Splash Summer
「はーい(≧∇≦)/ ちょっと調べ物したいから、森の図書館の雑誌のコーナーに
居るね(*^_^*)」
出がけの電話のせいで約束の時間に遅れる旨をメールしたランティスに、光が
寄越したレスはそんな文面だった。
聖レイア学院には初等科棟図書室、中・高等科棟図書室だけでなく、大学部と
共用の図書館棟がある。大学部との敷地の間に広がる森の中にあるので、学生達には
森の図書館と呼ばれていた。図書室は参考書や各種推薦図書などがメインだが、
図書館は下手な地方都市の図書館よりはるかに蔵書が充実していた。
図書館棟に入ってすぐ、談話室のそばに雑誌のコーナーがあり、数冊積み上げた
光が真剣にページを繰っていた。
「待たせたな。…どこか遊びに行きたい所があるのか?」
何か興味をひくものがあれば、入念に下調べするより、ポンポン話の中で飛び出して
くるのが光の常なのに珍しいとランティスが訝しがる。
お出かけ情報誌の少し前の号を見てはうーんと唸っているのだ。
「プールがねー、意外とないなと思って…」
「プール?」
もう九月も間近。夏休みの間、プールの話題など一度も出なかったし、今、光が
開いているのは間違いなく楽しげなプールの特集ページなのに、だ。
「ウォータースライダーとか波のあるプールとか、そんなのばっかりなんだ」
遊びに行くならそんなプールがいいだろうに、光の好みがよく解らない。
「どんなプールがいいんだ?」
「25メートルの普通のプール、なるべく室内。泳ぐのって疲れるし、行きやすい
ところがいいなって」
25メートルプールなら都内でも近県でもいくらもあるだろうが、アクセスのよい
室内となると限られてくる。しかもそういうところはスクールがメインだったり
一般開放していても時間制だったりするので選びあぐねているらしい。
「……うちにもあるが……」
「学院にあるのは判ってるよ。でも授業以外使えないじゃないか。朝も放課後も
水泳部と水球部が交互に使ってるから、一般生に開放してないでしょ? 認定タイムに
届かないから、九月の最終テストまでに練習出来る場所無いかなと思ったんだけど、
波のあるプールじゃ練習にならないし…。っていうかきっと人だらけでそんなに全力で
泳げないよね」
確かにこの学院のプールの授業は学年別・男女別に平泳ぎ、背泳ぎ、自由形とも
一定の認定タイムを設けている。バタフライのみ泳げる者も少ない泳法なので参考
程度だ。
「スポーツ万能だと思ってたんだが、ヒカルにも不得手があったのか…」
「ほえ? 私はとっくにクリアしたよー。引っかかってるのは風ちゃん。ほら、
メガネっ娘だから、眼鏡外さなきゃいけないプールは昔から苦手なんだよ。肌が
弱いから外のプールなんかいたら、火傷みたいになっちゃって大変なんだ」
「認定タイムに届かなくても赤点にはならないはずだが…」
「風ちゃんは優等生だから…。手が届きそうなのに『出来ない』っていうのが
すっごく悔しいみたいなんだ。別に優等生じゃないけど、そういう悔しい気持ち、
私も解るから…。部活が忙しくてスクールには行けないし、どこかのプールで
集中的に練習出来たらなーって思ったんだけど、ちょうどいいプール自体が意外と
ないんだよ…」
「…屋内ほどの遮光性はないだろうが…。概ね三コース分のサンシェードを展開
出来る25メートルプールならある」
「どこに!?」
「だから、うち」
「いくらなんでも初等科のプールは浅過ぎて泳げないよぅ。だいいちサンシェード
なんてあったっけ?」
少なくとも光たちが通っていた間にはそんなものはなかったはずだ。
「通ってもいないのに初等科のことまで俺は知らん。日本語で【うち】というのは
自宅をさすと思ったが…。違ったのか?」
「おうち!? …うわぁ、ランティスんち、プールまであるんだ…。知らなかった」
「『泳ぎに行きたい』とも言われなかったからな」
「言わなかったけど…。やっぱり桁外れだなぁ」
泳ぎに行くということには、光にとって高飛び込みプールの水深よりも深い淵がある。
「道楽者の親がいるというだけだ。自慢になるか」
「自慢していいと思うけどなー。それはともかく、風ちゃんが使ってもいいの?!」
「使えるものならな。俺はこの夏泳いでないし、管理状態を確認してからヒカルに
連絡する。それでいいか?」
「うん! 使えること祈っとく! ランティスのおうちなら、定期で行けるもの!」
部活があるので夏休み中も通学定期券は持っているし、学院創立者のアンフィニ家は
学院敷地に隣接しているのだからこれ以上のロケーションはなかった。