決戦は月曜日
「リベンジにはまずまずな天気だな…」
朝食を摂りながらテレビを見るだなんて、故国にいたらこっぴどく叱られるところだ。いや、
故国における彼の住まいのダイニングにはそもそもテレビが置かれていなかった。この国に
居てさえ、彼らのお目付け役のイノーバが同席していれば問答無用で切られただろう。
バスと電車を乗り継いで通学する彼らの朝は早い。弓道部の自主朝練に出るフェリオだから
なおさらだ。
もっとも今日はとあるイベントのために全クラブの朝練中止が通達されていた。
「リベンジって…。フェリオ、日食観測に失敗したことあったっけ?こういうの誘ってもいつも
知らん顔だったじゃないか」
もともと朝練には無縁だが、とびっきり約束を取りつけているために用意しているアスコットが
愛猫マリノに朝ごはんを与えながら振り返った。
「金環日食はフウの心をぐっと掴むための舞台装置に過ぎないさ。女の子口説くならやっぱ
ムードは重要だぜ?」
何しろ一度失敗しているのだから、今度は格好良くキメたい。さりとてその失敗をアスコットには
言ってないのでフェリオはさらりと煙に巻いていた。
フェリオの意中の人である鳳凰寺風がそうあっさり流されるタイプだとも思えないが、恋愛
経験値が限りなくゼロに近い自分の口出しすべきことではないとアスコットが口籠る。我が身を
かえりみて…金環日食だろうと皆既日食だろうとそれに乗じて龍咲海を口説けるかと言われたら
…答えは「逆立ちしても無理!!」だった。
金環日食を一緒に観測することを誘おうとするだけで、アスコットは食事が喉を通らなくなって
いたほどだ。たまたま学食で三人娘と顔を合わせた時、アスコットのあまりの食の細さを心配した
海が持参のお弁当からたまご焼きと鶏の唐揚げをひとつずつ、ほとんど手つかずなサラダの皿に
のせたぐらいには…。
「いよいよ来週だよな、金環日食」
切り出せないアスコットにジリジリしたフェリオが、なんとか突破口を開いてやろうとさり気なく
話題にした。
「だよね!私もランティス先輩と約束してるんだ?!日食観測グラス忘れないようにもう鞄に
入れてあるよ」
「光さんったら、気が早過ぎますわ」
「えへへっ。だってー、次に日本で見られるのは2030年だよ?しかも北海道まで行かなくちゃ
見えないし」
「待ち合わせはメールでご連絡いただいた通りで変更ありませんか?」
お茶で口直しをした風がフェリオに訊ねた。
「おう!変更ナシ!」
あえて場所を口に出さない二人に光がキョトンとした顔で割り込んでいた。
「あれ、風ちゃんたちは学校で見ないの?」
「ふふふっ。とっておきの場所で見ますのよ。通勤通学時間帯の交通トラブルを勘案して
朝のHRと一限目は自由登校になっていますものね」
「えー、どこどこ?そんな遠くまで行くの?」
「内緒です」
「う〜、風ちゃんのけち。海ちゃんたちはどこで見るの?」
すっかり二人が一緒に見るものと決めつけている光にフェリオは「よっし!!ヒカル、ナイス!」と
心の中で喝采を送っていた。これでまだ言えないようなら影でアスコットをひねきってやるところだ。
「私は別に…」
太陽が欠けようと月が欠けようときっぱりどうでもいいと海が宣言する前に、椅子をガタつかせて
アスコットが立ち上がった。
「あ、ああ、あのっ!良かったら…、一緒に見ない?一人で観測するのもなんか…味気なくて…っ」
意気地が無いわりにいつもいつも衆人環視の中で誘う羽目になるのはそういう星のもとに生まれ
ついているのだろうか。
中等科一の美少女と名高い龍咲海にデートを持ちかけるせいたかのっぽの少年に、学食中の
視線と聞き耳が集まっていた。
「…ま、いいけど。とりあえず座ったら?で、どこで見るの?」
さらっとOKの返事をした海にアスコットが目を丸くして、気が抜けたように椅子に腰を落とした。
「いいの…?」
「ま、珍しいものだっていうしね」
「じゃあ、一番いい場所探してメールするよ」
「オッケー。ちゃんと早起きするわ」
「あのっ…これ!たまご焼きと唐揚げ、遠慮なくいただきます」
「あら、食欲出てきたの?よかった」
ふふっと笑う海の笑顔に見とれつつ、身も細る想いの懸案がひとつ前に進んで頂き物の
たまご焼きと唐揚げをしっかり味わうアスコットだった。