光の進路相談室@セフィーロ  vol.1  

 

――光・海・風、中学三年生

 

 

 高校・大学受験などの進路を含めた将来を考えるにあたって、三人ともセフィーロ抜きでは考えていなかった。

 

 風の願いはいずれ国王になるフェリオの手助けをすることだったので、政治や法律、国際関係の知識を得るという目標が

すんなりと決まった。そんな訳で風はシステムエンジニアになるための理系から文系に進路変更したことで、かなり余裕の

受験生生活を送ることが出来るはずだった。

 海は父親が手広く貿易関係の仕事をしていることもあり、三国との交流が増えはじめたセフィーロの交易に役立ちたいと

願っていた。ずっと成績優秀で相応の志望校を推薦で受ける予定なので、高等部に上がってからの成績が余程落ちない限り、

もう決まっているも同然だった。その傍らでお菓子作りの腕を活かして、セフィーロの果物を使ったお土産品開発にも余念がなく、

「名物に美味い物無しなんて言わせない!」と息巻いていた。もちろん海にしてもアスコットがいるからこその選択だった。

 柱を巡る戦いの後、早々に新たな道を見据えた二人が光はうらやましかった。小さい頃からずっと、「盲導犬の調教師に

なりたい」と思ってきたが、いずれ彼女が暮らしたいかの地には、その需要がないことを知った。セフィーロにも目の不自由な

人はいるのだが、そういうハンディキャップを抱えた人ほどそれを乗り越えたいという意志が強い。そしてセフィーロではその

強い意志が力になる。魔導師とまではいかないものの、魔法で失われた視力を補う者がほとんどだったし、それ以前に犬の

代わりになる動物がそもそもいなかったのだ。

 

 自分がセフィーロのために何が出来るのか、光にはなかなか見えてこなかった。自信を持って得意と言えるのは剣道ぐらいで

――ずっと大会での成績がよかったので、高校でもそのレベルを保てれば体育大学系の推薦の話なら困らないほど来るはず

だったが、それは何か違うと光は感じはじめていた。それにいくら得意とはいえ、親衛隊長経験者のランティスやラファーガ

以上の腕前だとは、光にはとても言えなかった。(誰かが二人に尋ねれば、「ヒカルならば互角だ」と答えただろうが)

 以前、ランティスにも尋ねてみたことはあるが、「ヒカルは柱制度をなくしたことで貢献したのだから、のんびりしていればいい」と

言われてしまった。(イーグルに尋ねなかったのは、彼があくまでオートザムの人間だからだ)

 

 けれど光としては、本当はその点こそがずっと気にかかっていた。

 

 柱制度をなくしたことは、それによって家族や親しい者をうしなってしまった人々には福音だったかもしれない。けれどもその反面、

柱の庇護下にあることを幸せとしていた人々からは、永遠の安寧を奪ったばかりか、世界を支える負担まで強いることになったのだ。

あの頃の自分には地球に帰りたい気持ちもあって、エメロード姫のような柱としてセフィーロに留まることが出来ないから、自分勝手に

投げ出してしまったような罪悪感も心の片隅にあった。賽を投げたからには、投げた者なりの責任を負わなければならない気がしていた。

 

 セフィーロへ遊びに来て、ランティスが仕事でいないときや、イーグルも深く眠ったまま起きないときなどに、光は一人で城下町へと

出かけるようになった。城の中に居ては判らない人々の暮らしを感じ、自分がここで出来ることを探すために――。

 

 

 

