すくーるでいず 特別編 ―― 遠雷 E・N・R・A・I ――
feat. R.Tsuruga & Kyoko
キョーコが光を伴って担当者に挨拶をする。
「おはようございます。えっと、こちらが獅友剣鑽会の五十鈴さんの代役して下さる獅堂光さん
なんですけど、彼女のお衣装は…?」
「おはようございます、京子さん。あの、その子ど…お嬢さんが、ですか…?」
「ちっちゃくて可愛くても、剣道の全国中学女子チャンピオンなんですよ」
「京子さん、恥ずかしいからそれ言うのやめましょう…」
「どうして?アイドルなんて星の数ほどいるけど、剣道のチャンピオンになれる人はほんの一握り
じゃない。胸張って自慢していいと思うな」
「は、張るほどの胸じゃ……」
足元を見下ろして(胸で遮られなかった・爆)凹んでいる光をキョーコがガバッと抱きしめた。
「同士!まだまだ発展途上よ、私達っ。頑張りましょう!」
何をどう頑張るのか、そもそも頑張ってどうにかなるものなのかはなはだ疑問だが、憧れの女優さんに
そう言われては頷くよりない。
「京子さんは途中まで着替えてからメイクさせていただきますね。それまで獅堂さんのほうのお支度していて
構いませんか?」
「はい。着物は慣れてますから」
こんな予定では全くなかったので、肌襦袢からなにからあちらが準備したものをなされるがままに
着せられ始めた光だが、あまりの締め付けに待ったをかけていた。
「す、すみません。そこまで締められると剣を振るいにくいです。ちょっと自分で着なおしていいですか?」
「崩れないように締め過ぎちゃったかしら。着付け出来るの?」
「自分で着るだけならなんとか。お茶席の度に着せて貰う訳にいかないから」
「偉いわぁ。京子さんも茶道をなさってるせいか、所作も綺麗で自分で着物着られるんですよね。あーあ、
やっとけば良かったかしら…」
自分の過去に絡む話をふられたキョーコが軽く引きつり、慌てて話題を変えていた。
「あ、いえ、その…。そうそう、さっきからずっと気になってたんだけど、『獅堂流』って、私、お茶の流派だと
ばかり思ってたのに、剣術の流派だったのね」
「両方あります。お茶のほうは母様が師範やってるから…」
父が獅堂流剣道総師範、母が茶道獅堂流師範……目の前にいるのはどうやら本物のお嬢さまらしいが、
さばさばとした話し方のせいか、キョーコのメルヘン回路がいつもほどには刺激されない。
「あの…師範っていうより家元なんじゃ…?あ、もしかすると分家筋だったりするのかしら?」
「ううん、本家。というか獅堂姓の分家はないし。家元なのはお祖母様。実質の指導に当たってるのは
母様なんだから、家元も譲っちゃえばいいのに…」
もしや世にいう嫁姑の争いだろうかとメイクの女性がワクワクしているが、そんな不躾なことを尋ねる訳にも
いかずキョーコが切り込んでくれるのを期待していた。
「…他に『獅堂さん』がいないっていうなら、私が教えて頂いたのって光ちゃんのお母さんだったんだわ…」
「ホントに!?いいなぁ。私でもほとんど直接教えて貰ったことないんだよ。たいてい父様と全国回ってるから…」
「私が教えて頂いたのは京都よ」
「京都?京都は…んーっと何ていったかな、あ、『松之園』って老舗旅館の女将さんと幼なじみだからって、
関西圏の師範がたの親睦会を兼ねたおさらい会の為にお茶室借りてるよ。そこに寄る度に旅館特製のお茶菓子
送ってくれるの。あれが美味しいからついついおうす点てちゃうんだ」
「ああ…。『松之雫』はお抹茶入り玉露でもダメよね。本当に、おうすの為だけに考えられたお菓子だから」
「そうだ、『松之雫』!…あれ、ホントは旅館のお茶室でしか出してないって聞いたような…」
