おでこにKiss 

 

 

 

 ――3月14日ホワイトデー

 半日授業の三人娘は制服のままでセフィーロに遊びにやって来た。

 「「「こんにちは〜!」」」

 「いらっしゃい!」

 広間でお茶の準備をしていたプレセアが笑って出迎えた。

 「ん〜!しっかりオベンキョしてきたんか?」

 カルディナの熱〜いハグに光は今日も大暴れしていた。

 「………う、うにゃっ!苦しかった…っ」

 居れば程よいところで入るレスキューが来ず、光は酸欠でゼェゼェ息をついていた。

 「あの…ランティス、居ないの…?」

 「『すぐに戻るから』って伝言頼まれたわ。ランティスにしては大した進歩ね」

 そういってプレセアがクスクス笑っていた。魔物退治に出掛けようが、城下町の見回りに出掛けようが、

何度もせっつかないと報告書もロクに出さないといつもラファーガがぼやいているぐらいだからだ。

 「あれで意外と愛妻家になったりしてな。ちゅーか、あんまり手ェかからんように、今からしっかり仕込んどいた

ほうがええんとちゃうか?ヒカル」

 「あははは。ちっちゃい子じゃないんだから…」

 お茶やお菓子、義理チョコのお返しなどをいただきつつ待ってみるが、ランティスはなかなか姿を現さない。

海や風がそれぞれ想い人と席を立ったのを機に、光はランティスの部屋で待つことにした。

 

 

 「遅いなぁ……。お泊りしてくと思ってんのかな」

 他の二人はそれでも差し支えないようだったが、光の都合で今日は帰らなければならないのだ。窓辺に立ち、

夕暮れ迫る外を見遣る。見渡す限り、世界中が柔らかな朱色に染まっていた。いつか見た同じ景色とランティスの

言葉が、ふっと思い出された。

 『ヒカルの瞳は……何かに立ち向かう時にはマナツの太陽のように強く輝いて、正視出来ないぐらいだ……だが…』

 ランティスのほうこそ、何者にも負けない強い瞳を持っているのに…と、光は小首を傾げて続きを待った。

 『普段はセフィーロを眠りに誘う暮れなずむ陽の優しい色をしている…』

 いま思い起こすとなんだか口説かれてたみたいだなと苦笑しつつ(もしもし?)、遠くの空にその人の姿を見つけた。

 ランティスの部屋を飛び出し、一番近いバルコニーへと駆けていく。ランティスの執務室兼私室のバルコニーは

精獣で降り立つにはやや手狭なのだ。

 まだ遠いのだからそんなに慌てなくたって充分間に合うのに、足は勝手に歩くより走るを選んでいた。

 

 一番近いといっても何しろ城なのでそれなりの距離はある。バルコニーに着く頃には微かに頬が上気していた。

夕焼け色に染められた光の姿を認めて、ランティスが小さく微笑う。

 「部屋で待てばいいと言ったろう?」

 バルコニーに降り立つなりそう言って、ランティスはふわりと光を抱きしめる。

 「お帰りなさい!だって、少しでも早く逢いたかったんだ」

 抱きしめられたまま、光もおずおずとランティスの背中に腕を廻す。小柄な光の耳元でとくんとくんと規則正しい

鼓動が響く。このままずっと耳を傾けていたら、あまりの心地よさに眠ってしまいそうなぐらいだ。

 二人きりの世界にとっぷり入り込んでいた光のみつあみがいきなり後ろに引っ張られた。

 「うにゃっ!」

 ムードぶち壊しの犯人(?)はランティスの精獣・エクウス(光が命名)だ。

 「ごめんごめん。エクウスもお帰り!ご主人さま取っちゃダメって怒ってるのか?意外にヤキモチ焼きなんだな」

 光は笑いながらエクウスの馬体を優しく撫でていた。

 ランティスから見れば、主を取られて悔しいというより、むしろ主から光を奪ってやろうとしているように思えて

仕方なかった。(類友なヤキモチ焼き同士か?)

