すくーるでいず 特別編  ―― 遠雷 E・N・R・A・I ――

            feat. R.Tsuruga & Kyoko

 

 「……ファンタジー系のサントラの経験はあるんだけど、ニッポンの時代劇のサントラって

初めてだからなかなかインスピレーションが沸かなくて…。でもヒカルちゃんがうちに遊びに

来てくれたときに、はたと思いついたのよ。『目の前にヒロインと同じ町道場の娘さんがいる

じゃない!』って」

 「母さん…。全国に七千人近い門下生を擁する獅堂流を町道場扱いするのは失礼です」

 「そそ、そんなことないったら。ふつうの町道場だよ、うち。父様が全国武者修行の旅してる

せいで、なんだかやたらと支部が増えてるだけで…」

 ランティスの言葉に赤面した光の言葉に、戸惑い気味なキョーコの呟きと蓮の声が重なった。

 「え…獅堂流って……」

 「獅堂流剣道術っていうと獅友剣鑽会さんの出身流派だよね。そこのお嬢さんだったんだ、

君…」

 「ただのお嬢さんじゃないのよ、レン。一年生にして全日本学生剣道大会・中学女子の部の

覇者なんだから」

 「おおっ、それはすごいっ!」

 社の絶賛に合わせて蓮たちから拍手が起こると、光はさらに真っ赤になって俯いていた。

 「あの、その、まぐれですから…」

 「でね、少しは雰囲気が味わえるかと思って『カエデ』と『ヨシアキ』のシーンをうちのと二人で

読ませてみたんだけど、これがもうとんでもなく大根で・・・」

 「役者じゃないんですから」

 「だよね?」

 ぼそっと文句を言うランティスと頷く光をみて、蓮がキョーコに笑いかける。

 「そんなに簡単に素人さんに演じられては、俺たちの仕事がなくなってしまうよね?」

 「その通りですとも、敦賀さん」

 「そりゃそうなんでしょうけど。監督に相談したら、『近いうちにポスター撮りがあるから』って

教えてくださって。だから今日見学にお邪魔したの」

 「それならミセス・アンフィニのイマジネーションを刺激出来るような『義彬』と『楓』をご披露

しなくてはね、最上さん」

 蓮は当然のごとくに言ってのけたが、キョーコの中にはまだ明確な『楓』が見えていなかった。

 「そりゃあ敦賀さんはもうバッチリ役作り出来てらっしゃるんでしょうけど…。『兄の仇と

恋に落ちる』だなんて、私の中ではありえないんですよ…」(いやぁ、そうでもないかも…?)

