光の進路相談室@セフィーロ  vol.2  

 

 導師クレフの部屋までやってきて、ノックの前に深呼吸している光の目の前で、いきなりドアが開かれた。気配に敏い

クレフのこと、城の中を駆けて来た光のことなど、ノックされずとも気がついていた。

 「どうした?今日は城下町へ出かけたんじゃなかったのか?」

 「一度は出かけたよ。相談したいことがあるんだけど、いま忙しい?」

 「いや、構わん。ひと休みしようと思っていたところだ。パッソのお茶でも淹れてやろう」

 「やった!あれ、甘くて大好きなんだ」

 「そうか。それで、相談ごととはなんだ?」

 「前々からちょっと考えてたことがあって、今日、城下町で知り合った子から聞いた話もあわせて思いついたこと、クレフに

聞いて欲しくて…」

 光は話しながら考えをまとめていくといった調子で、何度もセフィーロの城下町に行くようになって感じたことや、ミラの

言っていたことなども交えて、クレフにひとつの提案をした。地球人視点で観察している光の話を聞きながら、クレフはセフィーロの

ことを真剣に考えている少女に瞠目せざるを得なかった。

 「確かにヒカルが指摘する通り、師弟間の結びつきに比べて、セフィーロ全体において横の結びつきは弱いかもしれんな」 

 「どのお仕事もちゃんと極めようと思ったら、早くから修行したほうがいいんだろうな、っていうのは私も判るんだ。でも修行を

始めちゃったら、それこそ余所見する余裕なんて無くなっちゃうでしょう?だからその前に横の連携が取れたらいいんじゃないかなと

思って…。何年かに一度、同期会やるだけでも、結構親睦も図れるんだ」

 「ヒカルの考えの主旨は判った。しかし具体的にはどうするのだ?」

 「私の言ったことはあくまで地球人としての意見でしかないから、セフィーロの人としてのクレフがどう思うか聞きたかったんだ。

もし、クレフがいいって言ってくれるなら、それは私が向こうでちゃんと勉強してくるよ。修行を始める邪魔にならないように、五歳から

三年ぐらいの期間っていうのはどうかな?弟子入りと違うから、みんな親元で暮らしながら通うような形で」

 「いいだろう。ヒカルが思うとおりにやってみるといい。しかし、いいのか?本当に」

 クレフの質問の意味が判らず、光はきょとんとしている。

 「何が?」

 「十四、いやもう十五歳になっていたか…。それでもお前の世界ではまだ一生を決めるような歳じゃないだろうに。セフィーロに

骨をうずめる気のように見えるぞ」

 「自分で考えて決めたことだよ」

 「ならば私は何も言うまい」

 「じゃ、あんまりお仕事の邪魔しちゃいけないから…。お茶、ごちそうさまでした」

 部屋を出て行こうとした光が、ドアの前で立ち止まりクレフを振り返る。

 「さっきの話、まだ誰にも言わないでね、クレフ」

 「――ランティスにも、か?」

 「だ・れ・に・も、なんだから、ランティスもダメだよ」

 セフィーロで一番意志が強いはずの愛弟子の想いも、この異世界の少女にはなかなか届かないようだと、クレフは親心から

苦笑まじりの溜息をついてしまった。

 「ふぅ、判った。ヒカルが自分で話すまでは黙っていよう」

 「ありがとう、クレフ」

 クレフににっこりと笑いかけると、光は部屋をあとにした。

 

 

 

 

