おでこにKiss 

 

 

 

 「プレセア、ちょっと…」

 何故か人目を憚るように、アスコットと連れ立ったフェリオが廊下でプレセアを呼び止めた。

 「剣を刃零れでもさせました?」

 「違う違う。この間ウミが持って来た雑誌、しばらく貸してくれないか?」

 「女性向けのファッション誌ですよ?王子がご覧なっても…」

 「『ホワイトデー直前♪彼にもらいたいのは、絶対コレ!!』……ってタイトルが見えた」

 声をひそめてそう言ったフェリオにプレセアが微笑った。

 「ああ、それで。でもあちらでしか手に入らない物も多かったですよ?」

 「参考にするだけだ。な、頼む!」

 「後でお届けします」

 「あ、フウたちには…」

 「『内緒で!』でしょう?心得てますわ」

 若いわねぇなどと呟きつつ、最近ようやく意中の娘と想いを交わしたあの朴念仁はどうする気なんだろうと、

プレセアはちらりと思った。

 

 

 

 「あ…、マズ…っ」

 プレセアが届けてくれた雑誌をフェリオの部屋で一緒に見ていたアスコットが、鼻を押さえて上を向いていた。

 「お前なぁ…、本ぐらいで鼻血噴くなって」

 「ご、ごめ゛ん゛」

 鼻詰まりのような不明瞭な発音でアスコットが詫びた。

 「まぁ確かに刺激的だけどな」

 「それにしても、コレのどこが下着なんだよ。『紐』じゃん、こんなの…」

 ≪本命カレからならこういうのもアリ!≫とキャプションの入ったページには、見開きでババンとキワドイ

下着がこれでもかーっというぐらい並んでいた。

 「こんな物セフィーロにあったかな…」

 「さ、さぁ…。あってもきっと僕らにとっては異世界と同じぐらいに手が届かないよ…」

 「チゼータあたりなら民族衣装がアレだからあるかもしれんが」

 「カルディナにこんなの頼んだら、何言われるか判んないよ!一生ソレでからかわれるに決まってるっ」

 「そういえばファーレンも刺激的な衣装があったな…」

 「アスカ皇女って、別に色っぽい格好じゃないじゃないか」

 「あれはお子様だからな。何度かファーレンに出向いてるが、大人の女性はなかなか色っぽいんだぜ」

 「『フェリオが外遊先でデレデレしてる』って、フウに言いつけるよ?」

 「『ウミの代わりに特産のドライフルーツパウンドケーキを焼いて大失敗して、大量に廃棄処分にしてた』って

バラしちまうぞ…?」

 「廃棄なんてしてないよ!友だちがみんな食べてくれたんだから」

 持つべきモノは心優しい招喚魔獣たちである(笑)。不毛な脅し合いはそこそこに、フェリオはアスコットに

提案した。

 「明日ファーレンの童夢が来る。爺さんや姫君には言えないがサンユンならいけるだろ」

 「あんな純朴そうな子に頼める買い物じゃないよ!」

 「『姫君お気に入りのフウに贈る為だ』って言や、女官あたりからバッチリ情報を仕入れてくれるさ。ついでに

お前もウミ用に見立ててくればいい」

 「ぼぼぼ、僕っ?!」

 「他に誰がいるんだよ。俺が動けば導師やラファーガたちにやいやい文句言われて、秘密裡に準備するどころじゃ

ないだろうが。共犯のお前も当然大目玉だ」

 「・・・いつから犯罪になってんのさ」

 「それにお前だったら、帰りは魔獣でイケるだろ?俺には自由に使役出来る魔獣も精獣もないが、まさか童夢を

もう一度出せとは言えないしな」

 「僕の友だちはランティスの精獣みたいな訳にいかないんだったら!十日はかかるよ!」

 「充分間に合うじゃないか。休暇は俺が通しといてやる」

 「フェリオ!そんな勝手に決めて…」

 「じゃあなにか。本命カノジョの出来たランティスにも一丁噛ませる…か?確かにヤツなら三日とかからず帰れる

だろうがな」

 あのランティスがいくら地球の風習でアリだからといって、こんなキワドイ下着を光に贈ったりするだろうか…?

と言うより、こんな話を持ち掛けた時点で、問答無用で稲妻招来を食らいそうな気がする。それになにより、海に贈る

モノをアイツに選ばせるなんて、ものすごく…いや断固として遠慮したかった。

 「解ったよ、行けばいいんだろ。フウのはどうすんのさ」

 「そうだな…。やっぱり誰か女官つけてもらえよ。肌に優しい最高級素材で、デザインはこれか…、これか……、

これに近い線で。どうしてもなきゃその女官のオススメでもいい。ラッピングしてもらうの忘れるな」

 「…はい」

 右手を差し出したアスコットにフェリオがキョトンとしている。

 「んあ?」

 「お金!!友だちにだってご飯あげなきゃいけないんだから、タダでは行けないよ」

 「その手の仕事の相場は判らないな。ブレゼント用が5、あるばいと用が5でどうだ?」

 「少なっっ!帰り道だけで十日かかるんだよ?50は出してもらわなきゃワリが合わないね!」

 経済観念の発達した海に鍛えられているので、人見知りながら交渉の勘どころはバッチリ押さえていた。

 「がっちりしてんなぁ、お前。カルディナの教育か?」

 「ウミだよ!(そういや二人ともお金にはしっかりしてるよなぁ)」

 「よし、手を打とう」

 「ヒカルの分は・・・僕、まだ死にたくないからやめとくね」

 「ま、それが無難かもな。じゃ頼んだぜ」

 「休暇の件、ホントに裁可してよ」

 「おう」

 

