Silent.... vol.1 1225 cefiro
§12月25日 (くもり のち 雪) セフィーロ城近くの草原
セフィーロとオートザム・ファーレン・チゼータの三国が定期的に交流を始めて以来、オートザムとのラインは当然のことながら
ランティスが担当していた。軍務に復帰したイーグルが三ヶ月に一度導師クレフの診察を受けるためにやって来る以外は、
ランティスがオートザムに出向くのが常だった。NSXで部下を引き連れて動くイーグルより、単身精獣で渡るランティスのほうが
フットワークが軽いからだ。
特に「月に一度の会合」と決めている訳ではないが、面倒臭がりのわりに律儀なランティスは、これまでコンスタントに
オートザムを訪問していた。そんなランティスが先月は姿を見せなかった。同じ頃に起きたセフィーロの「ある異変」は
オートザムからでも確認されていたので、おそらく対応に追われているのだろうと、その時のイーグルは深く気に留めて
いなかった。何しろ顔を合わせると、やれ「働き過ぎだ」だの、「お前の回復を願っていたヒカルの好意(間違っても「愛」とは言わない・笑)を
無にするな」だのと説教されるので辟易してもいたからだ。
だがそれも二回連続となると、さすがに何かがおかしいと思わざるを得なかった。あの律儀なランティスならば、頻発する異変の
合間を縫ってでも、なにがしかの状況報告に現れることが自然だった。
セフィーロ側に通信設備がないことから(機器提供はオートザムから出来るものの、それを使用するための電力供給設備が
セフィーロにはない)ランティスかイーグルが動かないことには、状況の把握さえままならない。
異変続きのセフィーロと音沙汰のないランティスに胸騒ぎさえ覚え始めたイーグルは、NSXの艦隊演習参加を取りやめ、自身の
体調不良を理由にセフィーロ行きを強行した。司令官のセフィーロ行のNSXに勤務していたクルーは思わぬ特別休暇(司令官
個人の病院通いに付き合わされるようなものなので、セフィーロ滞在中は自分の持分が減らない有給休暇扱いになる)が取れる
ことに内心歓喜の声を上げていたが、NSX最大戦速での航行を命じられて蜂の巣をつついたような騒ぎに陥った。艦隊演習
どころか、かつてのセフィーロ侵攻の時でさえ、そんな全速航行などやったことがなかったのだ。普段の三分の二の所要時間で
セフィーロに到着した頃には、NSXチーフ=メカニックのザズと機関部の整備クルーがイエローアラートの山に頭を抱えていた。
いきなりの訪問とはいえまさか侵攻と思われるようなことは最早ないだろうが、「交戦の意志なし」の識別灯火を点灯して、
いつもの草原へと降下する。
「今日はなんだか昼間っからピカピカさせてんだなぁ、NSX」
のんびりとしたフェリオ王子の一言に、ランティスが眉根を寄せる。
「こんな識別灯火を出したところで、セフィーロで判るのは俺だけだと思うが…」
ファーレンには童夢、チゼータにはブラヴァーダがあるので、艦船の識別灯火も意味が通るかもしれないが(本当に意味の行き
違いがないか、四ヶ国会議で詰めておかなければならないなと、ランティスは頭の片隅にメモる)、ランティスにしてもオートザム
でのファイター候補生活あってこその知識だ。
昇降口が開くと副司令官のジェオが止める間もなくイーグルが飛び出してきた。相も変わらず何もないところで蹴っつまずき、
泳いだ身体はランティスの胸倉を掴むことで踏み堪えた。
「ずいぶんと元気そうじゃありませんか。単に気が乗らなかったからオートザムに来なかったなんて言うんじゃないでしょうね、
ランティス?」
ランティスはといえば、こんなシチュエーションも想定済みだったのか、イーグルにされるがままになっている。万事にそつのない
イーグルが、訪問先の王子の前であることもそっちのけでランティスに食ってかかったのは、それだけ親友の身を案じていたことの
表れだろう。
「おいイーグル、お前いくらなんでもフェリオ王子に対して失礼だろが」
ジェオはばつが悪いという感じで、ガリガリと頭を掻いている。
「いや、そんな気遣いは必要ない。だけどいい加減ランティスの胸倉を掴み上げるのはよしてやってくれ。これでも俺が同行する
ことで、やっと導師から城を出る許しを貰った病人なんだ」
「…聞き違えたのかな。ランティスが病人だって聞こえましたが?」
「俺にもそういう風にしか聞こえなかったな。これが病人?」
そういいつつランティスの顔を指さすジェオも相当失礼な男ではある。
「王子、俺は別に病人というわけでは…」
「じゃあこのひと月余りのお前の状態は、まともだと言えるのか?!」
「…」
強い語気のフェリオにしかめっつらのまま答えないのは、それが図星だからだろう。
「お前の異状にパニック起こして、意味の無い回復魔法かけどおしだったプリメーラは、ひと月経ってもまだ精霊の森から出られ
