ミニ薔薇戦争 

       

 球技大会を終えて一息つく間もなく、≪ちいさき薔薇の舞踏会≫でデビュタントとなる主に

Libra≪天秤宮≫生のダンスレッスンが始まった。

 社交界にも少なからず縁のある家柄の風や海外の避暑地に別荘を持つ貿易商の娘の海は、

実は結構踊れるので超初心者向けのこの場にいる必要はないのだが、彼女たちの親友の

たっての頼みで一緒に参加していた。

 チアリーディング部とダンス部のリーダーであるAquarius≪宝瓶宮≫βのカルディナ・ルネッサが

コーチを一任されていて、そのステディのラファーガ・スパーダもパートナーとしてこの場にいた。

 全く踊れないシャイな少年少女が異性の目を意識して萎縮しがちなので、初心者クラスは

男女別のレッスンとなっていた。

 基本的なステップを教わったあと、二人一組で練習する段になり、光と海が組み、人数の

加減で風が光のチェックをすることにしていた。

 体育館の舞台の上からカルディナがぐるりと見回し、ある一点で目を止めた。

 「こらこらこら!そこの信号機トリオのちんまりミニチュアな赤信号!柔道の乱取りやってんや

ないで!」

 間に障害物もなく真っ正面で指さされた風が呆気にとられたように呟いた。

 「信号機トリオの…」

 「赤信号…?」

 「ら、乱取りって…(┰_┰)(光は柔道未経験者・笑)←そんなとこまで覚似?

 海と光が呟くのと同時に、赤毛の光に皆の注目が集まっていた。

 舞台からタンっと身軽に飛び下りてきたカルディナが、光の両肩をぐにぐにと揉みほぐしてやる。

 「ほらぁ!がっちがちに肩に力入っとるやないの。そないに緊張せんかって、パートナーが

ちゃあんとリードしてくれるよってに、その動きに合わせて曲に乗ったらええんや。男子は

Libra≪天秤宮≫の初心者マークに至るまで、み~っちりウチが鍛えといたるから、楽にしたら

ええ。ラファーガ、ラジカセ持ってこっちきて」

 球技大会で光と同じチームにいたラファーガが光ににこりと笑った。

 「どうしたんだ、ヒカル?抜群の運動神経を家に忘れてきたのか?」

 「ラファーガ先輩…。運動神経よりもセンスの問題なんじゃないかと…」

 「兄貴たちに習わなかったのか?サトルはかなり優雅にリード出来るはずなんだが…」

 「そ、そうなんだ…。全然知らなかった」

 他のことなら、光が不得手だと知れば三兄弟は競って特訓してくれていただろうが、舞踏会に

出したくないとさえ思っているようでは、そんな話になるはずもなかった。

 「しゃあないなぁ…。ちょいお手本見せたるわ。ミュージック・スタート♪」

 カルディナがラジカセのスタート・ボタンを自分で押すと、ラファーガがカルディナの手をすっと

取って踊り始めた。

 フロアを滑っていくような、二人の滑らかな動き。あまりの優雅さに、体操服姿なのに燕尾服と

ドレスの幻影さえ見えそうだった。これに較べれば、光のぎこちない動きは確かに乱取りか

ロボットのダンスだろう。

 曲の区切りのところで、カルディナはラファーガの手を光に渡していた。二人の華麗なダンスに

見蕩れていた光がいきなり現実に引き戻される。普通にステップを踏んでいた海と違って、

ラファーガはやや強引なリードでステップの覚束ない光をぐいぐい引っ張っていた。

 ほとんど身長の変わらない海と踊るときと違い、腕の位置さえ違うのだ。

 『ランティス先輩も、これぐらい高いよね…』

 なかば振り回されるようにしてステップを頭にたたき込みながら、降って湧いた妄想にかあっと

頬が熱くなった。

 『なっ、なんでここでランティス先輩思い浮かべちゃうかな…。先輩は山のように申し込まれても

踊らなかったっていうし…』

 他人の噂話など気にかけない光にしては、去年の情報を知っているのはかなり珍しいことだった。

 一曲終わるまでラファーガに特訓され、ダンスレッスンの時間いっぱい海と風にダメ出しされ、

光はぐったり疲れ果てていた。

 「はぁぁ…。私ってダンスの才能ない…」

 「まだやり始めたばかりじゃありませんか」

 「うーん、平日はクラブがあるし…。光っ!舞踏会まで土日はうちに来なさい!地獄の特訓

やるからね~」

 「う、海ちゃん!?あのっ、そのっ…。それは……いや、悪いし」

 「私もご一緒しますわ。諦めずに頑張りましょう。光さんなら、コツさえ掴めば大丈夫」

 親友二人にここまで言われては、どんなに醜態を晒すことになろうが敵前逃亡など出来るはずも

なかった。

 

 

 

 土曜日。「自宅まで迎えに行こう」と気さくに申し出てくれた海の父親のご厚意は丁寧に辞退し、

光は電車を乗り継いでやってきていた。

 「いつ見ても大きなお家だなぁ…」

 平屋建て瓦葺きの純日本家屋の光の家と違い、風の家同様、瀟洒な洋館だった。

 呼び鈴を鳴らす前に、モニタに映っていたのだろう、カチャリと解錠される音がした。

 『おはよう、光。逃げずにちゃんと来たわね。感心、感心』

 前日に至っても光は相変わらず及び腰で、しびれを切らした海に『逃げたら絶交だからね!』とまで

言われては、この年代は逃げられないだろう。

 

