Silent.... vol.2 1201 cefiro

§12月 1日 (くもり ときどき 雪) セフィーロ辺境 

 

 以前のセフィーロでは見られなかった、今にも雪が降り出しそうな鈍色の空。黒馬に似た精獣エクウスに騎乗して昨夜異変が

起きた場所を視察中のランティスと、彼の右肩にちょこんと乗っている暖かそうなファーつきの衣装を着た妖精のプリメーラの姿が

あった。

 「人の住んでない辺境とは言え、これはひどいな」

 「なんだかエメロード姫がいなくなった頃のセフィーロに逆戻りしたみたい…」

 「…セフィーロにはもう『柱』はいない。いないものはなくならない」

 どこかかたくななランティスに、プリメーラが問い返す。

 「ランティス…ホントに、そう思ってる?」

 プリメーラの問いには答えず、誰かに呼ばれでもしたかのようにランティスが振り返る。

 「ヒカル!?」

 もちろん受験勉強に追われているはずの光がそんなところに居る訳がない。セフィーロに異変が起きはじめたこの五日ばかり、

どういう訳かランティスは東京にいる光ことをひどく気にしていた。

 「…ヒカルが、泣いてなかったか?」

 「だぁかぁらぁ!あのちっこいのはトウキョウにいるんでしょ!?泣いてたって、ここまで泣き声が聞こえたりする訳ないじゃない!

最近おかしいわよ、ランティス」

 虚空へ視線をさまよわせていたランティスの動きが不意に止まった。怒らせてしまったのかとプリメーラは首を竦めたが、

ランティスは何も言わなかった。

 「ランティス…?」

 セフィーロの空色の瞳は開かれたまま、瞬きひとつしない。瞬きしないどころか思わず呼吸はしているのだろうか、心臓は

脈打っているのだろうかと確認したくなるほどぴくりとも動かない。

 「ランティス、ねぇランティスってば、どうしたの!?動いてよっっ、ランティスぅ!!」

 この辺りに魔物や人間に害になるような物があれば、妖精であるプリメーラには判るはずなのに、そんなものは気配もなかった。

それなのに、ランティスはいったいどうしてしまったのかと、焦ったプリメーラは回復魔法を立て続けに唱えた。

 「フーチュラ!フーチュラ!フーチュラっ!!…なんで?ねぇ、なんで動かないの!?ランティスぅーーっ!」

 身長わずか24センチのプリメーラが押そうが引こうが、198センチもある(+鎧に精獣)ランティスを動かせるわけも無い。回復

魔法が効かないことを悟ると、プリメーラは自分の羽根で遥か遠いセフィーロ城を目指し始めた。

 

 

 同じ頃、セフィーロ城では導師クレフがセフィーロ全体に意識を広げて、さらなる異変が無いかを探っていた。新たな異変がない

ことを確認した上で、昨夜の大きな異変を確認しに行ったランティスのほうへ意識を集中させたとき、不意にランティスの気配が

途切れた。

 「――何っ!?ランティス、どうした!?」

 クレフの口から零れた言葉に、側に控えていたフェリオやアスコットが、はっとしたように顔を上げる。クレフはさらに集中して、

ランティスたちの様子を窺っている。

 「これは、どういうことだ…?」

 「導師、ランティスがどうかしたのですか?」

 問いかけるフェリオを手で制して、クレフはまだ意識を集中させている。

 「どこにいるんだ、ランティス――」

 かつてエメロード姫の親衛隊長だったランティスがセフィーロから姿を消したとき、ザガートが「気配がない」と言ったのは、

エメロード姫の作っていた結界から外にランティスが出てしまったが故に把握できなくなった、という意味だった。いまのセフィーロ

にはそのような結界は存在しないので、こんな気配の消え方はあるはずがなかった。クレフは何かがおかしいと思いながら、

それが何だか特定出来ないまま、慌てふためいて城へ戻ろうとしているプリメーラの気配をも捉えた。

 「王子、私の精獣に案内させますから、ランティスを迎えにいってやってもらえませんか。途中でこちらへ向かっている

プリメーラも拾ってください」

 「どういうことなんですか、導師。ランティスに何があったんです?」

 「いまは私にもよく判りません。ただ様子がおかしい、としか…」

 「それなら、王子よりも僕が行くほうがいいのでは?」

 そう問いかけるアスコットに、クレフは首を横に振った。

 「いや、多くの魔獣を招喚出来るお前には、城で待機していてもらいたい。この先、何があるか判らんからな」

 ラファーガはカルディナたちとともに、この異変に不安を感じている城下町の人々のもとへ出向いていて不在なので、ここは

フェリオに行ってもらうより他はなかった。

 