 「幼児教育学部って、幼稚園の先生になるってこと…?光が…?」

 「うん、そうだよ」

 「じゃあ、光さんはセフィーロで暮らすのはおやめになるんですね。淋しくなりますわ」

 クレフと相談した日、帰りに海に問い詰められたものの、光はもうだけ少し時間が欲しいと二人を拝み倒した。そしてその約束を

果たしたのは、東京に戻ってから一週間後のことだった。呆然としている海はともかく、しんみりとしている風に慌てて光が訂正を

入れる。

 「違うよ、風ちゃん。セフィーロで幼稚園の先生するんだ」

 「幼稚園って、セフィーロにありましたかしら?」

 「ないよ。これから作るんだ。クレフにも相談してお許しは貰ったよ」

 そう言って光はクレフにした説明を二人にも聞かせた。

 「つまり、弟子入りまでにモラトリアム期間のようなものを作って、その間に横の連携をはかるんですね」

 「うん。セフィーロって結構弟子入りするのが早いから、小学校みたいに六年じゃ長過ぎる。弟子入りすると縦繋がりばかりで、

『みんなで一緒に何かする』って雰囲気じゃないみたいなんだ。だから、『みんなでひとつのことをする』経験を、たくさんしてもらいたいなと

思って。ちっちゃくても年に一回ぐらい同期会開いてたら友達のこと忘れないし、その時に『今はこんなことやってるんだよ』って、お互いに

現状報告することで、また横の繋がりが増えてくんじゃないかなと思ったんだ」

 「それが、『みんなでセフィーロを支える』ことにも続いていくのね?」

 「セフィーロを、そういう世界にしちゃったのは、私だから…」

 「光…」

 エメロード姫と違ってたった一人で支えている訳ではないにしても、なんて大きなものを目の前の親友は背負い込んでしまっている

のだろうと、海のほうが泣き出しそうだった。

 「光さんのお気持ちは、よく判りました。でも私、少し気になることがあるのですけれど」

 「何?風ちゃん」

 「光さん、『嫌いな教科は音楽』っておっしゃいませんでしたか?」

 風の言葉に光はあっさり頷いた。

 「嫌いだし、歌うのとか苦手だよ」

 「そう、それよ!幼教って入試科目に筆記の音楽どころか、ピアノ実技があるわよ!光、『ねこふんじゃった』どころか、『トトトの歌』も

まともに弾けないでしょう?!」(いや、そんなの弾けても通らないって・汗)

