少 年 A の 憂 鬱

 

 

 西館カフェテリア。高等科のある東館のカフェテリアは長期休暇中は

営業していないが、夏休みも冬休みも関係ない部活組が多いことから西館

カフェテリアは正月休み以外はほとんど営業している。食事時ばかりでなく、

コーヒーや軽食を食べながら宿題や課題をこなす生徒も少なくない。

 参考書と首っ引きの者は図書館の自習室を利用し、その必要もなく余裕を

持って勉学に励む者はカフェテリア利用という棲み分けが暗黙のうちに

なされていた。

 

 今週聖レイア学院の剣道場は大掛かりな改修工事の為部活自体は休みだ。

現部長である翔の家(光の家でもある)が道場なので、希望者の稽古を臨時に

受け入れている。月謝ナシで獅堂流師範に稽古をつけてもらえるとあって

道場も学院生で溢れ気味だ。光は早々に朝練だけで切り上げ、日中は勉強に

あてることを宣言した。

 当然妹激LOVEの兄達からは、「光一人で副会長んちに行くのも、光の

部屋に副会長を入れるのも絶っっ対に不許可!!」と宣告されていた。

 純和風の獅堂家の居間は当然のように畳敷きなので、道場での正座に

慣れつつあるとはいえランティスがゆったり過ごせるとは言い難い。

 「光が副会長んちに行くなら俺か優にぃがついてくからそのつもりでな!」

などとぶち上げられては、光もおいそれとはお邪魔出来ない。かくしてその

妥協点として選ばれたのが学院カフェテリアだった。

 ちなみに優や翔がランティスを副会長呼ばわりするのは、単なる習慣という

訳ではない。今年度の前期生徒会役員選挙に立候補者がおらず、前年度後期

役員が留任する事態になっていたせいだ。生徒会長以下の役員布陣が強力

だったりすると、この学院ではまま起こる事ではあった。近いところでは

ランティスの兄のザガートも高三の秋まで生徒会長を務めていた。それしきで

受験勉強に差し支えるような者はそもそも選ばれてはいないのだ。

 

 

 「…宿題見てもらえて私は嬉しいけど、ランティスの受験勉強の邪魔に

ならないか?」

 数学の問題集の練習問題の解答とその通りにならなかった自分のノートを

交互に睨んでいた光がふっと顔を上げた。

 「問題ない」

 高校三年生の夏休みと言えば受験勉強の天王山だろうに、予備校の夏期講習に

行く予定もないらしい。教師からの課題はとうに済ませ、赤本を開くでもなく

毎日何やらの洋書を読んでいるのだ。

 「だったらいいけど…。あれー、なんで合わないんだ??」

 ノートに視線を戻した光がこめかみを叩きながら呟くと、ランティスがすっと

向かい側から手を伸ばした。

 「ここの式が間違ってる…」

 「え?……あーっ!ホントだ!こんなとこで間違ってたらダメだぁ」

 ゴシゴシと消しゴムをかけて、もう一度正しい式で計算していく。

 「ちゃんと合った!…チラッと見ただけで判るんだね…」

 「大学受験を控えて中学の数学が解らないようでは問題だろう?」

 「そういう意味じゃなくて…。反対側から見てるのになぁって思って…」

 「…慣れているからな」

 「反対から見るのに??」

 何をすればそんなことに慣れるんだろうかと首を捻っている光の問題集を

ランティスがすっと取り上げてページを繰った。

 「午前中にあと二ページ。昼を済ませたら出かけよう」

 そう言ってランティスは二枚のチケットをとりだした。

 「あー、それっ!私が見たかったやつ!」

 「どこかのピアニストのコネクション利用のVIP席だ。今日はヒカルの

誕生日だからな。だがさっさと解かないと予約に間に合わないぞ」

 「誕生日にVIP席!?そんな扱いして貰えるのってお姫様みたいだ…。

てゆか、映画に行くつもりで『今日は私服で登校しよう』って言ったんだね?

酷いよーっ!知ってたらもっとオシャレしてきたのにー!」

 たとえカレシが一緒でも、学校に行くのと街に出るのでは、力の入りようが

違うというものだ。

 ワードローブは知れているが、普段使いのサブバッグより可愛いかばんぐらい

持ちたいし、靴だってまだ選べる余地はあったのだ。

 「そんなに気合を入れていたら、兄貴がついてくるんじゃないか?」

 「うっ…!」

 去年の誕生日、光はベイサイドマリーンランドにランティスと二人で遊びに

出掛けていた。招待券が余ったので、風に二枚、海に二枚譲ったが、残りがどう

なったのか光は気に留めてもいなかった。後になって、実は覚も風の姉の空と

一緒に来ていたことを翔がポロッと口を滑らせたのだ。

 もっともランティスのほうは園内で遠目に二人を見つけていたらしいのだが、

あえて光には黙っていたらしい。

 「小学生じゃないんだもん。父兄同伴しなくてもいいよね?ホントにもう…」

 覚は真面目に夏期講習に通っているので、ついて来るなら優か翔ということに

なる。覚は過保護を自覚して控え気味だが、下二人は『過保護で何が悪い!』と

居直るので始末が悪い。

 「ヒカルは箱入りだからな」

 「えーっ?箱入り娘っていうのは、風ちゃんや海ちゃんのこというんだよー」

 「横道にそれるのはそのぐらいにして…。予定の問題を解かないとキャンセル

するぞ」

 「わぁっ!いまやるったら!ランティスってば覚兄様より厳しい…」

 ランティスにしてみれば、『交際しているから光の成績が落ちた』などと

言われる訳にはいかないのだ。光の両親は多少のことなら気に留めないだろうし、

ランティスの成績が下がろうと学院理事の両親もさほど気にするとは思えない。

進路の話も『自分の成績と相談して行きたいところに行けばいい』といい加減な

までに放任主義だった。むしろ学院教師のほうから何度も翻意を迫られている

ランティスだったが、頑としてそれを撥ね退け続けていた。

 

                                 NEXT

 

 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

 どこぞのピアニスト…ランティスの母のキャロル・アンフィニ。学院理事で本職はピアニスト

           マツダ キャロルより