Endroll は Trap つきで ♪
親友二人の容赦ない追及に曝されつつ完成した特製チョコを渡す日の放課後は
生徒会の定例会の予定が入っていた。サボりたがっていたランティスを、「一応
副会長さんなんだから出なきゃダメだ」となだめすかして(どちらが年上だか判りゃしないが)
生徒会室にいた長兄・覚に引き渡し、自主練習をしつつ待とうと道場に向かった。
一汗かいてクラブハウスでシャワーを浴びて身綺麗にしてからケータイを
チェックすると、会議に出ていたはずのランティスからメールが入っていた。
「…先輩からって珍しいかも…。たいていレスがくるだけだもんね」
面と向かって『先輩』呼びすると返事を貰えないので、なんとか呼び捨てに
することに慣れてきたが、体育会系なだけになかなか抜けきらない。
『ばあ様がぎっくり腰で動けなくなって入院したらしい。手続きもあるので
様子を見に行ってくる。また明日』
「あっちゃー…。抹茶トリュフ、さっき渡しておけば良かった。……大丈夫
なのかなぁ、グラン・マ」
ランティスのガールフレンドとして初めて顔を合わせたとき、当然のごとくに
『理事長先生』と呼んだ光だったが盛大に嘆かれてしまっていた。一人息子の
ところの孫が男二人ということで、キャロル同様『女の子に飢えている』らしい
(語弊がある言い方だが、本人談そのまま)。高齢者の一人暮らしということで、『もしや世に
言う嫁姑の確執かな…』とらしくもなく気を揉んだ光だったが、海にも山にも
近いアンフィニ家の別邸が純粋にお気に入りなので、管理を他人任せにしたく
ないのだという。
学院の現理事長といいながら、実質的なことはほぼ理事会任せにして、隣県に
あるそのセカンドハウスで悠々自適の生活をしているのだった。
ランティス曰く、『手に負えないぐらいに元気』な婦人らしいが、古希も
越えての独り暮らしはやはり心配だからと何かと忙しい嫁(キャロル)に代わり、孫が
時折様子を見に行っていた。
光が駅のホームで助けて貰ったあの日も、ランティスはその祖母宅からの登校
途中だった。
ちなみに父方の祖父も健在で、理事長職を早々に妻に譲ると、青少年の異文化
交流に力を注ぐべく、日本への留学を希望する子供達の勧誘役兼調整役として
世界を飛び回っていた。 うっかりすると人拐(さら)いに間違われかねないが、
世界的に活躍するピアニストである嫁の名に大いに助けられていた。
「グラン・マのお加減はいかがですか?ぎっくり腰は癖になると聞いたことが
あるから心配です。お大事に」
メールを打ってとぼとぼ正門に向かうと、定例会帰りの鳳凰寺姉妹が並んで
歩いていた。
「風ちゃん、空お姉ちゃんもいま帰りなんだ…。定例会お疲れさま」
「まぁ、下校で光さんとご一緒するのは久しぶりですわ」
「うふふ。いつもは無愛想なナイトが護っていますものね。せっかく生徒会室
まで届けて下さったのに、緊急の用件ですぐに退席されましたのよ」
「…私のほうにもメール入ってました。風ちゃんや海ちゃんに手伝って貰った
アレ、結局渡しそびれちゃったし…」
「風さんにお聞きしましたけれど、女優の京子さん直伝レシピなんでしょう?
ランティスさんの反応が楽しみですわね」
「トリュフはスゴく美味しく出来上がったんだけど、基本的に甘いの好きじゃ
ないみたいだから、今日も案外ほっとしてるのかもしれない…」
「甘やかしちゃいけませんわ。食べたくないなんて渋るようなら泣き落とし
しなくては…」
「光さんに泣かれたりしたら、どんな顔なさるかしら。とても興味深いものが
ありますわ」
好奇心旺盛な空にかかると、ランティスも研究対象の珍獣の如き扱いだ。
「それを言うなら…、覚兄様がどんな顔して空お姉ちゃんに舞踏会の申し込み
したかのほうが、ずっと興味あるよ」
「うふふふっ。覚さんはいつも通り…」
「嘘はいけませんわ。舞踏会の直前に薔薇の花束抱えてお帰りになったじゃ
ありませんか。あれは確か聖堂戦に覚さんが同行なさることになったからと、
私にルノアール展のチケットを譲って下さった日……」
その日の駅のアクアリウムでの出来事が脳裡をよぎり、空が頬を赤らめる。
「姉をからかうだなんていけませんわ。風さん」
「空お姉様も時々私をからかわれるじゃありませんか。出掛ける時のスカート
丈のことや、バッグと靴のコーディネートのこととか…」
「それは風さんが私にお聞きになるからよ。アクティブなフェリオさんに
お会いするなら、いつもより行動的なお洋服のほうが、いいんじゃないかしらと
思うだけで…」
「ですが、私、光さんのようにホットパンツははけません。恥ずかしくて
とても外になんて出られませんわ。体育の授業が限界です」
「…ご、ごめんね。恥ずかし気もなく脚を出してて…」
「光さんはお似合いだからいいんです。ランティス先輩はクレームおっしゃら
ないでしょう?」
「…うん。…でもいいなぁ姉妹って。兄様たちとそんな話絶対出来ないもの」
ランティスが三兄弟との勝負に完全勝利したので、基本的に光の兄たちは
とやかく言えないハズなのだ。
自分自身も空と「幼なじみ」の領域から踏み出した覚は心配はしながらも口に
するのは控えめだが、優と翔は相変わらずランティスをライバル視している。
「皆さん妹想いでいらっしゃるからランティスさんは大変ね」
「そ、そっかな…。そういえばもうじき学年が変わるのに、どうしてこんな
間際まで会議なんてあったの?」
これ以上つつかれては堪らないとばかりに、光が話題を変えていた。