この夏、アイツが帰ってくる!!

 

 抜けるように高い真夏の空に向かって波に乗る、やたらと幅の広い、まるまっこい物体のシルエットのポスターが

駅に貼り出され、すぐそばのラックにはご丁寧にチラシまで用意されていた。

 ランティスと一緒に改札を通った光が、タタタッと走り寄る。

 「これって…、ぺんたろうじゃないのかなぁ」

 さっとチラシも引き抜いて目を通すが、何を勿体ぶっているのかキャラクター名は敢えてふせられたままだった。

 

 『五年の歳月を越えて、世界を旅してきたアイツが

           ベイサイドマリーンランドに帰ってくる!

                   キミも迎えに行ってみないか!?』

 

 「やっぱり!ベイサイドマリーンランドって書いてあるもの、絶対ぺんたろうだよ!懐かしいなぁ」

 その昔海洋系博覧会が行われた場所は、遊戯施設がそのまま残され遊園地になっていた。

 「夏休みに行くか?」

 「ほんとに?行きたい、行きたい♪私、海洋博の時も行ったんだよ!…あ、先ぱ…じゃなくってランティスも行ってたよね?

球技大会のハチマキ巻いてたぺんたろうのぬいぐるみ、私が買って貰ったのよりずーっと大きかったもの!」

 「俺がねだった訳じゃない…」

 万が一にもそんな疑いを持たれるのは心外だ。そんなランティスに光がクスクス笑っていた。

 「私はお誕生日だったから、調子に乗っていっぱいおねだりしちゃったよ、えへっ」

 交換日記を通して光の誕生日が8月8日だということは知っていたが、その日に連れ出したりするのは難しいだろうかと

ランティスは考えていた。

 

 

 

 「The 5th Anniversary♪ ベイサイドマリーンランド…?あれ、期間限定イベントじゃなかったのか」

 弓道部の練習を終え、風と二人で駅貼りのポスターの前を通ったフェリオが怪訝そうに言った。

 「博覧会は期間限定でしたけれど、遊戯施設のほうは取り壊す費用も馬鹿にならないからと、どこかの企業に売却された

ようです。知名度が欲しかったのかそのままの名前で遊園地になっていますわ。でもよくご存知でしたね」

 「そりゃあセフィーロくんだりから来たからな」

 「まあ」

 「俺の母親とミセス・アンフィニが旧知の仲でね、あの一家と一緒に来たんだ。スコットランドのサマースクールにいた

ランティスも呼びつけてさ」

 「私と空お姉様も行ったんですよ。光さんのお誕生日祝いということで、獅堂家の皆さんと」

 「へぇ。熔けるぞってぐらい暑くてなぁ、ランティスなんかすぐどっかにずらかるし、なかなか大変だったよ。絶叫マシーンは

爽快だったけど」

 「私たちも真夏の8月の6日から8日にいきましたのよ。オフィシャルホテルに二泊させていただいて」

 「んー?俺たちが来たのもそのぐらいの時期だぜ。パスポート見りゃ判るけど。案外どこかですれ違ってたかもな」

 「大変な人出でしたもの。光さんが迷子になってしまわれて、見知った顔を探すのも一苦労でしたわ」

 「そういえば…あの時ランティスも待ち合わせ場所にいなくて、迷子の呼び出しかけて貰おうかって相談してるとこに

ひょっこり帰ってきたんだ。『迷子のペンギンを届けてきた』とか言ってたっけな…」

 「ペンギン?…マスコットキャラクターの…、そうそう、ぺんたろうルックの子供さんだったのかしら?実は光さんも

あの格好でいらしたせいで、余計に捜しにくかったんです」

 年齢から逆算するとすでに初等科に上がっていたのにあの格好をしたのかと、フェリオが苦笑いしていた。

 「なんか、ヒカルらしいよなぁ。…」

 ちらりと窺うようなフェリオの視線に気づき、風が慌てて答えた。

 「私は着ておりませんわ。光さんに勧められてもきっぱりお断りしましたもの。上下セットとお帽子を一緒に来られなかった

海さんへのお土産になさったんですけど、少なくとも私たちの前ではお召しになりませんでしたわね…」

 「…暴挙だな、ヒカル」

 くっくっくっくっと肩を揺らせてフェリオが笑っていた。

 