「ちょっとね、『松之園』の女将さんによくして貰ってたから、そのご縁で二、三度一緒にご指導頂いたの」
「そうなんだ。うち以外で母様のお弟子さんに会ったのって初めてだよ。世の中って狭い…」
「お弟子さんだなんて恐れ多いわ。初めてお目にかかったのはちょうど今の光ちゃんと同じ、中学一年だった
かなぁ…。『うちにもう少し小さい娘がいるけれど、お茶にはあまり興味を持ってくださらなくて…』って、少し
寂しそうにしてらした……。他の参加者はそれなりの年齢の方々ばかりだし、お嬢さんの年と近いからって
気にかけてくださったのかも」
「あははは。剣道が9割、茶道+書道で1割の生活だから」
「でも、いずれは家元を継ぐんでしょう?」
「うーん、兄様たちは私よりも興味ないし。でも獅堂の名前だけで継いでちゃ真面目にやってる師範の方々に
対して失礼な気もするんだ……。将来何になりたいかなんてまだ判んない」
光と同じ年頃は、ずっと幼い頃から夢見てた『ショーちゃんのお嫁さんになる!』とくだらないことを考えていたわと
キョーコの表情にふっと陰がさす。
「…京子さんみたいな売れっ子さんでも緊張するの?」
また芸能人にあるまじき怖い顔を曝していたのだろうかと、キョーコが慌てて営業スマイルを取り戻す。
「あ、そりゃあ大先輩敦賀さんの相手役だもの。スチール撮影でもドッキドキ!私なんてまだまだぺーぺーだし。
『売れっ子』なんて程遠いわ」
撮影用の着物に袖を通し、大きな姿見の前でしゃんと背筋を伸ばす姿はとてもそんな風には見えない。
「ずっと女優さん目指してたんですか?」
「ううん、光ちゃんの年の頃は別のものになりたかったのよ」
「え?何に?」
「すごくありふれたもの」
「…学校の先生?キャビンアテンダント?公務員?OLさん?」
「ふふっ。光ちゃんは考えたことないの?あんなに素敵なボーイフレンドがいるのに」
「……あ!ぺんたろうの通訳とSP!」
「ナ、ナンデスカ、それは…」
「ぺんたろうはベイサイドマリーンランドのマスコットペンギン。身振り手振りだけなのにランティスって
言いたいこと解っちゃうんだ。だからランティスが専属通訳で私がSPっていうのもいいかなぁって。ランティスは
ちょっといやがってたけど」(え、ちょっと…?)
思い浮かべたのとあべこべな発想にキョーコがカクンっとずっこける。上京してからというものバカ尚の為に
バイト三昧だったキョーコはお金のかかるアミューズメントパークなど海外並に遠かった。ショータローと
決別してからは芸能界入りして打倒ショータロー等(笑)を目指していたので、これまた時間の余裕がまったく
なかった。
「それ、全然ありふれてないって。お嫁さんになりたいって思わない?」
「お嫁さん…?ランティスの?理事先生…ミセス・アンフィニには『お嫁に来ない?』って言われたけど、
ランティスには、別に、その…っ」
キョーコと話しながらも着替えを進めていた光に衣装担当が声をかけた。
「じゃ、一番長いのからいきましょうか」
衣装さんの用意した大振袖に光が引き攣っている。
「一つ大きな問題が…。裾はおはしょりでなんとかなりますけど、京子さんと私じゃ身長が違いすぎて、
その大振袖はちょっと」
「そうよねぇ。じゃこれぐらいで京子さんの大振袖と同じ感じになるかしら。京子さん、すみません。
並んで立って頂いて構いませんか?」
「いいですよ」
スチール撮影用に大振袖を着たキョーコの隣に軽く袖を通した光が並んでみせる。
「なんか大人と子供みたい…。4つしか違わないのに…」
「まあまあ。これから伸びるのよ、きっと。…どうですか?」
落ち込む光をなだめつつ、キョーコは衣装担当に尋ねる。
「やっぱりそれぐらいですね。獅堂さん、それ着て貰っていい?」
