ひかりのどけき春の日に・・・
「…生徒会でお世話になったみたいでね、覚兄様も楽しみにしてたんだ。残念がるだろうなぁ」
火を噴くのは顔か頭か微妙なあたりの出来事の回想に気を取られ、あろうことかランティスは
光の話を聞き漏らしていた。
「サトルが何を…残念がる?」
「…聞いてなかったんだ…」
「すまない…」
ランティスの顔をじいっと見上げていた光がふるふるっと首を横に振った。
「ううん。もう三年生になるんだから受験勉強しなくちゃいけないんだよね。毎日道場に通う
のは大変なんじゃない? 長く通ってる門下生さんでも、受験の人は回数減らしてるもの…。
運動不足の解消と気分転換に来るって感じだよ」
同学年のアスコットがボーイフレンドの海や、一学年違うだけの風と違い、光がこんな風に
ランティスといられるのはあと一年だけなのだ。聖レイア学院の大学部に進学してくれればまだ
あう時間はそれなりにあるだろうが、国際バカロレアを取得済だというランティスなら、国内の
一流大学はもとより、兄のザガート同様ケンブリッジ大学あたりに進学してもおかしくなかった。
「そこまでやらなければならないほど成績は悪くない」
「知ってる。特待生の覚兄様と風ちゃんちの空お姉ちゃんでいつもトップ3争ってるって
聞いてるもの」
「だから、そう心配するな」
大学受験を控えながら恋愛にうつつを抜かして結果失敗したなどと言われるような失態は
相手の負担になるだけだ。
「うん……。そういえば、志望校決めたのか? 進路指導の先生に出せ出せってすっごく
せっつかれてたよね?」
「出すには出したが…。気に入らなかったらしいな。今度はよく考え直せとうるさい…」
「あ…、もしかして『ぺんたろう専属通訳』って、私が書いたの、先生読めちゃったの!?」
進路調査票を前に難しい顔をしているランティスが凄く年上なのになんだか可愛くて、光が
いたずら書きしたやつだ。きっちり消しゴムで消したものの、筆圧の高い光の文字の跡がかなり
くっきり残ってしまっていた。どうせ進路指導主任の豊田先生は老眼で気づかないだろうと
ランティスは言っていたが、バレたらふざけてると叱られてもしかたがない。
「いや、それは何も言われてない。俺が書いた分に納得出来なかったみたいだな」
「ふぅん…、で、どこ狙ってるの? 覚兄様はとにかく国立だって。何しろ下に三人もいるし、
聖レイア学院みたいに至れり尽くせりの特待生制度がある私学はないみたいだから」
覚のような特待生の場合、学費全額免除どころか学校生活で必要な体操服や実験着、辞書・
参考書からノート類に至るまで、学校指定のない物などは学生自身が好みの物を購入した上で
その経費を学校が負担していた。
覚のすぐ下の優は優待生だが学費他の負担が半額の上、ノート類は購買部扱いの物に限られて
くる。学院設立者であるランティスの曾祖父の提案で始まったこの制度は返還の義務がない。
それでもその待遇に感謝した卒業生たちは、卒業後に某かの形で学院に恩返しをしていた。
「とにかく国立とは言ってもどこでもいい訳じゃないだろう」
ミス聖レイアに相応しい男とその家族に認められる為には生半(なまなか)なところへは
行けないだろう。
「んー、北海道とか京都とか大阪は遠すぎて除外でしょ? なるべく自宅通学出来るとこで、
道場のほうも面倒見る気みたい…。となると東京、一橋(ひとつばし)、ちょっと離れて横浜
ぐらい?筑波は遠いよね…」
単に両親の経済的負担を減らす為に覚が国立狙いをしていると光は考えているようだが、
必ずしもそれだけではないだろう。政財界に逸材を輩出する有名私学も東京には数多(あまた)
あるが、弟妹の進学も見越して敢えて厳しい道を選択しようとしているのだろう。
「うわぁ、だめだぁぁぁ…」
いきなり頭を抱え込んだ光にランティスも立ち止まった。
「どうした? ヒカル」
「……偏差値高そうなとこばっかりだったから、ちょっとクラクラきちゃったんだ」
「お前の大学受験はまだまだ先だ。いまからクラクラするな」
ランティスが夕陽色の柔らかな髪をぽむぽむと撫でて宥めるが、光は情けない声で答えた。
「だって、学年こそ違うけど四人とも同じ学校、同じ先生に見てもらってるから、やっぱり
比較されちゃうんだよ。覚兄様は文句ナシのオールラウンダーでしょ? 優兄様もだいたい
そんな感じ。翔兄様と私は上の兄様たちに比べたらやや体育偏重だって…」
「体育大学への推薦はいくつかある。お前なら推薦以前に今の戦績を維持出来れば大学側から
スカウトが来るだろう」
さらりと言ってのけたランティスにまたぞろ光が唸っていた。
「う゛ー、それって、中学高校の間に出る大会み〜んな優勝しろってこと? 凄くさり気なく
無謀なこと言うよね、ランティスって…」
「遠くを見過ぎては足元がおろそかになるぞ。一戦一戦に全力で臨めば結果はついてくる。
…違うか?」
「そりゃあついてくればいいんだけど…。もっと頑張るよ」