Splash Summer
「まさかプールまであるとはね…」
フェリオの亡くなった母親との縁があるので留学してから何度かディナーのお誘いは
あった。社交的なキャロルは顔を合わせればあれこれと話しかけてくれるが、いくら
気が若くても(超失礼)所詮は母親世代。年齢の近いランティスは「おもてなしって
コトバ知ってるか!?」とツッコミを入れたくなるほど愛想が無い。光と知り合って
(つきあってるという言い方をすると何故かギロリと睨まれた)、あれでも格段に
改善されたのだと皆が口々に証言するけれど、元は一体どれだけ酷かったのかと
フェリオなどは呆れていた。
アスコットもなれないと愛想が無いように見られがちだが、これは人見知りのなせる
技なのでまだ可愛げがあるというものだ。
「ぼ、僕まで来てよかったのかな…」
無愛想威圧系にお近づきになりたくない気持ちはフェリオ以上のアスコットが
誰にともなくたずねた。
「お前な、ランティスんちの前まで来てからソレ聞くなよ」
「いいのよー。アスコットも認定タイムに届いてないんでしょ? 風と一緒に練習、
練習!」
中等科なので赤点の一つや二つあろうと進級は出来る。アスコットとしてはクリア
出来なくてもそれはそれで仕方ないと諦めていたのだ。故郷では二年飛び級するほどの
努力もしたが、それはあくまで海逢いたさ故だった。
「理事先生が『お友達といらっしゃいね』ってメールくれたんだ。アスコットも
フェリオも友達だもん」
ニコニコ笑う光にフェリオが突っこむ。
「おーい、俺は先輩だぞ?」
光が目をぱちくりさせて戸惑っていると風が助け舟を出した。
「まあ。こんなところで先輩風吹かせるおつもりなんですか?」
「や、冗談だっつの。怒るなよ、フウ」
「それにしても、彼ママとメル友ってのはどうなのかしらねー」
ランティスの心中を慮ってか、海が苦笑いしている。
「そんなに四六時中って訳じゃないよ? たまに『遊びにいらっしゃいな』って
お誘いが来るぐらい」
学院理事の誘いとあらば水戸のご老公の印籠にも等しい。もっとも口煩い保護者五人
(兄三人+友二人)が居ようとランティスは我関せずだったりするのだが。
光が押していたチャイムに応じて門扉のところにランティスが姿を現した。
「来たな。母屋を通ると遠回りだから、庭から抜ける」
「こんにちは。お庭に入るのって、初めてだー」
「「「おっ邪魔しまーす!」」」
「お世話になります」
ランティスに並んで光が弾むように歩く後を皆がついていく。
「…ヒカルに渡してくれと頼まれた…」
可愛らしいシールで軽く封がされただけのピンクの封筒をランティスが手渡す。
「なんだろ?」
「どうせ大した用件じゃない。捨てても構わん」
「そんなこと言っちゃダメだよ。なんだろ…『椰子の木のそばに、ヒカルちゃんへの
プレゼントを置いていくわ♪ 赤いリボンを外して使ってネ☆』…椰子の木なんて
あるのか?」
「…プールサイドに作り物のならある」
今朝プールの確認に行ったランティスが気付かなかったのだから、そのあと出がけに
でも置いていったのだろう。
「プールに椰子の木なんてスゴいね」
ニコニコ笑う光の後ろでは海が風に耳打ちしていた。
「聞いた? 風。椰子の木ですってよ」
「学院側からも道路側からも見えないので気づきませんでしたわね」
「ちょっとした南国気分だな。トロピカルドリンクとビーチベッドってのもいいけど、
ハンモックがありゃあ文句ナシなんだがなー」
「注文多いよ、フェリオ」
「一応ある」
「…あ、っそ…」
このブルジョワめとぼそりとぼやくフェリオに自分だって故郷では城住まいなのに
よく言うよとアスコットが心の中で苦笑する。光たちはフェリオの素性を知らないので、
口に出すわけにはいかないのだ。
大きな向日葵の迷路を抜けると、唐突にプールが現れた。
「わぁ、椰子の木たくさんあるね…。あ、もしかして一番建物寄りの木の根元に
置いてあるあれのことかな?」
軽く目を見開いたランティスを置き去りに、光が軽やかに駆けていく。
「あら、サンシェードなんて無いじゃない…。まさか室内にもプール!?」
見渡す仕種の海が訊ねると、ランティスが唸った。
「展開しておいたサンシェードを閉じられてる…」
「あん? そんなに時間かかんのか? 手動なら手伝うぜ」
フェリオの申し出にランティスはなかば上の空で応えた。
「いや、自動展開出来る…」
ボタンひとつ押すだけのことだ…だが、ランティスが来客前に展開しておいたのは
訳がある。
まだ辺りが濡れていないので、光がプールサイドを駆けても転ぶ心配はないが、
ランティスの背中を嫌ぁな予感が走り抜けた。
「海ちゃーん! 風ちゃーん! こーんな大っきいオルカもらったよー!!」
大人が乗れるサイズのオルカのフロートを振り回して叫ぶ光に、風と顔を見合わせた
海が答えた。
「ピンクのイルカ、買わなくてよかったわねー!」
「エヘっ」
大きなオルカに浮かれていたが、便箋はもう一枚あったなと、光の意識がそちらに
舞い戻る。
「『オルカを置いてあった椰子の木にある赤いボタンを押してみてね(^_-)-☆』……
赤いボタン…これかな?」
光が椰子の木に手を伸ばす仕種で、ランティスは母親の策略を悟った。
『FIVE!…FOUR!』
「な、なにっ!?」
いきなり始まった英語のカウントダウンに光の耳と尻尾が飛び出している。