 鞍に繋いだままだった袋を手に取ると、ランティスは最終奥義を行使した。

 「精獣戻界!」

 一陣の風となって、光が撫でていたはずの馬体が掻き消えた。

 「ランティスってば…。お仕事で呼ぶばかりじゃなくて、可愛がってあげなきゃダメだよ」

 「…ヒカルが居ない時にな。いまは、お前と過ごしたい…」

 ランティスは光の肩を抱くと、自分の部屋へと歩きだした

 

 

 

 部屋に入ると「お茶の用意してあるんだ」と光がにこっと笑うので、ランティスはそのまま任せた。手にした袋から

あるものを取り出すと、自分の机にそれを置く。

 「今日のリーフは海ちゃんオススメのヌワラエリアなんだけど…。上手く淹れられたかなぁ」

 余程のことがないかぎり、ランティスが淹れるお茶に較べれば大概の者は上手く淹れられるだろう。

 「入ったよ」

 大きな背もたれのある椅子に掛けるランティスの前に紅茶を差し出し、自分はベッドの端に腰掛けた。

 「いい香りだな」

 香りを楽しみ、一口含んで喉を潤す。

 「どうかな?」

 「ヒカルが淹れる紅茶は旨い」

 「よかった」

 ホッとした顔で光も紅茶を口に運ぶ。

 「…これをヒカルに…。今日は≪ほわいとでー≫だからな」

 「わぁ!用意してくれたんだ。開けてもいい?」

 「ああ」

 手渡された袋は何故かほんのり温かく、光は不思議そうな顔をして包みを解いた。

 「なんだかあったかいし、美味しそうないい香りがする…」

 内側の紙袋を開けて、光は中の物を取り出した。

 「これって食べ物だよね?」

 「≪モコ≫は食べたことがなかったか?」

 「あるけど、丸くてひらべったくて、もっとしっかりした食感だったよ。焼きたてってこんなにふかふか

してるんだね!」

 「≪3倍返し≫か≪5倍返し≫か迷ったんだが…」

 「やだなぁ、誰がそんなこと教えちゃうんだ?気にしなくていいのに」

 「5つは入らないし、3つにしようと思ったんだが、結局≪4倍返し≫だな。≪四つ葉のくろーばー≫を見ると

幸せになれるんだろう?」

 「あ、だからこの形だったんだ。わざわざこの形にしてもらったのか?」

 「いいんだ。そのかわり『店でも売りたい』と言われたが」

 てれくさそうなランティスが苦笑混じりで答えた。ハート形の葉は実はクローバーではなくカタバミなのだが、

地球でも区別がつかない人は多いし、地球育ちの光を想いやってくれる優しさが嬉しかった。

 「ちょっぴり甘くて柔らかいね」

 少しずつちぎってほおばると、口の中にほんのりとした甘さが広がる。

 「≪ましゅまろ≫とはずいぶん違うか…?」

 「んー、マシュマロとは感じが違うかな。でもランティスが用意してくれたってだけで、すっごく嬉しいよ」

 にこにこっと笑う光を見ると、苦労した甲斐もあるというものだ。紅茶を飲み干したカップを机に置くとランティスは

光の隣に腰を下ろした。

 「今日はゆっくり出来るのか?」

 光はうつむいてふるるっと首を横に振った。

 「ごめんね。明日卒業式だから帰らなきゃいけないんだ」

 「≪ソツギョウシキ≫は2月にやらなかったか…?」

 「高等部のはね。明日は中等部の卒業式なんだ。大抵の子はそのまま高等部に上がるんだけど、剣道部の

後輩が一人、家族で海外に引っ越しちゃうから、部を代表してお見送りに出るんだ。でも部員ほとんど全員

学校には来ちゃうみたいだけどね」

 二年生ながら主将を任されているだけに、そういう行事にも狩り出されてしまうらしい。

 袋に入った≪モコ≫をベッドに置き、ティーカップを両手で持った光がランティスの顔をじぃっと見つめた。

 「ねぇ、ランティス…。私、ずっと考えてたんだけど…」

 「…何を?」

 頬にかかる紅い髪をそっと小指で払ってやる。

 「ちっちゃくてもいいんだ。二人だけだしさ…」

 二人だけの≪スイートホーム≫でもおねだりしてくれるのだろうかと、ランティスは黙ったまま少しもじもじした

ような光の言葉を待っていた。

 「ベッドでこれもちょっとお行儀良くないし…、ティーテーブルのセット置かないか?二人でゆっくりお茶する

場所が欲しいな」

 気づかれないよう小さく息をついたランティスが答えた。

 「……そうしよう。ヒカルが好きな物を選ぶといい」

 「じゃ、今度城下町行ける時に探そう!ランティスのお部屋だとシンプルな物が似合うかなぁ。東京でいい感じの

デザイン研究しておくね」