 

 フェリオが精獣たちの入れるバルコニーに向かうと、地球で言うところの猛禽類の頭に翼持つ獅子の姿の精獣・グリフィスが

すでに待っていた。フェリオがその鋭い嘴に触れて、精獣に声をかける。

 「グリフィス、急いで頼むな」

 フェリオが背に乗るのを待って、グリフィスはセフィーロの空へと大きく羽ばたいていった。グリフィスの上から、フェリオは

遥か下界を食い入るように見つめている。

 「いまのところ城下町には異状はないな。だが、これ以上あれが人里のほうに及ぶようなら、またみんなを城へ避難

させなきゃならないか――?」

 ランティスたちがいるほうへと向かいながら、フェリオは導師に見せられたヴィジョンを思い出す。

 「地殻変動があった訳でもないのに、あの崩れ方…。あれではまるで、姉上が消滅されたあとのセフィーロと同じだ。

ヒカルが柱制度をなくした直後でも、あんなことにはならなかったのに、どうして今頃…っ」

 フェリオはグリフィスに振り落とされないように掴まりながら、ランティスたちがいるほうへと急ぐ。小さな羽根を目一杯

羽ばたかせていたプリメーラが精獣グリフィスの気配を察知して合流してきて、フェリオに泣きついた。

 「王子っ!ランティスが、ランティスがっ…!」

 「ランティスになにがあったんだ!?」

 「判んないわ!でもいくら呼んでも、ピクリとも動かないの。あんなのおかしい!」

 「ランティスのところまで、案内できるな?」

 「できるわよっ!だから急いで!」

 フェリオにそう言うと、プリメーラは妖精言葉でグリフィスになにやら話しかけ、グリフィスはそれに従うように速度を上げて

滑空していった。

 

 

 遠目に見れば、それはいつもと変わりない様子に思えた。いつだったか光がエクウスと名づけた黒馬に似た精獣に乗る

ランティスの姿がそこにはあった。だが、導師やプリメーラの言葉どおり、何かがおかしい――。ランティスならばグリフィスや

フェリオの気配に気づかないわけはないのに、こちらを振り向きもしないのだ。

 「おいランティス!何があった!?」

 そう言って目一杯近づいたフェリオがランティスの腕を掴んだ途端、精獣エクウスの姿が掻き消え、落下しそうになるランティスの

身体をフェリオがグリフィスの上に引っ張りこんだ。そんな事態になっていても、ランティスは少しも反応を示さない。

身体が硬直しているというわけではないが、眼は開かれたまま、グリフィスの背に身体を委ねている。フェリオが右手で首筋に

触れ、左手を鼻先に持っていくが、普通に脈打っていて、呼吸もちゃんとしていた。ただ、これではまるで抜け殻のようだった。

とりあえずランティスの瞼を閉じさせると、フェリオは急いでセフィーロ城へと引き返した。

 

 

 フェリオが城に戻ると、バルコニーまでクレフとアスコットが迎えに来ていた。フェリオはグリフィスから飛び降りると、アスコットに

声を掛ける。

 「アスコット、どんなヤツでもいいから、ランティスを担げるような魔獣を招喚してくれっ!いくらなんでも俺達じゃ担げないからな」

 「王子!ランティスはどうなっているんです?」

 「生きてはいると思いますが――。呼んでも全然反応がありません。プリメーラの回復魔法は効かないし…」

 城へと戻る途中、フェリオが無駄だからもうやめろと止めたにもかかわらず回復魔法を唱え続けていたプリメーラは、フェリオの

手の上でぐったりしていた。

 「魔獣招喚!!」

 フェリオの要請に答えたアスコットは、雪男のような姿の魔獣クオンを招喚した。

 「クオン、よく来たね。グリフィスの上にいるランティスを運んで欲しいんだ。導師、運ぶのはランティスの部屋でいいですか?」

 クオンはアスコットに指示されるまま、グリフィスの上のランティスの身体を荷物のように肩に担ぎ上げる。

 「ああ、構わん。王子、もう一仕事お願いしてもよろしいですか?」

 プリメーラの様子を見ていたクレフが、フェリオにそう問いかけた。

 「何をすれば?」

 「プリメーラを一度精霊の森に帰してやってください。こんなに消耗していては、私では治してやれません。森の場所は

グリフィスが知っています」

 「判りました。グリフィス、もう一度頼むな」

 フェリオが飛び立つのを見送ると、クレフはランティスの部屋へと向かった。

 

