喉も渇いたしということで、フードコートのパラソル付きのテーブルに光を掛けさせランティスが飲み物を買いに行く。

順番待ちの間、そちらを見遣ると光は次なる獲物を真剣に吟味しているのか俯き加減でランティスの視線に気づかない。

遠目に見た光の格好にランティスが思わず苦笑する。

 「黄色いつばの野球帽に水色のポロ…。見ようによってはあれもぺんたろうだな」

 

 駅で顔を合わせた時、胸に何かのロゴの刺繍があるだけのずいぶんとシンプルなポロシャツだなと思っていた。

二人きりで遠出をするのは初めてだし嬉しくて仕方がないのだろう、なかばスキップでもするように前に出た光の背中を見て

妙に納得してしまう自分がいた。

 ≪ロッキー&ホッパー≫というイワトビペンギン二羽のキャラクターの特大の刺繍をどどんと背負っていたのだ。

 「…ずいぶんデカいペンギンだな…」

 「これ?エヘッ、いいでしょ?昨日、翔兄様に貰ったんだ。商店街の福引きでこんなスゴイの当てちゃったのに、兄様が

着られるサイズなかったんだって。おニューだよ!」

 にこにこ上機嫌な光に小さく笑みを返しつつ、もしも翔がこれを着ていたなら指さして笑ってやるなどと考えていた。

 

