Someday
六月に行われる学園祭の恒例企画は、梅雨空を彩る紫陽花の花言葉《七変化》に
ちなんだファッションショーだ。衣装製作は演劇部の衣装班と家庭科クラブ、そして
有志の混成部隊が受け持つことになっている。
モデル役は女子が中高等科生の投票で決まり、その女子にはエスコート役の男子を
指名する権利が与えられることになっている。
ウェルカムパーティーでの舞台で目立ったせいか、投票でぶっちぎりの得票数と
なった光はショーの大トリ、ウエディングドレスを着ることになってしまっていたの
だった。
二年連続最多得票で殿堂入りを果たした鳳凰寺空をはじめとして美人系が選ばれて
きたモデル役で、ちょっと男の子っぽい話し方をするけれどちまっと可愛い系の光は
物珍しかったのか、衣装のディスカッションも異様な盛り上がりを見せていた。
これまでは清楚で上品なイメージが多かったのに、膝上丈でふわっふわのフリル
スカートの、まるでSFアニメにでも出てきそうな斬新な一着に仕上がっていた。
「こっ、これ着るの!? っていうか、これってウエディングドレス?」
ドレスなどというのものをおよそ《ちいさき薔薇の舞踏会》以外で着ることのない
光の、完成したデザイン画を披露された時の率直な感想はそれだった。
「ヒカルは何を着ても似合うからまだいい…」
のろけているのか素で言っているのか知らないが、ため息を零したランティスが
続けた。
「そちらは良しとして、エスコート役の俺の衣装をどうする気だ?」
ぶうたれる兄達を押し切り(笑)、光は当然のようにエスコート役をランティスに
依頼した。そのような舞台は不本意なれど、光が自分以外の誰かにエスコートされる
のはもっと不本意なランティスも二つ返事でそれを引き受けていた。
ファッションショーといいながら、そこは学園祭の出し物の一つ。微に入り細に
わたって趣向を凝らす女子の衣装で手一杯なので、添え物…、もとい、エスコート役の
衣装はたいてい本人のワードローブを衣装隊が物色してコーディネートを決めるのが
通例だった。
本人の好みではまるでないが、スーツやタキシードの類の持ち合わせは多いほう
なのでそこから選べるだろうと考えていたランティスだが、ここまで斬新なドレスでは
合わせられる物があるとも思えない。
「心配はご無用でしてよ。このドレスはオートザムの民族衣装のシルエットを取り
入れているのですけれど、そちらからの留学生の方にお借りする算段をすでにつけて
ありますわ。うふふふふふっ」
今年の衣装隊のリーダーのタトラ・ヴィヴィオが楽しげに笑っていた。
「ああ、ちょっと動かないで…」
ざっくり着ていたランティスを検分したオートザム出身のイーグルが微調整している。
「衣装隊が何も言わないんだから適当でいい…」
鬱陶しそうに顔を背けたランティスにイーグルはにこりと切り返す。
「そうはいきません。学園のお祭り騒ぎとはいえ、ウエディングドレス姿のヒカルを
エスコートするんですよ? あなたがビシッとキメていないとヒカルが気の毒なんです。
これでよしっと」
そんなふうに言われては反論のしようもないが、正直イーグルがどこを直したのか
ランティスには解りかねるほどの些細な調整でしかなかった。
「そろそろ出番だから舞台袖に来いよー!」
進行係のザズがひょいとっと男子の支度部屋を覗いた。
「悪くないじゃん。ニホンではこう言うんだよな? 『馬子にも衣装!』ってさー」
じろりと瞬間冷凍級の視線を向けられたザズは『さっさと来いよな!』と言い捨てて、
そそくさと持ち場に戻っていった。
「ランティス、もっとにこやかに」
「…出来るか…」
「出来なくてもやるんです! ヒカルのためですよ?」
ほえほえとした笑みを湛えながら、イーグルがランティスの背中をおした。
袖ではこちらも緊張の面持ちで光が待機していた。舞台のほうをじっと注視している
ので、ランティスが近づいたのにも気づかない。
「待たせたな」
他の妨げにならないようランティスが耳元でそっと囁く。『うにゃっ!』と小さく
声を立てかけて慌てて口元を押さえたが、ネコ耳とネコしっぽが飛び出すのは防げ
なかった。
「それはしまっておけ」
ランティスがヘッドドレスを壊さないように気遣いつつ、ぽむぽむと頭を撫でる。
「う、うん」
白を基調にした衣装のランティスのほうを見た光がぱっと頬を赤らめる。真白い
剣道着姿で花嫁を貰い受けると言っていたランティスの姿が不意にダブって、光は
すいと目をそらした。
『うわーっ! 今朝の夢思い出しちゃった。学園祭の出し物! これは学園祭の
出し物!! 本当の結婚式じゃないんだから落ち着け、私ー!』
心の中で自分に強く言い聞かせるはずが、途中から声に出てしまっていた。
「…予行演習だと思えばいい…」
リラックスさせるつもりでそう言ったランティスだったが、言われたほうの光は
『よ、予行演習っ!?』と呟いてへにゃりと腰砕けにへたり込む。
「ヒカル!?」
「な、なんか腰抜けちゃった…」
直前の出番の海がアスコットをエスコートして(笑)袖に戻り、ぺたりと床に座り
込んでいる光を見咎めた。
「こら! 白のドレスなのに、出番前にそんなとこで座っててどうすんの! って、
もう入れ替わりに出ないと!!」
『ショーのラストを飾るのは、女の子の憧れの一着、ウエディングドレスです。
今年のドレスはオートザムの民族衣装のテイストを取り入れて、キュートな花嫁を
より可愛らしく引きたてています…』
落ち着いたトーンの風のアナウンスが流れている。もう歩き出していなくては
ならないのに、当のランティスに結婚式の予行演習などと言われたら、気恥ずかしさ
のあまり、腕を組んでランウェイを歩くなんてことは、逆立ち腕立て伏せをするより
困難だと思えた。
なかなか姿を現さない光たちに会場が僅かにざわめき始めている。
竹刀を持てば…いや、竹刀が無くとも物怖じするようなことの無いタイプかと思い
きや、こういう方面にはからっきしな光にランティスがくすりと笑った。
「仕方がないな」
ぐっと右腕で身体を支え立たせると、そのまま左腕を膝の後ろに滑り込ませて、
光を軽々と抱き上げる。
「ラ、ランティス!?」
「ステージ中央まで運んでやるから、それまでに立て直せよ」
「ええっ!? そんな、いいよ!! 今すぐちゃんと歩くから…」
じたばたもがく光の耳元にランティスが囁く。
「あまり暴れるな。ドレスの裾が…」
慌てた光がばふっとドレスの裾を押さえたのを見澄まして、ランティスが舞台に
足を踏み出していた。