Splash Summer

 

 

 「いいところにいた…」

  リビングで顔を合わせるなりそう言った息子を僅かに見上げ、モデルばりの等身と

褒めそやされる年齢詐称…もとい、年齢不詳の《鍵盤に住まう妖精》とキャッチ

コピーのついたランティスの母親キャロルが答えた。

 「なぁに? お小遣いならあげないわよ」

 「…」

 一般的に高校生ならまだお小遣い生活でもおかしくはないはずだが、高等科編入で

帰国してこのかた、ランティスは両親からお小遣いなるものを貰ったことがなかった。

祖父母からの生前贈与分の資産運用がそこそこ上手く行っているので「もう必要ない

でしょ?」と早々に打ち切られたせいだ。

 「九月の最終トライアルが終わるまで、庭のプールを練習場所にしたいのですが…」

 「…ライフセーバーの資格あるくせに、なんでいまさらそんな練習要るのよ」

 「俺じゃない」

 「あら、じゃあヒカルちゃん?」

 「いえ、ヒカルもクリア済です。ヒカルのクラスメイト、ミス聖レイアの妹です」

 「ホウオウジ フウ? …他の成績はトップクラスだし、出来ないことがあるのが

いやな負けず嫌いさんなのかしらね」

 放任なようでも創立者一族の理事だけあってよく知っている。元々マンモス校でも

ないので、幼稚舎からいてそこそこに目立つ生徒なら名前ぐらいは覚えているのだ。

 「ではそういうことで」

 報告さえしておけばいいとばかりにリビングを出ていきかけたランティスの背中に

声がかかる。

 「待ちなさい。使っていいとは言ってないわよ」

 あまり物事を煩く言うタイプではないので、ここで否と言われたことにランティスが

軽く眉を上げた。

 「クリアしてない生徒が何人いるか知らないけど、一部の生徒にだけ練習場所を提供

するなんて贔屓されてるって思われたら、要らぬ風当たりを受けるのはフウだと思うの

だけど…」

 学院ではイジメの話はないが、確かに火種にならないとはいいきれない。

 「これが『プロ愛用のスタインウェイのコンサートグランドで赤いバイエルの練習

したい!』とかならいくらでも使わせてあげるんだけど、プールっていうのがねぇ。

あまり多勢に開放して何かことが起きた場合、管理問題になるわ」

 その点を言われるとランティスとしても押し切り難い。たとえ膝丈ほどの水位でも

大人が溺れることだって絶無とは言えないのだ。

 「……とまあ、脅すのはこのぐらいにして、と。息子のガールフレンドが何人かの

お友達と一緒に泳ぎに来たからって文句は言わないわよ。事故のないようにだけ、

十分気をつけて。OK?」

 「了解」

 光に連絡を入れる為に、今度こそランティスはリビングをあとにした。

 

 

 

 

 

 