 建物のドアのところでふわりとしたワンピース姿の海が出迎えた。

 「光ったら…慣れが肝心だからワンピース着ておいでって言ったじゃない」

 モニタは上半身しか映ってなかったのだ。

 「あの、部活で遅いと買いに行く時間なくて…」

 「ウチで練習するぐらい、おニューじゃなくたっていいのよ」

 「いや、おニューじゃなくても、ここ数年持ってなくてさ…」

 「この子は~っ!風が着くまでにもう少しあるから、私のを貸してあげる。サクサク選ぶわよっ」

 海の両親に挨拶をする間もなく、光は海の部屋へと連行されていった。

 「うーん、これなんか雰囲気出るかしら…」

 服を借りる光そっちのけで、海は衣装の選択に余念がない。

 「それに光。靴は?」

 「スニーカーじゃないの、ちゃんと持ってきたよ」

 光が袋から取り出したのは、フラットなパンプスだった。

 「光がパンプス持ってたのはびっくりだけど、それじゃダメ。少しぐらいヒールがないとかえって

踊りにくいのよ。あ、そうだ…!ハイ、ちょっとこれに着替えてて」

 光にそう言い渡すと海は部屋を出ていった。言われるがまま着替え始めた光が、「うひゃ、

海ちゃん細いっ!」とこぼす。光は身長からいけば適正体重以下だが、海や風に較べれば

まだ幾分幼児体型を抜けきれず(要するにくびれに乏しい・笑)、めりはりはこれからに期待、という

ところだった。

 『光、入るわよ~?』

 ノックの音とともに海が尋ねてきた。ピッチピチというほどではないが、なんとか海のワンピースを

纏った光が返事をする。

 「着替えたよ」

 入ってきた海がウエストに手を当てて光の姿を見分した。

 「ちょっと窮屈?ま、いっか。靴なんだけど、光って私と一緒のサイズよね?」

 「あ、うん」

 春休みに風と三人でウインドウショッピングをしていた時、可愛いデザインのサンダルを見つけた

ものの二人が望むサイズは欠品になっていたことがあったのだ。ウォークインクローゼットから

出てきた海が持ってきた箱を開けた。

 「じゃあさ、これ履かない?パパがイタリアで買ってきてくれたんだけど、デザインはいいのに

いまいち私に似合わないのよ。だいたい商品を見る目はいいのに、たまに大ハズシするのよねぇ、

パパったら…。きっとこれは映画かなにかの観すぎだったんだわ」

 「そんなの悪いよ」

 「今ちゃんと断ってきたわ。このまま置いておいても私は絶対履かないし、クローゼットのこやしに

するよりマシよ。とにかく履いてみて」

 海が箱から取り出して、光の足元に揃えた。光は少し躊躇ったものの、ファッションに一家言持つ

海がプライベートの服装で妥協がないことも長い付き合いでよく知っていたので、この靴がそのまま

打ち捨てられることも想像に難くなかった。光の目にはとても素敵な物に映っているだけに、それは

あまりにも忍びなかった。イタリア製の、見るからに仕立ての良い靴など縁のない光はおそるおそる

右足を入れた。

 「きつくない?」

 「う、うん。ちょうどいい」

 「この色といい、やっぱり光のほうが似合うわ。これ、このまま使って」

 「え゛え゛え゛ーっ!ダメだよ海ちゃん!こんな高価な物貰えないよ!」

 「じゃあ光はその靴がカビ生えるまでうっちゃらかしになって、ゴミの日に棄てられてもいいって

いうのね!?」

 「いや、だから海ちゃんが…」

 「似合わない物は履かないわ。たとえリボン一つでも、気に入らない物はイヤなの」

 「でも、海ちゃあん…」

 なおも情けない顔で光が抵抗を試みているところに、ノックの音とともにもうひとりの客がやってきた。

 「遅くなって申し訳ありません。車で送っていただいたら渋滞に巻き込まれてしまって…」

 「いらっしゃっい、風。もう少し早ければ光の生着替えが見られたのよ」

 「私は同じクラスですから、体育の時間にいくらでも拝見できますが…。海さんのワンピースを

お借りになったんですか?」

 「うん。来るなり服装チェックにひっかかったんだ。それに靴も…」

 「そのストラップシューズも…?とてもお似合いだから光さんの物だとばかり思いましたわ」

 「ね、光に似合うでしょ?さっきから『私は絶対履かないから貰って!』って言ってるのに、

ごねてるのよ、光ったら」

 普通は何かが欲しくてごねるものだがと思いつつ、風が苦笑した。

 「光さんが遠慮されるのも無理ないと思いますけど、確かにこの靴を履く海さんの姿は、私、

想像がつきませんわ。この靴をお作りになった職人さんのご苦労を無にしない為にも、光さんが

大切に履かれるのがよろしいかと…」

 「風ちゃん…」

 「光が履いてくれないなら、即ごみ箱行きだからね!」

 「判ったよ、海ちゃん。この靴が棄てられるぐらいなら、ありがたくちょうだいします。大事に使うね」

 「よしっ!話が決まったところで特訓開始よ。慣れられるように、その靴でね」

 「はひぃ~」

 またもや情けない返事をしつつ、海&風によるダンス特訓に突入する光だった。

 

 

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                  このお話の薔薇の壁紙はさまよりお借りしています