 

 クレフより一足先にランティスを部屋へと運んだアスコットが、クオンにランティスの身体を支えさせておいて彼のマントや鎧を

外してから、ベッドに横たえさせる。追いついて部屋に入ってきたクレフは、まっすぐにランティスの枕元へと向かった。導師の杖を

右手で高く掲げ、左手をランティスの額にかざし、クレフは懸命に呼びかける。

 「ランティス、ランティス、返事をしろ!ランティス!!――どこにいる?」

 ランティスの異変を感じ取ったとき、自分がいったい何に違和感を覚えていたのか、ようやくクレフは確信を持てた。どんなに

精神を集中させ愛弟子の気配を探ってみても、肉体がそこに存在するにも関わらず、ベッドに横たわるその身体の中にも、

それどころかセフィーロ中のどこにも、ランティスの精神を感じ取ることが出来なかったのだ。それでもなおしばらくの間、クレフは

瞑目したままランティスに呼びかけ続けていた。陽も傾きかけた頃、クレフは小さなノックの音にハッと顔を上げた。プレセアが

遠慮がちにドアを開けて、クレフに告げた。

 「ラファーガたちや、フェリオ王子が戻りました。みなランティスのことを気にかけていますわ」

 「そうか」

 ランティスの手を取り脈を測ったりしたあとで、クレフは立ち上がった。

 「いまの私がしてやれることは何もない。しばらくこのまま様子をみよう」

 「僕、このままついていましょうか?」

 アスコットがそう尋ねると、クレフは静かに首を横に振った。

 「いや、お前にもプレセアにもいまはセフィーロ全体を優先してもらわなければ困る。この部屋には私が結界を張っておく。

ランティスに何かあってもすぐ判るように…」

 クレフはもう一度ランティスの横顔をじっと見つめると、振り切るようにしてランティスの部屋から出て行った。

  

 

