すくーるでいず 特別編  ―― 遠雷 E・N・R・A・I ――

            feat. R.Tsuruga & Kyoko

 

遠雷−E・N・R・A・I−   新開誠士監督作品

   ....鈍色(にびいろ)の空に遠雷が響く、冬近い江戸の町

          惹かれてはならない者に、その娘は出逢ってしまった.... 

 

 主なキャスト

 最上義彬(もがみよしあき)…[敦賀蓮] 

     旗本・最上家の次男。長男・最上義就(もがみよしなり[敦賀蓮の二役])

     双子で生まれたが為に表舞台から遠ざけられ、義就の影武者であることを

     強いられ反発している。

 篠田楓(しのだかえで)…[京子] 

     町道場の娘。菩提寺近くで見かけた最上義彬に問答無用で斬りかかるが…。

 最上義就(もがみよしなり)…[敦賀蓮]

     旗本・最上家の跡取り。ここしばらく最上家上屋敷近くに逗留している

     松平尊綱の世話役として振り回されている。

 松平尊綱(まつだいらたかつな)…[村雨泰来]

     将軍のはとこ。将軍家ゆかりのご威光を笠に着て、周りの者を

     たびたび困らせている。

 

 

 「「「おはようございます」」」

 業界特有の挨拶を口にしつつスタジオ入りした男女三人のうち、主演を張る背の高い

美男子がくすりと笑った。

 「おや…こんなところでフェアリー発見…」

 ≪フェアリー≫という単語を耳にして、『どどど、どこにっ?どこにですかっ!?

敦賀さんっっ!』と、挙動不審なまでにキョロキョロガサガサ探し回る事務所後輩の新進

女優・京子の反応と『主演女優なのに怪しすぎるよ、キョーコちゃん…』というマネージャー

社倖一の呟きに、敦賀蓮はにっこりと笑みを浮かべる。

 「そんなとこには入らないって…。新開監督と話してるプラチナブロンドの女性がいるだろう?

彼女が≪鍵盤に住まう妖精≫って呼ばれてる世界的ピアニストのキャロル・アンフィニだよ」

 「わぁ…綺麗…」

 蓮が示した先に視線をやったキョーコが煌めくプラチナブロンドに見とれて思わず呟いていた。

そのキャロルに呼ばれたのだろう、少し離れて控えていた凸凹コンビがそろって新開監督に

近づきペコリと頭を下げていた。

 「紹介(ツテ)で入る(エキス)トラさんにしても、凄く目立ちませんか…?」

 「そうだね」

 新開監督と較べるに、黒髪の青年は蓮よりもまだ高いようにみえる。時代劇を演(や)るには

身長190センチの蓮でもかなり大柄過ぎるぐらいだ。まず衣装が確実に新調になる。女優陣の

着物は柄が目立つので否応なく新調され、総額☆億円などと前宣伝になる場合もあるが、

地味で見分けのつかない野郎の袴などは、状態がよければ使いまわしも大いに有り得る。

 だが、蓮で無理なら彼はもっと無理だろう。かたやその傍らにいる少女はキョーコよりずっと

小柄でとても印象的な赤毛だった。時代劇でそのまま出来そうな役は異人の子ぐらいだが、

貰った台本にそんな役が出て来た記憶がない。

 「映画とは関係ないただの顔繋ぎってこともあるさ」

 そう言った社たちに背の高い青年というか少年というか…高校生ぐらいだろうか…は、

とても端正な横顔を見せていた。

 「敦賀さんが高校生ぐらいの頃って、あんな感じでした?あ、でももう俳優としてデビュー

されてたんですよね?」

 不破尚としてデビューする前後のショータロー一筋だった時代なので、LMEで出逢うまでの

敦賀蓮の活躍をキョーコは詳細には知らなかった。

 「え?ああ、そうだね…」

 昔のことなどあまり話していない蓮が曖昧にかつさりげなく答えたとき、天のたすけが入った。

 「れ〜ん、れん、れん、れん。ちょうど良かった。こっちこー(い)

 蓮たちを見つけた新開監督が右手を高く伸ばして手招きしていた。

 「あの呼び方をされると、室内犬になった気分になる…」

 「ぶふっ、蓮が室内犬!?あ、ありえない…ぶくくくく。大型犬ならともかく…」

 「そんなことあるはずないじゃないじゃですか、敦賀さんっ!!室内犬はちまっとした可愛さが

ウリなんですよ!?敦賀さんのどのあたりがちまっと可愛いっていうんですか!!!」

 腹と口許を押さえて爆笑をこらえる専属マネージャーと、色々可愛いがっている後輩の超絶

可愛くない態度にキュラララスマイルが炸裂する。

 「どういう意味なのかな、二人とも」

 遠目には悩殺級の微笑みを撒き散らしているように見えるが、蓮の直近にいた二人の背筋は

凍りついていた。

 「ごっ、ごめん。悪かったよ、蓮…っ」

 「あっ、あのっ、成敗は映画のクランクアップ…いえ公開後に是非…敦賀様…ごめんなさいぃ…」

 頭のてっぺんで怯えるブラックアンテナ(怒周波)を宥めつつ、キョーコが詫びを入れていた。

初の映画、しかも時代劇ということで下宿先のだるまやの大将がものすごく楽しみにしてくれている

らしいのだ。

 「ほら…監督が呼んでるから行くよ」

 縫い付けられたように立ち止まっていた社とキョーコの背中を蓮が軽く押していた。

 