 実はこの一件が決定的要因になって海が小物からファッションに至るまで妥協しなくなったのだとは、二人の親友も

知りえない真相だった。

 

 

 

 「ベイサイドマリーンランドか…」

 期末試験の最終日、マリノの様子を見る為について来たアスコットと並んで歩く海がいきなり立ち止まった。

 『この夏、ベイサイドマリーンランドをCOOLなアイツが熱くする!!』

 光たちが見たのとはまた違うポスターで、激烈ぶっとい黒いシルエットは見当たらない。

 「…ったくもう、COOLな奴が来ようがHOTな奴が来ようが、夏は暑いんだってば…」

 三月生まれのせいかたまたまなのか、苦手な真夏の暑さを想像しただけで海がげんなりしていた。

 「あれ?まだやってるの?期間限定だからって、フェリオははるばるセフィーロから見に行ったのに…」

 「博覧会は終わってるわ。ジェットコースターとか観覧車とかのアトラクションが残ってるの。ベイエリアにあるって

いうだけで、普通の遊園地と変わりないはずよ」

 光に誘われた時に行きそびれた海は、結局博覧会期間中に行けずじまいで、遊園地としても行ったことがなかったのだった。

 「…その≪普通の遊園地≫ってのに、行ったことがないんだ。歩いたほうが早そうなメリーゴーランドとか、手漕ぎボートとか、

そういう地味めのしかないんだよね、セフィーロは…」

 「確かにお城以外に大きな構造物を見た記憶がないわね…。じゃあ、行ってみる?」

 「えっ!?あの、その…僕は嬉しいけど、ウミは暑いの苦手なんじゃ…」

 「延々エアコンの効いた室内にいるのも不健康だし、一日ぐらいいいわ。それに私もあそこには行ったことがないのよ」

 「それなら行きたいな!ウミはいつがいい?」

 「家族旅行の予定が解らないから、ママに聞いてみてからでいい?」

 「もちろんだよ」

 地上3センチぐらいを浮いてるんじゃないかというほど軽い足取りのアスコットを随えて、海はプラットホームへと消えていった。

 

 

 

 「ただいま帰りましたぁ!」

 「お帰りなさい。光さんにお手紙ですよ」

 ランティスと別れて母屋に入った光が母にそう呼び止められた。

 「手紙?」

 「ベイサイドマリーンランドからですけどね。ご招待状在中ですって」

 母から手渡された封筒には確かにそう朱書されていた。筆立てからレターオープナーをとると、さっと開封する。

 「…『獅堂光さま、お誕生日おめでとうございます。この夏、ベイサイドマリーンランドは皆さまのご愛顧のお陰を持ちまして、

無事五周年を迎えることと相成りました。つきましては、オフィシャルホテルでバースデープランをご利用されましたお客様に、

利用日限定ではございますがご招待券を進呈させていただく運びとなりました。ご家族、ご友人お誘い合わせの上

ご来園いただければ幸いです』…やった!母様、二枚貰っていい?ランティス先輩と『夏休みに行こうか』って話してた

ばかりなんだ!」

 「それは光さんに届いたものですから、お好きに使われたらよろしいのですけど。ランティスさんとでしたら安心かしら。

ご迷惑にならないようにね」

 「はいっ!じゃ、二枚っと。あ、やっぱりあと四枚貰っとこ。残りは兄様たちに使ってもらって」

 必要分だけ取ると光は自分の部屋にかばんを置きにいった。

 

 お風呂を済ませて普段着に着替えると、光はそわそわと壁掛け時計を気にしていた。練習帰りのランティスをつかまえて

チケットのことを報告しなくてはと思ったからだ。

 「あ、でもマズいかな…」

 なんといっても兄たちの目というものがある。覚はあまり口に出すことがなくなってきたものの、優と翔のランティスへの

対抗心たるや半端ではないのだ。

 「う〜、いますぐ言いたいんだけど…、メールかな。いいや、日記に書いちゃお!」

 ちょうど交換日記は光の手元にある。100色セットの色鉛筆のケースを開けて、光はカラフルな絵日記を描き始めた。

 