 不破尚PVの天使役、『DARK MOON』の本郷未緒役、BOX”R”の北澤ナツ役とめきめき頭角を

現しつつあるキョーコだが何と言ってもラブミー部員1号。恋愛モノはこれが初めてだし(企画段階で

新開が数名挙げた女優の中から京子を相手役として推したのは蓮だ)、なにも不倶戴天の敵と

恋に落ちなくても、その気になれば『楓』は相手に困らなかっただろうに…とさえ思っていた。

 「…えーっと、『モガミ』ってレンのほうの役名なんじゃないの?」

 キャロルが不思議そうに問い掛ける。

 「あ、私の本名が最上なんです。敦賀さんにはデビュー前からお世話になっているので、本名で

呼ばれるほうが多いんですよ」

 「失礼。混乱させてしまいましたね」

 期せずして発せられた蓮の神々スマイルにキャロルと光がぽうっとなっている。役に同調出来ない

キョーコの頭上で、「兄の仇は敵だーっ!」「恋なんて論外だーっ!」「おーっ!」と気勢を上げていた

怨キョがそのキラキラの破片に浄化されていた。

 「ほうっ。芸能界一のイイ男はやっぱり華があるわね。ランティス、あなたもちょっと見習いなさい。

いつも仏頂面してちゃ、そのうちヒカルちゃんに愛想つかされちゃうわよ」

 頬を染めている光の横で抑えきれない不機嫌オーラを滲ませているランティスをキャロルが

ばっさり切り捨てる。

 キャロルに言われて初めて蓮にみとれていた自分に気づいた光が慌ててふるるっと首を横に振った。

 「そそそ、そんなことしないよ!ランティスは私の特別だもの!」

 小さな両手で無愛想なボーイフレンドの左手をくるみ込んで訴える光の柔らかな髪を、微苦笑しながら

ランティスが撫でる。

 「…今日はいいから…」

 「まぁ、偉そうなこと言って…。ヒカルちゃん、あんまり甘やかしちゃダメよ。男ってすぐにつけ上がるん

だから」

 「ミセス・アンフィニは光ちゃんの味方なんですね」

 普段他に『光さん』と呼ぶ事務所の先輩がいるキョーコは、馴れ馴れしいかなとも思いつつ、こんな妹が

いたらいいなという親しみを込めて『光ちゃん』と呼んでいた。

 「だって、こんなに可愛いんですもの」

 「確かに可愛い。『妹キャラ』でスカウト来てもおかしくないよ。もし芸能界入りを考えるなら是非LMEで!」

 「社さん、スカウト担当じゃないでしょう」

 「なかなか『キラリとした輝き秘めたコが居ない』って、同期のスカウト部門のヤツが嘆いていたからね。

他社に出し抜かれる前にまず一声(ひとこえ)さ」

 苦笑する蓮の傍らで名刺入れから取り出した一枚を社が差し出すと、光は困惑していた。

 「え、そんな、私なんてちっとも可愛くないし、取り柄ないし…っ」

 「剣道で日本一になってるじゃない。美少女剣士アイドルっていないよ?」

 「で、でも…っ」

 光がちらっと縋るような目線を向けるとランティスは社が持っていた名刺を取り上げた。

 「あっ」

 「こういう事は保護者が居る時に…」

 「そうねぇ。お預かりしてきてるお嬢さんだから、今日のところは保留にして頂いてもいいかしら?」

 「それは勿論。びっくりさせてゴメンね」

 取り上げた名刺をランティスはキャロルに渡す。

 「責任持って預かるわね」

 

 

 

 「…あれ?さっき名刺しまってませんでしたか、ミセス・アンフィニ」

 殺陣師を伴って戻ってきた新開がキャロルの手にある名刺を不思議そうに見ていた。

 「ふふっ。これはヒカルちゃんの分。『美少女剣士アイドル目指す気になったら、是非LMEへ』って、

ヤシロさんが口説いてたの」

 「いつからスカウト兼業してるやら…。ま、それはそうと、君、獅堂流総師範のお嬢さんで剣道の

全国大会を制覇したんだって?」

 どうしてさっきいなかった新開までが知ってるんだろうと思ったが、情報源は明らかだった。

 「お久しぶりです、光お嬢さん」

 「ご無沙汰してます、日野さん。でもその『お嬢さん』はやめてくださいぃ」

 居心地悪そうに光はどぎまぎしている。

 「殺陣師集団として独立したとはいえ、総師範を剣道の師と仰ぐことにかわりはありませんからなぁ」

 「はぁ…」

 「あら。シンガイ監督までヒカルちゃんを口説くおつもり?でもどうせ口説かれるならやっぱりレンが

いいわよねぇ?」

 「ええっ!?そんなのっ、こ、困りますっ!」

 「母さん、引率者の立場を忘れてませんか…」

 「い、いけませんっ!ミセス・アンフィニ。女子中学生に敦賀さんの口説きは刺激が強すぎます!