「ハイ。京子さん、メイク途中にごめんなさい」
「何言ってるの。面倒かけちゃってるのはこっちのほうなんだから。ねぇねぇ、ホントはさらっと見学したら
後はデートするはずだったんじゃないの?邪魔しちゃったんじゃないかなぁって…」
「後…?お休みの日に一緒にお出かけしてるんだもん。『スタジオ見学デート』してるよ、今。………うわぁ、
デートって言うの、なんか恥ずかしい……」
「可愛いなぁ、もう。こんな妹がいたらシスコンにもなるわね、そりゃ」
「か、可愛くなんかないよ!ホントに可愛いコは男の子に人気だけど、私なんて、いつもバレンタインに
チョコ貰っちゃうほうなんだ…」
「でも彼にはあげるんでしょ?」
光はふるるるっと首を振った。
「ううん。ランティスは甘い物好きじゃないっていうから…。私、本命チョコには縁がないんだ、きっと…」
「甘さ控えめに作ることは出来るけど、そういう好き嫌いがあると困るわね。サプライズにしたいしリサーチに
手間かかっちゃうし。そういうのも楽しくはあるんだけど…」
「そうやって楽しめちゃう京子さんは大人だなぁ。あの、すみません」
おしゃべりしながらも着替えをしていた光が衣装担当に向き直る。
「はい?帯が結べない?」
「いえ、結べますけど、普通に結んでいいですか?時代考証とかまでは解らないんで…。それとも京子さんのに
合わせたほうがいいんでしょうか?」
「監督、帯のことまでおっしゃってなかったわ。ちょっと確認してくるわね」
パタパタと出て行くスタッフの背中に、光は「すみませーん」と詫びを投げていた。
「悪いことしちゃったかな…」
「そんなことないったら。気にしてくれるのは、それだけ真剣に協力してくれてるってことだもの」
「お引き受けした以上、いい加減なことは出来ないから…」
「お待たせ。とりあえず京子さんと同じに結んで貰っていい?」
「あ、はい。わざわざありがとうございました」
「敦賀さんって着流しも素敵だったわぁ。敦賀さんと一緒に居た子、獅堂さんのボーイフレンドなんですって?」
「せせせ、先輩ですっ!」
真っ赤な顔をして答えた光に、キョーコがくすくす笑っている。
「あ、そんなこと言ってていいの?光ちゃん」
「わぁ、えっと、内緒です。先輩って呼んだら返事してくれないんだ…」
「スポーツ選手以外で敦賀さんより大きい人って初めて見たわ。敦賀さん用の衣装でも微妙に丈が短くて…」
「着流しだと背丈に合わせますもんね」
「すみません。高すぎちゃうのと低すぎちゃうので…」
「また謝ってる。気にしすぎ!」
「裾さえ見なければ相当格好いいわよ、彼も」
「剣道着で格好いいのは知ってるけど、着流しは見たことないや」
「普通見ないでしょ」
中高生世代では着物を着ることもいまや珍しい。
「兄様たちならお正月に紋付袴姿は見られるんだけど、着流しはないかな」
「も、紋付袴!?じゃあ光ちゃんは振袖?」
「お出かけするときは訪問着とかも着るよ?」
いや、びっくりしたのはそこでなく…。小さな仲居さん生活していた頃のキョーコ程ではないにしろ、かなり着物に
馴染んでいるのは確かだろう。
「お待たせしました。後ろ、大丈夫ですか?」
「綺麗に結べてますよ」
「こんなに可愛くちゃ、惚れ直すわね、彼」
「それはどうかなぁ。隣にこんな綺麗な京子さんがいるんだもの。きっと霞んじゃう。でも私もさっき敦賀さんに
みとれちゃってたからおあいこだし」
「敦賀さんの神々スマイルにはベテラン女優さんだって太刀打ち出来ないんだもの。光ちゃんが目を奪われるのは
不可抗力よ」
「あははは」
「じゃ、行きましょ」
「ハイ」
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