 「大丈夫。ちゃんとないとこ探したから」

 幼教の入試科目のことは光も以前に聞いたことがあったので、東京へ戻った翌日から、連日高等部の進路指導室にお邪魔して

大学案内を片っ端からひっくり返してきた。そうして、希望通りの「入試科目に音楽のない国立大学」を見つけて、意気揚々と

二人の親友に大学案内を見せたのだった。

 「よりによって国立?!本気なの?光の学校なら、どこかの私大に推薦あるでしょ?」

 「できれば私大は行きたくない。卒業したらすぐにもセフィーロに行きたいから、学費返せないし…。ホントは高校もこのまま

上がりたくないんだけど、外に出るとき内申書すごく落とされるんだって、うちの中学」

 「たいていの中高一貫の私学はそうでしょ?」

 「光さんのご家庭は、『自分の学費は働いて返す』というご方針なのですか?」

 「そんなことないよ。親孝行らしい親孝行もしないで、わがまま通すんだもの。そのぐらいしなきゃ」

 「親孝行ったって、光のご両親、ロクに家にいないじゃないの」

 ためいき混じりの海の一言に、光があっけらかんと笑った。

 「あはは。確かにね。じゃ兄孝行?って変なの。なんていうか、それが私なりのけじめのつけかた。成績からいって無謀なのは

承知してるよ」

 「私も目標は国立文系ですから、一緒にがんばりましょうね、光さん」

 「風は余裕で東大理系行けるって言われてるのに、ランク落としてるんでしょが。言っちゃなんだけど、光は相当成績上げなきゃ、

国立なんて無理よ」

 「判ってるよ。だから今から頑張るんじゃないか」

 ずけずけと痛いところを突いてくる海に苦笑している光に、風がひとつの提案をした。

 「じゃあ、ときどき勉強会でもしましょうか」

 「ホントに?それ嬉しいな」

 「そうは言っても、私たち家がすごく離れてるじゃない。頻繁にお互いの家に集まるのは難しくない?」

 「そうだよね」

 「勉強会はセフィーロでやればいいんですわ。二時間しっかりお勉強して、それなりの成果を上げてからしか自由行動は

許しません。下手をするとセフィーロまで行きながら、ランティスさんのお顔も見られない、なんてこともあるかもしれませんわね。

もちろん、イーグルさんのお見舞いもお預けです」

 そう言ってニッコリと笑う風の眼鏡がキラリと光る。

 「え゛え゛っ?」

 「うわぁ〜、風って、スパルタ…。私は、遠慮しようかな」

 「海さんだけアスコットさんとデートですか?それもよろしいかとは思いますけど、他の方の視線が痛いのではないかと」

 『特にランティスのがね』と、心の中で海がひとりごちる。

 「はいはい。私もちゃんと付き合うわよ」

 「私はすごく助かるけど、海ちゃん風ちゃんには、とんでもなく迷惑なんじゃない?」

 「『みんなで支えていく』ために、光さんは決意されたのでしょう?海さんも私も、そのみんなの一部になるんですから。

まず一番近しい私たちにお手伝いさせてくださいな」

 「風の言う通りよ。光って、いつも一人でしょい込むんだから。私たちがいること、忘れないで」

 「ありがとう。海ちゃん風ちゃん」

 「歌を歌ったり、ピアノ弾いたりする光は想像つかないけど、子供たちと走り回る姿なら光に似合ってるわよね」

 「私も微笑ましいぐらいに情景が浮かびますわ。セフィーロにはピアノは無いようですし、音楽は大学の単位を落とさない

程度に頑張ればよろしいかと」

 「うん!それからね、クレフと海ちゃん風ちゃん以外には話してないから。他の人にはまだ内緒にして欲しいんだ」

 光がこれほどの決意でいるなどと知ったら、かえってセフィーロの者たちが気にしてしまうことを懸念しているのだろう。

 「光さんがご自分で話されるまでは黙っていますわ」

 「ランティスにも黙ってるの?」

 ここでも一人限定で名前が出たことに、光は小首を傾げている。

 「どうしてクレフも海ちゃんも、『ランティスにも言わないのか』って限定で聞くんだ?セフィーロで一番意志が強い人だから、

協力してもらえってこと?」

 どう考えてもランティスに好意以上の感情を抱いているように見えるのに、いまだ光にはその自覚がないらしい。あの無口・

無愛想・無表情の三拍子を人間の形にしたような男が、光だけに笑みを見せているなどと、はたしてこの恋愛鈍感娘は

気づいているのだろうかと、海はついつい苦笑してしまう。

 「ま、いいわ。黙っていましょ、光が言うまでは」

 こうして光も自分の進む道を見いだして、二人の背中を追うように遅いスタートを切った。

 

 

 

                                                       2009.10.16 up

  

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                                          このお話の壁紙はさまよりお借りしています(2014.4.29に壁紙変更)

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パッソ…セフィーロのお茶の一種。光いわく、甘いらしい。トヨタ パッソ から。(ちなみにググッてみたら、トマト茶ヒットしました 汗)

盲導犬の調教師を目指してた光ちゃん、セフィーロに嫁ぐなら、さて何させようかとと思いついたのが幼稚園の先生だったんですが

「音楽ダメ」ってのが、とってもネックでした(^.^; オホホホ (行き当たりばったりで書くからだ 爆)

ちなみに、入試科目で音楽のない国立大の幼児教育系の学部があるのは、京都にある大学です(自分の入試より真剣に探しましたとも 笑)

まぁ、そこはフィクションですから、東京近郊にもあるかもよ、ってぐらいに見ていただければ。。。

京都には京都タワー、大阪には通天閣がありますが、それぞれファーレン(古都つながり)やチゼータ(大阪弁つながり)に飛べたら

面白いだろうなぁと妙なこと考えたりしてました

あれ、オートザムはどうするのさ(スカイツリーか?←まだ完成してないっつの) どこかにカッコいいタワーあるかな…?

 

 

 

 

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