馬の鐙に
足をかけた。鞍上のランティスが手綱に合図を送ると、フェラーリは空を
蹴って駆け上がっていく。
「いつ見ても不思議なんだよなー、アレ。蹄の裏にエンジンついてる訳
じゃなし…。ちょこっとだけでも見せてくんねぇかなぁ」
「知的好奇心が旺盛なのは結構なことですけど、命懸けだと思いますよ?
その探求は…」
イーグルが憂い顔でそう言うと、右手の親指と人さし指で顎を擦った
ジェオもふうむと唸った。
「名誉の戦死なら弔慰金や遺族年金も出るが、労災申請もちょーっと
無理があるぞ、こりゃ」
「そこ!マジな顔して怖いこと言うなっ!」
年齢も階級も越えた背の高い友らをザズが睨みつけてがなった。
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シャモニー…三菱シャモニーより もともとはフランスアルプスのリゾート地の名