 広間へ戻ると、ラファーガたちが一斉にクレフに注目する。

 「導師、ランティスは?」

 フェリオの問いに、クレフはただ首を横に振った。

 「判らん。いますぐどうこうということはないと思う。それよりラファーガ、町の様子は?」

 「小規模なものが続いた上で昨夜のあれですから、みな動揺してました。なにかの時にはすぐ城に避難出来るように準備だけは

させています」

 「あまりに不安に思う者がいるようなら、先に城に避難させて構わない。この上不安から生み出される魔物まで徘徊されては

堪らない。――王子、ランティスたちが行った現場はご覧になりましたか?」

 「グリフィスの上からですが。やはりエメロード姫亡き後の崩壊に近い状況のように思えます」

 「五日前の小規模なものの以前に、国内的に不安要因はなかった…、それは間違いないか?」

 クレフがその場の一同の顔を順に見回した。

 「城下町でも特に変わったことはありませんでした。あの男は認めたがらないだろうが…、やはりこれは『柱』に何か起きていると

考えるのが、妥当なのでは?」

 「いまセフィーロには居ない『柱』か…」

 クレフのその言葉にしばしの沈黙が流れる。意を決したようにフェリオがその沈黙を破った。

 「先程の導師のお言葉はどちらの意味なのですか?『柱』そのものの存在を否定しておられるのか、『柱』の存在を肯定した上で、

『いまはセフィーロ国内に居ない』という意味でおっしゃったのか」

 「核心を突いてこられましたね。ランティス同様、私も認めたくはなかったのですが…、いまは後者の意味で言いました」

 「『柱』が…、ヒカルが『柱制度を無くして、みんなで支える世界に』と祈ったのに、ですか?」

 光を妹のように可愛いがっているプレセアが、痛々しげにつぶやいた。

 「それでもエメロード姫の頃と違ってはいるだろう。もし同じままであったなら、ヒカルがあちらに戻るたび、セフィーロはもっと

大変なことになっている」

 「エメロード姫みたいに一人で支えとる訳やないけど、意志が強いお嬢さんやさかい、影響力はバカにでけへん、ちゅうことやろか」

 「まぁ、そんなところだ」

 「ランティスが説得すれば、ヒカルはこちらでの暮らしを拒みはしないでしょう?」

 そんなラファーガの言葉にクレフは眉根を寄せる。

 「それこそランティスを説得することのほうが難題だと思うがな。魔法騎士として招喚し、こちらの世界のごたごたに巻き込んで

あの子たちを傷つけてしまったことを、あれはいまだに悔やんでいるのだから」

 「なにもランティス自身が招喚した訳ではなし。それにこう言ってはなんですが、同じ状況を王子が割り切っておられるのに、

それでは側近としてあまりに不甲斐ない」

 辛辣なラファーガの物言いに、フェリオが苦い笑みを浮かべる。

 「確かに俺にも姉上の我が侭にフウたちを巻き込んだという気持ちはある。フウは俺の姉を手にかけたという負い目を感じても

いる。それでも、それはまだフウと俺が乗り越えればいいだけのことだ。それだけなら、同じ状況と言えなくはない。――だが

ヒカルはその上に、このセフィーロまでも背負う羽目になってしまった。ランティス自身がもしかしたら背負えたかもしれない重荷を、

背負わせてしまったんだ。そうそう割り切れるもんじゃないさ」

 もっともランティスはセフィーロの存亡などお構いなしに、柱制度そのものの破壊だけを望んでいたのだけれど。

 「ヒカルたち、次はいつ来るんだったかしら…?」

 小首を傾げたプレセアに、フェリオが答える。

 「ジュケンセイはなかなか自由がきかないらしい。遊びに来るなんて出来る状況じゃないらしくて、十二月二十五日のチキュウの

クリスマスの日に合わせて、一日だけお許しを貰うって言ってたな」

 「それまでヒカルがどないしてるかも、わからへんの?難儀やなぁ」

 「導師、ランティスはいったいどうなって…?」

 「だいたいこの非常時に寝込むなんて、あいつは鍛えかたが足りん」

 アスコットの言葉も遮るほど憤然としているラファーガに、カルディナが「まぁまぁ、そない怒らんと…」ととりなしている。

 「寝込んでいるぐらいなら、まだよかったんだがな…。あれを寝込んでると言っていいのかどうか」

 要領を得ないクレフの言葉に、カルディナたちが怪訝なまなざしを向けた。

 「具合が悪いゆうても、プリメーラが治してくれるんちゃうの?」

 「妖精の回復魔法にも向き不向きがある。プリメーラのは外傷治療や解毒向きだ」

 「それでランティスはいったいどうしたんです?」

 もともとの状況を知らないプレセアの問いにかけに、視察現場でいきなりランティスの気配が途切れたことなどを、クレフが話して

聞かせた。

 「あとはプリメーラから聞いた話を俺が補足します。あんなふうになる前に、ヒカルに呼ばれたみたいに感じてたようです。それに、

『ヒカルが泣いてなかったか?』と。この五日ほど、頻繁に同じようなことがあったみたいですね。ヒカルのことばかり気にかけて

いると、プリメーラはおかんむりでしたが」

 「それも、『この五日ほど』なのね」

 その奇妙な符合にプレセアが眉をひそめる。

 「あの兄ちゃんがヒカルのことを気にしてるのは別に不思議やないけど、『泣いてる』ように感じるんは、変な話やし…。やっぱり

この騒ぎと関係あるゆうことやろか」

 「偶然の一致なのか関連があるのか、いまのところは何とも言えんな。それより問題なのは――ランティスがどこにいるか、だ」

 「どういう意味ですか、導師」

 その言葉の意味するところが判らないラファーガが、クレフに問いかける。

 「ランティスの身体はあれの部屋にある。しかし精神がそこにはない。それどころかセフィーロ中のどこにも感じ取れんのだ」

 

 

 

 

 

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フーチュラ…原作では魔法増幅でしたが、アニメ版で回復魔法として使ってたので、それを流用

精獣グリフィス…頭が鷲、胴体が翼もつ獅子の姿の精獣。地球でいうところのグリフォン TVRグリフィスより

魔獣クオン…雪男のような姿のアスコットの友達。日産ディーゼル工業の大型除雪車クオンシリーズより