ひかりのどけき春の日に・・・

 

  夏・冬・春休みもお構いなしな剣道部の彼女持ちというのは一般にはつまらないこと

なのかもしれないが、ランティス・アンフィニにとってはかえって幸運なことだった。

彼女を遊びに連れ出すには超絶口うるさい兄たちがいるからだ。三兄弟との対決に勝利し、

交換日記のノートも覚に渡された分はすでに使い終えた。文句を言われる筋合いなどない

のだが、全ては妹思いゆえのことと受け流していた。部活帰りの光に合わせてランティスが

獅堂流剣道場に通えば、顔を見て話も出来るので特段不自由さは感じなかった。

  駆けてくる光が肩に掛けている学院ロゴの入った赤いスポーツバッグには、バッキンガム

宮殿の近衛兵の服を着たテディベアが揺れていた。

 「 ランティス、お待たせ〜!」

 「そんなに走らなくても。…ロンドン土産か?」

 いつもと違うことをしっかり見てくれていたランティスに光がにこにこっと笑った。

 「昼休憩の時にね、風ちゃんが持ってきてくれたんだ!ヨーロッパの方に家族旅行行ってて、

トラ…トラ…トランスフォーマー…? あれ??」

 「・・・トランジットか?」

 「そう、それ! イギリスでのトランジットが凄く長くなるからって、一旦入国して観光する

ことにしたんだって! 今年はダイヤモンドなんとかとオリンピックがあるせいかとっても

賑やかだったみたいだよ」

  光がいう『ダイヤモンドなんとか』というのはおそらく女王在位六十周年記念のことだろう。

世界的ピアニストである母キャロルが祝賀式典に参加するような話をしていた気もするが、身内

自慢めいた話をランティスがするはずもなかった。鳳凰寺家の旅行のロンドンでの待ち時間が

長引いた理由をランティスは知っていたが、それを光に話すことは出来なかった。

 「それはそうと…ランティスってば毎日うちに通ってるけど、父様や兄様のお相手しなくて

いいのか?」

  この春休みは久々に家族が日本で揃うと聞いていたような気がするが、日々の忙しさに紛れて

光はすっかり忘れていた。

 「ああ。急な仕事で帰国取り止めになったんだ。ザガートもそちらに同行したらしい」

 「そっかぁ、残念だったね。チャーター機のパイロットさんって大変なんだ…」

 

  ランティスにしてみれば、今回の彼らの帰国が流れたことはこの上なくありがたかった。

バレンタインに食べたアイリッシュケーキで酔って光と二人して寝入ったところをキャロルに

写され、父クルーガーと兄ザガートに撒かれていたのだから。

 『ツメが甘いね、君は。どうして服着たまま寝てるんだ。眠る時に身につけていいのは、

愛しい人の香りだけだよ?』

 『うつけ者』

  珍しく父と兄が寄越したメールに疑問を覚えたランティスが『なんだあのメールは?』と

問い合わせると、二人から証拠写真が送られてきて母に怒鳴り込んだのだった。

 「だって『ランティスにもやっとこんなに可愛いガールフレンドが出来たのよ!』って、

クルーガーやザガートにも見せびらかし……じゃなくて、教えてあげたいじゃないの…。

あ、自分に無いから怒ってるのね? 貴方の携帯にも送ってあげるから機嫌直して…」

 「父さんとザガートから送られたからもう…」(欲しかったんだな・笑)

 「あら、頑張ってデコったスペシャルバージョンなのよ? ホラ!」

  嬉々としてiPhoneの画像を呼び出したキャロルが見せたのは、寄り添いうたた寝する二人の

周りに赤やピンクのハートがこれでもかというほど飛び交っていたのだった…。


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