ないぐらい消耗してる有様なんだぞ」
いつもうるさいぐらいランティスに纏わり付いている彼女がいないのはそういう訳かと得心しつつ、イーグルは掴んでいた両手を
離すと、神官が着るような白い服の襟元を整えて詫びた。
「手荒な真似してすみません。ホントにどこが悪いんです?確かに前に会った時より、少しやつれた気もしますね」
ランティスはそれに答えず、NSXを見遣る。
「そんなことより、もう一度離陸出来ないか?異変のあった地域の確認がしたい」
「NSXはこのバカが無茶言ったせいで、緊急点検中なんだ。四人ぐらいなら小型艇でもよかろう?こっちだ」
この程度のことならイーグルの指示を仰ぐことなく、副司令官権限でジェオが判断する。
「あぁ。頼む。…しかし戦闘があった訳ではないだろう?緊急点検が必要な程、何やったんだ」
誰のことを心配してたと思ってるんだとばかりに、ジェオと共に少し前を歩き始めていたランティスの後ろ姿をイーグルが睨む。
そんなイーグルを見て、フェリオが苦笑した。
「ヒカルも自分に向けられる感情に鈍いけど、ランティスも相当なもんだ。似た者同士だよな」
「ヒカルは可愛いから、多少のことは許します。最近どうしてます?三人ともダイガクジュケンで大変なんでしょう?」
「大変なのはヒカルだけだろ?フウとウミはヒカルのジュケンベンキョウに付き合ってやってる、みたいな話だし。予定通りなら、
ウミはそろそろスイセンで決まってるんじゃないかな…って、あれ?ランティスに聞いてなかったのか?今日はチキュウの
クリスマスだから、ひさしぶりに来るぞ」
「えっ?」
「『クリスマスは一日だけ勉強休ませて!』って兄上にお願いするって言ってたから。いつも休みの日は朝のうちに来るのに、
今日はずいぶんと遅いけどな…」
日の出と共に始まる艦隊演習開始直前にバックレて来たが、もう午後の時間帯になっている。前を行くランティスの背中に、
イーグルの恨み言が投げつけられた。
「あなたも友達甲斐の無い人ですね。ヒカルが来るなら来るって、どうして教えてくれないんです?」
「仕事で来られない奴に教えても、仕方ないだろう?」
「ヒカルたちがふらりと来る時はともかく、あらかじめ来ると判っているなら、有給休暇もぎ取っても来ますよ。ランティスの
心配しておいてよかった。おかげで四ヶ月ぶりにヒカルに逢えます」(をい、司令官がそんなんでいいのか?)
「タイミングのいい奴だ…」
友達甲斐の点で言えば、どっちもどっちの言い草だった。
NSX内の格納庫。イーグルのFTO、ジェオのGTOの他に艦載機が並んでいる。すでにジェオが連絡済だったので、ピットクルー
の手で哨戒機・ハリアーの離陸前点検が済まされていた。
およそメカというものを見慣れていないフェリオは、小さな子供のように瞳をきらきらさせている。
「俺、こういうのは初めてなんだ。すっげぇよなぁ…」
「じゃあ、せっかくですから、コ=パイ…、副操縦士席へどうぞ」
イーグルはそう言ってジェオの右隣の席をフェリオに譲った。ジェオの後ろにランティス、フェリオの後ろにイーグルがつくことで、
それぞれの国の眼で左右両サイドを確認することにしたようだ。
格納庫の上部が開放され、ピットクルーが離れたところで、ジェオがハリアーのエンジンをスタートさせる。
「P・P(ピーツー)ハリアー、GO!」
「…これも音声認証が要るのか…」
少しだけげんなりしたようなランティスの呟きは、ハリアーのエンジン音にかき消されて、誰の耳にも届かなかった。
(ファイターテストのとき、「FTO、GO!」(注:ランティスのは量産型FTO)といちいち言うのがイヤだったらしい・笑)
垂直上昇で格納庫を離れたハリアーが、高度を取ったところで水平飛行に移る。現地に着くまでに、イーグルがこれまでの状況
確認を始めた。
「最初のセフィーロの異変がオートザムで観測されたのは、十一月三十日でした」
元々セフィーロとオートザムでは使う暦が違っていた。そこへ魔法騎士たちが招喚されて以来、地球の暦まで混ざってさらに
混乱をきたすようになってきたので、光たちの行動を把握しやすいように、彼等のうちでは日本暦で話すことが習慣になっていた。
「それはデカいやつの一発目だ。もう少し小規模なのは二十五日からあった。そのぐらいならどうってことなかったんだがな。
三十日のデカいのが起きて、翌日にランティスが状況検分に出たんだが、そこで最初に症状が出た」
フェリオとひと通りの話を聞いたイーグルが時折ちらちらと、ずっと外に視線をやったままのランティスを気にしていた。
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哨戒機(Patrol Plane)ハリアー…P・Pはカーレースのポールポジション、機名はトヨタ ハリアー、垂直上昇が出来るところは戦闘機のホーカーシドレー ハリアーより