 「出来たっ!」

 時計を見ると間もなく練習が終わる時間だった。パタンとチャーミーキティのノートを閉じると、光は慌てて部屋を飛び出して行く。

縁側から下駄をつっかけてカラコロ音を立てて中庭に出ると、小屋から閃光が顔を出した。

 「閃光、うるさくしてゴメンね!」

 「ありがとうございました」と道場へ一礼したランティスが、軽やかな下駄の音に振り返る。

 「ヒカル…。どうした?」

 「日記書けたから渡そうと思って。どうしても今日中に言いたいことがあったから」

 なにもそんなに慌てなくてもメールなり携帯電話なりという手段もあるのにと思いつつ、そういう一生懸命さがなんとも愛らしい。

ついつい場所柄を考えず柔らかな髪を撫でたランティスの手を指で弾くものがいた。

 「お前な、保護者の目も少しは気にしろ」

 「…見えないところでならいいのか?」

 しれっと覚に答えたランティスの言葉に過敏に反応するのは下二人だ。

 「な゛っ!」

 「俺たちの目が黒いうちは、光に不埒な真似はさせーん!」

 「もう…。兄様たちのことは放っておいていいよ。ランティス、電車に乗り遅れちゃう」

 ブーイングのうるさい兄弟からランティスを引きはがすと、光は門まできて見送っていた。

 「また明日」

 「ああ」

 光に小さな笑みを見せるとランティスは獅堂家をあとにした。

 

 

 

 『明日の補講前のお弁当、アセンブリ・ルームで食べよ☆彡』と、夜のうちに海と風の二人にメールを送って了解を取ると、

チケットを二枚ずつ入れた封筒をかばんに入れて、また予習に取り掛かる光だった。

 

 

 

 「光からここに誘うなんて珍しいわね」

 たいていは海や風が級友らの耳目を憚る話をしたいときに光を連行するケースが多いのだ。

 「だってみんなにあげられる数ないんだもん。利用日限定なんだけど…これ、使わないか?」

 そう言って光は二人に封筒を差し出した。

 「なぁに?…これって!」

 「まぁ、ベイサイドマリーンランドのご招待券じゃありませんか」

 「博覧会の時にバースデープランで泊まったお客さんに配ってるみたい。私の誕生日だったから8月8日限定なんだけどね」

 「ちょうどフェリオと話してたばかりなんです。でも、光さんはご利用にならないんですか?」

 「行くよ。ご招待券、10枚も入ってたからおすそ分け」

 「アスコットとも行こうとは言ってたんだけど、もしや6人一緒になんて考えてるのかしら」

 ダブルデートもこっぱずかしいが、トリプルデートなんてあの先輩が承知したりするだろうか。

 「へっ?……先輩に引率して貰うのか?うちの学校そんなにうるさく言わないから、Libra≪天秤宮≫同士でも平気じゃない?

もし外部の補導に引っ掛かったら、メールか電話して。先輩とすっ飛んでくよ」

 広い敷地に沢山のアトラクション…そうそう出くわすこともないだろうと光は踏んでいるらしい。

 「それではありがたく使わせていただきますね」

 「じゃ私も貰いっと。ありがと」

 「何着てこうかなぁ」

 「ぺんたろうルックはなさらないんですか?」

 にこりと笑った風に、光はカリカリと鼻の頭を掻いていた。

 「風ちゃんったら…。あれはもうやらないよ」

 「ランティス先輩悩殺の可愛らしさじゃな〜い?」

 まるでロリ疑惑でも抱いてるが如きの言い草だ。

 「海ちゃんまでそんな…」

 光がぷぅっと膨れっ面になる。

 「冗談、冗談♪ふぐになってたら風に食べられちゃうわよ」

 「海さんあんまりです。いくら私が河豚料理好きでも、大切な友人は食せませんわ」

 聞きようによっては、風の言い分も酷いモノがある。

 「うう、どっちも結構酷いよ…」

 ぺしゃんと垂れたネコミミが、そのしょげ加減を表していた。

 「ほらほら、おやつにフィナンシェあげるから、機嫌直して」

 食べるとも食べないとも返事も聞かないうちにさっさと包みを開けて光の口元に持っていく。

 「しょうがないなぁ。買収されてあげるよ」

 海の手もかじりそうな勢いでぱくぱくっと二口でフィナンシェを平らげる。こういうやりの方が後をひかないからだ。

 「楽しみですわね、夏休み」

 三人は互いの顔を見合わせるとニコッと笑っていた。

 

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