 

 

 翌日、童夢がやってきてお茶会が始まるなり、フェリオとアスコットはサンユンを口説きにかかっていた。

 「…お話は承知致しました。おひとかた乗艦されることを艦長に報告しておきます。アスカさま付きの女官で

話の判る者にアスコットさまをご案内させましょう」

 「ありがたい!頼んだぜ、サンユン」

 交渉成立にフェリオがホッと息を吐いた。

 「それにしても……、≪ほわいとでー≫のお返しがそのようなモノだとは…」

 サンユンは真っ赤になりながら困惑顔で呟いた。

 「はぁん?」

 「……実はその…、アスカさまから≪ばれんたいんでー≫にいただいたので、お返しを考えていたところ

なんです」

 これまで通り、アスカの好きな桃饅頭を特別バージョンで成型してもらい、蒸したてを届けようと考えていたのだ。

イベント元祖の地球でそのようなお返しがされていると知って、本式に則ってやらなければならないのだろうかと

疑問が湧いたのだった。

 「わっ、私もアスコットさまに同行させていただいたほうがよろしいのでしょうか…」

 「いや、まだ早いって。こういうのはオトナのお返しだからな」

 本命であるにせよ、高校生相手としてはいささか大胆なお返しと思われるのに、そのあたりのビミョーな

さじ加減がどうにも怪しい二人組だった。

 

 

 ファーレン皇宮でアスコットは件の女官に引きあわされたが、話を聞くとその女官は少し眉を曇らせた。

 「お話しの旨は承知いたしましたし、そういう店にも心あたりはございます。ですがファーレンでは殿方がそういう

店に立ち入る風習がございません」

 セフィーロでも、いや地球あたりでも日常的に入れるとは言い難い。

 「…ですよね、やっぱり。それじゃあお願いしても…」

 「フェリオさまは具体的におっしゃっていますが、アスコットさまはご自分でお選びになりたいでしょう?

ですから…」

 ひそひそとした女官の耳元での提案に、アスコットは『げっ!』と踏み潰されたカエルのような声を上げていた。

 

 

 「…あまりキョロキョロなさいますと返って不審ですわ。堂々となさいませ」

 堂々と、なんて言われても、この格好で落ち着けるほどアスコットの神経は図太くない。チゼータほど露出度が

高くないことが唯一の救いだった。(どう考えてもあれは無理だろう…)

 『オートザムあたりの…ヒカルがザズに貰ったみたいなぱよんぱよんよりはマシだけど。でもウミには知られたく

ないよなぁ』

 たとえ愛する海へのお返し選びの為とは言え、女装しただなんてことは知られたくないアスコットだった。

(ついでにのぼせた時の鼻血対策に前もって鼻栓してるだなんて、そりゃあ言えないわなぁ・爆)

 

 フェリオの探し物は該当する予算とデザインの物を女官がピックアップしてくれ、早々に包んでもらった。海には

手触りのよさ気な素材(しっかり触れる度胸もなく・苦笑)の、淡い水色にリボンがあしらわれた物を選んだ。

お揃いで上もあったのだが、こちらはそれこそサイズが判らずアスコットは断念したのだった。

 

 

 

 ≪3倍返し≫だの≪5倍返し≫だのの呪縛にも悩まされつつ、ランティスはまだ光へのお返しを決めかねていた。

 城下町の市を見て歩いても菓子の類を売る店はランティスが立ち入れない甘ったるい匂いの結界を張っていた。

オートザムのNSXが来る時期なら、ジェオに5倍サイズの≪エアバッグ≫でも作ってもらうことが出来るが、

あいにく次回の来訪はホワイトデー以降だった。

 「どうしたものか…」

 らしくもなくぼんやりとしていたランティスの目の前に、突然紙袋が突き付けられた。

 「ランティスお兄ちゃん!ぼーっとしちゃって、お腹空いてるの?」

 紙袋の遥か下からヒョコッと顔を覗かせたのは、光とも仲のよいミラだった。

 「いや、そういう訳では…」

 「焼きたての≪モコ≫だよ!はいっ!」

 遠慮しているとでも思ったのか、紙袋から≪モコ≫を取り出すとランティスの手に押し付け、自分もひとつ

パクっとかじりついた。

 「焼きたてって、ふっかふかで美味しい〜っ!」

 袋に戻す訳にもいかず口にすると、ほんのり甘い焼きたてのそれは思いがけずふわふわとしていた。

 「ミラ。これを買った店を教えてくれないか?」

 「いいよ!こっちこっち」

 ランティスの手を引っ張りながら、ミラは来た道を戻り始めた。

 

 

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