 こんな風に無邪気な笑顔を見せられると、自分の思惑のほうが邪(よこしま)だったのだろうかという考えが

脳裡にちらついてしまう。それでもお互いの気持ちは確かめ合っているのだしこれぐらいは許されるだろうと、

光の手から空になっているティーカップを取り上げて机に置いた。

 「ありがと」

 座ったままでは机に届かないだろうと気遣ってくれたのかと光がまたにこっと笑う。その眩しさに目を眇めつつ、

ランティスは左手で光の顎を掬い上げた。いつの間にか背中に回されていた右腕に抱き寄せられると、あまりの

近さに光がきゅっと目を閉じ身体を強張らせた。

 逃げ出す訳でもないし、ネコ耳もネコしっぽも飛び出してはいない。それでもそんな風に構えられては、

傷つけてしまいそうで無理強いなど出来なかった。

 ランティスは光の顎に掛けていた指を滑らせ、前髪を掻き分けそっと額にくちづけた。

 思っていたところと違うところに触れた感覚に光がそぉっと目を開ける。

 「あの…えーっと…」

 何をどう言っていいのか迷ううち、「ピピッ!」と腕時計のアラームが鳴り、その音に驚いた光の髪の間から

ネコ耳がぴょこんと飛び出した。

 「…もう帰る時間だな。広間まで送ろう」

 くしゃりと髪を撫でそう言ったランティスに、申し訳なさそうに光が言葉を探していた。

 「あの…えっと…」

 宥めるようにぽむぽむと柔らかな髪を叩くと、ランティスが促した。

 「あまり待たせると二人に叱られるだろう?」

 「あ、うん…」

 部屋を出てマントに覆いこまれるようにして広間へと歩きながら、思い出したように光がランティスを見上げた。

 「あのね、またたくさん本を持って来たんだ。クレフの書庫に預けてあるから…」

 「ああ。重かったろう?」

 「魔法騎士のグローブが使いたかったかも。覚兄様が大学生の頃に読んでいた本だから、なんだか難しいの

ばっかりだけど…」

 「サトル殿の本は文字が多くて、マサル殿とカケル殿の本は写真が多いようだな」

 本当は写真誌より漫画誌のほうが圧倒的に多いのだが、ランティスたちには不向きだろうからと光が除外

しているのだった。

 

 

 

 広間に着くと、海と風が光を待っていた。

 「おっそーい!!」

 「ごめんごめん。ランティスのお部屋って遠いんだもん。ホワイトデーのお返し、何か貰った?ランティスがね、

ちゃんと用意してくれてたんだ!!」

 見て見てとばかりに、≪モコ≫の残りの入った袋を二人の前で振っている。

 「それは…その…、おほほほほほ」

 わざとらしい笑い声を立てつつ風は頬を赤らめ、手にした小さな手提げ袋を光から隠すように身体の後ろに回した。

 「まったく…!10年早いってのよっ!」

 憤慨した様子の海から少し離れて、平手打ちを食らったとしか思えない鮮やかな跡を頬につけたアスコットが

泣きそうな顔で立っていて、さすがの光もそれ以上は聞けなくなってしまった。

 「それじゃあ、また!」

 「ご機嫌よう」

 「ちゃんと反省しなさい!じゃあね!!」

 三人三様の言葉を残し、娘たちの姿はひかりの粒子となって消えた。

 「…ぶたれたのか?お前」

 よせばいいのに朴念仁が傷口に唐辛子を塗り付ける。

 「うっ…」

 「…他のなんに見えるんだよ、あれが」

 自分はぎりぎりセーフのラインだったが、そそのかした手前、フェリオもバツが悪そうだった。

 「≪ましゅまろ≫や≪きゃんでぃー≫の類を貰って張り倒すほど甘い物が苦手なのか…。菓子作りをしているのにな…」

 「「≪ましゅまろ≫や≪きゃんでぃー≫!?」」

 いまどきそんなモノを贈るなんて話はプレセアに借りた雑誌には出ていなかったと思いつつ、光のあの上機嫌を見れば、

ランティスのセレクトが間違っていなかったという証左ではないか…。

 次回のリベンジに向けて作戦練り直しを余儀なくされた若輩二人組だった。

 

 

                                                   2011.03.14

                                                   ・・に10分間に合わず(笑)

 

          

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おでこにKissは飯島真理さんの曲から

                   

このお話の壁紙はさまよりお借りしています