 城下町とはいうものの城からはかなり距離があるので、アスコットに鷲のような魔獣のワイバーンを貸してもらって町近くの森へ

降りていた。いくらなんでも魔獣を連れて街中を歩く訳にもいかないし、アスコットが居なければ異次元へ還したり、招喚しなおしたり

することも出来ないからだ。

 いつものように森の中でワイバーンにその場を離れないように言い残し町へと歩き始めた光は、一人の少女が魔物に襲われている

ところに出くわした。東京とセフィーロを頻繁に行き来しているので、その度に失われる魔法をクレフは授けなおしてくれなかったが、

エスクードの剣だけは常にグローブに収めて持ち歩いていたのが役に立った。光がグローブの赤い宝玉に手を触れると、燃え盛る炎が

あふれ出し、それは見る間に一振りの剣の形に姿を変える。

 「たぁぁぁぁぁぁっ!」

 気合一閃で魔物を無に帰した赤い髪、赤い瞳に異国風の服の光に驚いたようだが、七、八歳ぐらいに見える(地球基準で、だが)

その少女はにっこりと笑った。

 「助けてくれてありがとう、お姉ちゃん!」

 「怪我はない?」

 「うん!」

 「よかった。でも、こんな森の奥まで、一人で来たの?危ないよ」

 光にたしなめられて、少女はしょんぼりとしながら答えた。

 「ちょっとぐらい平気かなと思ったの。お母さん、いま病気で寝てるから、薬草が欲しくて…」

 「そうなのか。小さいのに偉いね。私も探すの手伝おうか?」

 「ううん。もうたくさん摘んだからおうちに帰るところ」

 「じゃあ、私が家まで送るよ。名前、聞いてもいいかな?」

 「私、ミラって言うの。お姉ちゃんは?」

 「私は、獅堂 光。みんなはヒカルって呼ぶよ」

 「ヒカルお姉ちゃん!」

 四人兄妹の末っ子の光はお姉ちゃんと呼ばれるのがくすぐったい気持ちがして、えへっと照れ笑いをした。町へと歩きながら、

ミラは光の服に興味津々といった様子だった。

 「お姉ちゃんどこからきたの?変わった服着てるんだね」

 真正直に、「異世界から!」などと言って、幼い少女を混乱させてもいけないと、光にしては妙に気を回した。

 「ミラの知らない、すっごく遠いところからだよ。これは、学校の制服なんだ」

 「ガッコウのセイフク…?ガッコウってなぁに?セイフクってなぁに?」

 小さな子供の、「なになに攻撃」にたじろぎつつも、光は丁寧に答え始めた。

 「えーっと、学校っていうのは、たくさんの子供を集めて勉強するところだよ。勉強するのは大変だけど、友達がいっぱい

いるから楽しいんだ。制服っていうのは、学校に行く時に、皆がおそろいで着る服のことだよ。セフィーロにはない?」

 光の話を聞きながら、ミラは一生懸命考えている。

 「みんなお勉強はお師匠さまに弟子入りしてするの。でも、弟子入りしてもおそろいの服は着たりしないよ」

 「そうなのか」

 言われてみれば、これまでに見かけた城勤めの料理人達にしても、親衛隊の者達にしても、てんでばらばらな服装だったなと

思いあたった。オートザムの兵士達は制服を着ていたが、セフィーロにはどうやら存在しないもののようだ。

 「ガッコウってお友達がいっぱいいるの?いいなぁ」

 「ミラにもいるでしょ?たくさん」

 「いまはおうちにいるから、いっぱいいるよ。でも弟子入りしたら、お友達はいないと思う。一度にたくさんのお弟子さん取ったり

しないから」

 「それは、少し淋しいね」

 「怖い人ばっかりだったらイヤだなぁ」

 「ミラは大きくなったら何になりたい?」

 「うーん、判んない。私よりちっちゃくても弟子入りしちゃう子もいるけど、まだお母さんと一緒にいたいもん!」

 「弟子入りしちゃうとお母さんと一緒にいられないの?」

 「うん。お師匠さまのところにずっと住むんだって。ガッコウだったらお母さんと一緒にいられるの?」

 自分の家は事情があってそうではないけれどと思いつつ、光が答えた。

 「そうだね。たいていは一緒にいられるよ」

 「やっぱりガッコウっていいなぁ。勉強もできて、お母さんともいられて」

 たかだか百年ほどの命の多くの地球人がその五分の一前後を親元で暮らすというのに、遥かに寿命の長いセフィーロの

人たちの独立がそんなにも早いとは、光にはなんだか不思議な気がした。

 