 

 

  「おはようございます、新開監督。今日ここでお目にかかれるとは思いませんでしたよ、

ミセス・アンフィニ」

 恭しく手をとりその指先に軽くくちづける仕種に新開監督以外が石化していた。

 「ナチュラルに気障だな、お前…」

 

 社…『うわぁぁっっ!蓮っ!お前、キョーコちゃんの前でなんつーことをっ…!よもやさっきの

    仕返しかっ!?』

 キョーコ…『出たっ!プレーボーイ敦賀さん!いや相手は外人さんだからあれも普通の

       コミュニケーションってこと??でも日本語で話しかけてるし、うーん…』

 黒髪の青年…『・・・・・』

 赤毛の少女…『ぅわぁぁ…生・敦賀蓮さんが至近距離であんなことしてる…。海ちゃんと

         海ちゃんの母様、羨ましがるだろなぁ…』 (以上、読心術でお送りしましたv)

 

 もとをただせば親友の龍咲海の母がそのまた母親と保津周平の『月籠り』を見て熱狂していた

名残で、リメイク版である敦賀蓮の『DARK MOON』に大はまりした余波に飲み込まれた結果、

彼女は今ここにいるのだ。

 そっと手を離し姿勢を戻した蓮にキャロルがくすくすと笑っていた。

 「リサイタルのステージだと違和感ないのだけれど、子供の前では照れるわね、さすがに」

 「おっ、お子さんだったんですか!?」

 音楽畑とはいえ、アイドルシンガーのショータローとピアニストではランキングで競うことも

なかったので、キャロルについての予備知識のないキョーコが素っ頓狂な声を上げた。

 プラチナブロンドのキャロルに黒髪、赤毛の連れなのでそういう発想が全然働いていなかった。

 「誰かさんの気障なアクションで紹介しそびれてたよ。蓮はお判りですよね。相手役の京子さんと、

蓮のマネージャーの社さん」

 紹介されるのに合わせて社がキャロルに「よろしくお願いします」と名刺を差し出している。

 「劇伴やって下さるピアニストのキャロル・アンフィニさんとそのご子息とガールフレンドの…」

 「二人とも入構証が裏返ってるわ。表向けてね」

 キャロルに言われて初めて気づいたように、ネックストラップで下げた顔写真入りのゲスト

ネームカードをひっくり返す。

 「…ランティス・アンフィニです」

 「はじめまして、獅堂光ですっ。間近で敦賀さんや京子さんにお会い出来て光栄ですっ!」

 キョーコが呆気に取られつつ、キャロルをガン見していた。

 『にっ、二十代ぐらいかと思ってたのに敦賀さんよりでっかい息子!?いやいや…伸びてるだけで

案外中学生かもっと下かもしれないしっ…』

 さきほど素っ頓狂な声を上げたキョーコに微苦笑しつつキャロルが言った。

 「レンと上の子が同い年だったかしら。これは高二」

 「…み、見えないデス…。ああ、だから≪不死蝶≫フェアリーと呼ばれてるんですね…」

 キョーコの目が微妙にきらきらとした乙瞳(おとめ)になっている。

 「…バケモノと呼ぶのが正しいと思いますが…?」

 母親に尊崇の眼差しを向けている女優にランティスがぼそりと呟いていた。

 「へえ、じゃあ君はキョーコちゃんと同い年なんだ」

 「すごく落ち着いているから最…京子さんと同い年には見えないね」

 社と本名で呼びかけて部外者の前だしと言い直した蓮の言葉にキョーコがなにやら引っかかっている。

 「なんだか『彼と違ってお前は落ち着きがない』と言われた気がしてならないんですけど、敦賀さん」

 「そう?君の気のせいだよ」

 「うーっ・・・。獅堂さんも高二?」

 フェアリーを見慣れた男はやはり年齢不詳なフェアリーを選ぶのだろうかと、キョーコがずばっと

斬り込んだ。赤毛の少女がふるるっと首を横に振ると、それに合わせてみつあみも揺れる。

 「光って呼んで下さい。そのほうが呼ばれなれてるし。私はLibra≪天秤宮≫…えっと中学一年です」

 『げっ!中一っていうと十二?いや十三??犯罪じゃないのか?学生同士だからOKなのか?