地震・雷・火事に匹敵する災厄なんですから、敦賀さんの口説きはっ!!!」

 一般人の手前、キュラキュラ輝く笑顔を浮かべて蓮はキョーコに尋ねた。

 「『刺激が強すぎ』まではまぁ流せたんだけど、『災厄』っていうのはどういうことなのかな、最上さん…」

 笑顔の裏に潜む大魔王様の怒りにキョーコのブラックアンテナがまた嬉しそうに顔を出す。

 「君が俺のことをそんな風に考えているというだけでもショックだけど、仮にも先輩相手なんだから

もう少し言葉を選ぶことを覚えるべきだね、最上さんは。この芸能界(ぎょうかい)、大御所の怒りを

買って干されるなんてこともよくあるんだから」

 「ははっ、肝に銘じます。なにとぞお許しを〜〜っ!」

 平伏しかけたキョーコを、「ストップ!土下座はいいから…」と蓮が止めにかかっている。

 「二人の漫才は置いといてっと」

 「「違いますっ!!」」

 二人の反論さえも置き去りにして新開が話しだす。

 「前半の山場で『楓』が偶然『最上の若様』を見かけて、『お兄様の仇っ!』って斬りかかるシーンが

あるんだ。『楓』は武家の流れを汲んでても一応町娘だから小袖着てるんだけど、もう少し長めの

(たもと)のほうが視覚的に訴えるものがあるだろ?けど見目は良くても剣をふるう邪魔になっても

いけないし、今日はその折り合いをつける予定だったんだ」

 視覚的云々以上に衣装提供もしてくれているスポンサーの呉服商からの要望に応えない訳にも

いかなかったのだ。

 「うちの五十鈴が何着か着て立ち回りお見せするはずだったんですが、一昨日盲腸で入院しちまい

ましてね。もう一人女の子はいるんですが、MHKとバッティングして連れて来られなかったんですよ」

 「五十鈴さんが入院!?あのっ、お見舞いに行ってもいいですか?」

 「そりゃ喜びます。痛いの通り越したら退屈してるようですから。それは後回しにして、五十鈴の

代わりにやってみて貰えませんか?」

 「京子さんって和服での立ち居振る舞いは抜群なんだけど、殺陣っていうか剣をふるうことには

慣れてないからね」

 「……振袖で取っ組み合いはやっていたけど…」

 蓮がぼそりと呟くと、キョーコがギロっと睨んでいた。

 「取っ組み合いなんてしてません!」

 「……そう?」

 「でも私、普段袴ではやりますけど着物ではやってないですよ。それに殺陣も素人だし…」

 「光お嬢さんならいますぐうちにスカウトしたいぐらいですよ。総師範と覚坊ちゃんに叱られそう

ですがね。しかしまあ、芸能プロ最大手のLMEさんのお声が掛かってるんなら、裏方稼業には

引き込めませんな」

 「アイドルなんて出来ませんってば」

 「アイドル目指すかどうかはともかく、ヒカルちゃんが着物着てるところ、また見たいわぁ。桜色の着物、

とっても可愛かったんだもの。見映え重視なら華やかな絵柄を使うんでしょうし。ランティス、あなたも

見たいでしょ?」

 キャロルがランティスをちらっと見遣る。

 「…無理強いしたくないので…」

 「素直じゃないわね。『無理強いしたくない』と言ってる時点で『見たい』って言ってるのと同じじゃない」

 「!!」

 「……お仕事に差し支えたら五十鈴さんゆっくり休めないですよね。お役に立てるか判りませんけど、

やってみるぐらいなら…」

 「助かります!じゃ京子さんもスチール用に衣装着てもらうから一緒に…。蓮は一度獅堂さんと

手合わせして貰うから」

 光の気が変わらないうちにと新開が指示を出す。

 「ええっ!敦賀さんとやるんですか!?」

 「スタント無しでやる流儀だから、いつも直にアクションを付けて貰ってるんだ。俺が相手では

ご不満かな?」

 ふたたび神々スマイルが光に降り注いだが、今度はとろけることなく聞き返していた。

 「いえ…。あのぅ、敦賀さん、剣道のご経験は?」

 「残念ながらないね。ついでに言うと侍役というか、太刀を使う殺陣は初めてだよ」

 「監督さん、日野さん!いくらなんでも、私、ド素人の敦賀さんに剣を向けるなんて出来ません!」

 「・・・」

 刑事モノも迫力満点のカーアクションもノースタントでこなしてきた蓮が、『ド素人』発言にいたく

傷ついていた。凹凹(ヘコヘコ)な空気に気づいた社が、肩を掴んで耳打ちする。

 「ちんまり可愛くても中学女子日本一なんだ。彼女にとっちゃ殺陣師さん以外はみんなド素人だって、蓮」

 「……」

 「レンに怪我でもさせちゃ大変ですものね。うふふっ、ちょうどいい代用品がいるわよ。レンよりちょーっと

ばかりデカいんだけど、剣道の心得ぐらいはあるから…」

 キャロルの言葉にみなの視線がランティスに集まった。

 「ああ、確かに光お嬢さんより殺陣にも慣れてきてるでしょうな。ここ二、三ヶ月、翔坊ちゃんと日曜たびに

うちの若い連中と鍛錬なすってるんだし…」

 「呆れた。毎週毎週日曜たびに出掛けるからデートしてるんだと思いきや……。さっきヒカルちゃんが

『一緒に出かけられない』って言ってたから変だと思ったら、もう小舅にいびられてるの?あなた」

 「小舅…?結婚しないうちからその呼びかたはおかしいでしょう?」

 「翔兄様、日曜午後のうちでの練習に出ないと思ったら…。ランティスもいちいち構わなくていいのに」

 「敵前逃亡なんて出来るか」

 どうやら売られた喧嘩はとりあえず買う主義らしい。

 「いやぁ、居合いの太刀捌きはもう翔坊ちゃんに負けてませんよ。本格的に剣道始めて一年経ってないとは

思えないぐらいですからな」

 「私、まだ一度もランティスと手合わせして貰ったことないのに、翔兄様ってばずるい…」

 「いや、手合わせして『貰う』のは俺のほうだが…」

 「キャリアと才能の有無は必ずしも比例しないもの。それに、ただ『筋がいい』ぐらいじゃ、覚兄様は本気に

ならないよ。私と打ち合うときも、真剣だけど余裕だもの」

 あのとき覚が本気を出したのは、光とランティスの交際を阻止したかったからにほかならない。

 「ほらほら二人とも!イチャイチャはおうちに帰ってからになさいねー。レンやキョウコさんはお忙しいんだから」

 イチャイチャと言われて光は真っ赤になり、ランティスは母親をじろっと睨んでいた。

 「や、ミセス・アンフィニ。こっちの都合で手伝って貰うのにそこまで言っちゃ気の毒ですって」

 新開の言葉に蓮も笑って頷いていた。

 「俺も最上さんも今日はこの仕事で上がりですから大丈夫ですよ」

 「はい。なんだかピュアでとっても癒されます」

 「…最上さんが疲れてるのなら、俺が癒してあげるのに…」

 長い前髪をさらりと揺らして、蓮がキョーコを覗き込む。瞳の奥に見え隠れする夜の帝王の気配にキョーコが

ビクッと肩を強張らせて光の腕をとった。

 「き、きき、着付けに時間がかかるから行きましょ、光ちゃん」

 「あ、ハイっ」

 キョーコにぐいぐい引っ張られながら、光がたかたか駆けていく。二人を苦笑で見送ると蓮はランティスに

向き直った。

 「さて、こちらも着替えるとしようか」

 「はい」

 「それではミセス・アンフィニ、お二人をお借りします」

 「うふふっ。仕上がり楽しみにしてるわ」

 

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スキビからのキャラ(名前登場順)

光さん(ブリッジロックの石橋光)