 アンフィニ家のプールの使用許可が出たことを知らされた翌日、海のお手製スイーツ

パーティに招かれていた光は風と龍咲家にお邪魔していた。作るのは大好きでどれも

美味しいと評判なのに、作った本人が食べないので両親や友人に振舞うばかりなのだ。

 「ブルジョワよねー。25メートルプールが自宅にあるなんて」

 「外国のおうちって、よくプールあるもの。そのノリなんじゃないか? りんごの

タルト美味しい! 風ちゃんも食べてみて!」

 「この苺のミルフィーユも美味しいですわ。ついつい食べ過ぎてしまいますもの」

 「私もミルフィーユひと切れ欲しいな! 海ちゃんは将来パティシエになれるよねー」

 「パティシエねぇ…。そんな先の話はまた今度考えるわ。さしあたりの問題として、

水着どうするー?」

 何気なく訊ねた海の言葉に答えたのは妙な音だった。

 「むぐっっ!」

 ぱくっとミルフィーユを頬張っていた光が両手で口を押さえて目を白黒させている。

 「光っ!?」

 「お水を…というより、口の中のものをとりあえずなんとかしませんと…」

 ぶんぶんと首を横に振り、必死に飲み込んだ光が風から水を貰って飲み干していた。

 「はー、びっくりした。海ちゃんが脅かすからパイ生地が気管のほうに行きかけ

ちゃったじゃないか」

 「私がなに脅かしたって言うのよ。水着のこと訊いただけじゃないの」

 「私は授業で使っているものにしますわ。タイムを上げるためには競泳用が一番だと

思いますし」

 学校指定のものは某スポーツ用品メーカーの競泳用で、指定といいながら何種類かの

色とデザインのバリエがある。風はグリーン、海はブルー、光はレッドをそれぞれ

選んでいた。

 「海ちゃんは?」

 「私? うーん、もう夏も終わるしねぇ…。私も学校ので行こうかな」

 「二人ともあれ着るんだ…」

 唸り声を上げていないのが不思議なほど困り顔の光に、風と海が顔を見合わせた。

 「学校指定のはお嫌なのですか?」

 「ダイビングとかドルフィンスイムならああいうのでもいいと思うんだけど……」

 「けど??」

 光が何を言いよどんでいるのか解らない海が言葉尻を捉えて繰り返す。

 「ピチっとしてるから、出るとこ出てないの、すっごく目だつんだよ、あれ!」

 「あー、そういうこと…。ランティス先輩ってそういうとこ光に期待してないと

思うけど?」

 あまりといえばあまりな言いように光がぐわんと一段のめり込んでいる。

 「そうですわねぇ…。ちいさき薔薇の舞踏会でランティス先輩にアタックなさった

人の中にはそういう方も大勢いらしたようですけど、みなさん玉砕された訳ですし…。

あら、光さん?」

 さらにどよんと落ち込んだ光に気づいた風が小首を傾げた。

 「二人ともあんまりだ…」

 「ああもう! そんなことでしょげるなんてらしくないわよ! 風、時間ある?」

 「え?ええ、それは。連絡を入れれば済むことですから…」

 「じゃ、これから光を連れて買い物に行くわよ! 夏物クリアランスの真っ最中だし、

水着も安くなってるはずよ。私たちで見立ててあげましょ」

 「でえ゛え゛っ!?」

 いきなりの展開に、光が目をまんまるに見開いている。

 「光のことだから、パッド入れて誤魔化すの、嘘ついてるみたいで嫌なんでしょ?

だったらデザインで魅せるのよ!! あんたが可愛く見えるデザイン、風と二人で

ばっちり選んであげるからね!」

 光が脱走しないように風に見張りを頼むと、海はてきぱきと出かける準備を始めたの

だった。

 

 

 

 「見て見て! ピンクのイルカがいるよ! 可愛いなぁ(≧∇≦)

 「可愛くてもあれは浮かべて遊ぶものであって、身体に巻くものじゃありませんわ」

 「解ってるよぅ、風ちゃん。あ、ラッシュガードっていうの? こういうの着てても

いいかも…('▽')

 「ダ〜メ! 風の特訓するのに、そんなの邪魔でしょ! 泳げる格好じゃなきゃ

不許可!」

 「それにラッシュガードでは胸元がそんなに嵩上げされませんわ」

 「か、嵩上げって…も少し言いようないかなぁ…(´ヘ`;)

 「現実と向き合いなさい。そこんとこが一番のポイントでしょ。…それを踏まえて、

コレでどぉ!?」

 「まぁ…」

 「そ、それーっ(°O° ;) !?」

 「そんなに騒ぐほどのモン?光に似合う色だし、サイズもいい感じ、何よりウィーク

ポイントのカヴァーがばっちりじゃないの!」

 「そんなの無理ー。・°°・(*>_<*)・°°・。

 「あら、とても可愛らしいと思いますわ」

 「風ちゃん!他人事だと思ってー…(T_T) ウルウル

 「それは…否定いたしませんけれど」

 「がたがた言わないっ!!」

 

 某ファッションモールの夏物クリアランスの一角の水着コーナーでは、二人の友の

容赦ない(?)チョイスに悲鳴を上げる光の声が響いていた。。。

 

  

 

 

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