Silent.... vol.8 1225 tokyo

§12月25日 (くもり のち 雪) 午前 東京

 

 「遅いわねぇ、光…」

 「いつもはぎりぎり滑り込みで到着なさいますに。クリスマスの人混みでなかなか進めないのでしょうか?」

 東京タワーのいつもの場所。待ち合わせ時間をすでに三十分も過ぎているのに、光が姿を現さない。

 「電話、してみようか」

 海が公衆電話を見つけて、光の家の番号を手早く押した。

 「…もしもし、獅堂さんのお宅ですか?龍咲と申しますが…」

 『ああ、龍咲さん、おはようございます。覚です。今日はお約束していたのに、申し訳なかったね。光はまだ学校から

戻ってないけど…』

 「学校!?どうしてです?終業式、もう済んでますよね?」

 『…もしかして、光、今日のお約束をお断りしてなかったのかな』

 「初耳です!光…さん、どうしたんです?」

 ただならない海の様子に風も受話器に顔を近づけた。

 『実は…』

 その時初めて、海と風はこの一ヶ月の間に光の身に起きていた出来事を知らされた。

  

 

 通話を終えて、海と風は痛ましげに顔を見合わせた。

 「光、可愛がっていたものね…」

 獅堂の家に遊びに行ったふたりの前でも、飼い主とペットというより、ちっちゃい兄妹がじゃれあうといった風情で、

『ランティスが見たら、きっと閃光にヤキモチ焼くわね』と、海が苦笑するほどだった。

 「私、光のところに行ってくる。風はこのままセフィーロに飛んで」

 「私も参ります。光さんが心配ですわ」

 「でも今日は約束してるんだし、遅いと向こうで心配すると思う。みんなによろしくね」

 「…解りました。行ってまいります」

 精神統一しはじめた風に、海が声をかけた。

 「風。変な遠慮しないで、あなたはフェリオとゆっくりしてくるのよ」

 風はただ柔らかい微笑みでそれに応えて、ひかりの粒子となって消えた。

 

  

 「…ただいま帰りました」

 ぼそぼそと呟きながら帰宅した光を玄関先で出迎えたのは、腕組みして立っている覚だった。

 「お帰り。光、いい加減にしゃんとしなさい!」

 叱責の理由が解らないというふうに、光はぼんやりとした視線を覚に向けた。

 「今日の約束はお断りしておきなさいと言ったはずだよ。いま君がつらいからと言って、約束を破っていい訳はないだろう?」

 「約束…?」

 「龍咲さんたちと、東京タワーで…」

 「…もう、クリスマスだったんだ…」

 はっとするでもなく、光の右手は無意識にポケットの中にあるものをスカートごしに掴んでいた。

 「あとでおふたりにはきちんとお詫びしておきなさい。いいね?」

 「…は、い…」

 「声が小さい!」

 「はい」

 「どうせ受験勉強なんて出来てないだろう?着替えたら道場で瞑想して来なさい」

 「はい、兄様」

 相変わらず生気の抜けた表情のまま、光は覚の横を通り過ぎていった。どうすればいいのか万策尽きている覚は、

光の悄然とした背中を見ながら呟いた。

 「あなたなら、いまの光になんて声をかけてくれるんだろう…」

 自宅謹慎相当を匂わされている処分を破って、いまからでも行かせたほうがいいんだろうかと、覚らしくもないことを考えるほど、

光の心は危ういところに佇んでいた。

 

 

 稽古の子供たちもおらず、雪が積もりはじめているせいか、道場はしーんと静まり返っていた。東京では珍しいホワイト

クリスマスになりそうだが、いまの光には異世界より遠くの出来事に思えた。閃光を喪ってから、日々をどう過ごしてきたかも

解らなかった。家では兄たちに、学校では先生方に言われるまま手足を動かしていたような気さえした。

 「約束、守れなかった。ごめんなさい、…」

 待ちぼうけを食わせてしまったふたりになのか、遥かなかの地の黒髪碧眼の剣士になのか、光はぼそりと詫びていた。ぼんやり

日々を送る余裕など受験生にありはしないのに、光はどうしても動き出せなかった。

 

 

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