 森を抜けて町の入り口に近いミラの家まで光が送り届けると、臥せっている間に抜け出した娘を心配していた母親が

泣きそうな顔で娘の頬をぶった。

 「勝手に出て行っちゃダメって、あれほど言ったでしょう!?」

 「ごめんなさい…」

 「あの、心配だったのも判りますけど、ミラはお母さんのための薬草を探してたんです。あまり叱らないであげてください」

 ぶたれて泣き出してしまったミラを庇うように、光が母親にとりなした。

 「あなたは?」

 「あのね、魔物が出たときに助けてくれたの。ヒカルお姉ちゃんって言うの」

 「はじめまして、獅堂 光といいます。森で一人で居るのを見かけたので、町へ来る用もあったんでお連れしました。

じゃ、私はこれで…」

 「助けていただいてありがとうございます。せめてお茶でも」

 「いえ、具合がお悪いのに無理なさらないでください」

 光が帰ってしまうと知って、ミラは涙をぐいっと拭って問いかけた。

 「ヒカルお姉ちゃん!また遊びに来てくれる?!」

 「――ミラが一人で勝手に森に入ったりしないって約束してくれるなら、ね」

 「約束する!もう一人で行ったりしない!」

 「じゃ、私も約束するよ。町に来るときは、必ず寄るから」

 「またね!ヒカルお姉ちゃん」

 「またね、ミラ!」

 ミラの家をあとにして、一旦は城下町の中心地へと向かいかけたものの、光は何かを決意した晴れやかな顔をして、

ワイバーンを待たせている森へと走り出した。

 

 

 セフィーロ城を形作る3本のクリスタルの塔には、魔神や招喚士たちの魔獣を呼んだりするための大きな出入り口が

いくつかある。そのひとつに光がワイバーンで帰り着くと、ちょうど海とアスコットが出かけようとしているところだった。

 「あら、光。帰りは夕方だって言ってたじゃない」

 「ちょっとクレフに用があってね。アスコット、ワイバーン貸してくれてありがとう。ワイバーンもありがとね♪」

 光がワイバーンの嘴を撫でてやると、大きな魔獣が子猫のように喉をゴロゴロ言わせている。

 「導師なら、いま自分の部屋にいると思うよ」

 「クレフに用って、何なの?光」

 「うーん…、クレフと話してみてからじゃないと言えないんだ、ごめん海ちゃん」

 「しょうがないわね。アスコットと果物の収穫手伝ってくるから、帰ったら教えてよ、光」

 「行ってらっしゃ~い!じゃ、あとでね」

 それだけ言い置くと、海たちが出かけるのも見送らず、光は駆け出していった。

 「あんなに慌てて…、変な光。ま、いいか。出かけましょ、アスコット」

 「うん。じゃ、ワイバーン、もう一回飛んでくれる?」

 「キィィィ♪」

 本来のご主人様とその想い人を乗せて、ワイバーンはクリスタルの塔から飛び立っていった。

 

 

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海の父親が貿易関係の仕事をしてるっていうのは、なんとなくのイメージで決めました。

レイアース1のコミックスの巻末では「お嫁さん」になりたいと言ってた海ちゃんですが

ランティスは別格として、フェリオに比べてアスコットがまだ半人前っぽいので

しばらくはお仕事三昧かな、という感じです(・-・*)  アスコット君、頑張り給え♪

なんといっても一人娘ですし、なかなか嫁入りの踏ん切りもつけにくいかもしれません

魔獣ワイバーン…レイアース2の3巻、23ページに出てくる鳥人間っぽい魔獣さんに名前をつけてみました

           (てゆか、名前つけないと、いちいち表現長くて←手抜きしたいだけじゃん・爆) 1948年 ボクスホール ワイバーン から。

アニメ版で光になついてたセフィーロの少女・ミラちゃんに、登場してもらいました

 

 

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