世界的ピアニストの息子だからアリなのか!?くぅぅぅぅっ、負けちゃだめだ、蓮っ!』

 何をどう負けちゃだめなのかさっぱり解らないが、社は心の中で蓮にエールを送る。一方キョーコも

『よ、良かった…。うっかり「小学生?」って聞かなくて』とひそかに胸をなでおろしていた。

 『おとなしそうというより、蓮のスマイル抜きみたいなタイプなのに、なかなかやるな…』と舌を巻く

新開監督の横では蓮が微妙な沈黙を守っている。ランティスと光を行き来する蓮以外の三人の視線に

キャロルが苦笑した。

 「二人とも私が理事を務める学院に居るのよ?無謀なことはさせませんとも。近隣に名を馳せるほど

超妹思いなお兄さん三人も学内に居ることだしね」

 妹思い云々でキョーコの頬が軽くふにょっと崩れたが、先輩の教育的指導が入る前になんとか立て

直していた。

 学院理事にまで兄たちのシスコンが知れ渡っているのかと、光は髪より真っ赤になっていた。

 「てへへ…。一番上の兄様がランティスと同じクラスだし…。今日ここへ来るのもミセス・アンフィニが

一緒だからってOKもらったぐらいで、日曜なんかはなかなか一緒にでかけられなくて」

 「ランティスは別にどうでもよかったのよ。ヒカルちゃんが『DARK MOON』ですっかりファンになった

レンたちに会いたがってただけなんですもの。『監督との打ち合わせに行くから、見学に来る?』って

ヒカルちゃんを誘ったら、なんでか息子までついて来ちゃって…」

 そう、ランティスはスタジオ見学にも有名芸能人にもとんと興味はなかったのだが、キャロルが

打ち合わせをしている間、一人置いておかれる光に要らぬちょっかいを出してくる者がないとは

限らないから重い腰をあげたのだった。

 「仕事の間、ヒカルを一人で放っておく気だったでしょう?」

 「ちっちゃい子じゃないったら。もう、心配性だなぁ…」

 少しばかり不服そうに背の高いボーイフレンドを見上げる仕種の可愛らしさに、新開がぽんぽんと

ランティスの肩を叩いて笑った。

 「君、ついてきて正解だよ。こんなかわいい子一人でスタジオに放っておいたら、間違いなくナンパ

されるだろうから。今日はメイン二人のポスター撮りだからあんまり動きがなくて悪いね」

 そう言った新開に、光はまたぶんぶんと首を横に振っていた。

 「敦賀さんや京子さんを間近で見られただけで十分ですっ。お仕事の邪魔にならないよう端っこに

いますから…」

 「監督ーっ!獅友剣鑽会(しゆうけんさんかい)の方が入りましたよー」

 その声を聞いてぱちくりとまばたきした光が思わず声のしたほうに首を伸ばし、ランティスもちらりと

視線を向けていた。

 「おーっ!こっち来てもらってー!ちょっと失礼」

 

 

 

 出迎えるように新開がそちらへ行くと、袴姿のいかにもな姿の男がADに案内されてやってきた。

 「おはようございます」

 「おはようございます。お待ちしてましたよ。それにしても日野さん、外からその格好で…?」

 「いやいや、このなりでは車も運転しづらいですからね。Bスタで別口の仕事をした後です」

 「なる(ほど)。京子さんに殺陣指導してくれる五十鈴さん、入院されたって聞きましたけど、具合の

ほうは?」

 「入院ったって急性虫垂炎ですから、二週間程で現場復帰出来るって話です。さすがに今日の

スチール撮りには出られないんで申し訳ながってましたが。私のほうからもお詫びします。ご迷惑を

おかけしてまことに申し訳ない」

 深々と頭を下げる日野に新開が「まぁまぁ」と肩を叩く。

 「虫垂炎なんて気をつけて避けられるもんでもないでしょう。ポスター用は決まってるんですが

アクションシーンの衣装決めの為に軽く見ておきたかっただけで。今日のところはスチール用の

格好だけつけてもらえれば…」

 「むさ苦しい中年が女物の着物を着たところで、想像力の妨げにしかならんでしょうからな。

しかし新開監督もお人が悪い。意外なコネクションお持ちじゃないですか」

 「…は…?」

 新開は殺陣師・日野の視線を追って談笑している面子(めんつ)を見遣った。

 

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スキビからのキャラ(名前登場順)

敦賀蓮、京子(最上キョーコ)、新開誠士監督、村雨泰来、社倖一、不破尚(ショータロー)

だるまやの大将、保津周平

 

当サイトのオリジナルキャラ&用語

キャロル・アンフィニ…ザガート、ランティス兄弟の母。世界的ピアニストでランティスたちの通う

              聖レイア学院の理事の一人でもある。

              マツダキャロルとマツダ系ディーラー名より。

獅友剣鑽会(しゆうけんさんかい)…剣道獅堂流から独立した殺陣師集団。日野、五十鈴が所属。

                      ともに日本の自動車メーカーより。