『…THREE!…TWO!…ONE!…』
勇壮なドラムロールの後に椰子の実形の指向性スピーカーから聞き覚えのある音楽が
流れ始めた。
『…ジャッ、ジャッ、ジャッ、ダカダカ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、ダカダカ
タンタカターン、タララッタ、タンタカタンタンターン♪
タンタカターン、タララッタ、タンタカタンタンターン♪♪…』
音楽が流れるのに合わせて、プールの両サイドに整然と並んだ椰子の木を支柱に
サンシェードが少しずつ広げられ始めた。
「どっかで聞いたと思ったら、『サンダーバード』のテーマかよっ! くっくく…」
おなかを抱えて笑い出したフェリオをランティスが苦々しげに睨む。こうなることが
判っていたから来客前にサンシェードを出しておいたのだ。
「プールの底が割れてなんか出てくるとか…?!」
そこはかとない期待を抱くアスコットに、風は困り顔だ。
「あら…それでは泳げませんわ」
「そんな訳の解らん仕掛けはない…」
心なしか語勢が弱いのは、あの人たちならやりかねないとどこかで疑っているからだ。
「お前の選曲じゃないよな」
「…当然だ…」
言い捨ててランティスは大きなストライドで光のほうへと歩き出した。
「ザガートもやりそうにないし…ミセス・アンフィニはこういうの好きそうだよなぁ」
笑いすぎてまなじりに涙さえ浮かべているフェリオの声を背中で聞きながら、『両親
一致のチョイス』だとはもはや言えない。
「じゃあ、サンダーバード2号の代わりにオルカ発進!!」
しゅるりと赤いリボンを解いて、ぽーんとオルカをプールに浮かべてご満悦な光の
やけに細かい表現にひっかかったランティスが尋ねた。
「どうして2号なんだ?」
「だって形が一番近いんだもん。兄様たちと見てたから私も知ってるんだ」
にこにこ笑って光にそう言われては、もう何をどう言っていいのやらランティスには
解らない。
「さてはお前、おふくろさんにハメられたんだな…。まぁ、いいじゃないか。楽しい
歓迎だと思うぜ? ところで、どこで着替えりゃいい? 俺らは着てきてるからここでも
いいけど、女の子たちはそうもいかないだろ?」
「そこの建物。中で仕切ってあるから左右のドアから入って使うといい」
建坪こそ知れているが、海の家よりよほどしっかりしたコテージがプールサイドを
囲む庭の一角に建っている。
「はーい! 海ちゃん、風ちゃん、着替えよう!」
女子の着替えには時間がかかるのが相場なので、さっさと着替えたフェリオたちは
ランティスの指摘でばっちりと準備運動をした上でプールに入っていた。
『あー、しまった! …オルカ投げるんじゃなかったー』
プールサイドに立ち、アスコットにレクチャーするフェリオを見ていたランティスの
耳に、コテージで何やら言いあっている光の弱り声が届く。
『往生際が悪い!』
『私たちの見立てはお気に召しませんか?』
『そうじゃないけど…、やっぱりバスタオル羽織ってく!』
タタタッっと駆けてきた光にランティスが一応の注意をする。
「濡れたプールサイドは走るな、怪我をするぞ」
「ご、ごめんなさい」
小学生レベルの注意をされて首を竦めた光の背後に海が忍び寄る。
「隙あり!!」
バッと取り上げられたのは、もちろん光が肩にかけていたバスタオルだ。
「うにゃああっ!?」
色気には程遠い悲鳴を上げて光が胸元を押さえると、海はバサバサとタオルを振った。
「水に落としたら困るでしょ? しまっといてあげる」
「海ちゃん、あんまりだー」
「姿勢をしゃんとなさいませんと、予想外なところが見えましてよ?」
こそりと風が耳打ちすると、光は慌てて身体を起こす。いつまでも胸元を隠したまま
なのも不自然すぎるとわたわた居場所を探した両の腕は、結局背中で自分と手を繋いで
いた。
「あ、あのね、これ、二人が見立ててくれたんだ。…どう、かな…」
水着の色より、光の頬のほうがよほど赤くなっている。
「…可愛い…」
ボソリと囁かれて、光の顔がさらに真っ赤に染まる。
「はーい、そこまで! そこまで! 光が可愛いからって、手出ししてもらっちゃ
困りますからね、お客さん!」
僅かに姿勢を傾けて寄せていた目の前に遮断機のごとくに海の手が振り下ろされる。
頭から水をぶちまけるが如きの海の容赦ない牽制に、『お客じゃなくてホストだ』と
言い返したいところだったが、曲解されるのは確実とランティスはぐっとこらえた。
「もう、海ちゃんたら、先輩相手に失礼過ぎるよ…」
人目さえなければ少しぐらい……とちらりと頭の片隅で思いつつ、ランティスは
ひとつ咳払いをした。
「…準備体操、始め!」
二人きりの物語を紡ぐにはもう二、三年ぐらいかかりそうな紅い瞳のマーメイドに、
遅い夏の陽射しがきらきらと降りそそいでいた。
2013.9.19
Thanks 4th Anniversary
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
少しぐらい…なんだというんだか^^;
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(電車じゃなくて、アメリカの人形劇ね)
本家本元のサンダーバードでは2号の発進の時、道路脇の椰子の木が外側に倒れますww