 ストロベリースムージーで喉を潤しながらあれでもないこれでもないとアトラクションの取捨選択に真剣な光の背後に、

ぶっとくて青い物体が接近していた。光と向かい合ってアイスコーヒーを飲んでいたランティスはとうに気づいていたが、

図体の割に短い手を口許にやる仕種(をしたいのだろうなという想像も働かせつつ)と、光にとって害はない、…どころか待望の展開に

なるのを見越して静観を決め込んでいた。

 いつぞやのカルディナといいこいつといい、どうしてか自分はこういう状況に立たされやすいなとランティスが苦笑する。

 背後に立ったそいつが、短い手でつんつん、つんつんと光の背中をつっついた。

 「何?次に乗りたい物決まった?」

 「……テーブル越しにお前の背中をつつくには、化け物じみた腕の長さが必要になるな……」

 光が園内MAPから顔を上げると、アイスコーヒーを片手にゆったりと腰掛けたランティスが目の前にいる。

 目をぱちくりさせた光の背中がまたつんつんつつかれた。

 「私に何か用?…うにゃあっ?!」

 振り向いた光の視界が青と白に塞がれた。30センチ足らずの距離の馬鹿でかい物体に、一瞬光の目が寄っていた。

 営業スマイル(着ぐるみの表情が変わるはずもないが)とばかりに、一歩下がったぺんたろうが短い手を振ってみせた。

 「わぁっ!ぺんたろうっ!本物だっっ!こんにちはっ!世界を旅して来たんだって?お帰りなさ〜い!」

 この暑苦しいのにぺんたろうにばふっと抱き着き(ランティスちょいムカ?)労をねぎらっている。中等科に進級したことなど

もう頭から吹っ飛んだような熱烈歓迎ぶりだ。

 ランティスのやや不機嫌オーラに気づいたのかどうか、ぺんたろうは抱擁を解くと 光に何かを訴え始めた。訴えるといっても

この手のキャラクターの常として、言葉はなくジェスチャーだけだ。

 「……う〜ん、私の背中に何か付いてる?」

 くるりと後ろを向かせて光の背中をつついては身もだえ(?)というのか、じだんだ(これまた脚も短いのでよく判らない・笑)というのか、

必死にアピールしているのは読み取れた。

 「…他のペンギンなのが気に入らないんじゃないか…?」

 「ほえっ?」

 よく飲み込めていない光とは対照的に、ぺんたろうは「ピンポン♪オマエ正解っ!」といった風情でランティスに向かって

踊っていた。

 「スゴイなぁ、ランティスってば、ぺんたろうの専属通訳になれるね!」

 いまだ進路を確と定めた訳ではないが、それは出来れば遠慮したい生業(なりわい)だなとランティスは心ひそかに思った。

 そんな二人に構わず、ぺんたろうは後ろに従えたガールフレンド、パステルピンクのペンギン・ぺんりえったの押すカートから

ウォーターブルーのぺんたろうTシャツを取り、光にあてがっては「絶対こっちのほうがイイよ!」アクションでアピールしていた。

 一般の中学生にはかなり不向きなデザインのTシャツだが、似合わなくないあたりがなんとも光らしい。

 「せっかくだから記念に買おう」

 「あのっ、おこづかい持ってるから、自分で買うよ!」

 ジーンズのポケットから財布を出そうとしたランティスを光とぺんたろうが止めた。

 「あれ、売り込みじゃないの?……えーっと…、もしかしてそれは……ぺんたろうルックになれと言ってるのか…な…?」

 「ピンポン、ピンポン、ピンポン♪オマエも正解っ!」とばかりに、光の手を取って踊っている。

 「えええーっ!?そりゃあ5年前は帽子から靴までフルセットで着てたけど、一応これでも中学生なんだよ…」

 光の言葉にランティスが微かに眉を上げていた。ぺんたろうに答えながら光がランティスをちらりと見遣る。嫌がってる表情には

到底見えない…どころかむしろ嬉しげだが、連れの意向を気にしてくれているのだろう。

 

 あんな顔をされたなら、駄目だなどとは言えなくなる。

 

 「園の主に敬意を表して着替えるか?」

 「いいの!?」

 なんといっても光の誕生日なのだし、好きなようにさせてやりたいランティスがこくりと頷いた。

 「ぺんたろうルックになってもいいけど、着替えるとこある?」

 光がそう尋ねると、ぺんたろうとぺんりえったが光とランティスに「ついて来い」アクションで歩き出す。

 園内の客に愛想を振り撒きながら歩くぶっといペンギンの後を追いながらランティスが光に訊いた。

 「…前に『迷子になったことがある』と言ってたのは…」

 「あははは、あれ?…五年前の誕生日、ここで迷子になったんだ。園内の子供がぺんたろうルックばっかりで、私もその格好

だったから紛れて捜せなかったって兄様たちがこぼしてたよ」

 「………」

 「あの時は遠くにぺんたろうを見つけて、行くか行くまいか悩んでるうちにみんなとはぐれちゃって……。どこ探せばいいのか

判んないし、なんだか変な人に声かけれちゃうしでどうしようと思ってたら、覚兄様ぐらいの男の子が助けてくれたんだ」

 「・・・」

 「世界的に流行ってたからランティスも読んだかもしれないけど…、≪流浪の王子≫シリーズの主人公の王子さまみたいな、

スッゴく格好イイ男の子だったんだよ」

 「・・・・・・」

 「真夏の太陽に透けるプラチナブロンドで、ランティスみたいな蒼い瞳で…」

 「………日本語がペラペラだったろう……」

 「そう!……あれ、覚兄様に聞いてたの…?」

 「…いや…」

 曖昧に答えたまま、ランティスが光の肩をぽんぽんと叩いていた。

 

 今朝、黄色いつばの野球帽と水色の服の光を見て以来もやもやと頭にもたげていた疑惑がようやく解消したランティスだった。

 

 

 

 フェリオをともなって風が帰宅すると、玄関の門柱のところに佇む小柄な人影があった。

 「お帰りなさいまし…。お待ち申し上げておりました」

 「…お招きにあずかりました」

 鳳凰寺家のばあやが苦手なのか、軽妙洒脱が身上のフェリオの物言いがいやに堅苦しい。

 「ただいま帰りました。あの…その壺…、お塩ですか…?」

 ばあやが抱え込んでいるものを目ざとく見つけた風が不思議そうに尋ねた。

 「左様でございます。空お嬢様からのお申しつけがございました。風お嬢様とお客様のお二人を門外でお迎えして

お清めして差し上げるように、と…。ご無礼致します」

 匙代わりに折り畳んだ懐紙を粗塩の壺にざくっと突き刺して掬うと、風とフェリオに盛大にぶちまけた。

 「きゃっ!」「うわっ!」

 『何しやがる!?』と喉まで出かかったフェリオだが、スウッと肩が軽くなるのを感じてゴクリと唾を飲み込んでいた。

 「・・・・・なんか・・・」

 「いま…肩が…軽くなりました…ね」

 顔を見合わせた二人の目が≪答え≫を求めて泳いでいるところに、すーっと近づいてきた鳳凰寺家のベンツのリアシートから

声をかける者がいた。

 「お帰りなさい、風さん。フェリオさんはともかく、肩に乗るようなお客様をお連れしてはいけませんわ」

 「・・・」

 「空お姉様、それは…あの…どういう…」

 知りたいような知りたくないような・・・・・、知的好奇心旺盛な風にしては追究が手ぬるい。

 「肩、軽くなったでしょう?」

 

 残暑厳しい夕暮れ時の道端で、二人は心底背筋が凍る思いを味わったのだった。

 

 

                                            

 

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