夏祭り
「まぁ…」
「うっわ! どれだけ店広げてるのよ、光ったら…」
ついてきた二人が呆れるのも無理はない。浴衣だけでなく、帯も一通り並べてあるのでは
足の踏み場に困るというものだ。
「だって、どれ着るか決められなかったんだよ…」
「あり過ぎて困るって? 贅沢な悩みね」
「見覚えのある物ばかりですね。どれもよく光さんにお似合いだったように思いますけれど」
「一番のお気に入りはこれなんだけど、先輩と並ぶとなんだか子供っぽくなっちゃうかなと
思って…」
「子供っぽいもなにも、間違いなくお子ちゃまでしょが。中学生にもなってぺんたろうの
Tシャツ着てたくせに…」
「あれはその…、その場の流れで…」
バースデーデートをしておきながら、光があるテーマパークのキャラクターTシャツを着て
いたのはしかと目撃していた…どころか、本人から写メさえ送られていた。海にしてみれば、
それがお子ちゃまでなくてなんなのかと眉間を押さえてため息をつきたいぐらいだった。
「それよりさ、よくフェリオたち甚平さんなんて持ってたね。結構似合ってるし」
これ以上つつかれてはたまらない光がいきなり話題を変えている。
「持ってる訳ないじゃない。うちのママがね、『初めて縁日に行くんなら』って、二人のを
用意してくれたのよ」
「へぇ…」
「残念ながら先輩は規格外だから処分するほど在庫なかったのよね。惜しかったわ…」
「…海さんのお母様は発想が大胆ですわ…」
「ランティスが甚平さん・・・」
兄達がそういう格好をするのは時折見ているのに、ランティスが着たら…などとは想像した
こともなかった。
「甚平はともかく、浴衣ならまだ見られるんじゃない? 覚さんのを貸して貰えばいいのに」
「それは無理。女物と違っておはしょりがないから、10センチ以上違うとつんつるてんに
なっちゃうよ」
「滅多に見られないもの見られるかと思ったのにざーん念! さて、油売ってないで光のを
決めなきゃね」
「光さん、あちらのは?」
一つだけ閉じられたままの畳紙を見つけた風が訊ねた。
「今年仕立てて貰ったやつ。まだ一度も着てないんだ…」
「お誂えの物を箪笥のこやしにする気!? なんてバチあたりな…!」
「見せていただいてもよろしいですか?」
「うん。風ぐらい通しておかなきゃね」
膝立ちで二、三歩進んで光がその畳紙に手を伸ばして、包みを解いた。
「あら、素敵じゃありませんか」
「なによ! こんないいのを仕舞いこんどく気だったの? 勿体なーい!!」
「いいとは思うんだけど…、なんだか背伸びしすぎてないかなって思って…」
「そうでしょうか…。一度あてて見せて下さいな」
風に促されて姿見の前で真新しい浴衣をあててみる。
「まぁ確かにこっちのとはかなり路線が違うけど、すごくいいじゃない。これになさいよ」
「や、でもこれだと三つ編みよりアップにしなきゃいけないかなーって…」
「そんなの私達に任せなさーい! ほら、さっさと着替えて!」
「わかったよ」
「じゃ、着替えたら結ってあげるから。ここの小物、適当に物色してもいい?」
「うん」
浴衣に着替えるをよそに、海と風は和紙で作られた小さな和箪笥の中身を吟味し始めていた。
「…遅いね、ウミたち」
晩御飯を貰う閃光が小屋に戻ってしまい手持ち無沙汰なアスコットは、取って来いをさせて
いたボールをぽーんと上に放り投げては自分で受けている。
「女のコの支度ってのは時間が掛かるもんさ。そんな文句言ったの聞かれてみろ、ウミに
吊るされっぞ」
「き、気をつけるよ」
アスコットがこくんと頷くのと同時に襖が開いた。
「待たせてごめんね」
「誰が誰を吊るすですってー?」
海にちらっと睨まれると、慌てたように視線をそらしたフェリオが光の浴衣を褒めそやす。
「ヒカルにしちゃ大人っぽい柄だな。ヤツに合わせてやったのか?」
「え? やった、ってほどでは…」
かりかりと頬を掻く光にアスコットが思い出したように言った。
「そういえば、さっきそこの携帯着信してたみたいだよ」
座卓に置いたままだったのは光の携帯だ。履歴を確認すると掛けてきていたのはランティス
だった。
「先輩からだ…。どうしたんだろ。メールも入ってる。『車輌故障で少し遅れる』だって」
「あららら。まぁ、学院裏から来るんじゃ遠いわよねぇ」
ふうっと海がため息をつく。聖レイア学院敷地に隣接する家から来るとなると、この顔ぶれ
では確かに一番遠い。
「遠いっつったって、アイツ学校帰りにここの剣道場に日参してるじゃないか。いい加減に
所要時間ぐらい読めっつーの」
ぶつくさこぼすフェリオに光がフォローに入る。
「日参はしてないよ。土日は来てないもの」
「光さんたら。平日通い詰めでいらっしゃるのなら『日参』と申し上げても差し支えないと
思いますわ」
「うっ…。誘ったのもうお昼過ぎだったし、色々忙しかったのかもしれない……いきなりで
悪かったかなぁ」
少ししょげてしまった光の背中を海がバシンと叩いた。
「他の用事があろうと、先輩が光の誘いに乗らない訳がないでしょ?」
「そ、そうかな…?」
「そうそう! 向こうの状況聞くのに折り返しで掛けてみたらいいんじゃないか?」
「でもまだ電車だったら悪いし…。みんなは退屈だよね。先に神社に案内しようか?」
光の提案に海が言葉を濁す。
「駅から来た道だから案内はなくても判るけど…」
「いつ着くかもはっきりしないし、ヒカルも先に行っちまえばいい。アイツは現地集合って
ことで。場所は判ってんだろ? ランティス」
「駅からうちに来る道にある神社だとは言ってあるよ」
「あれだけ賑やかなら素通りする訳ないよね」
「ま、誘っといて『勝手に来い』とは言えねぇか」
「うん」
「ヒカルは言えないだろうけど、俺が言うのはアリだろ」
「ほえっ?」
きょとんとしている光をよそに、甚平のポケットから携帯を取り出したフェリオがメールを
打っている。
「『遅刻した奴は現地集合! ヒカルも先に連れてくぞ』…。よし、送信!」
待つほどもなく着信がきたのは光のほうの携帯だった。
「『先に行ってくれ。神社で合流する』だって」
「なんで俺が送信してんのにヒカルに返信するんだよ、アイツは…」
ぶつぶつ文句をつけるフェリオに海が肩を竦めた。
「そりゃあ私たちよりは光を待たせてることのほうが気になるからなんでしょ」
「連絡も取れたことですし、参りましょうか」
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